橙の髪を風に揺らして、いつものように早朝の看板に立ち航路を確認する我等が航海士ナミ。
彼女が個性あるクルー達を相手に頭を抱えない日はない…。
〜オレンジの苦悩〜
瀬希藜花 様
「異常なし。天気も良いし風もある。これなら結構早く次の目的地に辿り着けるかも。」
でも、やっぱり魚人島は気が進まない。
『ま、その前に宝船(ゴーストシップ)を見付けなきゃいけないって楽しみもあるんだけどね!!お宝お宝wW』
朝食の後は一休みして蜜柑の木の手入れ。
「ん。我ながら今回も良いデキだわ!!」
蜜柑を見ながら思わず頬が緩む。
だけど、そんな僅かな和みの時間もキッチンから聞こえてきたガッシャーン!!という大きな音によってかき消されてしまった。
ドカッという音に今度はキッチンの扉をぶち破り飛び出したのは麦わら帽子と頬の傷がトレードマークの船長。
続いて、向かって右側だけ伸ばされた前髪の金髪と特徴的な眉毛のコックが先ほどルフィを蹴り飛ばしたと思われる右足を高々と上げて怒りを露に姿を現した。
「コックの領域に無断で踏み込んで盗み食いたぁ良い度胸だなクソゴム!!」
「…またやったのね。アイツ」
ナミは見慣れた光景を一瞥するとハァと溜め息を漏らした。
「ってことは、アイツ等もね。」
直ぐ様甲板で釣りをしている一風変わった鼻の男とトナカイに目を向ける。
予想的中。
一人と一匹は必死に口の中のものを喉に押し込んでいる。
『ん?ちょっと待って。今口に詰め込んだのって…。』
ゴゴンッ!!!!
「「いでぇっ!!!!」」
殴られた二人が、頭を押さえて振り返るのを見てナミはニッコリ笑って見せた。
まぁ、額の青筋はくっきり残っているし声にドスも効いてはいるが。
「あんた達?今何食べてたのかしら!?」
「「う゛っ」」
一人と一匹の、慌てて口を隠すという動作が見事にシンクロする。
が、
『口は隠せてもその黄色い手は隠せてないわよ二人共!!』
ナミはそのまま二人を引きずって叱られているルフィの横に正座をさせた。
ルフィは正座はしているもののサンジの尋問には目を反らして反省の色が見えない。
『目が泳いでるわよルフィ』
ナミはサンジに変わって説教係を買って出た。
と同時にサンジにもルフィ達同様正座をさせる。
サンジはナミの怒りのオーラに脅えつつも相変わらずハートを飛ばし続けているし年少三人組は目の前に仁王立ちするナミの顔をビクビクしながら見つめている。
いかにもまだサンジの方がマシだったという目で。
「あんた達あたしの蜜柑いつの間に取ったの?もちろんあたしの怒りは覚悟の上よね?それにサンジ君?見張り…頼んでたわよね?」
「本当に悪ぃナミさん。昨日ナミさんに預かった蜜柑を調理しようとキッチンに置いてほんの一瞬オレが目を離したばっかりに…」
ナミが氷のように冷たい笑みを顔に称えながら見下ろすとサンジは並ば土下座をする勢いで頭を下げてきた。
隣からはルフィが膨れっ面でブーイング。
「どうせ食うんだからいーじゃねーかナミ!!」
「そ、そうだぞナミ…ひっ!!…いや、ナミ君!!調理済みだろうが調理前だろうが君の作った蜜柑の美味さには変わりはないのだから!!なぁ、そうだろう?チョッパー君!?」
「ぉ、おぅ!そうだな!!ナミの蜜柑は世界一だ!!…ん?ぉぉぉぉお!?そげキングいつの間にィィィィィ!?」
「うほぉ〜!!本当だ!!いつの間にィィィィィィィ!?」
ウソップはビクビクとしながらもルフィに同意するがナミがギロリと一睨みすると、何の意味があるのかどこからかそげキングの仮面を取りだし、ルフィ達にバレないように素早く装着して…。
『あたしからも隠れてるところを見るとあたしにも気付かれてないとでも思ってるのかしらコイツ…。』
ウソップは仮面を着けると途端に強気な口調になって、ナミを懐柔しようと大袈裟な身振り付きでナミの蜜柑を褒め称えてチョッパーにも同意を求めた。
チョッパーはウソップの考えまでは読めていないものの、ウソップの必死な声に圧されて相槌を打つ。
そして、そげキングの出現にルフィ共々文字通り目を見開いた。
『まったく、少しはおとなしくならないのかしら!?』
ナミが頭を抱えて軽く溜め息を吐くと、それを許して貰えたと捕えたのか年少トリオはますます騒がしくなってそげキングが愛用の武器“兜”について語りだし、二人はそれをキラキラした目で聞きいっている。
しかし、ウソップの作戦が今度はサンジの怒りをかってしまい…。
「ちょっと待てお前等!!調理済みだろうが調理前だろうが同じだと!?聞き捨てならんな…。良く聞けクソ野郎共!!あれはナミさんのオレと蜜柑に対する愛情を込めた育て方とオレのナミさんへの愛を込めた調理方により更に美味さにクソ磨きがかかんだよ!わかったか!!」
ちゃっかり蜜柑よりも自分の名前を先に持ってきているあたりがサンジらしい。
『残念ながらあたしは蜜柑への愛情は込めてもサンジ君への愛情は込めてないわ。』
ハァ〜、と今度は深い溜め息をつくとキッと無言の威圧をかけ、四人がピタリと動きを止めるのを見て拳を振り上げた
ゴゴゴゴンッ!!!!!!
