ナッちゃん可愛いねェ。
将来は別嬪さんになるよ。
Beauty is in the Eyes of Beholder
uuko 様
顔立ちが綺麗なことで得したことは実はあまりない。
10歳の泥棒に必要なのは一見無垢な純真さだ。胸が膨らみ女の印が出てくる頃には、それは余計な危険を呼び込むハンデになった。
裏切る予定の海賊団に売り込むのは、航海士としての腕と度胸。
飾り気のないTシャツと動き易さのみを追求したミニスカートで、基本姿勢は仁王立ち。
大口を開けてジョッキを4,5杯開ければ、気のいい『仲間』になれる。
『女』を使うのは純朴なバカのみが対象だ。
「メシだぞ、ナミ」
「・・・見つかっても知らないわよ。海図描き終わるまで食事抜きって」
「ニュ〜でもお前、もう三日も部屋に閉じ込もったままだし」
「平気よ。一週間ぐらい食べなくても死にやしないわ」
人間嫌いのアーロン一味で、唯一何かと私に構うのは、このタコ型魚人だけだ。
根は悪いヤツではないなのだろう。撃ち殺されたベルメールさんの亡骸から、泣き叫ぶ私を引き裂いたことを忘れはしないが。
「まァ食えよニュ〜。お前は奴隷じゃねェんだ」
「はっ、そうよね。『仲間』だもんね」
「そうだぞ。昔お前みたいな人間の女の子がニュ・・・いやなんでもねェ」
私の牢獄に他ならない小部屋に座り込むハチを無視し、ひたすら海図を描きつづける。
自分の目で見た夢の世界地図ではなく、魚人共が集めた東の海の情報を落とし込むだけの作業だ。海軍の侵入を拒み、敵船を破壊する手段。世界征服の礎。
人間を下等種族と見做すこいつらが私を仲間と呼ぶのは、測量士としての腕だけなのだ。これが終わらなければ、次の航海に出られない。役に立たなければ殺される。
貯め込んだお宝は1億ベリーにまだ届かない。
「何それ、写真?」
「オクトパ子さんだ。美人だろニュ〜」
「・・・タコね。恋人?」
「いやいやいや・・・になれればいいニュ〜、みたいな」
「・・・魚人でも誰かを愛したりするんだ」
「当たり前だニュ〜。親子兄弟夫婦とか種族の絆は強いぞ。だからこそおれ達は人間共を・・・いやそのなんだ」
能天気なハチが何か言いかけて、でもいつもごまかすのは常だ。
こいつも故郷があり、親兄弟がいたりするのだろうか。
もう何年も帰っていないはずのその地のことを、想ったりするのだろうか。
同じ種族であれば、他者を愛しい美しいと思うのだろうか。
憎しみだけを糧に生きていくのは辛い。
そう思うのは私だけでなく、魚人でも同じなのだろうか。
「・・・ねェ。ちょっと抜け出すから、誰か来たらごまかしてくれない?」
「そ、それはニュ・・・」
「誕生日なの、今日。ノジコの・・・姉の。すぐに戻って来るから」
嘘を吐くのはもはや習性だ。裏切りの対象に余計な情報など与えはしない。真実と嘘をそれらしく混ぜるのが騙しのコツ。
今日、一つ歳を取るのは私だ。
無駄に長く、先の見えぬ絶望に折れそうになる一年がまた過ぎ去った。
会いたい。
愛する人に。
愛してくれる人に。
「ニ、ニュ〜しょうがねェ・・・他のヤツらに見つかるなよ」
男は綺麗な女に弱い。
だけど綺麗であることと美しくあることは違う。
わたしは嘘つきで醜い。
*
「んナミさんお美し〜いぃっ!あなたの美は空をも霞ませる曙光の一筋の光っ!!そして僕は君にありったけの愛を捧げる恋の奴隷〜〜〜っ!!」
「ありがと、サンジ君」
「ロビンちゅわんっ、あなたも綺麗だっ!!その闇色の髪は黄昏に溶ける一葉の詩のごとく。我はその美に打たれただ跪くしかない僕・・・アペリティフをどうぞ女神様達」
「うふふ。ありがとう」
いつしか時は経ち、地獄の日々さえも微かな痛みを残すだけで思い返せるようになった。
愛情に囲まれていれば、辛い記憶すらいつか乗り越えられるのだ。
溢れんばかりに浴びせかけられる大げさな賛辞も、役には立ってはいるのだろう。
「ヨホホー、ホントお二人とも目ん玉が飛び出るほどの美しさ・・・あ、わたし目ん玉ないんですけど〜!骸骨だから」
「つーかお前ら、どんどん布面積が減ってきてねェか?」
「バカね、女が美しさを見せびらかしたいと思うのに何が悪いの」
「いや目の保養だけどよ〜、ホラおれ達もお年頃だから。目の毒っつーかなんつーか・・・おれ様の好みはもっと清楚な感じでだな」
「誰もあんたの好みなんか聞いてないっての」
「・・・すみません」
「おれはどんな格好も好きだぞ。ナミもロビンも」
「チョッパー。わたしもあなたのことが大好きよ」
「人間の雌が綺麗とか可愛いとかは良くわかんねェけどな」
「雌トナカイにも美醜はあるのかしら。今度トナカイの毛皮のコートでも買って着ぐるみを作成・・・」
「いやいやいやロビン、それはどうかと」
今日の私はいつもの様にビキニトップにホットパンツ。
昔は長袖のシャツにズボンが多かったロビンも、超ミニの黒いワンピースだ。
女の化粧もドレスもアクセサリーも戦の鎧兜と一緒とは言うけれど、わたし達にはもう女であることを、美しくありたいと望むことを抑える必要もない。
「スーパーいい女が揃ったところで、宴といこうぜ!」
「サンジメシ〜〜〜っ!!」
ありたいままの姿で自分らしくあること。
陽の下にありのままの自分を誇らしく掲げる。
だってもう独りじゃない。
「なに?ゾロ。ぼーっと人のこと見て」
「・・・なんでもねェよ」
「もしかして見惚れてた?可愛いナミちゃんに?」
「・・・うるせェ」
「やだマジ?どうしたの?酔っぱらった?病気?」
長くなった髪を手櫛で梳くと、沈みゆく朱色の洛陽がその透明の輝きを散らす。
不貞腐れた様にそっぽを向く男の頬が微かに紅いのは、きっと酒でも陽射しの所為でもない。
こういう処は昔から変わらないままなのだが。
「病気・・・かもな」
「へぇ・・・」
「・・・お前が・・・綺麗に見える」
「・・・あんたねェ」
振り上げた拳を捉まえられたまま、ゆっくりと近づく男の荒削りの顔に見惚れた。
「目ェ瞑れよ」
変わったものがある。
例えば様々な形の美しさがあることを知ったこと。
例えばいろんな種類の愛しさがあることに気付いたこと。
失くす可能性に怯えるのではなく、与えられる優しさを受け入れること。
目の前に差し出された幸福に手を伸ばす勇気。
綺麗な顔立ちであることに、感謝したことなんかない。
それは所詮、いつか儚く萎れ枯れ逝くものだ。
わたしの顔が傷つき酷い醜女になっても。
わたしが年老い皺くちゃの老婆になっても。
美しい、と。
あなたは思ってくれるだろうか。
目を閉じそっと触れる唇から、仄かな体温だけを感じる。
FIN
|