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俺はうまいものをうまそうに食う奴が好きだ。



見ていて気持ちがいい。



しかもそれが自分の作ったものなら尚更じゃないか。





朝、うまそうな匂いで目覚めたときに温かくなる心を幸せと呼ぶなら、



それを創ることができる俺の毎日もまた、とても幸福だ。




ハレノヒ


                            Nanae 様







自分ではなんにもしないのに、

ちょうどお腹すいた頃になるとおいしいものの準備が出来ていて、

食後には綺麗で魅惑的な甘いものなんかがそっと差し出されたりして、

幸せすぎて怖いみたい。



新しい船のキッチンに大満足なコックの、そのご機嫌な背中を見ながら、

ナミはそんなことを考えていたのでした。



一食分の洗い物でさえ小山のごとき量になるこの船の食卓は、

「ごちそうさまでした」の声から5分と経たないうちにまっさらな状態に戻る。

その労働を一手に担うコックが、それを面倒などと思うことは、

今までもこれからもないんだろう、多分。





パタンと食器棚を閉める音とともに振り返ったコックの目にばっちり捉えられたナミは、

自分の目が彼の背中に随分馴染んでいたことに気づいた。



「なんか、サンジ君てこっち向かないほうがいいみたい。変な感じ」



ナミにもちろん悪意はない。

ただ、サンジが床にめり込んでしばらく帰ってこなかったのも、もちろんのことである。







「だから別に顔が変とか眉毛が変とか、そういうことを言ったんじゃないんだってば!!」



べしょべしょと床に溶けて泣いていたサンジの第一発見者となったウソップは、

やれやれといった具合でナミを諭した。



「むしろそうやってピンポイントで指摘してやった方が親切なんだぞ。あいつ何が悪いのか分からなくて泣いてるじゃねえか」



「指摘されたところで治らねぇだろあれは」

「サンジ泣いてんのか!?そりゃ面白ぇな見に行こう!!」

「あっ!ルフィずるいぞ!負けそうだからって逃げるのはだめだぞ!!」

「細かいことを気にすんなチョッパー!ほら、ババやるから」

「いるかーーーっ!!」



トランプをババ抜き用の道具だと思っている奴らののたまう台詞はほとほと無責任だ。

今夜にでもダウトくらい教えてやらねば。

これは、故郷で「ダウトの王様」と称えられたウソップの決意。





「私は悪くないと思うわよ、あの眉毛。マリモよりは一本筋が通ってる感じ」

「誰がマリモだ!何でてめぇはいつもそう話をややこしくするんだ!!」

「誰もあんたがマリモなんて言ってないじゃない(まだ)!なによ、マリモ自覚あるの?」

「ばっ・・・!わけわかんねぇこと言ってんじゃねぇよ!!大体あんなへらへらしたアホ面のどこに筋があるってんだ!!」

「わけわかんないのはあんたでしょ!あ、ちなみに張り合うのよしなさいよ。あんた負けるわよ。なぜなら私が味方しないから」

「いらんわ馬鹿女!!!」





「・・・いつもこうか?」

「ええ。こんなものよ」

愉快な騒動にうっかり出遅れてしまった年長組の溜息は、初夏の青空に溶けていった。







ナミさんが出て行ってから30分。

ウソップが出て行ってから20分。

誰も慰めに来てくれないところで、床とのお見合いは非常に空しい。

このキッチンは大好きだが、仲良くするならやっぱり麗しのレディたちがいい。



悲愴の原因がその麗しのレディたちの一人にあることはさておいて、

サンジは復活することに決めた。

そもそも、嫌なことは記憶の中から無かったことにするのが得意な性質なのだ。



それに現在、彼には大切な仕事があるのだった。





そう!もうすぐ俺の(だといいのになあコンチクショウ)ナミさんの誕生日!!



