桜の咲く下、人は別れて、そして出会う。






桜トンネル
            

びょり 様



大学2年目の春休みに、俺は東京の実家に帰った。

高校卒業して以来、かれこれ2年振りになる。

着いて直ぐ幼馴染のナミに、帰って来た事を電話で告げると、開口一番「薄情者!!」と怒鳴られた。


「呼べば何時でも会いに行ってやる〜とか、卒業前に言ってたのは何処の誰よ!?」

「煩ェ、耳元で怒鳴るな!……しゃあねェだろォ?入学して暫くは、いっぱいいっぱいだったんだからよ。」

「Mr.武士道のクセして約束破るなんて最低!」

「いいかげんその徒名止めろ!!…それに、ちょくちょく電話はかけてやってただろ!」

「1ヶ月に1回の頻度でちょくちょく!?へェェェ〜〜!」

「んだよ!?足りねェっつうなら、てめェからかけてくりゃ良かっただろうが!!」

「女から頻繁に連絡したら、あんた照れて嫌がるだろう思って遠慮してやってたんじゃないの!!鈍ちん!!」

「ああもう悪かった!!俺が悪かったよ!!……それより、久し振りなんだし、呑みに行かねェか?今、外からだろ?何時に家戻れんだ?」


電話口からナミの声と一緒に、駅のアナウンスが漏れ聞えて来た。

恐らくホームに居るんだろう、駅名までは聞えなかったが。


「ナイスなタイミングだったわね、ゾロ!実は今……ルフィも帰って来てるのよ!!」


ルフィってのも、ナミと同じく俺の幼馴染だ。

3人して高校まで腐れ縁のクラスメートだった。

けど、高校卒業後は見事にバラバラ。

ナミは地元の大学、俺は他県の大学、そしてルフィは外国に旅立っちまった。

「マメに手紙出す」言いながら、この2年間貰った記憶が無ェ。

こいつの薄情振りに比べりゃ、俺なんて可愛い方だと思う。


「ちゃんと生きてやがったんだなァァ、あいつ…。」

「ほぉんと!『マメに手紙出す』言っといて、思った通りに音信不通なっちゃってさ!会っても判るかしら?いいかげん顔忘れちゃってるし!」

「未だ会ってねェのか?」

「あんたと一緒で、今日帰ったって連絡有ったのよ。で、今夜お花見しようって約束したの。ウソップとサンジ君にも連絡してある。…ゾロ、本当に良いタイミングで帰って来たわね!」

