そこにいること
渋咲ゆっか様
「もし、もしの話だぞ」
「うん?」
「ナミは、もしひとつだけ願いが叶うとしたら、何をお願いするんだ?」
ちょこんとマストの下に腰かけて、愛くるしいつぶらな瞳であたしを見つめるチョッパー。
少し離れて折り畳み式のイスに座っていたあたしは、あまりに光り輝くチョッパーの表情に目を細めた。
あはっ、とあたしは声を震わせた。苦笑を押し殺してるから、きっと変な顔。
「ひとつだけ?」
「そうだ!」
こんな風に考えるのは抵抗あるけど、チョッパーは本当はあたしが何を望んでいるか、探ってるんだ。
チョッパーだけじゃない。一味の全員が、こっそりと(バレバレだけど)今日という日まで、考えてきたはず。
あたしが欲しい物を。
「やっぱり、億万長者かっ?」
そう言われて、一瞬のトリップから我にかえる。
「そうね♪それもとっても魅力的ね。……だけど……」
あたしが俯くと、チョッパーは首をかしげた。
「違うのか?何がいいんだっ?」
チョッパーはきらきらと目を輝かせて聞いてくる。
多分、ルフィの次くらいにダイレクトな調査方法ね。
「そうね………難しい質問だわ」
あたしはうーんと考え込む振りをして、沈みゆく夕陽の映る海をまっすぐ見据えた。
夕陽は気持ちよく、ゆっくりと海に溶けてゆく。
チョッパーもあたしと同じ方を見つめている。
あたしの答えを待っているんだ。
あたしは、まばゆい夕陽の光に照らされながら、今日1日を思い出していた。
今日は、とっても清々しい1日だった。
この大きな島に着いて、今日で3日目。
たまたま貿易が盛んな、色んな珍しい物が見れる島だったから、クルー達は皆うきうきしながら出かけていった。
船番のチョッパーと、1人早く帰ってきたあたしは、こうしてのんびり皆の帰りを待っている、というわけ。
でも、いつもより、皆少し遅い。
それがその"準備"のためだと思うと、あたしは何だか嬉しいような、申し訳ないような、ちょっぴり複雑な気持ちになる。
チョッパーは2人きりになったこの機会に、ずっと聞きたかったことを口にしたんだろう。
そして―――チョッパーには悪いけど、あたしは答えられなさそうだ。
あたしが願うもの。
あたしが欲しい物。
まずクルーの大半は、真っ先にお金か、海図関係、もしくはみかんが頭に浮かぶでしょうね。
確かに、お金はいくらあってもいい。あたしは1兆ベリー手に入るならなんだってするわ。
でも、あたしの幸せって何かを突き詰めて考えると、"お金"が答えではないのよね。
こんなこと皆に言ったら、「熱でもあるのか」って言われそ。
お金に、人の心を満たす力なんてない。
そんなことは誰もが知ってる。
海図だって、願って叶うものなら、とてつもなく虚しい。だってそうでしょ?
うちの一味は、全員が夢を追いかけて、自分の足で頑張ってるんだから、皆言わなくてもわかる。
みかんはあたしの運命共同体だから、置いといて。
物心ついた時から、あたしの心は夢と願いでいっぱいだった。
よく流れ星を見つけては、3回言えただの言えないだの、ノジコと大騒ぎしたっけ。
アーロンがやってきてからは、そんなこともなくなって、
ひたすら、涙を堪えてた。
弱音なんか吐くもんかと歯を食いしばってた。
あたしは一体、何を頼りに生きてきたんだろう。
……ああ、そうだ。
あたしは、あたしだけを信じてやってきたんだ。
そこであたしは、ぷっと吹き出した。
すかさず、チョッパーが声を上げる。
「どうしたんだっナミ?」
「う、ううん。なんでもない」
どうやらもう、あの頃のあたしはすっかりいないみたい。
「お金第一の方針を変えるつもりはないけど…」
やっとぽそりと呟いたあたしに、チョッパーが振りむく。
「なんだ、ナミ?」
「もし願いが叶うなら、チョッパーにその権利譲ってあげるわ」
「ぉぉぉおおおおおお?!!」
チョッパーは目をまん丸にして、驚きと嬉しさ、恐ろしさ少々が入り混じった表情になった。
まあ、予想したとおりの反応だけど。
「ナ、ナミ、熱でもあるのか!?」
「ふふっ、ないわよ!何よ、あたしの好意をないがしろにするつもり?」
「い、いや、そうじゃないけど……お、俺もナミに返すぞ!!いらないぞ!!」
「なんだ、チョッパーもいらないのね。…というか、一味全員いらないっていうかもね」
「ぉ、おお。確かに、そう言われると…」
「ゾロやサンジくんあたりなんか、うさんくさいとか言い出しそうだわ」
「そうだな…。なんか、おかしいな!」
チョッパーがあまりに可愛らしい笑顔で笑うから。
本当にお願いなんてどうでもいい気分になっちゃった。
「おーい、ナーミー!チョッパー!」
楽しそうに叫ぶルフィの声が、近づいてきた。
「帰ってきた!」
「そうみたいね」
皆は遠い丘の上を、こちらに向かってやってくる。
どうやら大荷物を担いでるみたいで、シルエットは大きな風船みたいになってる。
「よっしゃー、宴だぞーー!!」
「スーパーな宴になりそうだぜ!」
「ルフィ、そんな堂々と宣言すんなっ。ムードっつーもんがあるだろ!」
「ま、いいんじゃねえか。どうせ全員わかりきってることだ」
「こんな重い荷物をロビン以外背負ってるなんて…どんだけ盛大になるんだろうなー!」
「本当ね」
「ヨホッ!ナミさんのお探しの銘柄のお酒もたくさん買ってきましたしね〜♪」
馬鹿ね、全部聞こえてるわ。
あたしはくすっと笑って、立ち上がった。
そして―――
「おかえり!みんな!」
とびっきりの笑顔で、あたしはそこに立っていた。
FIN