最近ずっとそう。

目を覚ますとすぐに彼のことを思い出す。

あれからしばらくたつのに、まだ枕元に彼の写真をおくのがいけないのだろうけど。







Goodbye

            

Ai 様


クーラーの風の音すら耳触りで、窓も閉めきっているから、暑さで自然と目が覚める。

このままでいると熱中症になってしまうかもしれない。

天井の、いつどうやってついたのかわからないようなシミを見つめながら、ボーっと思う。

起きなきゃ。

けれども暑さで体は動かない。

汗がひざ裏からふくらはぎを伝わっていくのがわかる。

天井から、ベッドのわきの写真に目を移す。

明け方の、青白い光の射す部屋で、この写真だけが鮮やかに見えて。

実際見ていると、思い出はどんどん鮮やかによみがえってくる。









彼の蜂蜜色の髪と、私のミカン色の髪と。

彼のやさしい笑顔と、私の底抜けに明るい笑顔と。

あふれるような太陽の光と、あふれでる愛おしさと。

この一枚は、きっと初夏だったと思う。

キスした時の感覚が、まだ唇に残っているようで

自然と指で唇をなぞる。

その指で彼の写真に触れて、おかしくって笑ってしまう。

そんなことを繰り返すのが、あれからもう何日続いているのだろう。







二人のはにかむ笑顔と、彼のエスコートする腕。

セミフォーマルなこの写真は、きっとサマーパーティーの時のもの。

会場で誰かに撮っていただいたものだっけ。

誰が撮ってくれたかも、どんなパーティーだったかも覚えていない。

けど、帰り道だけはよく覚えている。

「ナーミさん♪踊りませんか?」

お酒が入って、程よく気持ちがよくなった帰り道の公園で、彼がそんなことを言い出すものだから。

「なーに言ってんのよ、音楽もないじゃない。」

そう言いながらも、苦笑して彼の差し出した手をとった。



音楽もないのに二人で踊ったあの夜。



二人の鼓動だけが聞こえて

二人の鼓動がリズムを刻んで

それにあわせて踊ったあの夜。







踊る時はいつも優しくリードしてくれて

歩くときは私に合わせてスピードを落としてくれて

絶対にレディーファーストで

服にはいつもこだわりがあって

小さな気遣いを忘れないでいてくれて

紅茶を入れるのがうまくて

手が大きくてあったかくて





そんなことを思い出して

時折「幸せだったなぁ」なんて、泣きそうになることもあって。











ただ忘れたいのは

さよならだけ。













時計に目を移せば6時半。

iPodをつける。

指は自然と動いていて、彼との思い出の歌を選ぶ。

どーせ誰も聞いていないんだからと思って口ずさんでみる。

涙が出てきて、こらえようと瞬きを繰り返す。





「もう、起きてる頃かな。」



ケータイを手にとり、電話帳から彼の名前を探す。

けれど途中でケータイをシーツの上にすべらせる。

これも何度繰り返したらいいのだろう。















さよならを思い出して、彼のせつない笑顔がよぎる。



「もう、さよならしないと。ね、ナミさん?」



それにこたえるため、笑顔になろうとしたあの時の、頬がつっぱった感覚とか、

泣きそうになるのをこらえるために喉や鼻の奥に力を入れた感覚とか

そういうのが全て思い出される。

思い出すと我慢できなくなって、あの時我慢した分まで涙があふれる。



どれだけ涙を流したら終わるんだろう。

























着信音で目が覚める。









彼からの着信の時だけに鳴る、あの音楽。









泣きながら寝てしまったんだ。



電話主のことより、二度寝していたことを考えている自分がいる。

時計を見ると午前7時45分。

あれから思ったより時間がたっていない。



「なんで電話…」



不安になって、ためらいながらも電話に出る。



「…もしもし」

「…もしもし、ナミさん?

ははは、ごめんよ、起しちゃったかな?」



笑っているけれど、その声はどこか切なそうで。

乾いた笑い声が私をもっと不安にさせる。









けれど













二人でしゃべりながら、二人とも涙がとまらない。

彼が、決して私に見せなかった涙。

どんなにつらくても、どんなに嫌でも、どんなに悲しくても

いつも笑っていた彼の涙。

私も涙がまたあふれてきて

でもそれはさっきの涙とは違う涙だった。

あたたかくて、安心させてくれて、浄化してくれる涙。









だって











あなたは私とのキスが忘れられなくて

唇にまだ感覚が残っているように思えて



音楽もかけずに一緒に踊ったことも覚えていて



踊る時はいつも私があなたに寄りかかることも

歩くとき私があなたに少しでもあわせたいと少し早歩きしようとすることも

いつも私は少しわがままで

あなたにはそれが可愛くてしょうがないってことも

強がりで弱さを絶対に見せないようにする私のことも

小さな変化や気遣いに私が気づくことも

あなたの作ってくれたものをおいしそうに食べる私の姿も

あなたの手に比べると小さくて細い私の手も





全部全部忘れられないって。











でも一つ

一番後悔しているのは

私に忘れてほしいと思っているのは

さよならしたことだって。




FIN

(2011.08.25)


<管理人のつぶやき>
まだ枕元に写真を置いたままに彼との思い出は鮮やかに残っているのに、別れてしまった二人。優しくておしゃれでレディファーストなサンジくん。どうしてサンジくんはナミに別れを切り出したりしたんだろうと思ってしまいます。でも今朝はそんな彼から電話がかかってきて・・・。これでヨリが戻るといいですね^^。

Aiさんの初投稿作品でした。Aiさん、ステキなお話をどうもありがとうございました!!

 

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