呼。
mariko 様
何処にそんな体力が残っていたのか、と呆れるほど散々騒いで、音楽家が仲間になって、さらに宴が続いている。
それなのに、この男だけは目を覚まさない。
こんなに騒いでいるのに、枕元でサンジくんの料理の良い香りがしているのに、大きな酒樽を置いているのに、ピクリとも動かない。
「こいつは寝て治すタイプなんだよ」
「大丈夫だよナミ、呼吸も脈も安定してるから」
「酒でも傍に置いてたらそのうち目ぇ覚ますって!」
この男がこんなことでどうにかなるなんて、微塵も思っていない仲間たちはそう笑って宴会に参加している。
船医もモグモグと、枕元で肉を頬張り音楽に体を揺らしている。
信じているのは私も同じだから、急ごしらえのベッドの近くに座り渡された料理の皿を口に運び、お酒を飲む。
次々披露される宴会芸や音楽に笑いながら、それでも動かぬ男の姿を視界の端に納める。
「……あれ、チョッパーお皿カラじゃない」
「うん、やっぱりサンジの料理は美味いなー」
「足りないんでしょ、取ってきなさいよ。 ゾロ、起きる気配無いし」
「う…ん、じゃ、ちょっと行って来る!」
「ゆっくりでいいわよ、皆と騒いできたら? 何かあればすぐ呼ぶから」
「わかった、ありがとう!!」
チョッパーは皿を抱えてそう言って、いそいそと皆の輪に加わって行った。
フフと笑ってその後姿を見送り、それからベッドに横たわるゾロへと目を戻す。
シーツの上に置いた自分の皿もカラになっていたが、取りに行く気にはならなかった。
宴会は終わる気配は無く、料理は無くなる端から追加されていく。
楽しく皆が騒いでて、料理も美味しくて、お酒もたっぷりある。
「…早くしないとあんたの分も、全部飲んじゃうわよ」
手に持ったグラスをゾロの鼻先で振ってみるが、やはり反応は無い。
小さく息を吐いて、グラスの中身を一気に飲み干して床に置いた。
両腕を枕にして、ベッドに突っ伏して目を閉じる。
「……あんたはいっつもいっつも、一人で……」
片手を外して、ゾロの手をそっと握る。
いつもなら握り返してくれるのに。
信じている。
信じているけど、けど、もし。
だって、人間はいつかは死ぬのだから。
はっと目を覚ます。
いつの間に眠ってしまったのか、慌ててゾロの様子を確認するが何も変わりは無い。
溜息と共に、自分が随分と汗をかいていることに気付く。
額に髪が張り付き、ゾロ用に置いていたタオルを借りてそれを拭った。
眠っていたのは一瞬のような気がしていたが、周りはいつの間にか暗くしんと静まっていた。
疲労と酒と、満腹感と、そして解放された喜びから来る安堵感で、ほとんどがオチている。
日の落ちた屋敷の外では何人かがまだ騒いでいるが、やけに遠く聞こえる。
思わず、触れたままだったゾロの手をぎゅうと握る。
落ち着いて見渡すと、クルーの姿を確認できた。
みんなよく眠っている。
チョッパーは戻ってこようとしたらしいが、道のりの途中でダウンしてスヤスヤと寝息を立てている。
ルフィや他の皆も、同じような状態でいつものように眠っている。
ほっと息を吐いて、ゾロを見つめる。
目を閉じ、口を固く結んで、動かない。
朝になれば、みんなと同じように目を覚ますのだろうか。
それとも、このまま。
フルフルと小さく首を振って、両手でゾロの手を包んだ。
「…どこで迷子になってるのよ、バカゾロ」
あんたは神様なんて信じてないけど、
でも私は
あんたが迷子になって
あっちの世界から戻れなくなってるんだったら
祈ることしかできないから
神様にだって悪魔にだって、何度でも祈ってやるわ
暗闇の中で、声が聞こえた
泣いている声だ
誰かの名前を呼びながら、泣いている
女か男か、大人か子供かも分からない
ただ泣いている、としか
だがその声を知っている、と思った
その泣き声を、どうにか止めようと思った
その声の主を、泣かせたくなかった
戻らなければ
あいつが、泣いている
おれの名を、呼んでいる
「神様………」
目を開くと、ぼんやりと薄暗い部屋に寝ているのが分かった。
見覚えの無い部屋。
固まった首をゆっくりと左へ動かすと、ナミの姿があった。
床に座ってベッドに肘をつき、おれの左手を両手で包んで、祈るように顔を寄せている。
ぎゅっと目を閉じたナミはおれの視線に気づくことなく、小さく、だが必死な声でまた「神様」と呟いた。
声をかけようと思ったが、どうやら随分と眠っていたらしく、喉のあたりが詰まったように掠れてほとんど声にならなかった。
だから、指を動かした。
ほんのわずかしか動かなかったが、ナミはピクリと肩を震わせてゆっくり目を開けると、視線をこちらに寄越した。
「…………ゾロ」
一瞬、泣き出しそうに顔を歪ませたあと、ナミは「チョッパーを」と呟いて立ち上がりかけた。
慌てて「待て」と口にする。
掠れてはいたが、今度は何とか声になった。
「…あとでいい…」
「でも」
「まだいい…」
「………」
ナミを促すようにその手を握リ返し、ほんの少し引き寄せる。
たったそれだけで体中が悲鳴を上げるように軋んだが、それでもあの直後に比べれば大分マシになっていた。
「ここにいろ」
ナミは無言でまた腰を下ろし、同じように手を握り返してきた。
「……ルフィたちは」
「みんな寝てる。 もう散々騒いだ後よ」
「そうか……」
「あんたのお酒、なくなっちゃったわよ」
「マジかよ…」
「冗談。 ちゃんととってあるから」
「おぅ、ありがとう…」
ナミの顔に涙の跡は見えないが、時折泣き出しそうな表情を覗かせる。
随分と心配をかけたようで、一体自分はあのあとどれだけ目を覚まさなかったのかと考えたが、うまく頭が回らなかった。
だからもう大丈夫だと言うかわりに、緩く微笑んだ。
そうしたらナミも、瞳を潤ませ笑顔を見せた。
「…あんたがいつまでも起きないから、神様に祈っちゃったわよ……バカゾロ」
「……そうか」
ナミがぎゅうと手に力を込めたから、強く握り返した。
腕が千切れるように痛んだが、ナミが嬉しそうに笑っていたので直に忘れてしまった。
神様なんて信じちゃいねぇし祈ったこともねぇが、あの声を届けてくれたのが神様ってヤツなら
今回ばかりは感謝してやらなくもない
FIN