Sei sempre nei miei pensieri e nel mio cuore

                                りうりん 様

Luglio



誕生日の贈り物よりも、祝ってくれる人の存在が嬉しく思えることに気付いたのはいつからだろう。

今年は意外に雨雲の登場が少ないようだと刺すように鋭く降り注ぐ陽光を見上げながらゾロは思った。気象庁は意地でも梅雨明けを認めようとはしないが、それでも夏休みに入るころには恩着せがましく宣言されるだろう。おかしな番狂わせでもない限り、その頃は都道府県対抗大会や錬成会など忙しく飛び回ることになっているはずだ。年に何度も会えない好敵手たちとの対戦を考えると、武者震いのような興奮が体の奥底から湧いてくる。子供のころ運動会や遠足が楽しみだったことに似ている。彼らに無様な姿を見せるわけにはいかない。自分も総仕上げとも言うべく鍛練に励まなくてはならなかった。なのに、なぜ、自分はここにいるのだろうと自問する。今日は学校の武道場に業者点検が入るとか何とかで、珍しく部活が休みだった。軽く自主練をすると、叔父に稽古を付けてもらおうとしていた…はず。

明るい内装とにぎやかな声に居心地が悪いことこの上ない。ウソップ曰く、何やらイベント中らしくいつもに増しての盛況ぶりらしい。この状況に何の罰ゲームなんだかと思わずにはいられないのだが「ついて来てくれ」と両手を合わせられると断りにくい。ゾロとしてはショーケースへの道のりが一分一秒でも速く短くなることを祈るばかりだ。ウソップに出会ってしまったことが運のつき、とまでは言わないが苦手な部類の店の雰囲気に眉間が深くなる。あまりの混雑に他の店を提案するとナミの誕生日祝いなんだと言う答えに眉をあげた。ここのオレンジケーキが特に好物らしい。このあと教室で細やかどうかは不明だが、誕生日会らしきものをするらしい。そう言えば昼休みに委員会での資料整理にコアラにこき使われながら放課後の予定を聞かれたことを思い出した。叔父との地稽古の予定を脳内で確認しながら先約があることを伝えたとたん、コアラの正拳突きが鋭くくりだされた。驚くゾロに


「どうして部活がないのに、竹刀を振り回しに行くの。ゾロくん、君ってば気が利かないぞ!!」


と、意味不明な理由で激しく罵られた。部活と気が利くにどんな共通項があるのか首をかしげたのだが、ここでようやく合点がいった。部活がある=校内にいると言うことで、知らないところで人数にカウントされていたのだ。先約がなければ顔を出すくらい構わないのだが、進級してからクラスも違い、委員会で顔を会わせる程度の自分が行くのはどうかという疑問があるのだが。

そのお目当てとやらを買うのかと聞けば「その価値に見合ったオトコに貢いでもらう」らしい。なので、それ以外の商品を買うために修行のようなこの時間を耐えているのだと鼻の長い友人は言った。見合った男という存在というのは無骨なゾロでも、そういう類の奴なのだと容易に想像がつく。そんな相手がいたのかとたぶん顔も知らない相手に、説明しがたい嫌悪感が胸の奥の方で不穏に渦巻いた。眉間を深くするゾロをちらりと見返し「サンジが荒れてなー」と、困ったように頬をポリポリと指先で掻いた。そして「おれは絶対お前だと思っていたんだけどなぁ」と、何やら呟いていたが、店内の喧騒がひどく何を言っているのかよく聞こえなかった。

同じクラスだったときは、頼んでもいないのに「起こし賃だ」「道案内代だ」と言って、菓子や飲み物を買わされた覚えがある。そしてそれを


「気前がいいナミちゃんがお裾分けしてあげよう」


満面の笑顔といっしょに差し出されたそれらはゾロの苦手なものではなかったのだが、いらないと言っても押し付けられるそれに困惑するばかりだった。そしてゾロが買い食いしていると


