隠れた羨望の眼差し
            

彩 様




「いいなあ。」




「いいなあ・・・。」


再度ぽつり、とつぶやいた私にウソップが怪訝な顔をして振り返る。

「これは俺様のおやつだ!お前はさっき食べただろ?」
「違うわよ、ルフィやチョッパーじゃあるまいし。」

じゃあ何だよ、という問いかけは無視して何も言わなかったが
しばらくして何やら納得したような顔を見せた。

「ちょっと、何よ。私まだ何も説明してないじゃない。」

少しだけむっとして小さく抗議の声をあげるとウソップは微妙な表情をしながらも
顎をしゃくって甲板で何やら話している男二人を指す。

(お見通しか・・・。)

少しだけウソップの様子をうかがったあと再びナミは甲板へと視線を戻した。

「ナミさん、どうぞ。」

と声とともに紅茶のいい香りが鼻腔をくすぐる。

「ありがと、サンジくん。」

視線を固定したままお礼を言うナミにサンジは少し苦笑しながら続ける。

「ナミさんの言いたいことはわかりますけどね。あの大食い男とクソマリモ見てると。」
「まあ、そうだな。俺も同じことは思うけどな。」


「何よ、あんたさっきまで微妙な顔してたくせに。」

すかさず相槌を打つウソップにナミは顔をあげる。

視線を向けてもウソップもサンジも甲板の二人と見つめて何も言葉を返してこなくて、
言葉の矛先を奪われたナミは小さくため息をついて一人でぽつりぽつりと話し出した。

「あんたらも知ってると思うけど、ゾロがこの一味の中じゃ一番の古株なのよ。
古株っていっても後から話きいてみれば私とあいつらが出会った時期と
大して変わんなかったみたいだけど。
初めて会ったときから、性格は全く違うのに何で一緒にいるのかしらって思ってたの。

でもあの二人、何か根本が通じてるのよね。
海賊王と大剣豪。己の分野の頂点を目指すところもだけど、もっと他に・・・

何ていうかさ、あいつら二人には絶対こんなこと直接言ってやんないけど、
本当に大事なものを本能で理解してるっていうか・・・

自分の意思を貫き通す強さを持ってるのはもちろんだけど、
その意思を貫くタイミングをわきまえてるじゃない。
相手のことを思いやるとか、そんな器用なこと頭で考えて行動できるほど
よくできた人間には二人とも見えないけど、
本当に大事にしなきゃいけないものを守る方法を知ってるのよ。

だからわたしも、あんたらも、ここまであいつらについてきた。
そうでしょ?」

自分の夢を実現するためにこの船に乗ったっていうのはもちろんだけど、と付け足しながら
背後の二人に目をやると微妙な目つきで視線を返してくる。

「そうだな。てかお前も、そういうこと思ってたんだなあ。」
「まあナミさんのありがたいお言葉を直接あいつらに言ってあげる必要は
たしかにないですけどね。悔しいけど・・・俺も、そうですね。」


「それにしたって何であんなに仲がいいのかしら。」

甲板に目を戻すとルフィの話を片目を開けて眠そうにしながらも
笑いながら相打ちを打つゾロが見えた。

「入り込めない空気があって、何か悔しいのよ。」とナミは続ける。


「だって仲間なのに。皆平等なはずじゃない。この船にいる皆、気のいい仲間よ。
あんたらも、チョッパーも、ロビンも、フランキーも、ブルックも。
ここにはいないけどビビだってそうよ。
なのにあいつらの絆だけ特別に見えるのは何でよ。」

