「じゃあ、逝ってらっしゃい――死の淵へ!!!」
言うが早いか巨大顔面オカマは、針の様に鋭く尖らせた8本の指を、ルフィの両脇腹に突き刺した。
桜めいど
びょり 様
激痛を追って、生温いドロリとした感触の液体が、体内に流れ込む。
生温くてドロッとしていながら、液体は直ぐに心臓に到達し、ルフィを鳥肌立たせた。
悪寒が止らない、なのに体はどんどん煮えてく。
血液が一気に300倍にまで増して、パンパンに膨れ上がってく気がした。
ビリビリビリッと、肌が布みたいに裂けてく音がする。
血があちこちの裂け目から噴出す。
どれだけ溢れても止らない。
「ヴワァァァアアアァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜……!!!!」
耐え難い痛みに悲鳴がひっ切り無く漏れ、その衝撃でルフィの喉はズタズタに裂けた。
目の前が真っ赤だ。
他に見える色は何も無い。
いや……チラチラと視界に入る色が在った。
一体あれは何色だろう?
鮮血に染まった世界でチラチラ動く色に、ルフィは意識を集中させる。
そうしてる内に痛みは不思議と止み、目の前でチラチラ動いていた色は数を増して血の色に取って代わり、ルフィの顔を覆った。
血の赤より薄く、雪の白より濃いその色に、ルフィは見覚えが有った。
そう、あれは確か、チョッパーの生れ故郷で見た――
――桜色だ!
目が覚めて体を起した途端、覆っていた桜の花弁がフワフワ舞った。
天井が桜に覆われている。
風も無いのに枝がザワザワ揺れて、花弁を雪の様に降らしていた。
落ちた花弁は、積って地面までも桜色に染める。
うっとり見惚れるほど美しい桜の森の中で、ルフィは頻りに首を傾げた。
ここはインペルダウンのレベル何とかで、何とか地ごくって言うトコなのか?
今迄見て来た地獄と違い、殺気の欠片も感じられない。
それだけじゃなく、音も熱も匂いも、一切感じられなかった。
まるで死の世界だ。
「当たり!だって此処は『冥土』だからな!」
音の無い世界に能天気な声が響いた。
正面に見覚え有る少年が、ルフィと同じく胡坐を掻いて、人懐っこい笑顔を向けている。
黒髪に黒い目、目の下に傷。
――見覚え有って当り前だ、俺じゃねェか!
正面に座り笑っている少年は、目の下の傷が反対な事以外は、ルフィと瓜二つだった。
――って事は、目の前に立ってるのは鏡か!
森の中に鏡が置いてある理由はさて置き、正体が判ってホッとした気持ちから、ルフィは右手で触れようとした。
すると当り前ながら、目の前の像が左手を伸ばす。
だがその伸びた左手が、ルフィの右手をむんずと掴んだ。
「うわァ!!?」
仰天したルフィが思わず悲鳴を上げる。
目の前の像は益々愉快そうに笑った。
「かかか鏡じゃねェ…!!だだだ誰だ、お前!?名を名乗れっ!!」
「俺か?俺はモンキー・D・ルフィだ!」
「ウソ吐けっ!!ルフィは俺だ!!!」
「うん、確かにお前はルフィだ!そして俺もルフィだ!」
「俺はこの世に1人だけだ!!2人も3人も4人も居てたまるかっ!!!」
叫びながら、ルフィの頭は大いに混乱していた。
自分は紛れも無く「モンキー・D・ルフィ」と言う男である。
そんな自分とそっくり瓜二つの男が現れ、自分と同じ名を名乗るのは由々しき問題だ。
このまま一緒にサニー号に戻ったら、船長は一体どっちになるのか?