「まったくだ。夜桜観ながら同窓会か…良いな!」

「今から場所に向うトコだったの。ルフィに連絡して迎えに行く様言っておくから、2人で一緒に来ると良いわ。」




俺等が住んでる団地付近には、結構大きな川が流れている。

その川の両脇は遊歩道になってて、桜並木が長く続いていた。

道に被さり柵を越えて、川面へと枝を伸ばす桜の木。

俺とルフィは幾本もの枝を潜って道を進んだ。


「まるでトンネルみてェだなー。」


首を後ろに反らして見上げながら、感心した様にルフィが言う。


「そうだな。桜のトンネルだ。」


同じくぽけっと見上げながら応えた。

隙間も見えねェ程の花天井。

街灯で照らされた周りが、満月みたく白く仄めいてる。

2人して見蕩れて上ばっか向いて歩いて…傍から見ててさぞや危なっかしかったろう。

馬鹿みてェに口開けてフワフワと。

酔っ払いみてェに千鳥足でフラフラと。

柵や幹に頭ぶつけたり、転がってる石に蹴躓いたりする度、振動で花弁がひらひ
らと降って来た。


「きれーだよなァ〜〜〜……こんなにきれーなのに、何で誰もゴザしいて花見してねーんだろなァ〜〜。」


何度目かの蹴躓き後で、ジーパンに付いた土を払い、立ち上がりながらルフィが言った。


「道のど真ん中にゴザ敷いてたむろってたら流石にヤバイだろ。交通の邪魔だっつって、即しょっ引かれちまうよ。」

「人通りも少ねーよなァ〜〜。」

「メシ時過ぎりゃあ、こんなもんだろ。」

「そういや腹減ったなァ〜、早くメシ食いてェ〜〜!」

「だったら急いで歩け。早くしねェと約束した時刻に遅れちまう。」

「サンジがな、ごーか花見弁当作って来てくれんだってよ♪」

「そりゃ楽しみだ。弁当だけ来てくれりゃあ、もっと良いんだけどな。」

「ウソップなんかな、朝の内から公園で場所取りしてくれてるらしいぜ!」

「相変らず用意周到な奴っつか…便所行きてェ時はどうしてたんだろうな。」

「でも運が良いよな、俺もゾロも。こんな満開の日に帰って来れて!」

「おまけに晴天、風も穏やか。日頃の行いが物言ったんじゃねェの?」

「夜遅くから風が強く吹くらしーぞ。明日は雨で、見頃は今夜までだろうって。」

「それはTVの天気予報からか?それともナミ予報からか?」

「ナミ予報だ!」

「じゃあ、確かだな。」


霞む空の下、川に桜の雨が降りしきる。

浮び漂う花弁で、流れが薄桃色に染められていた。


「おっっ!?……向うから焼鳥のにおいがする!!行ってみよーぜゾロ!!」


いきなりルフィが駆け出し、道から逸れようとした。

焦ってその腕をがっしりと取押える。


「ば!!馬鹿!!約束に間に合わなくなっちまうだろ!!」

「まだ大丈夫だって!行ってテイクアウトしてきゃあ、あいつらだって喜ぶじゃんか!」

「おめェみたいな方向オンチが道から逸れたら迷子決定だろうがっっ!!」



――あんたみたいな方向オンチが道から逸れたら迷子決定よ!



「何だよゾロじゃあるまいし!しっけーだなー!!」

「失敬なのはてめェだ!!誰が迷子だ馬鹿野郎!!!」



――良い?桜並木に沿って、真直ぐ行った先に在る公園だからね。



「ガキの頃、3人でさんざっぱら遊んでたあの公園だろォ〜?ちゃんと覚えてるって!」

「1度も1人で辿り着けた事無ェ奴が言ったって説得力無ェっつの!」

「ゾロだって1人でたどり着けたためし無かったじゃねーか!」

「兎に角…途中まで迎えに来てやるから、この道真直ぐ通って来い言われてんだ。寄り道せずに進むぞ!」



――絶対に並木道から外れないよう歩くのよ!でないと2度と会えなくなるかもしれないわ!


――大袈裟な…んなわきゃ無ェだろ!



「だから、ちょろっと行って戻ってくりゃ良いじゃん!迷やしねーよ!!ゾロは大げさだなー!!」



――こんな話が有るわ。



「……こんな話が有る。」




昔在る所に、いい年になっても嫁の来てが無い男が居た。

心配した両親から、何時までも独りじゃ寂しかろう、山向うに霊験あらたかな神社が在るから、良い嫁さ貰えるよう頼んでみてはどうかと言われたんで、行ってみる事にした。

日が暮れるまで一心に願っていると、目の前に小さな薄桃色した花弁が、ひらひらと舞い落ちて来た。


おや、桜だ、何処で咲いてるのだろう?


