飛ばない翼
のお 様
爽やかな夏の日だった。真っ青な空は高く澄んでいた。
まぶしい日ざしを森の木立がさえぎって、木陰に入れば気持ちいい風が流れ、最近ふさぎ込みがちだったナミの気分も、だんだん上向いてきた。
足の向くまま気の向くままに、軽く歩を進めると、足元の下草がさらさらと乾いた音を立てる。遠く近く、ひっきりなしにさえずる小鳥の声。森の空気はしっとりとかぐわしく、すみきった水や緑の匂いがした。
最初は気乗りしなかったけれど、やっぱり来てよかったのかもしれない…ナミは、なかば無理やりのように引っぱりだしてくれたことに感謝して、あらためて微笑みを浮かべ、後ろの友を振り返った。
目が合うと、ビビはくったくなく笑った。腕に大きなかごを抱え、ナミの後ろを踊るように歩いている。
「ねえナミさん、できればもう少し果物とか欲しいわよね」
「それじゃあ、こっちにいってみる?」
ナミは、なにか動物の踏み分けたような道を示した。それは更に森の奥の方へと続いている。
「ええいいわよ。でも、どうしてわかるの?」
「うーん、わかんないけど、多分なんとなくね──そんな匂いがするっていうか?」
「匂いでわかるなんて、ナミさんってすごい!」
ビビが驚いたように口に手をやると、水色のポニーテールが、木もれ日に揺れた。ナミもつられて微笑んだ。
今朝、針路のはずれにちいさな緑の島影が見えたときは、ちょっとしたバトルになったものだ。
上陸して、最近少し寂しくなってきた陸の食料や薬草、新鮮な木の実などをちょっとばかり調達することには誰も異存がなかったが、誰が上陸するかで、船内はしばし揉めた。みんな久しぶりの緑の陸地に降りてみたかったのだ。
メリー号はログポースの指針が変わらないわずかな時間だけ停泊し、上陸要員を降ろすと、そのあとしばらく島のまわりを周回して、数時間後に迎えに来る。その間に要領よく食料や薬草を採取し、時間ぴったりに停泊場所に戻ってくることができる者となると、上陸要員の候補はおのずと限られる。
上陸組は、食料調達係(自称「恋のハンター」?)サンジと、薬草集めは当然のごとくチョッパー。
一方の船内居残り組は、トラブルメイカーのゾロとルフィは言うに及ばず。しかし、この二人だけではひじょうに心許ない。海の上とはいえ圧倒的迷子体質のゾロと、隙をみては上陸しようともくろむルフィをしっかり管理統括できる人物を、もうひとり残す必要があった。
ここはナミがいちばん適任だろうと誰もが思ったし、ナミも自分が残ると言ったのだが、ビビが強く反対し、なぜかサンジもそれに同調して、ナミはいつのまにかけっこう強引に上陸組に入れられてしまった。
結局貧乏くじを引いたウソップの恨めしげな視線を感じながら、ナミ、ビビ、サンジ、チョッパーの4人で、砂浜から森に踏み込んだのが小一時間前。こじんまりした島はみかけどおりの無人島のようで、新鮮な木の実やフルーツを探しながら、静かな森を歩き回るのは案外楽しかった。
ログポースをはずした時はちょっと不安になったけれど、来てよかったのかもしれない。
出る前はそんな気分じゃないと思っていたのに、天気はいいし空気は美味しいし、緑の森の中はちょっとした遠足にきたみたいで、ナミの沈んだ気持ちは少しずつ晴れていった。
いつも毎年、きまってこの時期には、心が重たくなった。
考えても仕方ないと思っても、考えないではいられなかった。
心を塞いでしまうほどの重しを負って、ひとりで戦っていた頃は、言わずもがな──故郷を救われ、仲間を得て、自由を手にした今になっても、そのことを思うといまだ、ナミの心は深く沈む。
いや、過去を乗りこえ、くびきを解き放たれた今だからこそ、かえってその思いは深くなった。
あまりにも子どもだったあの時。なにもできなかった自分──あの日ナミの目の前で、世界で一番大切な人が、その命を失った。
あれから長い時間が過ぎた──あまりにも長くて、思い出すことさえ辛い。そう──あれもこれも、もう終わったこと、今の自分はこんなにも自由で満たされている。