「お裾分けのお返ししなさいよ」


と、くすくすと笑いながら子猫のようにすり寄ってくるのだ。彼の姉たちもゾロのものと自分のものの区別がついていないところが多々あるので、呆れることはあっても別に驚くようなことはなかった。だいたいそのお裾分けにしたって買ったのはゾロだ。それなのにお裾分けのお返しとはどういうことだと思いながらも、ナミにねだられる前提で余分に購入する習性がいつの間にやら身についてしまっていた。購入してからそれに気が付くこと数回、大きくため息をつくとガシガシと頭をかいた。うるさいほどまとわりついてきたオレンジ髪に模様の入った白い蝶は2年生になって見かけることが少なくなってしまった。定期的にある委員会以外、遠くで通り過ぎるのを見かけるだけだ。今でもあのヘイゼルの瞳に魔女のよう笑みを浮かべて誰かにたかっていのだろうか。ルフィは問題外だし、サンジあたりかもしれない。それとも自分の知らない誰か、か。その想像に不愉快なものを感じ、その不愉快な感情にどうして自分がと、また眉間を深くした。

程なくしてウソップがオーダーの番の頃、ショーケースに張り付くような栗色の巻き毛が絶望的な声をあげた。


「今日はいつものオレンジケーキ、ないんですか?」
「はい!ただいまオレンジサマーフェスタを開催しておりまして、いつものオレンジケーキはご用意がございません。ですが、ウルトラスペシャルのオレンジケーキを特別にご用意しております。他のお客さまに大変好評でして、残り5台となっておりますので、お早めにどうぞ!」


小学生くらいと思われる小さな背中は手元と店員を交互に見比べ


「あの、いつものケーキ、一つくらい、ありませんか?プレゼントにしたいんですけど」


すがり付くような声に


「申し訳ございません。ですが、スペシャルの方もお客さまのご期待にじゅうぶんお応え出来る仕上がりになっておりますので、贈られる方もお喜びになられますよ」


詳しいことは分からないが、その小さな客はいつものケーキの分だけしか持ち合わせがないのだろう。コンビニとは違う価格設定がされている店だ。子どもの小遣い程度で気軽に買えるものではない。そんな彼の心理状況が手に取れるようだ。組んだままだった手でガシガシと頭を書くと、ため息をついた。


「そんなにイライラすんなよ。付き合ってもらって、悪かったと思っているんだからさあ」


ゾロの機嫌を損ねていると思ったウソップの言葉に眉を片方だけ上げた。全ての商品をあまねくことなく紹介つくさなければいけないノルマでもあるのか、うなだれる客に構うことなく膨大な商品の情報を披露し終えた頃


「…また来ます」


顔を上げないまま踵を返す客の後頭部に


「ありがとうございました!またお越しくださいませ!」


その挨拶は感謝のかけらも含んでいなかったが、手ぶらで帰るその客には何一つ耳に入っていないだろう。すれ違う小さな背を横目でこっそり見送った。


***


照り返しの強いアスファルトは、暑さに弱いチョッパーには灼熱地獄だった。しかし今はその暑さを感じる以上に体の奥底から冷えてくるようだった。


―――――どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。


店を出たが、そこから動くことが出来ず、同じ言葉をぐるぐると小さな体の中を忙しく駆け巡らせていた。握りしめた財布の中に入った金額は何度見ても千円足りない。プレゼントのリクエストを聞き出せたのが間際すぎたのか、それとも我慢できずに先日買ってしまった本のせいか。それともその両方か。原因がなんであれ、足りないことは事実だ。小学生に出来ることなどたかが知れている。急いで家族に借りることくらいしか出来ない。しかし家族が帰ってくるまでには、まだ時間がある。それまであのスペシャル何とかが残っているだろうか。大丈夫だと思いたいが、あの混雑ぶりに楽観は出来ない。もしも買えなかったら…その想像にブルッと背筋に冷たいものが走った。

とにかく早く帰ろう。そう思い駆け出したとき、店から出てきた影にぶつかった。賑やかに響き渡る甲高い金属音の数々が乾ききった路上に広がる。


「ご、ごめんなさい」


足元には中身をばらまいてしまった小銭の数々。見上げた先には高校生が二人。そのうちの一人とぶつかってしまったのだろう。金色にも見える瞳をわずかに細め、静かにチョッパーを見下ろしていた。どう見ても非友好的な態度の高校生に退化して久しいはずの第六感が忙しく点滅した。


