Love is a game in which one always cheats
りうりん 様
「女一人に何人がかりだ」
――――― それが、はじまり。
***
「あ、その出し巻き美味しそう。ねねね、この唐揚げとシェアしてもいい?ありがと!」
返事を聞くまでもないとばかりに一瞬で皿の出し巻きの一切れが黄金色の唐揚げに成長した。
「美味し~❤お値打ち価格のランチだったから全然期待していなかったんだけど、なかなかクオリティが高いわよね」
白く滑らかな頬に手を当てながら出し巻きの味を楽しんでいる麗人から見えない角度でため息をつくと、出し巻きから立派に成長した唐揚げを口にした。からりと揚がった皮に包まれ、旨味をたっぷり含んだ脂が口内に広がる。最高に旨い唐揚げを堪能しているにもかかわらず、眉間を深くしたままゾロは思った。
イッタイイツノマニ、コンナコトニナッタンダ。
「このあと買い出しに付き合ってよ。いいでしょ?何か用事あった?何もなかったわよね?」
たしかに今晩はサンジの家で飲み会をするまで特に用事はない。ないのだが、なぜそれをこのミカン頭が把握しているのだ。
「ルフィがいるから用意する量も半端ないわよねー。ウソップもけっこう食べるし」
以前から存在は知っていた。知っていたのはその存在だけで、面識も接点も全く全然、これっぽっちもゾロの人生に掠る要素はなかった。なかったはずなのに、いまはルフィやサンジ、ウソップといった連中に混ざって、違和感なくその存在をアピールしていた。
ホントウニ、ドウシテコウナッタ。
「サンジくんもいろいろ揃えてくれているけれど、チョッパーやロビンも来ることになったでしょ。ロビンが来るってことはフランキーも来るかもしれないじゃない?」
でしょ?と新たな情報を披露しつつも、ナミの箸は止まることはない。ゾロの知らないところで今晩のメンバーが増えたらしい。気の置けない連中ばかりだから、増えることに否やはないのだが、いつものメンバーの中では新参者のナミがいつの間にかゾロたちを仕切っているこの現実。
「この時間だとサンジくん家の近くのスーパーのタイムセールに間に合いそうなのよね。だから、ほら、ちゃっちゃと食べちゃってよ」
食後のお茶を飲むナミはダイエットがどうのとか言って食事を残す女たちとは違い、定食くらいならペロリと平らげる。箸の上げ下げにはうるさい家で育ったゾロも感心するほど、ナミの食事の作法は完璧で…いやいや。そんなことよりも、あの日、あの時、あの場所を、あのタイミングでゾロが通りかかることがなければ、ナミがゾロの傍で強烈に存在感をアピールするようなことにはならなかった。それを悔やんではない。ナミであろうとなかろうと、人として見過ごしてはいけない瞬間だったのだ。
「食べた?じゃあ、トレイを片づけて、ほらほら、急いで急いで!」
口と同時に手を動かして指図するナミに、だけどなあと思い、深いため息をつくのであった。
プラットホームに銀色の車体が吸い込まれて行く。まだ太陽は高い位置に君臨しており、じっとしても汗ばむ陽気の中を目前の駅に向かって二人は走っていた。
「ゾロォ!こら!かよわい私を置いていくつもりなの?もう起こしてあげないからね!」
「あぁ?そんなこと頼んだ覚えはねえぞ」
「言った!言いました!ぜーったい言いました!」
「ったく、うるせえ女だな」
「ぐちゃぐちゃ言わないの!ほら電車が!早く、ほら!」
息を切らせながらも止まらない暴言の数々に忌々しく舌うちはしたが、差し出された白い手を力強くつかむと改札口に向かった。
***
「てめえらはオマケだ!今日の主役は、んナぁミさぁん❤とロぉビンちゃあん❤だからな!心して食いやがれ!」
相変わらずの女性至上主義だが、サンジの料理の腕は折り紙つきだ。男はオマケといいつつも、皿が空になれば椀子そばのように次々と料理を運んでくる。料理も酒も面白いように消化されていく様子は、いっそ気持ちがいいくらいだった。
「残しやがったら、3枚におろすぞ!」
「サンジの料理は美味しくて止まらないわ。太っちゃいそうよ」
グラスを傾け妖艶に微笑むロビンに肥満の気配など微塵もない。素早く滑り込むように傍らにすり寄ると
「麗しい女神であるロビンちゅわ~ん❤ダイエットにはベッドでの運動が一番だよ~❤❤」
「うふふ。考えておくわ」
「いつでもお待ちしておりま~す❤❤」
女の前では軟体動物になってしまうサンジに空になった瓶をふり
「おい、サンジー、酒がねえぞ」
「うるせえ、鼻!そこの寝太郎が飲んじまったんだろうが!責任とって、そいつに買いに行かせろ!」