おもしろくなさそうな声を出しながらつぶやいていると
船長とふと目が合った。

「おーい!ナミ!ちょっとこっち来てみろよ!」

「はあ?いきなり何よ!」と咄嗟に叫び返すとにやりと口角を右にあげながら

「いいからちょっとお前もきてみろよ!」と剣士が返してくる。


まったく仕方ないわね、といいながらも少しだけ嬉しそうな航海士が
甲板へと歩き出すその姿を見ながらサンジとウソップは顔を見合わせて笑い合った。


「ほんと、自覚がないってすげえよなあ。」
「まあナミさんはそこも含めて可愛いけどな。」
「いや何言ってんだ、お前。」

ビシっと突っ込みを入れるウソップを無視してサンジは言葉をつないだ。

「ナミさんの言ってたことはたしかにその通りだと思うけどよ。
俺らからしたらそれはあのバカ男二人組のことだけじゃくて
ナミさん含めた三人組に言えることだよなあ。」

「ほんとにそうだよな、つうかナミにあんな顔させられるのはあの二人だけだぜ。
なのにナミはそれを自覚してないし、当然だけどあいつら二人も気づいちゃいねえだろうけどな。」


ここ数日、スリラーバーグでゾロが重症を負って一味が間一髪だったことを気にして落ち込んでいた航海士。
別に誰にそのことを話したわけでもない。ナミはクルーの前では笑っていた。
でもときどき、ぼーっとしていることがあるのを皆気づいていた。

(そう、気づいてんだよ、皆が。)

ウソップは思う。

(あいつの言うとおりこの船にいるクルーは皆気のいい奴らだし
お互いがお互いのことを認め合って、気に掛け合って、大事にし合ってんだ。
ナミの様子に気づかないわけがねえ。

あの人間離れしたゾロが、あれだけやられたんだ。
そのことを気にしないクルーがいるわけねえし、お前が誰よりゾロの身を案じてるのかもクルーは皆わかってる。

一味全員が本当に危なかったことも自覚してるし、これから先への不安も少なからず抱えてんだ。お前だけじゃねえ。)


そしてこれから一味が向かう先は魚人島。
ナミの大事な人の命を奪い、大事な村を支配し、挙句の果てに
8年間も道具のようにナミ自身を扱っていた魚人アーロンの記憶を
思い出さずにはいられないはずなのだ。
心の傷はもう癒えているのかもしれない。
アーロンから解放され麦わらの一味として長く航海してきたのだから。

それでも、とウソップは思う。

(心にできた傷なんてどれだけ癒えたって何もなかったことになるわけじゃねえ。
傷が治っても、傷がついた事実は消えねえんだ。
お前自身が自覚してないみたいだけどな、
最近やたら心配性になってんのは魚人島に近づいてるからだろ?)


安心させてやりたい。心から笑わせてやりたい。
そう思っているのはウソップだけじゃないはずだった。
だから皆が思い思いにナミを励まそうとさりげなく色々なことを言ってみたけれど結局のところナミの様子は改善されなかった。


なのに。


視線の先では船長と剣士と航海士が楽しそうに笑っていた。
ここ数日どこか不安定に見えたナミがおなかを抱えながら
心底楽しそうに笑っていた。


その様子に思わずため息をつくとおもむろにサンジと目が合う。

「・・・まあ、俺たちが考えてることは同じだよな。」
「そうだな。」

自嘲気味に笑いながらタバコを加えながらサンジは昨晩のことを思い返していた。







―なあ、お前何とかできねェの?

―はあ?んだよ、いきなり。

―すっとぼけんじゃねェぞ、このマリモやろう!ナミさんのことに決まってんだろうが!

―だから俺に何をどうしろっていうんだよ。

―分かってんだろ、ナミさんがここんとこ落ち込んでることぐらい!
心の底から笑ってねェことぐらい気づいてるだろ?!
おめェのその傷と!!!これから行く魚人島が!!!ナミさんを心配させてんだよ!!!

―・・・っせぇな。だからそれが何だってんだ。
落ち込んでんのはナミの勝手だろうが。放っとけよ。

―あァ?!何だと?!お前放っとけって、言いたかねェが仮にもお前は・・・!

