うきき 様



世に専制君主がはびこる時代。貧富格差も激しい国の、煌びやかな首都。その中枢を守るように幾重にも張り巡らされた城壁の外側は、下級庶民の住まう下町となっていた。
その薄暗い下町のさらに奥にある、高い石壁に囲まれた一角。男しか立ち入る事の出来ない、違法売春街。その中央を占める売春宿、『doghouse』。

「ねえ、今夜はサービスするわよ?」
「お願い、情けを」

首輪を巻かれ、店先の大部屋に鎖でつながれた女達が、柵越しに品定めする男達に手を伸ばす。様々な事情に追われ、自由を奪われ。
そのほとんどがここで一生を終える。

柵の前に群がる、身なりも雑多な男達の後方。上質な生地の衣服を身にまとい、左耳に3連ピアスを揺らした短髪の男が、柱に寄りかかって柵の奥をじっと見つめていた。そして一段高い番頭席に目を移すと、手招きをする。

「…あの女を」

男が指した先には、傍らに幼い付き人を控えさせ、他の女達とは区切られた奥の間に座る若い女の姿があった。微かにあどけなさを残した艶麗な容姿のその女は、聡明さを漂わせた大きな目を細めて前方の光景を眺めていた。明るい色の髪に縁取られた美しい顔には、ひどく冷めた表情が浮かんでいる。

「ほう、ナミをご所望で?お目が高いですな」

死んだ魚のような目をした番頭が卑しい笑いを浮かべ、長身の男を見上げる。

「しかし、あれはウチの最高級でして。そう簡単にご指名をいただくわけには…」
「これで足りるな?」

番頭は、自分の足元に投げられた大量の金貨に目を見開き、あわてて拾い集めた。

「は、は、はい!!しかし、あ、あの、そのままでは…」

遠慮がちに呟き、男が手にしている、布に包まれた細長い携帯品に一瞥をくれた。その足元に、さらに金貨の重なる音がする。

「さっさと支度させろ」
「直ちに。特別室をご用意いたします」



**********



私はこの男を知っている。
否、知っていると言うには少し語弊があるかもしれない。数週間前から時々ふらりと来ては、他の女には目もくれず、射るような視線で私だけを見つめ続ける。そして誰を指名することなく、そのまま去っていく。
それが幾度となく繰り返された後、今夜という転機が訪れた。来るべき時が来たという思いと、所詮コイツもくだらぬ『男』という生き物なのだと落胆する思いが複雑に交錯する。

鎖を外され身支度を済ませると、奥の間をあとにした。通い慣れた廊下を横切り、付き人を下がらせて部屋に入ると、男は作り付けのバーカウンターに寄りかかり、窓の外を眺めていた。その傍らに置
かれている半分解かれた包みからは、一目で粗製の汎用品ではないと分かる剣が覗いていた。

「何か作りましょうか?お好みは?お気に召すままに致しますわ」

仮面の微笑を貼り付けて相手に近付き、擦り切れるほど繰り返してきた言葉を口に載せる。

「いや。余計な事はしなくていい」

男はゆっくりとこちらに顔を向けた。間近で見る男は思った以上に若く、そして端整な顔立ちをしていた。その瞳は柵越しの日々と変わらず、静かに強い光を宿して私を見つめていた。
抑えようも無く湧き上がる、心を狂わされる感覚に、この男は何かが違うと思いたくなる自分を強く戒める。
いつも通りの手順。いつも通りに済ませるだけ。例えどんなにまともに見えても、ここに来る連中の望むことなど分かっている。

「では、もう始めたほうがよろしくて?」

そう言って男のシャツに伸ばした手を、強く掴まれ遮られた。

「お前は動くな」
「え?」
「つまらねェお遊びばかり繰り返して来たんだろ?…何が真実かを教えてやる」

男は私を軽々と抱え上げてベッドに放ると、唇に強く噛み付いた。


――未知の刺激と高揚感に、意識が麻痺して追いつかない。それでも体は貪欲に、先を先をと求め始める。

己の都合しか考えぬ男どもから虐げられてきた身に、脅威にも似た愛撫が止め処なく降り注ぐ。馬鹿げたオスの情欲を処してきた常套手段は、丹念に畳み掛けてくる前戯によって一切封じられ、思考する余裕さえ無い。勝手が分からず戸惑う心と、渇望していたものに抗い切れない体。首を左右に振って喉元をさらし、嫌と叫んで退けば、男の力強い腕に引き戻される。

「嫌な訳は無ェだろう?」

意地悪く囁く声とともに、柔軟でいて鋭利な舌と指先が、さらに敏感となった体中を翻弄していく。

引き結んで抵抗を試みる唇は、したたかな舌先に難なくこじ開けられる。触れられる嫌悪感に飼い慣らされていた体の隅々は、男の熱い息遣いが近付くたびに歓喜の悲鳴を上げ続ける。胸元に、背中に、腹部に、そして男のしなやかな指先によって易々と開かれた腿の内側の、さらに奥深くに。朱印を散らされ、まさぐられ。淫らな音と共にほとばしる。
乾きを圧した無理強いに苦痛を滲ませるのが常なのに、今夜はこの男の侵入を待ち焦がれるほどに潤んで熱を帯びている―そういう自分自身を、にわかには信じ難い。

