我好ム華ヲ君ニ捧グ。
ふぅ 様
ある晴れた日の昼過ぎ、サニー号は小さな無人島にたどり着いた。
小さいといっても、無人島にすればこの大きさは丁度いいのかもしれない。
半日程度あれば、島の周りを一周できるぐらいの大きさだ。
少々リトルガーデンに景色は似てはいるが、それはおそらく何百年も前からのものであろう樹木が立派な蔦を巻いて多い茂っているからであって、
この島には巨人もいなければ恐竜もいない、ましてや山なんか1つもない。
どちらかと言えば、゛冒険"というよりも゛休憩"のための島という感じだ。
ルフィのような探検好きには小さすぎて暇すぎて、なんの楽しみも無いだろう。
たくさんの木々の間からは暖かそうな木漏れ日が見える。
季節は春、昼寝には最適な季節だ。
早速どこかで昼寝をしようと思っていたが、今日は全員で食料調達をするらしい。
その上、この島でのログは幸か不幸か1日ときたもんだ。これじゃあ、ろくに昼寝も出来やしねぇ。
「おい、クソマリモ。お前は森で果物でも採ってこい。」
自分は忙しいのに、俺が何もしていないことに腹が立ったのか、クソコックが少し怒ったような口調で言う。
「何で俺が。船番でいいだろ。」
「文句言うな、今回はナミさんもロビンちゃんも手伝ってくれるって言ってるんだぞ!!」
「船は盗まれてもいいのかよ。」
「船はフランキーが見てるってよ。ってことで行ってこい!!ほら、籠あっこに置いてあるからな!」
そう言って籠が4,5個置いてあるほうに指を差す。
島に着いてからコックとナミはみんなに食料調達の指示をしている。
正直、この二人の言うこと(特にコック)はあまり聞きたくないもんだが、確かにこの数日の食料を考えればこの島でとっておくのが無難だと考えて、
用意されていた籠をひょいと拾い上げ、用はさっさと終わらそうと思いスタスタと出発した。
「ゾローーー!!!」
せっかく気合を入れて出発したつもりだったのに、船からナミが呼んでくるので俺はしぶしぶ振り返った。
「……ああ!?」
「あんたさっさと行くのはいいけど、食料はちゃんと食べられるものとってきてね!あ、あと、夕方にはちゃんと帰ってくるのよ!道はちゃんと目印なんかで覚えて迷子にならないようにすること!!」
「……てめぇはどこの母ちゃんだよ。」
「うっさい!心配してやってんでしょ!もう、早く行って!!」
呼び止めたのはお前じゃねぇか、というつっこみはもう面倒くさいので止めた。
多分この島なら果物ぐらいならいろいろ採れるだろう。
とにかく今は食料調達をさっさと済ませちまおう。昼寝はそのあとだ。
そう、心で深く決意した。
―――1時間後、思った通りの果物を調達することができた。
あとは昼寝だな。こんないい島に着いたからには、昼寝の一つぐらいしないと勿体ねえ。
そう思って俺はとりあえず森の(おそらく)奥へと進んだ。
しかし本当に“樹”しかねぇ。
そりゃあ森だから当たり前かも知れねぇけど、普通もう少し広場みたいなとこがあったりするもんじゃねぇのか?