たしかにゾロの周りに林立する瓶や缶の数は尋常ではない。責任を感じているわけでもないのだが
「風に当たりついでに、ちょっと行ってくる」
「あんた一人じゃ迷子になっちゃうわ、私も付いて行ってあげる」
「偉そうなこと言うな。おれと張り合うくらい、おまえも飲んでいただろうが」
引けをとらないほど飲んでいたナミだが、酔神とも取引をしたのか、口調に怪しいところもなく足取りもしっかりしている。素面といっても通用するほどだった。それでも空調が効いているはずの部屋でも籠る熱気があるのだろう。ほんのり上気している頬は健康的な色気を損なうことなく、それどころか誰しもをドキリとさせるのに十分なものになっていた。
住宅地だが時間も遅いせいか、星がくっきり見える夜だった。その中をウソップのウソ話が面白かっただの、ロビンと買い物に行く約束をしただの、楽しげにナミが笑った。そして、思った。ときどき体の奥底で感じる違和感の原因をそろそろ認めるしかないのかもしれないな、と。転々とコンビニへと誘う街灯がスポットライトのように二人を照らしていた。
「なあ…つきあわねえか、俺たち」
何気なさを装ったはずの声は緊張と言う硬度があった。その言葉に横にいた細い人影は動きを止めたまま、彼の数歩後ろに立ち尽くしていた。万華鏡のようにコロコロ変わる表情は成りを顰め、強張ったような表情のまま俯く姿に不吉なものを感じた。影に沈んだ繊細な顔に、どんな色を貼り付けているのか、確認することが恐ろしいと初めて思った。
「ナミ…「わたしたち…」
続けようとした言葉をさえぎり、艶やかに塗られた唇が動いた。
「つきあっていたんじゃないの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
自分は相当間抜けな顔をしていたのだろう。きっと柳眉を上げると、マンガであればミカン色の頭には鋭い角が生えていたに違いない。
「なんなの?ゾロのくせに、この私をもてあそんでいたってわけ?」
「ゾロのくせにって、どういうこと…いや、いつからそんな設定になってんだよ」
「あの時からじゃない!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
「変な奴らに絡まれた時!ああいうシチュエーションだったら、そのまま付き合うってのが、この世のセオリーじゃない!お約束じゃない。永遠に不滅の鉄板パターンでしょうが!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
そんな展開、映画かマンガでしかお目にかかったことがない。だがナミは本気で付き合っていると思い込んでいたらしい。付き合っている人間がするようなことを何一つしていない清廉潔白な関係であり、サンジと違って異性に対して器用に立ち回ることも、その必要性も感じていないゾロに、ナミの誤解を招くような言動にも心当たりはなかった。
「じゃあ何か?おまえは助けられた相手には誰にでもホイホイついてくってことか?」
「何バカなことを言っているのよ!」
バカはどっちだ。いつもは嫌味なくらい頭が回る癖に、地団太こそ踏んでいないが、いまは小さな子供のようだ。
「警察官や、消防士はどうすんだよ。助けることが仕事のやつが毎回助けた相手とつきあうわけないだろ?」
「ちがうわよ!あんただからに決まっているでしょ!」
チェックメイト。「あ」と細い指を口元にあてるナミの瞳に、にやりと笑うゾロは驚くほどセクシーに映った。
「じゃあ仕切り直しってことで、いいんじゃねえか?」
既成事実の一歩を踏み出そうと白い小さな顔に近づく顔に、ヘイゼルの瞳が大きく見開いた。
***
「おい、ゾロ。夏は始まったばかりだってのに、もう紅葉狩りか?」
見事に頬を紅葉させた紅葉を張りつかせた横顔は聴衆に鋭い視線をむけると酒杯をあおった。その様子がまた仲間たちには揶揄と映ったのだろう。
仕切り直しの夜は、仲間たちに大笑いされる夜にもなったのだった。
糸冬________________________________________________________〆(uωu●)
<りうりんさんのつぶやき>
タイトルはバルザックの「恋愛は、必ずどちらか一方がズルをするゲームだ」というお言葉から。
今回はどちらがズルをしたとかというわけではないのですが、なんとなく。
ナミちゃん、お誕生日おめでとうございます。
今年も貴女の活躍を楽しみにしています^^
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