女海兵とオレンジの髪の彼女
panchan 様
「お願いします!!子供達の事、私に預けて下さいっ!!!」
「……」
そう言った私を、彼女はまるで信用に値するかどうか見極めるように、大きな瞳でじっと見つめていた。
「本当に……あの子達を、ちゃんと親元に送り届けてくれるの?」
真剣に子供達の事を思っていることが強く表れたまなざし。
麦わらやロロノアと同じように、彼女もまた、海賊らしくない無垢な雰囲気を湛えた人だ。
「私はあの子達に助けるって約束したの。あの子達に対して責任があるのよ。だから……」
「はいっ!必ず……!私が必ず、責任を持って、あの子供達を一人残らず親元へきちんと送り届けますからっ!!」
「…………」
この島に来てから、何度自分の無力さを痛感させられたことだろう。
スモーカーさんや部下であるG5の皆には、守るどころか守られてばかりだったし。
さらには麦わらの一味の黒足という男にまで助けられたり、挙句の果てにはロロノアに担いで運ばれたりまでして。
そんな情けない自分が悔しくて悔しくて。
だけど、泣いたり落ち込んだりなんてしていられないのだ。
海兵として、とにかく私は今の自分に出来ることを精一杯やるしかないのだから。
腕を組み、じっと考えるように沈黙していた彼女の口元が、ふっと緩んだ。
「……わかったわ」
その言葉を聞き、胸に安堵の気持ちが広がる。
「あっ……ありがとうございます!!」
よかった。
本来これは自分達海軍がするべきこと。
でも実際、この島で邪悪な科学者シーザーの実験材料にされていたあの子供達を救い出したのは、彼女とその仲間である麦わらの一味だったから。
だからどうしても、彼女の許可だけは得ておきたかった。
「……私、あなたみたいな人に弱いのよね〜」
「え?はあ……そうなんですか?」
オレンジの長い髪をそっと耳に掛け柔らかい笑顔でほほ笑んでくれる彼女の、真意はよくわからなかったけど。
でもその優しい表情に、なんとも言えない親しみの情を感じた。
「じゃああの子たちの事、あなたにお任せするわ…………必ず、無事に親のところへ帰してあげてね」
「……はいっ!お約束します!!」
「うん…………やっぱり……海兵さんじゃないとね」
「……え?」
「だって……よく考えたら私は海賊だし。海賊が子供を返しに行っても、親達はみんな怖がって、私が誘拐犯だって思うだけでしょ?」
そう言って笑う彼女を見て、あ、そういえば彼女は海賊だった、ってことを思い出した。
彼女と話を終えてから、子供達の乗るタンカーへと向かった。
「これからは私達海軍がみんなのお世話をします」と話すと、子供達はひどく難色を示した。
口々にあのオレンジの髪の彼女や他の麦わらの一味の面々に会いたいと言い始めてかなり困ったが、それでもこの子達がいかに彼らを信頼し、懐いていたのかということが改めてよくわかった。
なかなか言うことを聞いてくれない中、なんとか子供達の数をチェックし、一人一人の名前と出身の島を聞き取って行った。
まだ何もよくわからない幼いうちに連れて来られ、自分の出身がどこかわからないと言う子も数多くいた。
その子達に関しては、G5本部に戻ってから捜索願いの写真と照らし合わせるしかないだろうと思った。
G5には以前から子供たちの捜索願いが数多く出されていた。
不可解な失踪報告に、誘拐の疑いがあるという情報も得ていたのに。
自分達がもっとしっかりしていれば、この子達はこんなところへ連れて来られて実験台として薬漬けになどならずに済んでいたのかもしれない。
だからせめてその罪滅ぼしに、全員きちんと健康な体に治して必ず親元へと送り届けてあげなければ。
「ねえ!なんか、おいしそうなにおいがするよ〜!」
子供達がザワザワし始めたのでタンカーの縁から下を見ると、いつのまにか港に炊き出しの湯気が上がり、その周りに人々が集まっていた。
「うわ〜おいしそう!たべたい!」
「おなかすいたよ〜!」
騒ぐ子供達は唾を飲み、目をキラキラと輝やかせている。
「……そうね、じゃあ、みんなも下へ下りて頂きましょう」
この子達にも少し腹ごしらえを。
そう思って言った私の言葉を聞くまでもなく、子供達は皆すごい勢いでタンカーから下へ下りて行った。
*
海兵も海賊も関係なく、みんな入り乱れての宴会のような騒ぎの中。
子供達に取り巻かれながら、となりでスープをすする彼女にそっと尋ねてみた。
「あの……あなたは、どうして海賊になんてなったのですか?」
私の急な問い掛けに、顔を上げてこちらを向いた彼女の長いオレンジの髪がふわりと揺れる。
「うーん、どうしてって聞かれても…………そうね……たまたま、としか、答えられないかもね」
