| ナミの兄貴がね、そっりゃもうぅぅ、やさしっく介抱してくれたんスよ。こう熱いタオルで背中をね、何度も拭いてくれまして、着替えも手伝ってもらいましたし、ゴハンも食べさせてもらいやしたしね。
 トイレに行くにも肩を貸してくだすったんですけども、あれは正直言うとちょっと恥ずかしかったでやんす。
 それでもって白い手を額に置いて熱を計ってもらったりして、光り輝くような微笑みを向けられたりしたらもう、天にも舞い上がる気持ちになっるってもんで、ますます熱も上がってしまいやした。
 いやこれは冗談ですけども。
 とにかく、女神様もかくやと、純粋に思いました。
 
 
 
 
 風邪運
 
 四条
 
 
 ココヤシ村が開放された夜の宴の席で、ヨサクの奴が自慢げに話す。
 壊血病で倒れた時の、ナミから受けた介護の様子を。
 
 ヨサクはルフィ達と初めて出会った時、ビタミンの欠乏から起こる「壊血病」に罹っていた。
 ナミの機転ですぐさまライム(ビタミン)が与えられ、メリー号の格納庫に特別に設えたベッドに寝かされた。
 そして当時、病気に関して一番知識のあるナミがその看護に当たり、その甲斐あってヨサクはメキメキと回復した。
 
 その時のことを、酒の勢いもあいまって、ヨサクはとっておきのヒミツを打ち明けるかのように得意げに語っている。それによると、ヨサクはナミから大そう手厚い看護を受けたようだ。
 
 しばらくは「へぇ、あの凶暴なナミにそんな一面もあるのかー」という物珍しさから、興味津々でヨサクの話に耳を傾けていた麦わら一味の男達だったが、聞いてるうちにだんだんと腹が立ってきて、眉間に皺が寄るのを避けられなかった。
 とにかく、自分たちの知らないナミのことを、ヨサクが夢見心地でしゃべっているのがやけに気に障る。調子に乗って半ばノロケのように聞こえて、面白くないことこの上ない。
 そしてついに、
 
 ドガッ!
 
 朗々と能弁をたれるヨサクの顔面に、ルフィの拳がめり込んだ。
 ヨサクはその勢いで真後ろにバッタリと倒れたが、すぐさま真っ赤になった顔を手で覆いながら起き上がってきた。
 
 「な、なんで殴るんでやんすか〜〜〜!?」
 
 いきなりの理不尽な仕打ちに、ヨサクは怒りに震えながら抗議する。
 けれど、その声にもどこ吹く風でルフィは、
 
 「別に!なんとなくだ!」
 
 と言い切った。その返答に他の男達も大きく頷いていた。
 
 
 しかしその後、しばらく船内では「病気ごっこ」が流行る(非常に不謹慎な話であるが)。
 一度でいいから自分もナミにやさしく看病されてみたい。その一心だったと言えよう。
 けれど元々熱など出したことがない連中なので、病のフリなどできるワケがない。
 それでも熱があると告げた時にナミがチラリと見せる憂いの表情が妙にくすぐったくも嬉しくて、すぐにバレて殴られるだけなのに、飽きずに何度もやった。
 ただ一人ゾロは、そんな連中を呆れながら眺めていた。
 
 ビビが乗船してきて一気に船内は慌しくなり、病気ごっこ(仮病ともいう)も廃れていった。
 しかも、そうこうするうちにナミが本物の病気になって倒れてしまった!
 これにはみんな驚き慌てふためき、ひどく狼狽した。
 そして、こうなってみて初めて気づく。
 病身の人を想う気持ちが、こんなにも苦しくてやるせなくて切ないものだったとは。
 ごっこ遊びであれ、一瞬でもナミに心配させて喜んでいたなんて、なんという浅はかでバカなことをしていたのだろうと、多いに反省した。
 
 様々な出来事の後、ドラム島における医療技術のおかげでナミは一命をとり止め、無事に船に戻ってきた。
 チョッパーという新しい仲間とともに。
 その歓迎の宴の翌日に、なんと今度はゾロが熱を出した。
 悪寒を感じる。咳が出る。鼻水も出る。どうやら風邪らしい。
 ドラム島での寒中水泳か、或いは半裸での放浪が影響したものと思われる。
 ヨサクの時と同じように、格納庫に仮設ベッドが据えられ、そこに寝かされた。
 しんどそうに横たわるゾロに向かって、用もないのに訪れたルフィとサンジとウソップが口々に言葉をかける。
 