全てが夢ではないかという浮遊感は、期待に震える脚先を男の肩まで引き上げられた、次の瞬間、うねりのような衝撃を伴って払拭された。

自分がどうなっているのか分からない。溶けてしまったように力が入らない。ただ、続々と突き上げられる律動に、込み上げて来る激情に、全てを晒す他無い。鍛え抜かれた逞しい肉体に包まれながら、貫かれる悦びに眩暈を繰り返すだけ。どこまでも強くどこまでも深く突き挿す震動が、私の奥にくすぶっていた灯心を何度も盛んに焚きつける。
万事においてこちらから手を出す事は許されず、息を付く間も与えられず、一方的に辱められているという感覚が堪え難い恍惚へとすり替っていく。かつて一度も本気で発した事は無かった、抑え切れない嬌声に、男の満足げな声が重なる。

「やればできるじゃねェか…」

くっ、という男の短いうめき声が耳を掠めた気がしたが、すでに何
度目かの高波にのまれていた私の意識は次第に遠のいていった――


たゆたうような幻覚から現実へ引き戻したのは、頬を撫でていった生温い夜風だった。ゆっくりと開いた瞼の先。目に映るのは見慣れた天井なのに、いつもよりずっと遠くに感じた。今までは、自分にとって滑稽としか思えぬ男女の営みというもので意識を飛ばす事など、絶対に有り得なかった。
朦朧とした気だるさが残る体をようやく引き起こすと、その身にきちんとブランケットを掛けられていた事に初めて気付いた。そんな事も今までには一度として無かった。

「気付いたか」

すでに身支度を済ませていた男は、片手に赤ワインをボトルごと、もう片手に剣を抱え、開け放した窓辺に座して夜空を見上げていた。その横顔に狂人じみた色は無く、やはり研ぎ澄まされた雄々しさを漂わせていた。

「まずは、それを解いてやる」

そう言って立ち上がったかと思うと、手にした剣を私に向けて一振りした。あまりに瞬時の事で身動きも取れずにいると、私を束縛していた強固な鉄の首輪があっけなく割れ、カランと床に落ちた。

「…あんた、何者?何が目的なの?」
「俺はお前が欲しいだけだ。それ以外に目的は無ェ」

男はワインを煽ると、獲物をロックした鷹のように鋭い眼付きで私を見据えた。その、透るような瞳に、再び心が激しくざわめく。

「もうすぐここに、政府からの調査隊が入る」
「!!」
「今回はガセでもヤラセでも無ェ。売春街ごと一網打尽だ」

私は男の腰に差された剣の柄に付いている、政府軍の証しである小さなエンブレムに目を凝らした。

「…政府の人間なのね?そうなのね??」
「好きに思えばいい」

その冷静な口調にハッとして立ち上がりかけた私の腕を、男がしっかりと押さえた。

「おっと。今から知らせようったって、もう遅いぜ?」

私をベッドに押し戻すと、首輪の跡を舐め上げながら私の下肢に指を這わせる。たった一度の交わりで全ての弱点を熟知した指先が、未だ微熱をこもらせる花芯を容赦なく撫で回し、奥底まで掻き交ぜる。
先程この身に刻まれたばかりの、屈辱の奥に潜む悦楽に、思わず息を漏らす自分が悔しくてたまらない。狂おしい程にこの男を欲して止まない衝動を、唇を噛み締め耐え忍ぶ。

「今夜になってどうして来たの?哀れな人間を弄んで、最後のお楽しみ?こんな見世物小屋に居たって、どうせ地獄よ。捕まったほうがずっとマシだわ」

最後の強がりを一気に吐き出すと、男は冷たく静かに笑った。

「俺の所に来るか、このまま連中と一緒に囚われるか。好きな方を選べ」
「…えっ…?」

身を起こして凝視する私に、男の言葉が淡々と続く。

「来る気があるなら、混乱に乗じて外に連れ出す。俺と一緒なら難なく抜け出せる」
「…危険を冒して、身分も卑しい女を連れて。一体何の得があると言うの?」
「そんな事は問題じゃ無ェ」
「じゃあ、なぜ…」
「言っただろう。俺はお前が欲しいだけだ」

男は私のおとがいを掴むと、ぐいと自分の方に引き寄せた。再び唇を強く吸い上げ、舌を絡めてくる。そして私の全身から力が抜けるのを見届けると、やっと唇を離し、鼻先で愉しげに低く囁いた。

「どちらにしても、お前に自由は無ェだろうな」


選択肢など、はじめから無い。
抱かれた瞬間から、新たな鎖でつながれたのだ。
分かっている。

この身も心も、もう、この男無しでは生きられない。




―おわり―


(2004.07.04)


<管理人のつぶやき>
売春街に囚われの身のナミ。そんなナミを鋭く見つめるゾロ。政府の人間でありながら、ナミに魅せられてしまったのでしょう。ガサ入れの前に彼女を連れ出そうとする。そうすることも罪だろうに。
そうまでしてナミを求めるゾロにうれしくなってしまいます。 うききさん曰く「剥き出しの純愛」!!うん、確かに!ゾロもナミという鎖に囚われてしまったのかもね。

床部屋作品第ニ号は
【code#30】のうききさんでした。床部屋の命名者でもいらっしゃいますので、「ここは責任を果たしてもらわないと!」と強請ったら、本当に書いてくださって・・・ありがとう!うっきー!(狂喜)
表では卒業となりましたが、こちらでは投稿して頂けます。これからもヨロシクね♪

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