だからこそ、この時期には思い出さずにはいられない。いや、普段だってけして、忘れているわけではない。思い出すのがあまりにも悲しすぎて、無意識に考えないようにしているのかもしれなかった。今が楽しければ楽しいほど、幸せであればあるほど、そのことを思うと心は軋み、哀しみは深く澱のように底に溜まるのだ。
ちょうど8年前のあの日、母親が亡くなったあの時のことを。
そんなことを考えて、ナミの思いがまたゆっくりと沈んでいこうとしたとき、ビビが後ろからそっとナミの腕を掴んだ。
「もう、ナミさんてば。足元に気をつけなきゃ」
はっとして下を見ると、あやうく木の根っこを引っかけて転ぶところだった。
「やだ、ありがとう、ビビ」
「ううん、それよりナミさん、聞いた?──さっきから、すぐ近くで小鳥の声がするの」
ナミが振り返ると、ビビはしっ、と言うように、指で唇を押さえた。あたりを見回し、声をひそめる。
「すごく綺麗な声よ──あ、ほらあそこ!」
「え?」
「見て、ナミさん──あそこに、ほら、小鳥がいるわ。すごく可愛いvv」
ビビの視線をたどると、なるほどナミの向かっていたちょうど前方の草むらの中に、白いちいさな鳥がいた。てっぺんの赤く逆立った頭を高く掲げ、警戒するようにこちらを見ている。そして、チィとひと声、高く鳴いた。
「ね、ほら、綺麗な声でしょ」
ビビがささやいた。
「ホント──可愛い」
ナミも思わず微笑んだ。ちっぽけな小鳥は、身体の白と赤のコントラストが美しく、逆立った頭部が綺麗な身体に不似合いに勇ましげなのが、いっそう可愛らしさをそそった。くりっとした瞳が、なにかを問うように、じっとこっちを見つめている。
あたりには細い広葉樹がまばらに生えていて、下草は適度に茂っている。その茂みに埋もれるように、小鳥はふたたび、今度はチチチ…と長く鳴いた。そして突然、ばさりと大きく羽を広げた。
赤みを帯びた羽根が、バタバタと不規則に羽ばたく。
「あら──なんだか様子がおかしいわ」
ナミがそっと近づこうとすると、鳥はいっそうせいいっぱい羽を広げ、ひときわ高い声で警戒の叫びを上げた。そしてそのまま片方の羽根を引きずりながら、茂みに隠れるようにゆっくりと走り出した。
二人は顔を見合わせた。
「もしかしたら、怪我をしてるのかも」
「ええ」
「掴まえられるかしら」
「やってみましょう」
二人はあわてて小鳥の後を追った。鳥は片羽根でバタバタと羽ばたきながら、飛び上がることも出来ずに、茂みから茂みへと走り回る。
「鳥さん待って! 大丈夫、私たちは敵じゃない──」
「怪我してるなら、早く手当てしてあげないと──あら、チョッパーはどこ?」
ナミが走りながら聞くと、ビビは首を傾げた。
「さっきまで一緒にいたのに──もしかして、サンジくんの方にいっちゃったのかしら」
上陸後、どうしても後ろをついてこようとするサンジを叱りとばして、別行動を取ることにしたのだが──ナミはあたりを見回したが、かごを背中にくくりつけたトナカイの姿はない。
どうしたものかととまどっていると、翼の赤い小鳥がまるで二人の気を引くように、ひときわ大きくチィと鳴いた。
仕方ないわ。とにかくまずは掴まえて、翼の様子を見なくちゃ──ナミはもう一度、後を追った。不器用にはばたく翼は今にも折れそうで、もう少し、あと少しで、掴まえられそうに思えた。
しかし、小鳥はまるで二人を引っぱり回すように、森の中をふらふらと移動したかと思うと、しばらくして急にばさりと舞い上がって、あっというまに木々の間に姿を消してしまった。
「行っちゃった──」
呆然として、ナミが空を仰いだ。
「なんだ──飛べるんじゃない」
「怪我をしてるんじゃ、なかったんですね」
ビビもホッとしたように言った。
「まったく、人騒がせったらないわ──おかげでずいぶん引っぱり回されちゃった」
「本当に──ねえナミさん、ここどこかしら」
「さっきあっちから来たから、多分こっちの方向でいいんじゃない?」
二人はかごを抱え直すと、中身を確かめてからまた歩き出した。さいわいまだあまり入ってなかったので、今の騒ぎでなくしたものはわずかだった。
「今の、いったいなんだったのかしら」
ナミがぽつりとつぶやくと、ビビがなだめるように言った。
「ちゃんと飛べたんだから、いいじゃありませんか」
