〜ゆめかまことか〜
味海苔 様
そろそろ行かなきゃな。
俺は人間の言う夢魔ってやつで、平たく言えば、人間の女を襲うことを仕事としている。下級でも悪魔であるからには、人間を困らせて快楽を得る性分で、あいつらをより困らせた者が評価される。
だが、俺はどうやら間違って俺に生まれたらしい。人間の女を孕ませたところで何の楽しみもないし、むしろ困らせたくなどないのだ。だからぎりぎりまで溜めて、頻度を抑えるようにしている。そして今夜あたり、どうやら仕事をしなければならないらしい。
夜の底を彷徨ううちに、ある一軒に巡り合った。南瓜の髪の色をした、気の強そうな女である。彼女が深く寝入るのを待って、そっと頭ヘお邪魔した。
「ゾロ?あ、やっぱり!久しぶりじゃない!」
「お、おぉ。最近、どうしてたんだ?」
一気に捲し立てた女に慌てつつ、ふと違和感を覚える。しかし停止するわけにもいかず、咄嗟に無難な一言を返した。
「えっと話してなかったっけ?あのね、この前応募した地図が入賞してさ、…」
違和感はすぐに解決した。固有名詞。普通俺らは相手の理想像に姿が変わるため、今まではこちらが適当に名乗っていた。だがこの女の理想はある特定の男らしい。さしずめ恋する乙女といったところか、俺にはゾロという名前が与えられ、容姿も緑髪のマッチョになっている。……緑!? 俺は人間を少し侮っていたようだ。
「…って、あんた、人の話聞いてる?!まったく、相槌は消えるわ迷おうとするわ、本っっ当に変わんないんだから。特に予定がないならうちに寄るか、って聞いてんの!」
仕事の上では好都合。俺はすぐにこう返事した。
「ああ、邪魔させてもらう。」
それからしばらくの間、女(ナミというらしい)は蜜柑を食べながら、何やら楽しそうに喋っていた。あんた随分丸くなったわね、だの、結局剣の道は捨てきれなかったのかしら、だの、俺に抱かれるだけの以前の女とはとにかく違っていて、夜更けが近づいて帰る時まで、まったく飽きなかった。
結局本来の目的を果たさないままに幾夜かを過ごし、ついには同僚から注意されるに至った。しかし何と言われようとも、俺にとって、この新鮮な興味は既に手渡し難いものとなっていた。夢魔の規則を忘れ去るまでに。
「ナミさん、そんなにため息ついて、どうしたの?最近なんか元気ないよ?」
「ううん、大丈夫!ちょっとひっかかる夢を見ただけだから。ありがとね!」
何だろう、近頃すごく幸せな夢を見る気がする。誰かと一緒に楽しくおしゃべりしてる夢。誰、だっけ……?
「君の管轄の夢魔が、職務放棄したそうだが。処罰はどうするのかね」
「探りを入れたところ、人間の女に夢中なようです。規則違反により近々処分します」
「いやはや、相変わらず手厳しいな。では書類を手配しておこう」
いつもの夢に潜り込み、いつものように話を聞く。何時にも増して、帰るのが惜しい。
「わりぃ、ナミ、俺はもう行かなきゃなんねぇ。だからもう、夢を待つな。昼間にどうするかはお前次第なんだ。」
「……え、ゾロ?行っちゃうって、どういうこと?どこに?あたしも、連れてってよ!」
ナミ、すまない。ゾロという‘男’ヘの少しの嫉妬と一緒に、俺は俺の心の底に、お前を連れて行くよ。
ス キ ダ 。
“夢魔の契約 第3条
第1項 汝の仕事を悪魔の子作りとし、我々の 繁栄に貢献せよ
第2項 人間の異性との繁殖行為を唯一の目的とせよ 此を疎かにし、或いは相手と恋愛に及んではならない
第3項 本条第2項に違反した者又は違反したと見なされる者は、直ちに奴隷或いは消滅の刑に処す
貴殿は第2項に違反したと見なされた 故に、此を消滅の刑に処す
悪魔界審議院員”
「ナミ、か?何の用だ、こんな時間に電話して」
「うん。いきなりごめんね!今度の同窓会、出られない?直接言いたいことがあるんだけど」
「は?……あぁ、予定はないから行くのはいいが。なんだ、それ」
「いいの、その時話すから。じゃ、ね!」
あの夢の意味が、ようやくわかった気がする。どうやら私はこいつを好きらしい。とりあえず、会ってみたら確信できる、かな。
今まで特に信じてなかったけど、神様にちょっと感謝した。
FIN
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