ナミの拳が同時に四人の頭に飛び、後にはシューという音をあげるタンコブを作った男共が床に沈んだ。
「「ドウボズビバヒェンデヒタ…(どうもすみませんでした)」」
起き上がった四人が口を揃えて詫びを入れるのを聞き終えると背後でクックックッ…という堪えた笑い声が漏れてきた。
振り返ると、昼寝を決め込んでいた筈の緑の髪に腹巻きが印象的な、三本の刀を持つ元海賊狩りは、それを見ていたようでニヤニヤと楽しげな目を向けている。
「…ゾロ?」
先ほど思いっ切り降り下ろし湯気のたつ拳を構えながら、ギロッと睨むとそそくさと立ち上がってルフィ達の後ろを通ってキッチンへと入って行こうとする未来の大剣豪。
通り過ぎ様ルフィ達に小さく耳打ちしたのがナミにも聞こえた。
「どうせ盗むならもっと上手く盗め。」
ニッと笑って見せたゾロはキッチンの扉を閉める寸前のところで腹巻きから何かを取りだしナミにも見えるように大きく掲げた。
見覚えのある瓶。
見覚えのあるラベル。
『あれは確かあたしの部屋に置いてた…高級な…あたし用のお酒!!?』
「ゾロ!!!!アンタいつの間にっ!?」
ナミは慌ててゾロの後を追う。
背後でルフィ達の
「やふはぁロロ!!(やるなぁゾロ)」とか
「ロロ…うばくぬふへはんはひゃわはわぁみひぇなふひゃっふぇ…(ゾロ…上手く盗めたんならわざわざ見せなくたって…)」とか
「そへはひあうほ。ヒョッハーふっ!!あえははほひんてふんはお!!いっひゅのコミュミヘーヒョンは!!(それは違うぞチョッパー君!!あれは楽しんでるのだよ!!一種のコミュニケーションさ!!)」とか
「おっおあえ!!ウオアイオ!!エエッいうおあにナミひゃんのふぇひゃぬぃ!!(ちょっと待て!!クソマリモ!!テメェいつの間にナミさんの部屋に!?)」とか
各々喋りにくそうに勝手な事を色々言っていたが、そんな事をナミは気にしてる場合ではなかった。
『ゾロの奴!!このあたしから物を盗むなんて!!覚えてなさい!!借金倍増してやるんだからっ!!あいつらもよ!!』
数十分後…キッチンで大声を上げて言い合う男女と見張り台から吊される四人の男、それを見上げる大人二人の姿があった。
「なんつーか…賑やかな奴らだな…。」
「あら?楽しいじゃない?フフ」
おまけ。
「ナミ〜!!なんでゾロは吊さないだぁぁぁぁぁ!!卑怯だぞ!!ゾ〜〜〜〜〜〜ロ〜〜〜〜〜〜」
一つの陰はびよんびよんと左右に揺れて不公平だと異議を唱える。
「だびざ〜んどぼじでマリモなんでずがぁぁぁぁぁ!!!!」
一つの陰は何故自分じゃ駄目なのかと高き場所から涙という名の雨を降らす。
「うっ!!持病の地に足をつけねば死んでしまう病が!!」
一つの陰は逆になった事で仮面が落ちて元のウソつきへと姿を変える。
「本当か!!ウソップ!?あれ!?そげキングは!?はっ!!それより!!い!!医者ぁぁぁぁぁ!!!!はっオレだぁぁぁぁぁ!!」
一つの陰は突如現れ突然消えた仲間の姿に驚き仲間の病に悲鳴をあげる。
炎天下の中それぞれの陰がそれぞれの叫びをあげているとき、キッチンでは和解した二人の男女が仲むつまじく酒を酌み交していた。
「あれ?なんか忘れてない?」
「あ?まぁ、大した事じゃねぇだろ。」
「う〜ん?」
陰達が突如咲いた沢山の手に助けられたのは黒髪の美女が一通りの者達の観察に満足し、お腹を空かせた夕方の事。
FIN
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