―俺が何だよ。ナミのこと大事に思ってんのは俺だけじゃねェだろ。
ルフィだって、お前だって、他のやつらだってそうだろ。
大体ナミが何をどう心配してようと俺の知ったことじゃねェ。
そりゃスリラーバーグであんなことになったのは俺の責任だ。
一味が相当危なかったことも事実だ。
けどな、この先のことをあいつが心配してるから何だっていうんだ?

―・・・お前は、ナミさんがずっとあんな状態でもいいっていうのかよ?
お前は何も言ってやらねェわけ?

言い合いに疲れたサンジはゾロをにらみながら言い放ったが
今度はゾロが即答する。

―あの状態にいつまでもさせとくわけねェ。
何かあったら次は絶対に守る。あいつのことも、この一味も。
そもそも何言ったって不安が消えるわけじゃねェだろ。
大丈夫だってことを実践してみせるしかねェよ。


あそこでバカやってる食欲魔人のうちの船長も同じ考えじゃねェの、と付け足して
キッチンから出て行くゾロの後姿にサンジは何もいえなかった。









(そういやあいつ、さらっとナミさんのこと大事だとか抜かしやがったな・・・。
普段は何も言わねェくせに。あの緑頭め。)

そんなことを思い出して改めて甲板の3人を見ると笑いがこみ上げてくる。


何も言うつもりはない、と言い切った剣士とおそらくそんな気を回すという考えが
さらさらなかった船長は航海士と笑っている。
あの二人は何も言わなくても一緒にいるだけで航海士を満たすのだ。


そんな関係を羨ましくも思う反面、それはそれで満足のするものだった。
大事な大事な我が船の航海士は幸せそうに笑っているし、
結局表には出さないだけでルフィもゾロもナミのことを心底大事に思っているのだから。


一生本人を目の前に言ってはやらないが、船長の器は認めているし、
だからこそオールブルーを目指すなら何も海賊になる必要はなかったのに麦わらの一味として自分は今ここにいる。

そんな船長の右腕とも相棒とも言える剣士の強さだって本当は認めているし、
昨晩の「絶対に次は守る。」と言い切った言葉を信頼している。



しばらくウソップとサンジは沈黙していた。
双方思うところがあったのだろう、何も声には出さなかったが
妙にすっきりした顔をしながら三人を見つめていた。



ふと、ナミの表情が一瞬消える。
その様子を見た船長と剣士が大声をあげた。

「お〜い!野郎どもォ!全員集合〜!!!」
「おいコック!!!キッチンにいるチョッパーも呼んでこい!」

マリモのくせに偉そうなんだよ、と皮肉を返しながら船内へとサンジは走る。
ルフィの声を聞きつけたフランキーとロビンとブルックは船の後方から
走って近づいてきた。


「ウソップ!左舷から風を受けて!」

ナミからの鋭い声におう!と声をあげて振り返ると
ここ数日の不安げで揺れた瞳をしていた航海士の姿はなかった。








嵐が過ぎ去ったあと、ウソップ工場で何やら作っている狙撃手は―・・・


「いいよなあ、あいつら。」


昼間の三人の様子を思い出してつぶやいていた。








一方―・・・・

残りのクルーも各々に、自分がこの一味に入る前からこの船の仲間だった奴らを見ては

(いいなあ。)

と思っていることは、サンジもウソップも、そして他のクルーも知らないのだ。




FIN

(2011.02.14)


<管理人のつぶやき>
ナミはルフィとゾロの関係をうらやましく思い、ウソップとサンジとは原点3人組をうらやましく思い、残りのクルー達は自分が入る前の仲間達の関係をうらやましく思い・・・と、ぐるぐると思いが巡ってます^^。こういう気持ちすごく分かる気がしますね。こっちからすると、麦わら一味全員が「いいなぁ」なんですけど(笑)。

彩さんの初投稿作品でございました。ステキなお話をありがとうございました〜v

 

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