夜空の星がお金になって降ってきてくれる,そんな奇跡は。
純真で心優しい少女へのご褒美だ。
Shower of Silver
糸 様
「星が銀貨になって降ってくる話を知ってるか?」
あれはまだ、メリー号を手に入れたばかりの頃。
広い甲板が嬉しくて、4人で寝転がって夜空を見上げていた時、突然そんなことを言い出したのはウソップだった。
「あ?何だ、また新手のウソか?」
「ええっ、金がばらばら落っこちてくんのか?痛くねぇのか?!」
「て言うか、何で銀貨なの?金貨とかお札とかなら喜びもひとしおなのに」
「お前らなぁ・・・」
三者三様の反応に、夢がねーよ、夢が!なんて大仰にため息をついて、ウソップは話し始めた。
「あるところに,すっげぇ貧乏な女の子がいてよ。食べ物は一切れのパンで,服も一着しか持ってなかった。でも,その子は心の優しい子でな・・・」
他の腹を空かせてる人に,パンをあげちまって。服もねだられるままにあげちまって,とうとう何もなくなってしまった。
それを見ていた神様が,星を銀貨に変えて,その子に降らせてくれたんだ。
有名な童話だぜ,とウソップは笑ったけれど、少なくとも私たち3人にとっては、初めて聞く話だった。
ルフィはそれを聞いて、飯がパン一切れなんて何て辛いんだと少しズレたところで悲しんでいたけれど,ゾロはふっと私を見た。
――ナミ,お前にぴったりじゃねぇかよ。
はぁ?と返すと,ゾロはにやりと笑ってこう言った。
――星がカネになって降ってくるなんて,いかにもてめぇが喜びそうな話じゃねぇか。
それに対して自分が何て答えたのかは覚えていない。
私がもっと優しい子だったら,星は銀貨になって降ってきてくれたのだろうか、と。
そんなことを本気で考えるほど私は夢見がちな少女ではなかったし、決して降ってこない星に、期待するほど子供でもなかった。
第一、ルフィが言ったように、銀貨が頭上から降ってきたりしたら痛いに違いない。お金を手に入れるということは、痛みを伴うものだ。増える金額と比例して、私の傷跡は増えていくのだから。
その後、きらきらと落ちてくる星の銀貨と、その中で微笑む優しい少女をウソップが絵に描いた。
その少女がどことなく、いやかなりカヤさんに似ていたのをからかいながら、私はぼんやり考えていた。
こんな綺麗な情景に、魔女の入り込む隙間なんて、ない。
それなのに、今。
「ハッピーバースデー、ナミ!!」
降り注ぐ銀色の光に、私は思わず呆然としてしまう。
目の前にいるのは、満面の笑みを浮かべた仲間たち。彼らが私に降らせているのは、星の銀貨。
・・・では、なくて。
「・・・紙吹雪?」
「おう!綺麗だろ!!」
胸を張ったのはルフィだ。裏返しにした麦わら帽子に手を突っ込むと、もう一度私に向けてぱあっと銀の光を散らした。よく見ると、アルミホイルを小さく切ったものだ。
思わずサンジ君を見ると、彼は困ったように笑っていた。
「無駄使いしたわけじゃないんですよ、ナミさん。実はこの前の島で大量に手に入りまして」
「福引ってのをやったんだけどな、全部残念賞だったんだ!」
「てめ、こらチョッパー!!そういうことは言うんじゃねぇ!!」
慌てて口を塞ぐサンジ君の余罪はまた後で追及することにして。
それにしたって、よくもまぁこんな大量に。
「いつのまに・・・」
「ヨホホ、ロビンさんに手を咲かせて手伝っていただきましたからね」
「おう、船中の鋏を掻き集めてな!一日作業すればかなりの量が出来たぜ!」
アフロに紙吹雪が降り積もっているブルックと、まるで自分のことのように自慢げなフランキー。ロビンはその隣で微笑んでいる。
「あなたの鋏も貸してもらったわ、ごめんなさいね」
「見ろ、ナミ!三角だろ?こうするとキラキラ〜ってなるって、ウソップが教えてくれたんだ!」
「・・・どういう意味?」
「あーつまりだな、四角じゃなくて三角に切ると、こうして回転して落ちるから綺麗な紙吹雪になるんだ、とルフィは言いたかったわけだ」
「ウソップはすげぇなぁ、何でも知ってるんだな!」
そこら中に紙吹雪を撒き散らすルフィとチョッパーに、いつもよりさらに鼻高々なウソップ。
そして、やれやれという表情をしたゾロ。
「あんたも作ったの、これ?」
「ああ。ったく、やりすぎだ、あいつら」
「・・・まさか刀でやったんじゃないでしょうね」
「んなことに刀を使うか!!」
こいつが仏頂面でちまちまと紙吹雪を作っている風景というのは、それはそれで笑えてくる。
堪えきれずに苦笑したら、ゾロはさらに憮然とした表情になった。
・・・馬鹿ばっかり、なんだから。
誰が言い出したのか、とか。あの時の話を覚えていたのか、なんてことはどうでもいい。
こんな、吹けばすぐに飛び散るような紙吹雪なんか、一日がかりで作ったりして。
芝生中銀色になっちゃって、誰が片付けるのよ。勿論あんたたちだけど。
ペラペラのアルミ箔は、銀貨とは程遠くて。当たったって痛くなんかない。当然傷つきもしない。
かつて描いた未来とは、あまりに異なる風景。
それは、可笑しくて、ひどく痛快で。
・・・涙が零れそうなくらいに嬉しくて。
「あんたたち!!」
絵の中にも入れず、一人で空を見上げていた傷だらけの少女は、もうどこにもいない。
「・・・明日は、全員で甲板の大掃除なんだからね!!」
奇跡なんて、いらない。
満天の星空、浮かれ騒ぐ仲間たち、降り注ぐ安っぽい銀色の欠片。
それだけで、私はこんなにも幸せなのだから。
FIN