「でも──なんだか気になるじゃない」
「ナミさん、優しいんですね」
ナミは黙ってむっつりとうつむいた。かごの果物をひとつ取り上げて、ガブリとおおきく囓る。まだ酸っぱいわ、とちいさくつぶやくと、先に立って歩きはじめた。
「ああ、それならおまえたち、鳥に騙されたんだ」
チョッパーが、ふんふんと草の匂いを嗅ぎながら言った。背中に背負った大きなかごは、さまざまな種類の薬草で一杯だ。
「騙された?──鳥に?」
「ああ、たぶんな」
「なんで鳥がヒトを騙すの?あたしたちが何かしたっての?」
ナミがムッとして尋ねる。
「だからさ──」
チョッパーは、鼻先で器用に草の葉を集め、背中のかごに放り込みながら、なだめるように答えた。
「おまえらが悪さしたからじゃなくて、きっと、巣が近くにあったんだと思う」
「巣が?」
ナミの問いに、チョッパーはうなずいた。
「そういう種類の鳥がいるんだよ──巣とヒナを天敵から守るのに、怪我をしたふりをして自分をおとりにするんだ」
チョッパーは、鼻をくんくんいわせながら説明した。
「ここは無人島だからな──人間の匂いもほとんどしないし、きっと人を見るのも初めてだったんじゃないか。だから、『オマエ』を敵だと思ったとかじゃなくて、ただびっくりして、咄嗟に巣を守ろうと思ったんじゃないか」
「じゃあ、あれはお芝居だったっていうの?」
「たぶん。今ごろ元気に、巣に戻ってるよきっと」
「それじゃやっぱり、怪我してたんじゃないのね。よかった──」
ビビがホッとして言った。ビビとナミも、チョッパーの鼻が示す葉を摘み取っては、その背中のかごに積んでいく。
鳥に逃げられた後しばらくして、ふたりはちいさな池を見つけて休憩した。池の畔には運良く何種類かの木の実や果物が実っていて、二人とも新鮮な食材でかごを一杯にすることができた。足どりも軽く帰路についたところで、薬草集めに夢中になっていたトナカイにばったり出会ったのだ。
「でも残念。お友達になれたらよかったのに──」
ビビの言葉に、ナミはうなずいた。
「そうね、あんたは鳥と話ができるんだものね」
「どんな鳥でも、ってわけじゃありませんけどね」
そう言いながらビビが、ふいに遠くを見つめるような顔をしたのを、ナミは不思議に思って眺めた。
3人で帰路を辿りながら草深い踏み分け道を歩いていくと、行きがけに鳥の鳴き声が聞こえてきたあたりに出た。
「あ、たぶんあのあたりよ──その小鳥を見たの」
ナミはあたりを見回した。
ちょうどその時、3人が耳をすますかすまさないうちに、ピィーというかん高い鳴き声があたりに響き渡った。きっとさっきの鳥だとナミは思った。しかし、なんだか様子が変だ。なんだかさっきよりもいちだんと緊迫した、せっぱ詰まったような調子だった。
ピィーーーー、とふたたび更に高い調子の声が響いた。小鳥の姿は見えない。
ナミはふたたび、もどかしげにあたりを見回した。
「チョッパー、なんて言ってるかわかる?」
チョッパーは首を傾げた。
「うん、たぶん──敵だ。敵が来たって」
「あたしたちは敵じゃないって言ってやってよ。心配しないでって」
「ちょっと待って、また──」
もう一度つんざく鳴き声に耳をすますと、チョッパーははっとしたようにナミを見た。
「違うナミ! オレたちじゃない──別の敵だ!」
その時向こうの茂みで、ばさりという羽音と同時に、ザザザと草を分ける大きな物音がした。
何かが飛びかかるような、どさっという音。見ると向こうの茂みが、中で何かが起こっているみたいに大きく揺れている。ばさばさと連続した羽音に続いて、ギャッという悲鳴のような声も聞こえた。ナミは叫んだ。
「たいへん!チョッパー ──小鳥が襲われてる!」
3人が駆け出そうとしたとき、向こうの草むらの中から小鳥がバサッと勢いよく飛び出してきた。さっきのわざと片羽根を引きずるような飛び方ではない、すばやい真剣な動きだ。
続いて脚の太さぐらいの、でっかい灰色のトカゲのような動物が後を追うように現れた。ガッと開いた口に尖った歯が並び、凶悪な目がいかにも肉食獣という感じだ。鈍重な見かけによらないすばしこい走りで、ちょこちょこと低く飛んでは逃げる鳥を追いかけていく。追われる鳥は、羽根を広げて反転しようとしたが、その拍子に急にバランスを崩した。
