満ちた月に酔いしれて

ラプトル 様




満月が人を欲情させるのか

それとも人は、満月を理由に欲情するのか

そんな夜も悪くない




漆黒の空に孤高に浮かぶ満月。
散らばる星さえ寄せ付けず。
漆黒の海に映える満月。
漂う波にただ揺らされて。
そんな静かな海とは裏腹に、騒がしい船が一隻。
甲板では盛大な宴が催されていた。
散々騒いだ揚句、一人一人と酔い潰れ、残ったのはロビン・ゾロ・ナミの三人。
「どいつもこいつも…」
やれやれと頭を抱えたゾロがチョッパーを頭に乗せ、サンジの上にウソップを乗せ、ルフィの足とサンジの足を引っ張って男部屋へ投げ込んだ。
「まったく…」
俺の身にもなりやがれ。
今はもう夢心地の三人と一匹に溜め息をついた。

甲板はすでにナミとロビンによって片付けられていた。
何で主役の私が片付けしなきゃならないのよっ!
文句を垂れまくるナミに、ふふっ、と微笑むロビン。
ゾロは少し夜風にでも当たろうかと思って二人の元へ足を進めた。するとロビンがこちらに気付いた。ナミの視線はまだ黒い水平線の向こう。
何か意味深な笑みを浮かべて聞こえるように
「ごゆっくり」
そう言って女部屋へと去って行った。
「気の遣い方はさすが大人よねロビンって…」
ロビンを目で追っていたナミは女部屋の扉が閉まる音を聞きながら妙に感心した。
「今夜は満月か」
ナミに並んだゾロは輝く満月を見上げた。

満月の夜は必ず思い出す。
月光の下で勝負をしたあの夜を。
たった一つの約束を交わしたあの夜を。
何処までも強さのみをひたすら求め続けていたあの頃の俺達は、その先にある敗北だとか死だとか、そんな事さえも知らずにいた。
ただ強くなりたかっただけなのに。
共に競い合って行こうと決めたのに、共に頂点を目指そうと誓ったのに。
それなのにあいつは俺を置いていった。
形見の“和同一文字”だけを遺して。



強く握った白鞘はただ一つの約束の証。
共に世界一になろうと誓った唯一の証。
孤高に浮かぶ月とあいつの姿が重なり、自分にもこんな感傷的な部分があったのかと苦笑した。


「私の誕生日に他の女を想うなんていい根性してるじゃない」
少し怒っているような拗ねているような声で物思いから目が覚めた。
その台詞を聞いてゾロは少し驚きつつナミを見た。
何故わかる、とでも言うような目で。
「女の勘ってやつよ」
ナミは月を見上げてそう言った。何となくわかっちゃうのよ、あんたが何を考えてるのか、誰を想ってるのか、古い付き合いだからわかっちゃうのよ。
だからと言って私のめでたい日に別の女を想うなんてちょっとズルイんじゃない?
「あーそうかい…」
おっかねェ女だ、そう呟いてハァと溜め息をはいた。
「それより、プレゼントとかってないの?」
ナミは少し皮肉めいた笑みでゾロの顔を見た。
「それを俺に期待する程お前はバカじゃねえだろうが」
フン、と顔をしかめて言い放った。
こういう時のこいつの言葉は俺が試されているようで。
いつも曖昧な俺の言葉や行動を試されているようで。
そんな俺に笑って諦めたような表情をする。
けれどそれを表す術を俺はまだ知らない。
そしてそんな俺をこいつはもう知っている。
「そうよね」
まあわかってはいたんだけど。
別にそんな関係じゃないけれど、妙な情と云うものがお互いにあるのは確かだけれど、言ってみるだけタダじゃない?


こんな満月の夜は妙な感情が湧き出てくる。
特に今宵は強く大きくそして静かに。
それを何となく自分でもわかる。
こいつが“満月の夜はあいつを思い出す”、と言った覚えがある。別にそれを気にする程野暮な事はないし子供でもない。
でも頭の片隅にその言葉が残っていた。
そしてたった今、物思いに耽ていたこいつを見て何故かわからないけれど、悔しい、と思ってしまった。
そこまでこいつに想われるこいつの心に居座る人に。
そこまで約束の人を想うこいつに。
悔しい、そう思ってしまった。
そしてそう思ってしまった自分に戸惑った。
「でもね、欲しいものはあるの」
そう、こんな気持ちになるなんてきっとこの満月のせい。そしてこいつのせい。
そう思わなければこの妙な感情に振り回される事になってしまう。
「何が欲しいんだ」
水平線を見つめてゾロは問う。
何が欲しい?
言ってみて気付いた。
私は何が欲しいの?
こいつからでなければ意味が無い私への言葉?
違う。
そんな面倒なものじゃない。
そんな言葉なんて曖昧で信用出来ないものじゃない。
こいつの隣?
違う。
そんなケチなものじゃない。
そんな隣に居れればいいなんてつまらない事を言いたいんじゃない。
じゃあ私が欲しいものは何?

