大切な大切な懐かしい風景は広がるミカン畑に、煙草をくわえて笑うベルメールさんに、ケンカに負けて泣きべそをかくわたしを引くノジコの手。そして、


「子どもに酒を飲ませるな!」


小さなわたしやノジコにお酒の入ったグラスを持たせるベルメールさんに何度も怒るゲンさん。そのたびにベルメールさんは魅惑にウィンクすると


「飲み方を教えるのも親として大事なことよ」


と笑った。

それから後、アーロンたちと行動をともにするようになってから、ゲンさんに怒られ続けてもわたしたちのグラスに「ちょっとずつね」と言ってお酒を入れてくれたベルメールさんに感謝することになったとは皮肉なことだったと思う。体質的に元々それほど弱くはなかったのかもしれないけれど、それでも飲み方や振る舞い方に、ばれない様に勧められるお酒をかわすこと。それはもう一度あの村へ帰るためのささやかだけれど、小さくない生きる術のひとつだった。

それはそれであの頃はすごく感謝していたことは嘘ではない。嘘ではないけれど、いわゆる酒飲み体質ということに最近は少し恨めしく思えるようになってきた。





I want your attention!

                                りうりん 様


毎度毎夜のメリー号での宴会騒ぎ。

楽しく飲んで騒ぐことが海賊の義務だという船長の言い分は絶対おかしいのだけど、頭のネジが100本くらいぶっ飛んでいる船長に何を言っても無駄なのよ。ゴム人間だから殴りつけても効果はないし。わたしだってお酒はお金の次に嫌いじゃないけどね、食べる以上に飲む量も半端ない連中と一緒だと、指の間からベリー硬貨がどんどんすり抜けて行くのを涙を飲んで見送ることに胸が締め付けられるのよ。だから「一隻でも多くお宝をつんだ頭の悪い海賊に巡り合えますように」というお祈りをかかすことは出来ない。そんな切ない乙女の願いを「なんつーガメツイ女だ」となんてフザけたことをいう寝太郎には、思いっきりハイヒールの踵でお腹を踏んでやるんだけどね。


「よくわからねえけど、カンパーイ!」


木樽ジョッキが勢いよくぶつかり合う。狭くはないけれど、広くもないメリー号で賑やかなこの瞬間は楽しいけれど、異次元に吸い込まれるかのように消えて行く料理やお酒のことを考えると、次の港まで大丈夫だろうかと本気で心配になってくる。素面の時以上にくっついてくるサンジくんの食糧管理能力は疑っていないけれど、アーロン一味との酒盛りとは違う意味で心の底から楽しめない。みんなが無事に航海を続けるには食料はまさに命の綱。…こういうのって貧乏性っていうのかしら。まだまだピッチピチのうら若き乙女なのに家計のやりくりに頭を悩ませるお母さんみたいなポジションって、絶対おかしいって思うんだけど。

ウソップのいつもより大増量のほら話に、ルフィの曲芸のようなおかしな踊り。それを静かに長椅子にかけて眺めるロビンに、もう何十回も同じことを傍らで話し続けるサンジくん。チョッパーはさっきまでルフィと一緒に踊っていたけれど、いまはゾロの胡坐の中でだらしなく寝こけている。ヒトヒトの実を食べたせいか、ここでの生活が悪いのか、あの子ったらだんだん野性を忘れていっているのよね。お腹を向けて、魔獣の前で寝ているなんて生き残れないわよ。ゾロはと言えば顔色一つ変えずにビンをあおっているし。乾杯はジョッキだけど、そのあとは「継ぐのがめんどくせえ」とか言っていつも直飲みだ。みんなと交わらないわけじゃない。だけど、いつもちょっと離れたところで水平線を遠目でみてい
る。一緒に騒ぐタイプではない飲み方のゾロを最初のころはルフィは無理やりひっぱってきたが、そのうち諦めた。人それぞれの飲み方がある。それはそれでいいのよ、問題はその飲みっぷり!もうちょっと考えて飲んでよね。

星の角度が45度ほど移動した頃にはサンジくんはロビンに差し出したグラスに空っぽのビンを傾けながらメロリン光線をロビンに向けていた。ルフィはおかしなステップを踏みながら奇声をあげてマストをよじ登り、ウソップはお肉の塊を抱きしめ泣きながら話しかけていたら、いきなり立ち上がって何かを叫んでいる。今、この状態で敵襲があったらどうなっちゃうんだろ。顔色一つ変えないで飲み続けているゾロがいるから、やられちゃうってことはないけど、逆に皆の力加減が出来なくて、やりすぎちゃうかもね。