「ナミさん見て! 鳥の羽根が──」
ビビが悲鳴を上げた。見ると、広げた羽根が大きく傷ついていた。
鳥はなんとか飛び上がろうとするが、傷のためか高くは飛べないようだ。それでも懸命に羽根を広げて、遠くへ遠くへと誘い出すように、天敵を誘導していく。
「本当に怪我してる!」
「待ってて、今助けるわ!」
ナミとビビはかごを放り出して追いかけたが、必死で逃げる鳥はどんどん森の奥の方へ向かう。トカゲもどすどすと追いかけながら、二ひきは今にもその姿を消してしまいそうだ。
ナミはとっさに脚のクリマタクトを探った──が、あいにくログポースと一緒に、船に置いてきてしまっている。チョッパーが叫んだ。
「自分をおとりにして、巣から引き離そうとしてるんだ」
「でも怪我してるのよ! 飛び上がって逃げられない──このままじゃ小鳥さんが危ない!」
「なんとかできないの、チョッパー」
「で、でも・・・」
3人はどうしようもなく顔を見合わせた。ひときわ深い茂みの向こうで、ピィーーーー──という切迫した鳴き声がひびいた。
その時。
ひゅん、と何かがしなるような気配がして、ガッという鈍い打撃音とともに、灰色の重そうな物体が茂みの向こうからふっ飛んできた。
その物体は3人の目の前に、ドシンと音を立てて転がった。見ると、さっきのトカゲのようなヤツだ。トカゲは、きゅう、と目を回し、仰向けに突きだした脚をぴくぴく震わせている。なにか大きな衝撃を受けたようだ。
なにが起こったのか、3人が事情がまったく飲み込めないでいると、茂みの奥からゴソゴソと音を立てながら、金髪の頭が現れた。
「ナミさ〜〜〜んvv ビビちゃーーーん!! 会えてよかった〜〜〜!!」
「サンジくん!」「サンジさん!」
二人は声を揃えた。サンジは目尻を下げながら駆け寄ってきた。両肩には、重そうな肉の塊を背負っている。よく見ると、今飛んできたトカゲと同じ種類の動物のようだった。
「ホラ見て、この肉すげえだろ! 煮込みにしたら旨そうだ!! あれ、さっき掴まえたのは──ああ、それだ。ちょっとちっせーけど、やっぱいちおう持って帰っとくか」
にこにこ笑いながら報告するサンジの肩を、ぽんと叩いてナミは言った。
「サンジくんナイスタイミング! ご苦労様vv」
「え、何?、ナミさん」
サンジはわけわかんねといった様子で、先刻ぶっとばしたトカゲを取り上げた。首をきゅっとシメると皮を剥ぎ、要領よく捌いて、持ち帰りやすくまとめていく。
「ちょっと待ってよ──まさか、それが食料?」
「なんで?──もちろん食うさ」
サンジは不思議そうに言った。ナミは、げんなりと顔をしかめた。
チョッパーが、怪我をした小鳥を帽子にとまらせて連れてきた。
小鳥は安堵した様子で羽根をたたみ、しきりにさえずりながらチョッパーとなにやら話をしている。すると茂みの中から、同じ種類の鳥がもう1羽飛び出してきた。黄色の産毛を生やした可愛いヒヨコを、うしろに数羽引きつれている。
チョッパーにとまった鳥が、チィと鳴くと、ひな鳥たちは興奮したように、ちいさな羽根をいっせいにパタパタと振るわせた。
「やっぱり家族がいたのね──ふふっ、可愛いvv」
ビビが微笑む。チョッパーは親鳥の傷ついた羽根をそっと広げると、傷の様子を調べながら言った。
「そのトカゲ、ずっと前からこいつらの巣を狙ってたらしいぞ。やっかいな敵をやっつけてくれて、どうもありがとうって言ってる。それと、さっきは飛べないふりして騙してスミマセンって」
鳥は翼を広げたまま、ちいさくピィと鳴いた。赤くふちどられた翼には、ぐさりとふかい傷が刻まれている。
「そいつのせいで、ナーバスになってたって謝ってるぞ」
「いいのよ、わかりゃあ──それよりチョッパー、早く傷の手当てをしてあげて」
ナミが手を振ってうながすと、チョッパーは急いでうなずいた。
「うん、ちょうどよかったんだ。今取ったばかりの薬草があるからな」
チョッパーはかごの中から葉っぱを一枚取って、ひづめの間で器用に揉みほぐした。