 「まさかこの期に及んで仮病じゃあるまいな。」
 「てめぇらじゃねぇんだ。」
 「そんなこと言って、ホントはナミさんにあんなことやこんなことをしてもらうつもりだろう!」
 「んなワケねーだろ。さっき計った体温計、なんならもっかい見せてやろうか?」
 「そんなこと言って、アヤシイぞ。」
 「体温計は偽装できるしなー。」
 「んだと、ウソップ、やんのか。」
 「あああああ、急にケンカをやってはいけない病が!!」
 「だいたい、てめぇみたいに何もヤラシイこと考えてませんていう輩が、実は一番ヤラシイんだ。」
 「そういうの、むっつりスケベっていうんだよな!」
 「誰がムッツリか!!!―――ッ!ゲホッ、ゲホッ!!」
 
 「こら、あんた達!病人の前で何騒いでんの!とっとと出て行きなさい!ゾロは今、安静にしないといけないんだからね!」
 
 そこへ世界の女神であり、救世主であるナミが登場。
 
 「ハーーイ。」
 
 お返事だけはよいものの、ルフィもサンジもウソップも、まだ納得してないという顔をゾロに向けつつ、すごすごと部屋から出て行った。
 彼らを見送った後、残されたナミがゾロの方に向き直る。
 
 「まーったく、あいつらときたら。ゾロ、だいじょうぶ?」
 「・・・・ああ。」
 「ゾロが風邪引くなんてねー。鬼の霍乱かしら。」
 「うるせ。」
 「あんたはあいつらと違って、熱を出したことあるのよね・・・・。」
 「剣の傷は熱が出やすいからな。この前も出てたろ。」
 
 この前とは、アーロンパークでのことを差している。
 あの時、ゾロはミホークから受けた傷を負い、熱に浮かされた身体で戦った。
 そうだったわねと言って、ナミは早速、額に置かれた濡れタオルを絞り直し、ゾロの顔の汗を拭う。タオルとともに白くて細い指先が時折ゾロの顔に触れる。そしてそのままナミはゾロの額に手をおいて、熱をみた。
 ゾロは息を呑む
 気遣わしげな表情でゾロを見つめ、熱が高いとナミは呟いた。
 しかしゾロはそんなナミの声も遠くおぼろげに聞こえる。
 頭がぼうっとなる。
 意識すまいと思うのに、心臓が騒ぐのを抑えられない。
 
 「すごい汗。後で身体を拭いてあげるね。」
 「ああ・・・・。」
 
 やはり熱があるからだろうか、普段なら、そんなこと絶対に嫌だとつっぱねていただろう。
 けれど今日は抵抗できない。従順に従おうとしてしまう。
 
 「じゃ、とりあえず食事にしようか。薬も飲まないといけないし、何かお腹に入れなくちゃ。今、サンジくんがおじやを作ってくれてると思う。」
 
 このまま、もしかしたら、ナミが食べさせてくれるのだろうか。
 そしてその後は、身体を拭いてもらって
 着替えを手伝ってもらって
 優しい笑顔を向けてもらって
 ずっとそばにいてもらって
 それからそれから
 
 想像すると、全身がムズ痒くなり、火照ってくる。
 “ごっこ”をしてたあいつらの気持ちが分からないでもないなんて考え始める始末。
 (まぁこれも全て熱のせいだ、風邪のせいだ、仕方がないことだ、不可抗力だ。)
 いもしない連中に向かって、心の中で言い訳を並べたてる。
 
 「ナミー、おじや持ってきたぞー。」
 
 そこへチョッパーとビビが現れた。ビビがホカホカと湯気の立つおじやの乗ったトレイを持っている。
 
 「あ、ありがと!」
 「後は俺が代わるよ。」
 「そう?」
 「ナミさんだってまだ病み上がりなんですから、無理しちゃダメですよ。」
 「うん、分かった。じゃぁゾロのことよろしくね。ゾロ、よかったわね、お医者さんが仲間になってくれて。チョッパーに看病してもらったら、きっとすぐによくなるわよ。」
 
 そう言ってナミはニッコリとゾロに微笑みかけた。
 
 「・・・・・・・・・・・・・・・。」
 
 ナミがビビを伴って部屋から出て行くと、チョッパーはベッド際の椅子に座り、宣言する。
 
 「こっから先は、俺がつきっきりで看病してやるぞ!安心しろよな!」
 
 そう言ってスプーンでおじやを掬い上げ、ゾロの口元へと運ぶ。
 
 「ゾロ、ほら、アーンして?」
 「・・・・・・・・・いい、自分で食べる。」
 
 ゾロは陰気な声で返事した。
 チョッパーからおじやの器とスプーンをもぎ取り、器をじっと見つめて思う。
 
 (俺ァ、風邪運が悪りィ・・・・)
 
 
 
 
 FIN
 
 
 
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