ちょっとアルコールが回った頭でそんなことを考える。連中に付き合って飲んでいるから、わたしもまったく酔っていないとは言わない。昔と違って酔いつぶれたっていいはずなのに、いくら飲んでも意識のどこかがいつもクリアーになっていて前後不覚になることはない。こいつらを信用していないから酔えないというわけではないと思う。ただ短くない8年間で染みついた生体反応はちょっとやそっとでは変わらないのだろう。

アルコールを一番消費したことを全く感じさせない足取りの剣豪がおもむろに立ちあがると膝に抱えていたチョッパーをわたしに「ちょっと持ってろ」と預けてきた。


「おい。ウソップ」


返事がないことはゾロもわかっている。船べりに持たれたまま海面を覗きこんだ姿勢のまま微動だにしないウソップの腰にいつの間にか手にしたロープで結びつけると反対側の端を手すりに手早く結びつけた。それが海に向かってリバースし始めたウソップの転落防止だと気がついたとき、今度は別のロープにビンを固く結びつけて頭上を大きく旋回させるとそのままの勢いで宙に放り投げた。


「んげっ」


夜空を背景にマストを中心に飛び回っていた黒影がおかしな悲鳴を上げて落ちてきた。


「ったく、ようしゃねえなあ、ぞろはよお」


アルコールに浸されて言語中枢も怪しいルフィに


「だーかーら!何度も言っているだろ。能力者は泳げないんだ。夜の海に何度も飛び込ませんなよ」


ゴム人間の特性を生かしてメインマストからブランコのように揺れるルフィは何度もそのままの勢いで海に落ちている。サンジくんが行くこともあるけれど、たいていその役目はゾロだ。酔いが抜けないまま「ぞろはすげーなあ」とゲラゲラと笑っているルフィをあっという間に簀巻きにすると甲板に転がした。男部屋に放り込もうと足首をつかむと、サンジくんが半眼のままゾロの肩に手をかけてきた。


「おい。クソ剣士」
「なんだ。アホコック」


いつもどおり愛想のない返事をするゾロに眉間を深くしたサンジくんはゾロの両肩に手を乗せると、そのままずずいとゾロに顔を近づけた。


「ちょっとサンジくん!」


涎をたらしたまま寝こけるチョッパーを抱きしめながら声を上げたが、二人ともにらみ合ったままでビクともしない。


「…」
「…」


ええええ〜!どういう展開ー!?

ゾロが酔っ払い相手に本気を出すわけないけど、酔っぱらっているサンジくんに手加減できるはずもなく、ストッパーの役目のウソップはリバースの真っ最中だ。アルコールも吹っ飛びそうな状況に、チョッパーの小さないびきと潮の音だけがあたりに響いた。


「てめえは出された焼き魚のハジカミや刺身のツマを食うか?」


はい?
何ですか?
何なの?サンジくん。
ゾロも驚いたらしく軽く顎を引くと


「食うもんじゃねえのか?」


どこか恐る恐るにも聞こえるゾロの答えに酔眼のサンジくんは黙ったままだ。わたしも食べる派だけど、たまに残しちゃうかも。黙りこくるサンジくんに


「あ、あれはどうなんだ?刺身についている黄色い花。よくわからねえけど一応、食っているぞ」


それは残しちゃうかな。でもあれタンポポじゃないの?食べられるものなの?


「あれは菊だ。ただし、観賞用とは違う食用だ。食用菊にはビタミン類が豊富で、ガン予防効果や悪玉コレステロールを押さえる効果などが期待されるクロロゲン酸とイソクロロゲン酸が含まれているおり、山葵や紅蓼などと同様、あれは薬味だ。観賞用の菊とは違い、食用として栽培された菊は殺菌作用があるから、昔は刺身を食べた時の食中毒対策として一緒に食べていたらしいが、脂が乗ったお造りのあと口直しに食べるのもいい。食べ方は食用菊の花びらを醤油に浮かべて香りを楽しみながら、刺身を食べる。熱燗のコップ酒に黄色い花びらを入れて飲むと見た目も美しく、香りがとても良くなる。」
「…へえ、そうなのか」


ゾロの視線がついと宙をなぞる。その顔は菊のお酒を楽しむつもりね。


「よし!てめえは気に食わねえ奴だが、合格だ!」


え?
何がよしなの?
何が合格なの?