肩をすくめて言う彼女は、困ったように眉を下げた。
「たまたま……ですか」
「そう、たまたま。うちは船長以外、みんなたまたま海賊になった奴ばっかりなのよ」
おかしそうに言ってから、彼女は両手で持った器から上がる湯気に息を吹きかけ、やけどしないよう慎重にスープをすする。
「あの…………ロロノアも、でしょうか?」
「……え?ゾロ?」
一口飲み終えた彼女が視線を上げた。
「ロロノアも……海賊になったのは、たまたまですか?」
姿を消していた二年の間に、もはや自分など遥か遠く及ばない域に行ってしまった男。
あの時、まざまざと見せつけられた剣士としてのスケールの差に、噛みちぎられかけた肩の傷の痛みなどすっかり忘れてしまうほど、圧倒された。
“あなたの……負けです”
自然と自分の口から出た言葉。
それは形式だけ自分がとどめを刺したロギアの敵に対してではなく、剣士として彼から完全に劣ってしまった自分自身へと向けられたものだったような気がする。
「アイツも……そうなんだと思う。元々は有名な賞金稼ぎだったしね。ルフィに誘われなかったら、きっと海賊になんて、なってなかったんだろうって思うわ」
「…………」
自分は強く志願して海兵になったけれど。
彼女や麦わらやロロノアなど、この麦わらの一味の面々を見ていると、今まで海賊すなわち悪とみなして来た自分の信念に、迷いが生じてくる。
「まあね〜、ゾロは乱暴だし不愛想だし、もう根っから戦いが大好きで戦闘中はホント鬼みたいだから私でもなるべく近寄りたくないって思うし、その上見た目もアレだから、いかにも極悪な海賊って思われてもしょうがないけどね〜」
「いやあの…別にそこまで言ってません」
「でもね……」
向こうの方でG5のいかつい面々数人とジョッキを酌み交わしてる男に、彼女は優しい視線を向ける。
「案外……まっすぐで優しい奴なのよ、あいつ」
そう言った彼女の声とまなざしには、仲間への深い情が漂っていた。
「はい……私も今回危ないところを助けられて、そう思いました」
「あ…そういえば、なんかあいつに担がれて来てたっけ?」
「あっ!…あのっ、その話はしないでください!怪我をして海賊に担いで運ばれただなんて、もう海兵として余りにも恥ずかしいことでしたので…!」
特に……スモーカーさんにだけは、色んな意味で絶対にあの失態を知られたくない。
「え?そうなの?そんなの気にしないで、利用しなきゃ損よ、損!」
彼女は軽やかに笑い、私にいたずらっぽく片目を瞑った。
「あいつ……ああ見えて、なんだかんだで女には甘いんだから」
「あ、やっぱりそうなんですか……」
言って何気なく二人で話題の男の方へと目を向けると。
まるで見計らったように、男がヘックション!と盛大なクシャミをした。
そのあまりのタイミングの良さに、思わず彼女と二人、顔を見合わせて笑ってしまった。
「あっはっは!あいつ、まさかこんなところで自分のこと噂されてるなんて想像もしてないわよ、きっと!」
「ふふふ……そうですね」
人懐っこく笑うその笑顔に、まるで昔からの友人と話しているような感覚になる。
「……ねえ、海兵さん」
「はい?」
「…………本当に子供達の事……どうかよろしくお願いします」
そっと私に頭を下げた、彼女の顔が柔らかそうなオレンジの髪に包まれる。
「………」
彼女が海賊でなければ、なんて。
そんなのは考えても仕方のないこと。
自分には海兵としての誇りがあるし、彼女には彼女の大切なものがある。
きっと次会う時には、またお互い敵同士の立場となるのだろうけれど。
それでも、こうして彼女と話が出来たのは、きっと何かの縁だと思いたい。
「……はい、必ず」
言って交わした微笑み。
この約束を、私は絶対に守ろうと心の中で誓った。
おわり
・筆者から補足の一言
70巻の、ウソップと女海兵の母(ベルメールさん)について話してた時のナミさんが余りにも素敵だったので、こんな話を書いてみました。
ナミとたしぎのトークにゾロの話題が出てきてますが、この話は決してゾロたし(たしゾロ)ではありません。
実際のところ筆者はゾロたし大の苦手ですので^^;。はっきりと、「たしぎの本命はスモーカー(もしくは刀w)」派です。
ちなみにこの話のゾロナミがデキてるかどうかは、読まれた方の印象にお任せします^^。
どっちにしても、ゾロが他の女を担いでるとこを見かけてもぜーんぜん動じたりしない、たしぎなんて足元にも及ばないほどの余裕の関係ではあると思います^^。
それではナミさん、お誕生日おめでとうございま〜す!
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