手当てがすむともう、すぐに帰らなければならない時間になっていた。一同はずっしりと重い収穫をかついで、元気に帰路についた。鳥たちは一列に並んでピィピィ鳴きながら、翼を羽ばたいて見送ってくれた。傷ついた親鳥も、元気な方の翼をせいいっぱい振り立てた。
ビビが感心したように言った。
「ちっちゃくても親なのね──こんなに怖そうな敵に、武器もなく向かってくなんて」
サンジは両手を大量の食料でふさいだまま、器用に煙草をふかしながら答えた。
「そうだね──でもビビちゃん、こいつだって生きるために食べてるわけなんだぜ? たとえばどっかで子トカゲが、こいつの帰りを待ってるかもしれないだろう」
「そうだよな」
チョッパーがしみじみと言った。
「みんな、自分が生きるために必死なんだよな」
──みんな、いっしょうけんめい、必死で生きてるんだよね。
自分と家族、なかまの命を守るために、必死なんだよね。
「そんなこと言われると、なんだかかわいそうになっちゃうわ」
ビビが言うと、サンジは笑った。
「大丈夫、こいつはオレらが、サイコーに美味しく食べてやればいいのさ。世の中って言うのはずっと昔から、そういうふうにできてるんだ」
サンジはしごく当然というように言った。
サンジが言うと、それはホントに自明の理だと心から納得できると、ナミは思った。
「ねえ、チョッパー──あの鳥、また飛べるようになる?」
「うん、すぐによくなるよ」
「早くよくなればいいね──また別の敵に狙われる前に」
「うん、そうだな」
ナミはぽつりと、誰にともなく言った。
「飛べないふりをしても、たとえホントに飛び上がれなくても、家族を守るために戦わなきゃいけないんだものね」
気がつくとそんなナミを、ビビがもの問いたげに見ている。ナミは、なんでもないわと照れたように笑った。
ふたりの視線がそっと絡んだ。
ビビがすぐに目を逸らすと、ふと思いついたように言った。
「ねえ、ナミさん──翼は、戦うためにあるんじゃないんですって」
「え?」
ナミは聞き返した。世間話をするかのようななにげない口調だったが、ビビの瞳はまた、遠くを見つめているように見えた。
「故郷の友だちが言ってたの。それは、守るためにあるんだって──」
ビビは、思い出すように繰り返した。
「高く飛ぶためでも、戦うためでもなくって、ただ守るんだって言ってた」
「うん」
少し考えてから、ナミはうなずいた。
愛するものを守るための翼──たとえ自分は高く飛ばなくても、それは、とても強くてやさしい翼。
──そういう翼を、私は知ってる。
私を守ってくれた、飛ばない翼──
「ありがとう、ビビ」
「え、 なんのことです?」
わたわたと慌てるビビの背中を、ナミは感謝の気持ちを込めて叩いた。
「もう、ビビったら。わかってるのよ──もう大丈夫」
ありがとう、ビビ。心配してくれて。
「今日は楽しかった──すごく元気が出たわ。ありがとvv」
「ええ、ナミさん」
ビビがうなずき、二人はしっかり見つめ合った。それから荷物を抱え直すと、船に向かって足を早めた。
「おーい、ナーミー!! 何してんだーーー!! サンジ、肉は取ってきたか? でかい肉ぅうーーー!!」
浜に近づくと、ルフィが叫ぶ声が聞こえた。
森のはずれを抜けると、砂浜の向こうに停泊するメリー号が見えた。甲板で、ウソップが誇らしげに手を振っている。
「おおーい!早く帰って来いよーー!! ほら、見ろ見ろサンジ、この大漁!!」
ゾロが、頭の上にでっかい魚をかついでいる。ゾロ自身よりも大きいぐらいの、巨大な魚だ。
「おおーーー、こりゃすげえ旨そうだ。でかしたぞ、ウソップ!!」
サンジが嬉しそうに叫ぶと、肉を背負ったまま船に向かって走り出した。チョッパーも、待てよと叫びながら後に続いた。こちらの収穫を確認したらしく、船の上からもひときわ大きな歓声が響く。
ナミとビビはもう一度顔を見合わせると、にっこり笑った。
そして守るべき仲間に向かって、まっすぐに駆け出していった。
白い砂浜に、迷いのない足あとを残して。
FIN
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