パーティー料理はもちろんコックに一任されているわけで。

当然、スペシャルなバースデーケーキも期待されているわけで。

腕が鳴らないわけがないのだ。



薄桃色に染めたほっぺたを丸く膨らませて、もぐもぐと俺の料理を食べるナミさんは、

すごく可愛い。可愛くて大好きだ。

もちろん、食べてるとき以外も可愛くて知的でセクシーですごく大好きだけど。



ごちそうさま!と満足気な笑顔を向けられるたびに、

しみじみコックやっててよかったなぁ、と思ってしまう。



何でもおいしく食べてくれるレディに贈るメニューを考えるのは、大変楽しい。





「サンジ!!腹減ったぞ!!!」

ダイニングの扉から勢いあまって突入してきたルフィの笑顔が憎たらしかったので、

よく湿らせた布巾を投げつけておいた。

うひょー冷てぇとか騒いで楽しそうだったので、失敗したと思った。



「おぅサンジ、お前泣いてねぇじゃん!つまんね」

「失せろクソ猿、憂いの貴公子はレディから慰めてもらう為だけに存在するんだ。」

「そうだなーお前だいぶポジティブだもんなー」

「るせえ」



やたらと振り回されてすっかり水気が飛んでしまった布巾を猿の手から取り上げて、

もう一回すすぎ直す。

汗とかよだれとか付いていそうなのでさっきより念入りに。



「なあなあナミの誕生日には肉いっぱい出してくれよな!!」

カウンターに開かれたサンジの丸秘レシピメモをちらちら見ながら、

ルフィは目を輝かせる。



「何でナミさんの誕生日にてめぇのリクエストを聞かなきゃならねえんだ!!!」

「なんだよ!俺は船長だぞ!俺は肉が食いてぇんだ!!」

「いつも食ってるだろうが!!」



まぁ出すけどな、肉料理。うるさいから。







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初夏のうららかな陽気に誘われて、船員たちはその日を甲板で過ごしたがった。