いきなり増えた理由は知らないが、こうなったら戦って「自分」を勝ち取るしかない。
そう考えて密かに拳を固めるルフィの戦闘意欲を殺ぐように、目の前のルフィはのんびりと答えた。
「別にお前に取って代わろうと思っちゃいねェから安心しろ。現実の世界で俺は実体を持たねェ。言わばお前の魂だからな」
「たましい??けど、さわれたぞ?」
掴んだ手は現実に生きる者と同じ、リアルな感触だった。
「それは此処が現実世界と違う、『冥土』だからさ!」
「『めいど』ってアレか?御主人様何なりとお申し付けくださいとか言って、何でもしてくれるヤツの事か?」
「そりゃ昨今マニア男に超絶人気の『メイド』だ!此処は『冥土』、人間が死んだ後に来る世界の事さ!」
桜の木の枝が、下に立つ2人を真似て、ザワザワと喋る。
森中の桜が騒いでいても、不気味なほど静かだった。
「これから大きな戦争が起って、人がいっぱい死ぬ。桜はそれを知って騒いでんだ」
桜をじっと見上げるルフィに、『ルフィ』が教えた。
「戦争」という言葉に引っ掛かりを覚えて振り向く。
エース救出に向う自分を巻き込むうねりを、何となく覚っていたからだ。
黙って『ルフィ』の顔を見詰める。
『ルフィ』は伏し目がちに話を続けた。
「冥土の桜は死んだ人間の血を吸って生長する。
桜の花弁が仄かに赤いのは、そのせいさ。
戦争が起れば沢山の人間が此処にやって来る。
という事は、沢山血を吸う事が出来る。
だから桜は喜んで騒いでんだ。」
「血を吸われた人間はどうなるんだ?」
「完全な死を迎える。つまり木に取り込まれちまうんだ」
「悪い木だなー!全部根っこから引っこ抜いちまっていいか?」
「馬っ鹿!そうやって死んだ魂を浄化してくれんだよ!」
己の血でペタペタ体に貼り付いた花弁を煩わしげに払いつつ、ルフィは話を聞く。
聞いている内に、不安が駆け足で迫って来た。
「……なァ…『めいど』って死んだ人間が来る世界なんだろ?という事は俺……もう、死んでるのか…?」
「しししっ♪今頃気が付いたか!」
「じょ――じょーだんじゃねーぞコラァァ!!!!」
歯を剥き出して笑う『ルフィ』に、ルフィは蒼白顔で怒鳴った。
「俺はっ!!俺はエースを助けに来たんだ!!まだ死ぬわけにいかねーんだ!!!血を吸われてじょーかなんてされてたまるかっ!!!」
そう叫ぶと一直線に走り出した。
地面に積った花弁が蹴散らされ、コロコロ転がって流れる。
ルフィが走る後に、桜の川が出来た。
桜の木が沢山植わっているそこは、迷路の如く道を複雑にしていた。
一直線に走ってったルフィだが、直ぐに桜の壁に行く手を塞がれる。
腕ずくで道を拓こうと回転させた右腕を、『ルフィ』のゴムの腕に取押えられた。
「そんな焦んなって!お前はまだ死んじゃいねェ。死にかけてるだけさ!」
「死に向ってんじゃねーか!!!あせるに決まってんだろっ!!!」
ゴムの反動を利用して、『ルフィ』がひょーいと傍まで飛んで来る。
睨むルフィに構わず、『ルフィ』は気さくに誘った。
「折角来たんだ。見せてェもんが有る。現実世界より高い所に在る此処だから見られるものさ。見ればきっと、お前の気懸りが少し減るぜ」
そう言うと、桜の枝と枝が絡んで輪になってる前に立たせ、中を覗かせた。
「――サンジ!?」
枝が絡んで作る輪の向うに、サンジの姿が見えた。
ピンクハートの夕陽に染まるピンクの海岸を死に物狂いで走って居る。
フリフリドレスで着飾った大勢の乙女達が彼を追い駆けていた。
女好きのサンジが女から逃げるなんて超めずらしい。
信じられない気持ちでルフィは目を凝らし、耳を澄ます。
全員、長身のサンジに引けを取らない、逞しい体格だ。
声がやけに野太い、顎は髭を剃った後の様に青々としている。
まるで男だ、てゆーかマジで男だ、1人残らずオカマだ。
大勢のオカマ達に追われるサンジは、泣きながら必死に喚いていた。
「サンジはクマに飛ばされて、『モモイロ島』に居る。そこに住んでる動物や人間は皆オカマだ」
「みんなオカマァァ!!?それってつまり、女1人も居ねーって事かァァ!!?」
無事で居る事にホッとしたものの、女好きのサンジにとって、飛ばされた島は地獄に等しいだろうと、ルフィは心底哀れんだ。
サンジは「女が側に居ないと死んでしまう病」を患っている。
真偽を確めてはいないが、彼にとって死にそうなくらい辛い状況だとは、ルフィにも理解出来た。
なのにクマめ、なんて意地悪なヤツだ。
女ばかりの島に飛ばされたルフィは、少しだけサンジに申し訳無く思った。
「桜窓からは現世を覗ける。此処だけじゃなく、他にも沢山在る。仲間の安否が気にはなるだろ?冥土の土産に覗いて行けよ!」
『ルフィ』に言われるまま、ルフィは桜の枝が輪になってる箇所を探しては、中を覗いた。
ナミは雲の上にプカプカ浮いている小さな空島に居た。
フランキーは雪吹き荒ぶ冬島に海パンで居た。
ブルックは黒衣を着た人間達に囲まれて居た。
ロビンは両手首を鎖で繋がれ働かされて居た。
チョッパーは怪鳥の餌になりかけて居た。
ゾロはピンク髪のホロホロ女と一緒に居た。
ホロホロ女と一緒?という事は、スリラーバークに戻されたんだろうか??
あの女、ナミが「クマに消された」って言ってなかったっけか?