「…!」


殺される。真剣にそう思った。この地獄のフライパンのよう熱くなった路上に転がされて自分の人生が終わる瞬間が、目の前で再現されるのが見えるようだった。

視界が涙でボヤけていく。堪えていても止まらない涙を呆れながらも優しく拭いてくれるオレンジの髪の人はここにはいない。


「あの…ずみまぜんでじだ」


鼻水まじりの謝罪に眉を寄せたまま高校生はしゃがみこむと、黙ってばらまかれたままジリジリとした陽光を浴び続ける小銭たちを拾い集めた。


「え…」


その光景に目を丸くしながら意識の端で、高校生の翡翠色の髪が暑すぎる気候をどこか和らげてくれるようだと思った。身動きできずに固まったままのチョッパーの手に握られた財布を取り上げると、大きな掌からチャリチャリと小銭を戻した。目の前の出来事に驚きを張り付けたまま、先程までとは違う意味で動けないチョッパーの小さな手を取ると、財布をポンと乗せた。


「すっころぶんじゃねえぞ」


大きな手でチョッパーの栗毛をわしゃわしゃさせると、おかしな笑みを浮かべて二人を見ていた鼻の長い高校生と肩を並べた。背の高い後姿が視界から消えたころ、


「え…」


半ば呆然と猛暑の太陽が見せた幻のようなその一時は、長いようでもあり、瞬きするほどだったのかもしれない。


「あ、あの…」


人は見かけではないと頭では分かっていても、いま目の前で起きたことを上手く説明することは出来ないだろう。そう言えば自分はきちんとお礼を言わなかった。そんな大事なことが出来ないほど動転していたことに顔が赤らむ。


「…ダメだなあ、おれ」


恥ずかしさと安堵感がごちゃまぜになり、目の奥がじんわり熱くなる。それを誤魔化すように何度も瞬きをし、キョロキョロと丸い目で周囲を見渡した。拾ってもらえたが、それでもいくらか無くしたかもしれない。そう思って財布を開けると


「あれ?」


見覚えのない明治の文豪の紙幣。最初から入っていたのだろうか。そんなことはない。何とかして買えないかと、ショーケースの前で何度も確認したのだから。キツネにつままれたような事態に呆然とするチョッパーの耳に甲高い店員の声が届いた。


「本日のスペシャルオレンジケーキ、残り2台になりました!」


弾けるように飛び上がると、店内に駆け込んで声をあげた。


「買います!オレンジケーキ、下さい!」


***


学校へ戻るウソップと練習に行くゾロ。分かれ道に差し掛かり、じゃあと踵を返そうとするゾロに


「しっかしおまえ、悪いやつだなぁ」


目ざといウソップに、やはり見られていたのかとそっぽを向いた。


「いたいけな小学生を混乱させるなんて、ほんとーーーーにひどい奴だ。そんなおまえにはこのウソップ様が、インターハイ制覇してしまう呪いをかけてやろう」


ニヤニヤ笑うウソップに片方だけ口角をあげてニヤリと笑い返し、笑いをこらえるウソップのドレッドヘアを軽く押しやった。

その晩、髪と同じ色で彩られたケーキに歓声をあげて優しくヘイゼルの瞳を揺らして礼を言う人に「すっごいヒーローが現れたんだよ」と、エッエッエッと楽しげにチョッパーが笑ったと言うのは別の話。

                                                         …… attacca




<管理人のつぶやき>
ゾロは気のない風でいて、けっこうナミのこと意識してくれてるんだなぁと思いましたw それにしてもチョッパーにやってあげたこと・・・なんなんすか、あのさりげないカッコ良さは!!くそう、ゾロのくせに(←ほめてます^^)。

この作品は【投稿部屋】にあるりうりん様の『Sei sempre nei miei pensieri e nel mio cuore』の第7話です。高校生なゾロやナミ、ワンピースキャラ達が登場する連載物で、第1話を1月のエピソード、第2話を2月のエピソード・・・という風に書き進めておられます。そして第7話(7月、Luglioはイタリア語で7月の意味です)がこの作品です。ナミの誕生日に因んで、お願いしてこちらに先に載せさせてもらいました!
りうりん様、ステキなお話をどうもありがとうございますーー!!(連載がんばってネ^^)





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