昼食は芝生の甲板にシートを敷いてピクニックすることになった。船長命令で。



メニューはシンプルにおにぎりとサンドウィッチだ。

おにぎりの中身は梅干と鮭とおかか。

どれか一つだけ、昨日の晩飯でたまたま残った豚肉の生姜焼きが入っている。

サンドウィッチはベーグルと食パン。

たくさんの皿に盛られた食材各種、お好きなものを挟むセルフサービスで召し上がれ。

食事には遊び心も大切だ。



はい、では手を合わせて。



「「「「「「「「いただきますっ!!!!!」」」」」」」」





サンドウィッチの中身として用意した自家製ハムと煮込みハンバーグが吸い込まれていくルフィの口にタバスコを振りかけながら、冷えた紅茶を三つ、用意する。

もちろんナミさんとロビンちゃんと自分の分だ。

その他にはでかいピッチャーにこぶ茶を用意した。勝手に飲みやがれ。



ありがとう、と綺麗な笑顔を見せるレディ二人に最高の賛辞を振りまきながら、

なんか口が痛えぞー!!!とルフィが暴れだしたのを合図に、

すばやく自分の取り分を確保するのを忘れてはいけない。

そうそう、仕事に手一杯で飯を食いっぱぐれるなんて、三流コックのやることだからな。



「そういえばナミ、次の島にはいつ着くんだ?」

ちょっと買いたいものがあるんだけど。なるべく早めに。

そわそわと不自然に目を逸らしたりしているチョッパー。



思い当たる節があるナミは、変わりなく騒いでいるように見える船員の意識が、

自分の答えに集中するのを感じた。



「そうねぇ。気候も安定してるから、2〜3日ってとこじゃないかしら。間に合う?」

「うん、大丈夫だ!楽しみにしてろよな!!」



よっぽど安心したのか、隠し事ができないチョッパーは

そのまま自分が何を買おうとしているのかまでしゃべりだしそうな勢いだ。

隣に座っていたウソップが、その口に思いっきりおにぎりを突っ込む。



誕生日が近づいた本人の前で、それを臭わせる発言は極力慎むこと。

サプライズを重んじるこの船の、暗黙の了解だ。



「あういおー!!!・・・う?」

みるみる綻ぶふわふわ顔。

どうやら生姜焼きの女神はチョッパーに微笑んだらしい。



ルフィが涙目でウソップを殴って後半戦開始のゴングが鳴った。





―じゃあ買出しは問題ないからあとで必要なものを書き出しとかねぇと。

ケーキにはやっぱりみかんがいるよなー、次は少し多めにもらっとこう。



ぱちぱちと頭の中のマイそろばんを弾きながら、

ナミのグラスに口を付けようとするゾロの膝の皿にきっちり蹴りを入れたサンジは、

何事か喚いている緑の頭越しにみかんの木を見やる。

不思議にいつでも食べごろなみかんを実らせる3本の木は、太陽の下今日も元気だ。



「こんのクソコック!!今日こそそのアホ面胴から切り離してやる!!!」

「やめてよ、私バースデーケーキ楽しみにしてるんだから!」

うっかりNGワードを出してしまったナミに全員の動きが一瞬止まる。

が、本人たちは気付かない。



「計算高なナミさんも好きだ〜vV」

「黙れ!とりあえずその眉毛剃り落としてやる!」

「あんたよっぽどサンジ君の眉毛が好きなのね。ごめんなさいね、私巻いてなくて」

ひんやりと冷たいナミの視線。



一瞬、眉毛の巻いたナミの顔を想像してしまってゾッとした。

「やめろ、今のままが一番だ」

長い付き合いの中でほとんど口にしたことのないような殺し文句を吐いて、

一番ぎょっとしたのはゾロ本人だ。



ナミは嬉しいやら恥ずかしいやら呆れるやらで、その精悍な顔に平手を食らわせた。

サンジは嫉妬をこめて、未だ痺れているらしい膝を踏みつけた。

ルフィは面白がって、その輪の中に頭から突っ込んだ。



阿鼻叫喚再び。







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昼下がり



「おい、ちゃんと洗ってから畳め!ほっとくと臭くなって二度と使えなくなんぞ!!」



その言葉に答えるように、谷折りされた部分から紅茶とこぶ茶とドレッシングが混じったような液体を垂れ流すビニールシート。パン屑と米粒がふやけて張り付いている。

四隅を合わせようとしていたルフィとゾロが、うげげと妙な声を出す。



「8割方てめぇらのせいだクソ野郎どもが!!!しっかり洗ってこい!!」





「お母さんね」

「口は悪いけどね」



バスルームの方に蹴り飛ばされた二人を目で追いながら、

パラソルの下では優雅な午後のティータイムが繰り広げられていた。



新鮮なみかんとお花。

海上では最高の贅沢だ。



「アイスコーヒーのおかわりはいかがですかお嬢様方?」



うわ、いつの間に用意したのかしら。

この甲斐甲斐しさには毎度のことながら頭が下がるわー。



どこか他人事のように、目の前のグラスにダークブラウンの液体を注ぐ男を見つめる。

慈愛に満ちたその表情。

ピンクのエプロンが妙に似合ってる。

なんていうか、ほんとに。



「お母さんよね」



あらあら。本人に言ったらだめね。

コックさん泣いちゃった。

ロビンが困ったように笑った。







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ルフィがうるさかったので、晩飯は今日もまた、豚肉料理になった。

初心に還って作ったのは、

『バラティエ風ポークピカタ〜ブロッコリーのナムル添え〜』。

喜んで復唱しようとしたルフィが舌噛んだと騒いで、結局うるさかった。

今日は一片の脂身も残らなかった。







「だからね、台所にいるお母さんの背中って何かいい感じじゃない?」

自然体でかっこいいのよ。そう言いたかったわけ。



結論から言えば、ナミの暴言に凹まされっぱなしの一日を過ごしたサンジであったが、

彼女の誠意ある弁明によって、やる気と元気を充分すぎるほど取り戻した。



珍しく軽めの雑誌を読んでいるナミに、オレンジババロアを差し出す。



「ロビンちゃんには内緒だよ。一個しか作れなかったんだ」

みかんを多めにとっとかなきゃならない事情があるから。



そう言ってウィンクすると、分かってるような分かってないような顔で

ふーん?と首を傾げるナミさん。

男部屋から聞こえる「ダウトーっ!!!」という叫び声をBGMに、

そのデザートをぺろりと平らげて、ごちそうさまっ!と笑った。

うん、やっぱり可愛いな。



「ねぇサンジ君、何か書くものない?今」

「今?・・・ああ、アンケートか」

『応募者全員大サービス!dosukoiブランドマグカップ』の文字に納得したサンジは、

レシピメモ用に常時携帯している油性インクのペンをナミに手渡した。



さらさらとペンを走らせる音を聞きながら、何とはなしにその様子を見ていると、

ふと、迷ったように手が止まった。



「ねぇ、これどういう意味だと思う?」

「ん?」



Q 8.死ぬ前に食べたいものは?



