蓮。

mariko 様




追ってくる男たちの罵声を背中で聞きながら、必死で足を前に動かす。

しつこい男たち。
だから海賊って嫌いよ。

体力には自信があったけど、大人数で囲い込むように追われては精神的にもバテてしまう。


大した量のお宝でもなかったし、ちくしょうと一人で悪態をつきながらひたすら走る。
途中で角を何度も曲がって人ごみにまぎれながら追っ手をまく。




少し声が遠ざかったようなので、足を緩めてまわりを見渡した。

夕刻過ぎのこの時間。
通りにはまだ町の人間やらが多く歩いている。
このまま人ごみの中にいるわけにはいかない。
あの男たちは諦めていないしかなり短気なようだったから、
下手すれば私の姿を見つけ次第、撃ってくるかもしれない。
どこかに身を潜めていないと。


通りの右手側に、小さなバーがあった。
準備中の札がかかっていて、まだ中に人の気配は無い。
躊躇することなく扉を押して中に飛び込んだ。










 「まだ店は開けてないよ」

 「あ・・・・」



扉の軋む音に気付いたのか、誰もいないと期待した店の奥から人が現れた。



 「ごめんなさい・・・少しかくまってもらえませんか?」

 「何だって?」



肩で息をしながら、ちらりと通りに目をやる。
男たちの姿はまだ見えない。

店に居た人物は店主らしく、恰幅のいい気の強そうなおばさんだった。
白いシャツの袖を捲り上げて、手をタオルで拭きながらカウンターから出てきた。

彼女はしばらく私を吟味するように上から下まで目をやった後、顎でくいっと店の奥を示した。



 「ありがとう!」



小声で礼を言い、急いで奥に入る。


その直後、通りに男たちの声が響く。
汚らしい言葉を投げながら私の姿を探している。

そのうちの一人がバーの中に入ってきた。




 「おい、レンばぁさん!!! ここに女来なかったか!?」

 「ばぁさんはヤメロって言ってるだろうが! あたしゃまだ女盛りの60代だよ!」

 「あーあー分かったから! 知らねぇか、オレンジの頭の女だ」



海賊の男と彼女は知り合いらしく、男は宥めるように手をあげてから尋ねた。
おばさんはフンと鼻を鳴らして、カウンターの中に入る。



 「知らないよ。見てのとおりまだ開店準備中なんだからね。
  あんたらも客じゃないんならとっとと出て行きな」

 「そうか・・・・悪かったな邪魔して。
  もし来たらおれたちに知らせてくれるか。あの泥棒女・・・ただじゃ済まさねぇ!!」



男はブツブツ言いながら出て行った。












 「・・・・あんた、泥棒なのかい?」

 「・・・・そう、海賊専門のね」



カウンターの中でグラスを磨くおばさんの足元で、しゃがみこんでいた私はにっこりと笑って言った。
それを見下ろしておばさんも口の端を上げるように笑った。

カウンターから頭を覗かせて外の様子をうかがうと、通りにはもう男たちの姿はなかった。



 「大したタマだね」

 「まぁね。それよりありがとう、すぐ出て行くから・・・」



カウンターから出ながらそう言うと、おばさんは自分の前にコトリとグラスを置いた。



 「いいよ、しばらく居な。あいつらしつこいからね」

 「でも、迷惑じゃ・・・」

 「ウチの店はね、港に着いた海賊連中がよく来るんだ。面倒事には慣れてるよ」

 「・・・・・・ありがとう」

 「でもココにいる以上は客だよ。注文しとくれ」

 「それじゃ・・・・一番強いお酒、ちょうだいv」



おばさんの前の椅子に腰掛けた私のその言葉に、彼女は一瞬眉を上げたが
すぐに声をあげて笑って、背後の棚から酒瓶を取り出した。



 「お嬢ちゃんが、ナマイキなこと!」

















 「それ、大丈夫なのかい?」



おばさんも一緒になって酒を酌み交わしていたのだが、ふと彼女の目が私の腕に留まった。
私の右腕には、数日前に出来た斬り傷があった。
深くはないのだけど大きな、その傷を隠すように手を乗せる。