両肩に置いた手をバンバン叩いたあと、半分ゾロに抱きついたままズルズルと甲板に崩れ落ちると、そのまま低い鼾の音が聞こえ始めた。


「ったく、弱えくせに限度を考えないからだ」


甲板に突っ伏したサンジくんの両足をひっぱるとそのまま男部屋へ引きずっていった。あんたに比べたら、大体の人間は下戸よ。そのまま手慣れた様子で、リバースの終わったウソップに水をのませて肩に担ぎあげ、抱いていたチョッパーをわたしから取りあげると、簀巻きにされたまま眠りこけているルフィを蹴り転がしながら、男部屋へ入っていった。


「妙に手際がいいのよね」


いつもは寝てばかりで戦闘時以外役にたたないくせに。一人旅が長かったなんて言っていたけど、どこで何していたのよ。わたしだけみんなのように酔うことが出来ないからじゃない、お酒のせいだけではないモヤモヤが胸の奥の方でうごめくのがわかる。


「おい、ナミ」
「何よ!」


思わず語気が荒くなる。意味のない八つ当たりだと気が付いて、慌てて振り向いた途端、顎が外れそうになった。


「女部屋にこいつを連れて行くからよ。ドア、開けてくれねえか」


お姫様だっこされたロビンがアメジスト色の瞳をセクシーに揺らしながら、


「運んでくれるの?剣士さん、優しいのね」


そういってゾロの頬にキスをした。人間、驚き過ぎると声が出なくなるのって本当なのね。あっけに取られているわたしとは逆にゾロは


「そこらへんで寝込まれて、朝起きたら波にさらわれていなかったとかだと、目覚めが悪いからな」


キスされたことなんて、全く気にすることなくしれっと答えていた。こいつ、絶対女慣れしている。剣一筋とか何とか言っているくせに、何の修行してきたのよ!アラバスタから出航したとき、一番敵意をむき出しにしていたくせに、なんでそんなにサービスがいいのよ!あ、だめ。なんか興奮するとおかしな酔いがまわりそうだわ。「勝手に開けるぞ」と言う声に視線をあげると、笑みを含んだロビンと視線が合った。男どもと違って適量をわきまえているロビンが立てないほど酔っているはずがない。肩越しに「剣士さんを食べちゃってもいい?」と言わんばかりに笑いかけてくるのが何よりの証拠。

うううう。悔しいけど、なんで悔しいのか認めたくないけど、なんかやだ!

女部屋へ向かう背中を追いかけ


「レディの部屋を勝手に開けるなんて1万ベリーは払ってもらうわよ!」
「金をせびるレディなんて聞いた事ねえぞ」


抱き上げたまま女部屋に降りると、大事そうにロビンをベッドにおろした。武骨で無粋な大酒飲みなのに、やけに丁寧じゃない?わたしなんてこの間、助け出すためとはいえ、荷物みたいに持ち上げられて、放り投げたくせにさ!

ロビンもゾロに下ろされても首から手を離すことなく


「剣士さん、一人の夜は寂しいわ」


小娘のわたしでは太刀打ちできない大人色気大全開のロビンなのに顔色一つ変えずに、


「小さい船だろ。ドアの外にいるから、何かあったら呼べ」


未練も何もなく、あっさりロビンの手を引き離すゾロに、そっち方面の修行もしていたことを確信した。さっさと女部屋から出て行ったゾロにロビンは「なかなか手ごわいわね」とクスクス笑った。ロビンのこと、最初はすごく警戒していたけど、いまはすごく好きなんだけど、このどこまで本気なのか分からない掌で転がされている感はいつまでたっても慣れない。

甲板に戻ると散乱されたままの宴会の後片付けをしている姿があった。大きくため息をつくとわたしも水を張ったシンクに食器を運び、無数に転がっていた空き瓶をまとめた。さっきのロビンと大人っぽい空気だったことは頭の隅の方に追いやると


「普段は何にもやらないくせに、こういうときはマメなのね」


ちょっと嫌味っぽくなったかもと思ったが、なんとなく言わずにはいられなかった。開封されていなかったビンのコルクを行儀悪く口で引き抜いたゾロは不思議そうに眉を上げると


「甲板で寝こけていたら、今は波が落ち着いているけど、いつ波が変わるかわからねえだろ。誰かいないなんて洒落にならねえし、食器を集めておかないとコックがうるせえし、ビンを転がしたままだと踏んづけて転がった奴がいたじゃねえか」


ビンを踏んで転んだのはわたし。しかもその時、ミニスカートだったのよね。痛さと恥ずかしさで居合わせたゾロに「どうして片づけておかないのよ!」とビンで殴りつけた覚えがある。ああ、そうだわ。こいつって下心とか計算とか全然できないただのワンコなのよ。ただ単に経験値で言っているだけで、マメマメしく酔っ払いの世話をする理由なんてこいつにはないのよ。くっそー、ロロノア・ゾロ!何だかよくわからないけれど、借金を倍にしてやる!