少なくとも、今まで上陸してきた島は多かれ少なかれ“樹がない場所”が必ずあった。
しかし俺はさっきから同じとこばかり回ってる気がするし、そうでない気もする。
そう思うくらい、すべてが同じに見えてくる。
これじゃあ迷うなっていうのは無理な話だと思う。いくらナミでも、この森では道に迷うはずだ。
少し愚痴交じりに考えながら進んでいると、数10m先に少し固まった光が見えた。
その光の方に進んでみると、さっきまで無いと思っていた場所があった。
広さから言えば、ほんの2、30uほどの小さな広場だ。
お伽話に出てくるような、うっとうしい樹しか無かった森にこんな場所があるなんて信じられないくらいの、かなりキレイなとこだった。
多少花も咲いているし、太陽の光も丁度心地いいくらいに射している。
ナミやロビンはもちろん、男共が見ても結構なリアクションをしてくれそうな場所だった。
ここなら、十分に昼寝を楽しめそうだと思っていたとき、広場の真ん中に咲いている1本の花が目に入った。
小さな白い花がたくさんついている、落葉低木の花だ。
どこか寂しげにぽつんと咲くその花は、見た瞬間に俺に1人の人物を思い出させた。
この花は、確かあいつが好きだった。……くいなが。
――――10年前、俺がまだ9歳の頃、いつものように道場で練習をしていた。
季節は丁度この島と同じぐらいで、天気もかなりよかった。
その日は道場自体が休みで、そういう日はいつもくいなと2人だけで練習していた。
しかしくいなは今日は別の場所で練習すると言って、俺が来る前にどこかへ行ってしまったらしい。
あと1時間ほど練習して、今日は終わりにしようと思っていたとき、くいなが小走りに帰ってきた。
「あ!いたいた!ゾローー!!ちょっと一緒に来て!」
「…は!?何でだよ!?俺はまだ練習の途中だぞ!」
「いいから、ね?ちょっとだけ!!」
ほとんど無理矢理ではあったが、道場の先生の娘ということだし、一応年上ということもあって、こういうときには弱い。
結局毎回くいなのしたいようにさせていた。
腕を引っ張られ、道場の近くにある小高い山を登った。
道場から数十分ほどだろうか、俺が行ったことの無い高原についた。
こんなに近いのに今まで何でここに来たことがないのか、少し考えていた。
そんな俺には気にせず、くいなは最初きょろきょろ周りを見渡していたが、何かを見つけたのか急にぱあっと明るく笑った。
意味が分からなかったが、とりあえずくいなの行動をただ黙って見ていた。
すると突然嬉しそうに振り向いて、ある一点を指差した。
「あれ、あの花。」
「……ああ?」
たかが花を見せるために俺をここに連れてきたのか?と、そう思った。
こんなことなら、道場で練習を続ければよかった、と。
花の名前も知らなければ、その花を見たことすらない。
そもそも、俺は“花”なんてもんにはガキのころから本当に興味が無かった。
しかしくいなは、俺のその心情を知ってか知らずか、相変わらず嬉しそうな顔だった。
そして道場から持ってきたのであろうハサミをとりだし、その花を1本茎から切った。
「この花、知ってる?ビバーナムって花なの。」
「……知らねぇ。」
「私、この花が一番好き。」
「ふーん。」
「この花、ゾロにあげる!そのために連れてきたから!!」
「はあ!?」
「もう!文句言わない、素直に受け取りなさい!!」
別にまだ何も言ってないじゃないかと思いながら、それでも今日初めて見た花なんか別にいらないし、貰ったからといってどうしたらいいのかも知らない。
一応最初は遠慮したものの、結局は無理矢理持って帰らされた。
何で急に花なんかをくれたのか理由を聞いても、くいなは絶対教えてはくれなかった。
ただ、いつか分かるから。とそう言うだけで終わった。
その言葉すらよく分からなかったが、とりあえず家に帰り花瓶に入れておいた。
“いつか分かる”、くいながそう言っていたから、いつか教えてくれるのだろうとあまり気にしてなかった。
しかし、その数日後にくいなは死んだ。
ガキの俺は、結局何も教えてくれなかったじゃないかと心の中で小さな怒りを覚えた。
大剣豪の夢の約束をしてすぐ死んでしまったことのほうが明らかに怒りは大きかったのだが、
くいながくれた花のことはまるで心に付箋を張ったように、時々ちらちらと今でも思い出すのだった。