そんなものは簡単よ。
もう待てない。

「あんたが欲しい」
ゾロの顔を両手で掴んでこちらに向けさせる。
頬を人差し指で上から下へなぞりながら再び言う。
「あんたが欲しい」
もう止まらない。
もう我慢できない。
「どういうつもりだ」
その言葉は聞こえなかった。
その綺麗な口の動きに吸い込まれていたから。
親指でその唇をゆっくりなぞる。
何回も何回も。
気付けばゾロは手摺りに寄り掛かった状態だった。
いつ密着したのかと思うくらいにナミの行動が不思議だった。
手を回せば抱きしめられる程。
抱きしめる事はしなかった。

「離れろ」
「イヤ」
「離れ…」
言い終わる前に乱暴に口唇を塞いだ。
そう、私はずっとこの男が欲しかった。
この口唇も、この厚い胸板も、過去を想うこの心も、約束を果たそうとするこの想いも、全て欲しかった。
たとえ、他の女を想っていると知ったとしても、その白い刀が形見だと知って、その形見の刀を肌身離さず大切にしているこいつを見ていても、こいつの過去への嫉妬じみたこいつへのこの想いはもう誰にも止められない。
たとえ、密着していて簡単に抱きしめられるのに、抱きしめる事をしないこいつの戸惑いは無視をして、全ては私の欲望のままに。
この男は私のもの。誰にも渡さない。


深く深く。貪り合うように、噛み付き合うように。
その豊かな胸を厚い胸板に押し付ける。
足を絡ませて腕を首に絡ませる。その緑の髪を指に絡ませながら、もっと深い接吻を求める。


そうだ、俺はずっとこの女が欲しかった。
こいつが俺の過去に嫉妬していたことは知っていた。
無意味だという事にこいつも気付いてはいただろう。
お互いにこの関係に慣れ過ぎていた。
仲間という関係に。
だが時々こいつの視線を感じる。
熱くて灼けそうな視線を。
まるで糸のようにそれは身体に絡み付く。
自力ではもう解けない程に。
そう、自分がナミにそうするように。

ナミの背に腕を回す。
うなじを通って髪を乱暴に掻き回す。

いっそ喰い尽くしてしまおうか。
そんな事を思う程までにこの女がずっと欲しかった。



もうどのくらい貪り合っていたのだろう。
息も絶え絶えになりながらも深く求め合っていた。
ようやくお互いの口唇を離したときには、ナミの顔はもう艶やかに朱く染まっていた。
「もっと…」
そう求めてくるナミを引き剥がす事はしなかった。



足りない。
キスだけじゃ足りなさすぎる。
もっとあんたが欲しい。
強く抱いて。
いっそ壊れてしまうくらいに。
それぐらいあんたが欲しかった。
今更止まる事なんて許さない。
今更止める事なんて出来ない。



また深くゾロの口唇に噛み付いた。
同時にゾロを甲板に押し倒す。
狂おしい程に身体を擦り付ける。
ゾロの右足を両足で挟んで絡ませる。
胸をさっきのように強く押し潰すように胸板に押し付ける。


「抱いてよ」



やっと手に入れた。
一番欲しかったものを。
私の誕生日に。


私は海賊なの。
狙った獲物は逃がさない。




真夜中の甲板に女の掠れた声だけが響いた。



それを聞いたのは


二人をずっと空から見ていた


満月だけだった




FIN







<管理人のつぶやき>

満月は人を惑わせる――。
でもそれは一つのきっかけに過ぎなくて、いつの頃からか二人はお互いに対する情念を抱えていたのでは。
ゾロが考えが分かるほどナミはゾロのことを見ているし、ゾロはくいなのことでナミが嫉妬していることに感づいていたし。
それでも、二人が理性を崩していく様は実に魅惑的。
まるで月の魔力に堕ちていくみたいでした。

【投稿部屋】でも投稿してくださってるラプトルさんが、ナミ誕の方にも投稿してくださいましたーー!
ラプトルさん、妖艶なお話をどうもありがとうございましたっ。





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