「えーと、どうって?」

「『一生のうちに食べてみたいもの』?それとも『人生の最後に食べたいもの』ってこと?」

「あー、なるほど」



そりゃあ随分答えが変わってきそうだけど。

アンケートなんだから、適当に好きなものでも書けばいいんじゃないかと思うけど。



「わざわざ『死ぬ前に』って書いてあるから後者じゃないかな」

「そっか」



今度は迷い無く最後の質問まで答えあげ、一つ大きく伸びをした。

サンジが声をかけようとしたそのとき、扉が沈黙を破り、悲鳴を上げた。



「ルフィーーーーーーーーーっ!!!ずるいぞーー!!!!」

「だって意味わかんねぇんだもんよー!!やっぱババ抜きのがいい!!」

「さっきはお前ババ抜き飽きたとか言ってたじゃねぇか!!」



扉の対面に位置する壁に、カカカっとトランプが突き刺さる。

続いて最年少組3人が飛び込んでくる。



「何であえてここに飛び込んでくるんだてめぇらはーーーーーー!!!」



今日もほんとうるさかったわね。サンジ君を中心に。

軽くため息をついたナミは、パタンと雑誌を閉じて出口に向かう。



テーブルに残された葉書を見とめたサンジが、慌てて声をかけた。

「ナミさん、アンケート忘れてるよ!」



ナミは振り返って企み笑顔を浮かべる。

「ああ、それやっぱり諦めるわ。よく考えたら住所とか書きようがないもの」



“じゃ、大いに期待してるわね”



謎めいた言葉を残して去っていったナミの背中に?マークを飛ばしながらも、

葉書を覗き込む。





Q 1 .自分を動物にたとえると?  猫

Q 2 .好きな色は?        オレンジ

Q 3 .一番好きな食べ物は?    みかん

Q 4 .自分の顔で好きなところは? 全部

Q 5 .好きな男の子のタイプは?  お母さんみたいな人

Q 6 .自分の長所は?       数え切れない

Q 7 .自分の短所は?       思いつかない

Q 8 .死ぬ前に食べたいものは?  サンジ君の手料理

Q 9 .今一番欲しいのは?     お金

Q 10.今一番大切なのは?     命とお金





「うひゃ〜ナミらしいなー!」

「やっぱ金かぁ、プレゼントに現ナマってのもナミに限っちゃアリだな」

「なぁなぁ、これ、ゾロはナミのお母さんみたいだってことか?俺あんな母さんやだなー」

「なぁサンジ、これよかったなー!コックミョウリにつきるだろっ?」



いつの間にか隣でアンケートを覗き込んでいた野郎どもの戯言なんか、耳に入らない。



両手を盛大に広げて、普段なら蜘蛛とミミズで脅されてもしないであろうことを、

ごく自然にやってしまった。

それくらい、じーんときた。



「んナミすゎ〜〜〜〜んっ!!大好きだーーーーー!!!」



お母さんになれというのならなりましょう。

飯炊婆の地位も甘んじて受け入れましょう。

それが俺の幸せですから!!!



ぐゎしっと力強く肩を組まれた3人が、

頬に擦れるコックの顎鬚に痛ぇ痛ぇと騒ぎだすのは、もう少し経ってから。







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深夜



見張りに出たロビンと入れ違いに女部屋へ入ってきたゾロと、

ベッドの上でじゃれあって四半時。

ナミのちいさな唇をぺろりと舐めた彼が、何か甘ぇと顔を顰める。



「あー、さっきちょっとね」

「何か食ったのか」

「うん。でも秘密」

「?」

「私と、サンジ君だけの秘密なの」



ふふふっと笑って見せると、ゾロはフンと鼻で息をし、ナミから離れた。



「妬いちゃった?」



別に、と言いながらも眉間に皺を寄せる恋人が可愛くて、

その緑頭を抱き寄せる。



わしゃわしゃと短髪を掻き回していると、仄かにみかんの匂い。

ヤメロといいながら腕を捕らえてくるその顔は、幼く笑っていた。



「誕生日、すっごく楽しみ」

「一応その話はしねぇことになってるんだが」

「もうしちゃったでしょ。ねぇ、あんたは何くれるの?」

「いつもヤってるもの」

「エロゾロ」

「うるせぇ」





こんな風に甘やかしてくれる、この男が好きだ。

かつてベルメールさんがくれた、あの無償の愛を感じる瞬間がある。



あんた、お母さんみたいね。



絶対不機嫌になるから、言わないんだけど。













ナミの誕生日当日、

サンジはdosukoiブランドマグカップに勝る手料理を作り上げたのか、

ゾロは一体何をプレゼントしたのか。



それはまた、別の話。







END







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<管理人のつぶやき>
新しい船のキッチンに立つサンジの背中を見てナミが感じたこと。そしてアンケートの答えから「お母さん」=サンジくん?と思いきや、実は実は(笑)。
芝生のピクニックはいいですね!賑やかな声が聞こえてきそうです。そしてサンジくんの「顎髭スリスリ」を想像したら笑ってしまいましたv

【投稿部屋】でも投稿してくださったことがあるNanaeさんの投稿作品でした!
ふたたびのご投稿、ありがとうございました^^。

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