「おい、ナミ」
「何よ!」
「いい月、出てるぞ」
「は?」


甲板の見晴らしのいい位置で数本のビンを抱えたゾロがわたしを手招きする。


「月見酒しようぜ」
「…」
「飲まねえのか?」
「…飲むわよ!わたしが買ったんだし!」
「おまえだけが稼いだ金じゃねえだろ」


どこかの港町で勘違いしたバカどもをみんなでまとめて縛り上げた謝礼だったはず。


「わたしが払ったんだから、わたしのものよ」
「どんな屁理屈だよ、そりゃ」


ゾロが飲んでいたビンを取りあげるとゴクリと一口。なんだろ、このおかしな敗北感。でも嫌じゃない。手すりを背にあずけチラリと横目で見上げると、何が楽しいのか嬉しそうに月を見ていた。三連のピアスが潮風に揺れてキラキラと反射して綺麗だと思った。月を見て喜ぶなんてオオカミ男なのかしら。イーストブルーにいた頃から、魔獣だの、海賊狩りだと呼ばれる賞金稼ぎの噂は知っていたし、若い男らしいとは聞いていたけれど、まさかわたしと1歳しか違わない奴なんて思わなかった。しかも大酒飲みのバカだし。

あの頃のわたしは海賊専門の泥棒だったけれど、もし違う形で会っていたら狩られちゃっていたのかな。でも賞金首ではなかったから、きっとスル―だよね。だけど、もしわたしがお酒に弱かったら、チョッパーみたいに膝に乗せてくれた?ロビンみたいに優しく抱いてくれるの?放っておかれたこの気持ちに説明が出来なくて、もう一口飲んだ。どっしり重くて辛口のそれは、ゾロの好みだった。わたしはもうちょっとフルーティなのが好きなんだけど。

2人でぼんやりと夜空を見上げながらビンを傾ける。

透明な液体は体の隅々まで染み込んでいく感覚が好きなんだけれど、いまはそれが面白くない。酒場で見かける女の子たちのように酔うことが出来たら、何かが変わるだろうか。それでもきっとゾロは誰に対しても態度は変えない。たとえばさっきのロビンとのように。誰にでも公平な態度って、結局は誰をも受け入れてないことなんじゃない?

ゾロと一緒にいるときは一方的にわたしがしゃべるか、二人してぼんやりしていることが多い。ぼんやりしていても考え事をしていることが多いのは、ここにいると頭が冷えるというか思考がまとまると言うか落ち着くと言うか。…パワー・スポット的な?ちょっと待ってよ、海賊狩りがなんでパワー・スポットになるのよ!

ふと思い至ったことが信じられなくて、頭を振って追い出そうとするんだけど、焼きついたようにその思考が脳裏から離れてくれない。どういうことよ、イーストブルーの海賊たちを手玉に取ってきた泥棒猫のこのナミちゃんが!頭を抱えるとはこのことなのかもしれない。


「何やってんだ、おまえ」


さっきからじたばたしているわたしを不思議そうに見下ろすバカ面が憎い!

だけど


「やっと落ち着いて飲んでいるんだから、おとなしくしてろ」


一瞬空耳かと思った。わたしもいるのに、落ち着いてって?いきなり何言い出すのよ。

急に酔いが回ったかのように心臓がバクバクして、顔が熱くなる。


「ど、どういう意味?」


たくさん飲んでいて喉なんか乾いていないのに、口の中が干上がったようでうまく声が出ない。それって特別な意味だと思っていいの?突然こんな展開ってどういうことよ。


「おまえ他の連中と違って飲めるだろ」


うん。まあ、この船であんたに負けないくらい飲めるけど?ってことはわたしも大酒飲み?えー。乙女なのに〜。それはなんかやだー。


「さっさと酔い潰れたら起きているやつが面倒を見なきゃって気ぃ張るけど、ま、お前がいるからいいか、ってな」


色気も何もないその理由にガックリ肩が落ちる。


「…あんた、わたしに面倒かけさせたら1000万ベリーもらうからね」
「おれがおまえより早くつぶれるわけねえだろが。物の例えだ、例え」
「当たり前でしょ!だいたいあんたに船の面倒をみさせたら、どこへ行くか分からないじゃない!」

ああこんな乙女心の欠片も察することが出来ないトーヘンボク。セクシーなお姉さんとおかしな修行をしていたなんて、絶対わたしの勘違いね。所詮こいつは、物事の裏も表も真ん中もわかんないワンコなんだから!

ぐっちゃぐちゃな気持ちをぶつけるように大きく深呼吸すると力いっぱい叫んだ。


「ゾロのバカ!」


驚き、目を見開くゾロのピアスが月光を受けて、キラリと光った。


                    === 終わり ===




<管理人のつぶやき>
仲間たちとの楽しい宴のピークが過ぎた頃、ゾロがこんなにも皆の世話を焼いてくれてるとは!やり方は荒っぽいのに、気遣いが感じられてカッコいいゼ。なんだかんだでナミにだけは、気を許してくれてるようで嬉しくなりました^^。

【投稿部屋】の投稿者様でもあるりうりん様が投稿してくださいました。ステキなお話をどうもありがとうございました!!





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