花は一応花瓶に入れてはいたものの、水を変えてなかったからなのか、それとも場所が悪かったのかその両方か、びっくりするほどすぐに枯れてしまった。
処分するのも面倒くさくそのままにしておいたが、くいなが死んだ後に見たその花は、まるで何かを訴えるように茎だけはきれいに立っていた。
なんだかそれが辛くて、悲しくて、最初はいらないと思っていた花を俺は必死になって元の場所に探しに行った。
方向音痴だと言われてもこういうときは決して迷わない、そのことは俺だけじゃない、道場のみんなもそうだと言っていた。
しかし、どこを探してもその花は見つからなかった。
ほんの数日前なのに。くいなと2人で見たはずなのに。
俺はなぜか泣き出してしまった。先生の前でさっきあれほど泣いたというのに。
誰かに見られたらみっともないと思われるかも知れない。
それでも俺は、広い高原の真ん中で泣き続けた。
握り締めた拳からは汗が滲んでくる。
声は出さない。だが搾り出すように涙を流していた。……―――
ルフィと旅を始めてからはこの花のことは気にしないようにしていたが、まさかこの島にこの花が咲いているとは…。
かなり驚きはしたが、少し忘れかけていたことを思い出せて心のどこかで安堵する。
ガキの頃といえど、忘れていい思い出と忘れてはいけない思い出ぐらいの判断は出来ていた。
あの時くいなは何で俺にこの花をくれたのか、その事は未だに分からなくても、きっと良い意味でこの花をくれたということぐらいは分かったから。
だからこの思い出は忘れちゃいけねぇんだ。ひょっとしたらあの約束と同じぐらいに。
「ゾロ?何してるの、こんなところで。」
突然後ろから話しかけられ、はっと現実に戻さた。
声のするほうを向くと、そこにはナミがいた。
「…ああ、ちょっとな。」
「どうせまた昼寝でもしてたんでしょ。それにしてもキレイな所ねー。」
ああ、とだけ返事をしてまた花を見た。
すると周りを見渡していたナミも、その花に気づいたらしく、俺の隣にしゃがんで不思議そうに言う。
「これ、ビバーナムじゃない?こういうところでも咲くのね。」
「……知ってるのか?」
「知ってるわよ、何度か見たことあるもの。その花がどうかしたの?」
「……。」
おもわず黙ってしまった。別に言いたくないわけではない、ただ昔の話をするのは妙に苦手だった。
くいなとの約束の話はナミにはしてある。
しかし全てを話したわけではなく、出来るだけ完結に話して終わったままだった。
それでもナミは俺の過去を詳しくは聞いたりしてこなかった。
過去の話をするのも、大切な人が死んだことの話をするのも、それがどれだけ辛いことなのか、こいつは誰よりも知っているからだ。
「……あいつが、好きだった花なんだ。」
「………そう。」
“あいつ”というだけで誰だか分かったらしく、それ以上無駄なことは聞いてこようとはしなかった。
ただ、ナミの表情がその瞬間優しい顔色に変わった。
そしていきなり花の実をつけた一番細い茎を折り、俺の目の前に差し出した。
「この花、ゾロにあげる!!」
「………っ!!」
あのときのくいなと同じように嬉しそうな表情に、同じ台詞。
いきなりのナミの発言に俺は驚いて、無意識に目の前にある花を受けとった。
「きっとくいなさんも、そう言ったんじゃない?」
「……なんで…」
予想が当たったのが嬉しかったのか、子どものようにニコっと笑った。
「ゾロ、この花の“花言葉”、知ってる?」
「……花言葉?」
やっぱり知らないのかと、少し呆れた顔でため息をついたが、すぐさっきと同じ表情に戻った。
「このビバーナムの花言葉はね……、」
「“大いなる、期待”。」
その瞬間、優しい柔らかな風が吹いた。
静かだった広場が小さく背伸びをするように揺れる。
俺が花を見ながら黙っていると、ナミは立ち上がり少し乱れた髪を片手で直しながら軽く周り見渡した。
「ゾロ、船に戻ろ?その花、ちゃんと花瓶に入れてあげなくちゃ。」
優しく笑ってそう言ったナミの顔が、一瞬くいなと重なって見えた。
「……ああ。」
俺は立ち上がり、昼寝のことなどすっかり忘れてナミの後をついていく。
拳には、汗は滲んでいない。そのかわり、くいなのくれたあの花を、しっかりと握っていた……。
FIN。
(2008.07.01)