あの女もずっと空飛んでて、1周してスリラーバークに戻り、そしてゾロと会ったんだろうか?
よく解んねェけどホロホロ女はひん死のゾロを倒そうとせず、手当てをして看病してくれている。
実は良いヤツだったのかもしれねェ。
ルフィは大きく安堵の溜息を吐いた。
最後に見付けた桜窓を覗く。
ウソップは巨大昆虫と活きてる植物が徘徊する森の中に居た。
惚れ惚れするほど立派なノコギリバサミを持った巨大クワガタに襲われている。
窓の向うから漂う甘い蜜の香り。
ルフィの腹がグーグー鳴いた。
「いいなー、ウソップのヤツ。俺もあっちに飛ばされたかった」
羨ましげに覗くルフィの肩を、『ルフィ』がポンと叩いた。
「どうだ、安心したか?」
「おう!見せてくれてサンキュー!」
無事を信じてはいても、やはり今何処でどうしてるのか、知る事が出来たのは嬉しかった。
全員バラバラに離された、けど生きて居れば、何時かきっと廻り合える。
今はエースの救出を急ごう、改めて決意した時だ――森の奥にエースの姿が浮んだ。
「エース…!!!」
舞い散る桜の雨の下、エースは恐い顔で立って居た。
「来るな」と目で訴えている。
じっとルフィを睨んだまま、その姿が少しずつ薄くなっていった。
「待てよエース!!!
ゴメン…お前の冒険だと思って、最初は助けに行くつもり無かったんだ!!!
でも死なせたくないんだ!!!だから助けに行く!!!
許してくれよ、エース…!!!」
もう気配すら残っていない森に向い、ルフィは吠えた。
エースの名を呼びながら、奥へ向おうとする。
しかし数歩駆け出した所で、ルフィの肩は再び『ルフィ』の手に取押えられた。
「離せよっ!!!俺はまだ死ぬわけにいかねェ!!!エースを助けに行くんだ!!!」
「…だったら行くな。冥土の奥に嵌ったら、二度と生者の世界へは戻れなくなるぞ」
引き止める『ルフィ』の姿がフッとナミに変る。
「馬鹿!方向オンチ!そっちは死の道だって言ってんのよ!」
ナミから分かれて、煙草をくわえたサンジが横に並んだ。
「戦う前に腹ごしらえを忘れんな!俺は飯を作ってやれねェが…」
「『急いては事を仕損ずる』よ、ルフィ」
「相手は海軍だぜ!独りで突っ込もうとせず――スゥーーパアーー!!!な、仲間と共に戦え!」
「ウソップ様の援護が無ェからって負けんじゃねェぞ!」
「ヨホホホホ!私達の事はお気にされずに…生きて居れば必ず再会出来ると信じています。――あ、私、もう死んでましたね!」
「致命傷だけは負うなよ!全員ちゃんと生きて、また一緒に冒険するんだ!!」
ロビンにフランキーにウソップにブルックにチョッパーと、次々現れては、ゴシゴシ目を擦るルフィの前に立つ。
真ん中にゾロが立った所で、全員右手をルフィの方へ伸ばした。
全員の手の平には桜の花弁が1枚載っている。
花弁は1つに合さり、ゾロの手へと渡った。
ゾロが花弁をルフィの手の平に載せる。
「何処に居ても俺達は1つに繋がってる。手繰り寄せれば必ず逢える…!」
手の平に載せられた花弁が、小さな紙の切れ端に変った。
一味を繋ぐビブルカードだ。
認識した途端、体を引き裂く激痛が戻って来た。
「ヴワァァァアアアァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜……!!!!」
視界を赤色が覆い、仲間の姿が消える。
肌の裂け目から迸る鮮血、けれどこの血…そして感じてる痛みは、生きている証だ。
遠くから、微かに声が聞える。
自分を呼ぶ声だと直感したルフィは、血に塗れた手足に纏わり付く花弁を振り払い蹴散らしながら、声のする方へと駆けて行った。
――まだ、ここに来るには早い。
【終わり】
(2010.06.05)
<管理人のつぶやき>
インペルダウンで壮絶な治療に入ったルフィ。そのとき意識が桜で彩られた不思議な場所へと紛れ込む。そこは冥土の世界だった――。
ここにエースの姿があったのにはドキッとしてしまいました。嗚呼、エース;;ルフィの悲壮な叫びが胸に痛いです。一方でルフィが仲間達の様子を垣間見て安堵する様子にはなんだか嬉しくなりました^^。桜の花びらから変化したビブルカードは、いつか訪れる仲間達の再集結の象徴ですよね!
びょりさんの8作目の投稿作品でした。そして、びょりさんはこの作品をもって投稿部屋を卒業されます。今までありがとうございました!
今後のびょりさんの作品は、びょりさんのブログ【瀬戸際の暇人】でご堪能くださいね^^。