花弁の来る先を辿る内、何時しか男は、それは見事な桜の並木道に入っていた。

両端から道に被さる様に枝がしなり、隙間も漏らさぬ程に満開な桜。

まるでトンネル、何処までも長く続いて見える。

妖しくも美しい様に男はすっかり魅入られ、吸込まれる様にして先へと進んでった。

夜が来て、朝が来て、また夜が来て……もうどんだけ歩いたか解らなくなった頃だ。

漸く桜のトンネルから出られ、視界が開けた。

目の前には、太陽の様に光り輝く素晴しい御殿。

正面の門の下には、月の様に美しい女が1人、立って男に微笑みかけていた。



男はその女と夫婦になり、御殿で毎日楽しく暮らした。

しかし月日が経つ内に…次第に、残した両親の様子が気懸かりになり出した。

せめて自分が結婚して楽しく暮らしている事を伝えたい。

一度家に帰らせて欲しいと女に頼むと、渋々ながらも承知してこう言った。


必ず、あの桜の道を通って行って下さいね。

道から外れたら、もう2度と帰って来られなくなりますよ。


男は必ず守ると約束し、実家への土産にと女が渡してくれた宝箱を抱えて、意気揚々と桜の道を歩いて行った。

来た時と同じ桜のトンネルは、風が吹く度に花弁がはらはらと舞い、夢幻の如き美しさだった。

夜が来て、朝が来て、また夜が来て……歩き疲れた男は、途中一休みする事にした。

行きと違ってずっしりと重い宝箱を抱えている。

はて、一体何が入ってるのかと思い、蓋を開けてみると、中にはぎっしりと金貨が詰まっていた。

不思議な事に金貨は、男の居る時代の通貨と違う、見た事も無い物だった。

目も眩まんばかりの様に、驚き見蕩れていた男の内に……段々と欲心がもたげて来た。


何もこんなに沢山、お父やお母に渡さんでも良いじゃないか。

この半分だけでも一生安楽に暮らせる…そうだ、渡すのは半分だけにしよう。

箱の金貨をわし掴むと、男は己の懐に入れた。

と、その拍子に零れた数枚が、具合の悪い事に、道の外へと転げ出てしまった。


道から外れたら、もう2度と帰って来られなくなりますよ。


一瞬女の言葉が浮んだが、男は躊躇い無く道の外へと飛び出し、転がってった金貨を追った。



外は恐ろしい程に真っ暗だった。

振り返ると、桜のトンネルは姿を消していた。

何も見えず、何も聞えなかった。


…貴方、約束を破りましたね。


暗闇に、女の声が響いた。


あれ程、注意したのに…

私は、貴方よりずっと先の時代に生きている者でした。

この桜の道は、私の生きる時代と、貴方の生きる時代とを繋ぐ、トンネルだった。

道から外れた貴方は、もう2度と私の所には帰れない…

…さよなら…愛しい人…


それが、男の聞いた、女の最後の言葉だった。



男は2度と女に逢えなかった。

両親の居る家にも戻れなかった。

男の行方は、誰も知らない。




「……ただの昔話だろ?」

「ああ、ただの作り話だ。」

「そんな話、どこで聞いたんだ?」

「ナミから聞いた。…昔話なのに『トンネル』なんて単語が出る辺り、あいつの自作だろうな。」

「ちょっと……恐い話だな。」

「………そうかもな。」


風が吹き、俺とルフィの頭上に、一際沢山の花弁が落ちて来た。

夜遅くなって強く吹く…ナミの言った通りだなと思った。


「…早く行こうぜ!ナミが途中で待ってんだろ!?」


ルフィが先を急ぐ。

どうやら焼鳥は諦めたらしい。

ただの作り話でも、効き目有ったみてェだぞ、ナミ。



――今から家まで迎えに行くと、道戻る事になっちゃうから…並木の切れる所で待ってるわ。


――寄り道なんてしないでね、約束よ!



ルフィと2人、夜桜見物しながら、道を進んでく。

枝が柵に架り、形作られた桜のトンネル。

風に煽られ、ざわざわと鳴る花天井。


昼の桜は華麗にして、人を呼ぶ。

夜の桜は幽玄にして、妖を呼ぶ。


並木が切れる手前で、突風が吹いた。

降りしきる花弁、反射的に目を瞑る。


暫しの間の後、瞼を開けて前を見た。



女が1人、橋の袂に立って、俺達に微笑んでいる。

桜色のセーター、白いブーツにミニスカート。

風に靡く、懐かしいオレンジの髪。



「……お帰りなさい、2人とも!」



桜散る中、立っていたのは、ナミだった。



――寄り道なんてしないでね、約束よ。




【おわり】


(2006.04.07)

Copyright(C)びょり,All rights reserved.


<管理人のつぶやき>
桜の下には死体が埋まっている・・・というのはどこで書かれてるんだっけ?

明るくて華やかなお花見日和。でも、ナミのお話はちょっと妖しい雰囲気。
ゾロ達を寄り道を阻止するための作り話のようですが、ルフィには効果テキメンでした。そして一番効いてたのはゾロに違いない。もう必死でルフィと止めてますから。
一番コワイのは、お話よりもナミかもしれない・・・・?w

びょりさんの6作目の投稿作品となります。久々のご投稿ありがとうございます。
またいつでも投稿してくださいねー!

 

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