眠れる森の野獣
味海苔 様
甲板に、ソプラノとアルトの笑い声が響く。本を挟んで2人の美女が話をするのは、穏やかな昼下がりによく見られる光景だ。
「同じ童話でもいろいろと相違点があって、地域で随分異なるの。ナミちゃん、何か一つ、あなたの知っているお話を挙げてみて?」
「えーっと…眠れる森の美女?針に刺されて眠ってしまったお姫様のところに王子様が来て、キスで目を覚ます話。」
「では、ナミちゃんが聞いたのはきっとグリム版ね。王女の生誕祭に唯一招かれなかった13人目の魔法使いが、王女に‘錘に刺さって死ぬ’という呪いをかけ、他の魔法使いに‘錘が刺さり100年の眠りにつく’と修正される。国中の錘を燃やした王の努力の甲斐なく、15歳になった王女は城の塔の頂上で老婆が紡いでいた錘で手を刺し、眠りに落ちてしまう。100年後に城の茨を抜けて来た王子の口付けで目覚め、2人は結婚する。…こんな話だったかしら?」
「ええ!それで、他の話だとどう違うの?ロビンは聞いたこと、ある?」
「私が知っていたのは、ぺロー版。呪ったのは魔法使いではなく仙女で、王女は王子のキスではなく、100年という期限が切れて目を覚ますの。そして結婚後の話もあるわ。王妃、つまり王子の母が人喰いで、王女とその子供を襲うが、王子が助ける。王妃は気が狂い、自殺してしまうのよ。」
「うわぁ、目覚め方も後味も、全然違うのね…。童話に人喰いなんて、ちょっとひどくないかしら。子供に聞かせるものでしょう?」
「ええ、でももっと悲劇的な話もあるわ。それがバジレ版『日と月とターリア』なのだけど、船医さんが聞いているようだから、この本は机に置いておくわね」
ロビンの言葉に、釣りをしていたチョッパーの背中がビクン、と固まる。船縁から垂らした糸をそのままに、ぎこちなく振り返った。
「大丈夫よ、チョッパー。何もしないもの。それより、もうそろそろおやつよ?」
確かに、甘い香りが微かに流れてきている。それにいち早く反応したのは、
「サ〜ンジ〜!おーやつぅーーっ!!」
「くぉらクソゴム、ちったぁ待ちやがれッ!んナミすゎん、ロビンちゅわん、もう少しで焼けますからしばらくお待ちくださぁい♪」
サンジのハートを受け流して軽く返事をすると、ナミはすっくと立ち上がった。先に行っててね、とロビンに笑って、1人リズムよく歩き出す。
向かった先は、今日も順調に光合成をしている彼のところ。自分なら近づいても起きないのをいいことに、目の前にしゃがみ込む。
―ロマンチックとは程遠いこいつのことだもの、中和するにはやっぱりグリム版がいいわ。ま、美女は正真正銘あたしの方なんだけど、ね。
本当に寝ているかもう一度確認し、規則正しく呼吸する唇に、そっと口付ける。途端に鋭い瞳が現れ、伸ばされた腕がすり抜けるナミを追う。
「…いきなり何だ、ったく。誘ってんのか」
「眠れる森の美女 よ。」
「はァ!?…女はてめぇの方だろうが。」
「美女と言いなさい、美女と。まぁいいわ、おやつよ。わざわざ起こしてあげたんだから、感謝しなさい?」
それだけ言い残して去っていく‘美女’の背中に、ゾロは呟く。
―この熱はどうしてくれるんだか。ったく敵わねぇな、いくら俺でも夜以外はあいつの言いなりだ。……まぁ、悪かぁねぇんだが。
そして彼も、賑やかなテーブルヘと向かっていった。
FIN
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