私の体にはこういう傷が結構ある。
女一人で泥棒稼業をしているのだ、無傷でいられるわけがない。
幸い命に関わるようなケガは今のところしていないが、
それでも毎回小さな傷だけはたくさん負ってしまう。



 「消毒くらいならアタシでもできるよ」

 「いいの、もう痛くないし。2,3日前のだから」

 「いいから、腕出しな」

 「・・・・・」



睨まれながら言われて、仕方なく腕を差し出す。
いったん店の奥に引っ込んで救急箱を持ってきたおばさんが、そっと私の腕を取った。








 「せっかくのキレイな肌に、こんな傷作って・・・・」



おばさんは壊れ物を扱うように、私の傷口に優しく触れる。
消毒液がヒンヤリとして、すこし沁みた。




 「・・・・夢のためだから」

 「夢のために若い娘がこんな傷だらけになって、海賊連中なんかに追いかけられるってのかい」

 「そうよ」



おばさんは何だか哀しそうな顔をしていた。
でも私は、にっこりと微笑んでみせる。



 「1億ベリーを貯めて、それで村を買い戻すの・・・・」

 「・・・・・・」

 「そのためには、こんな傷なんて痛くもないわ」

 「・・・・そうかい」



そう言って優しく笑ったおばさんは、それ以上は聞いてこなかった。















それからおばさんは私を置いて開店準備を始め、私はそれを見ながら一人で酒を飲んでいた。




 「・・・・・・あれ、今日って3日?」

 「そうだよ」



壁にかかっていた日めくりのカレンダーにふと目が留まった。
バタバタして気付かなかったけど、今日はもう7月3日。



 「・・・・誕生日だ」

 「誕生日? あんたのかい?」

 「うん」

 「そりゃおめでとう」

 「ありがとう」

 「じゃあ家に帰ればパーティーかい」



おばさんはグラスを磨きながら、私にそう声をかけた。



 「・・・・祝ってくれる人は・・・・一人はもう死んじゃった。
  もう一人は・・・この航海が終わるまでは会えないから」

 「・・・そう、でもきっと祝ってくれてるさ」

 「・・・うん」



懐かしい顔を思い出して、きゅうと胸が苦しくなる。

一度目を瞑って心を沈め、グラスに残っていた酒を全部飲み干してから立ち上がった。



 「さて、と! もう行かなきゃ」

 「そうかい」

 「ありがとね、おばさん! おいくら?」

 「いいよ、誕生日ならアタシのおごりさ」

 「やった、ありがと!」





振り返って外に目をやると、暗くなり始めて人通りも少なくなってきていた。

今がチャンスだな、と思ってもう一度おばさんに礼を言おうとすると
その前に彼女が口を開いた。





 「あんたは蓮華みたいだね」

 「レンゲ?」

 「アタシの名前、レンって言うんだけどね、蓮って書くんだよ」



椅子の隣に立ったままで、突然に話を始めたおばさんをじっと見た。
磨く手を休めて、おばさんも私を見返す。



 「蓮の花を見たことあるかい? アレはね、どんな濁った泥の中でも本当に綺麗な華を咲かすんだ」

 「へぇ・・・」

 「あんたが選んだ道は辛い道なんだろうね・・・でもきっと、あんたはいつか華を咲かすよ。
  汚れた泥に負けない、清らかで美しい華を、ね」

 「・・・・・」

 「あんたはそういう人間だよ。私は男を見る目はイマイチだったけど、女を見る目はあるんだ」



そう言って、おばさんは私に優しく微笑みかけた。



 「・・・・・ありがとう、おばさん」

 「おばさんはやめとくれ」

 「・・・ありがとう、レンさん!」








ありがと。

でも私は綺麗には咲けないよ。
自分で分かってる。

だけど、この生き方もキライじゃない。
自分が決めた、自分で選んだ生き方。

泥にまみれて、もごきながらでも、

私はそこで生きてみせるから。



























 「蓮の花?」

 「うん、見たことある?」

 「あれだろ、白とかピンクとか、そんなヤツ」

 「そ」

 「それがどうした」

 「んー、ちょっと昔の夢見て」

 「ふーん」



寝転ぶゾロの隣で、うつ伏せて両肘をついて体を起こしその顔を見下ろす。



 「どう思う?」

 「どうって」

 「蓮」



ゾロは天井を見上げて考え込む。
こんな訳の分からない質問にもちゃんと答えようとしてくれるのは、
今日が私の誕生日だからか、それとも散々お互いを楽しんだあとだからか。




 「どうって言われてもなぁ」

 「きれい?」

 「まぁ・・・そうだな、あんな泥ン中でも立派に咲いてるよな」

 「・・・・・蓮の花みたいって言われたことあるの」

 「・・・誰に」

 「おばさん。安心して、男じゃないよ」

 「あ、そ」



わざとからかうように言うと、ゾロは一瞬眉間に皺が寄ったのを誤魔化すように、
私の額をぺしっと軽く叩いた。



 「なかなか見る目のあるヤツじゃねぇか、そいつ」

 「・・・・・」

 「何だよ、気に食わなかったのか?」

 「・・・・・ムリかな、と思ってたのよ」



ぼすん、と枕に顔を埋める。
ゾロは首だけ動かしてこちらを向いた。



 「何が」

 「蓮の花みたいに、咲くのは」

 「へぇ」

 「あのときはね」

 「今は?」

 「あら、今咲いてない?」



横を向いて、眉をあげつつ微笑んでみせると、
ゾロは苦笑して手を伸ばし、私の頭をガシガシかきまぜる。



 「で、何だ? 綺麗だって言ってもらいたいのか?」

 「そうじゃなくてね、・・・・お礼が言いたくて」

 「礼?」

 「・・・・あんたたちのおかげだから」



呟くと、今度はゾロが片肘をついて横向きになり、手に頭を乗せて私を見下ろしてきた。



 「何だ、珍しいな」

 「あんたたちがいなかったら・・・あんたたちに出会わなかったら、きっと私は華なんて咲かせられなかった」

 「・・・・」

 「だから、・・・ありがとね」

 「・・・おう」



ゾロは優しく微笑んで、片方の手で私の髪を梳く。
気持ちよくて目を閉じる。



 「お前が素直すぎると妙な感じだな」

 「誕生日だから、言いたかったの」

 「そうか」











私を育ててくれた人。
私の傍に居てくれた人。

どんな辛い状況も、この人たちのために頑張れた。


私を選び、私と共に生きてくれる仲間。

泥の中でもがく私に、華を咲かせる光をくれた。





みんながいれば、きっと私は咲き続けていられる気がするよ。


自分が生まれたこの日に、みんなへ感謝の言葉を。


共に在ってくれて、ありがとう。





FIN







<管理人のつぶやき>

うわーん;;。まだアーロンから村を買い戻すため、泥棒稼業に明け暮れていた頃のナミ。
誕生日の日に出会った酒場の女主人レンさんはとてもイイ人で。事情も知らずナミを匿ってくれて。
ナミを花に喩えてくれたのが嬉しい。絶望の中にあったナミに、夢と希望を与えてくれる言葉だったと思います。
その後、見事に華を咲かせたナミ。愛する男のそばで誕生日を迎え、昔貰った言葉を回想できるのは、なんて幸せなことでしょう。
ナミに幸せを与えた仲間達、感謝の気持ちを忘れないナミもステキでした^^。

【海賊の隠れ家】のmarikoさんの投稿作品です。
連日更新のお忙しい中、ご投稿くださってありがとうございました><。


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