そんな空もある
            

今井マイナ 様



どうせ起きていても考え込んでしまうだけだからと、いつもより少し早めに寝たのが仇になったのかもしれない。
ベッドの中で寝返りを打ちながら、私は小さくため息をついた。
真夜中に目が覚めてしまって、なんだか目が冴えて眠れない。
ぼんやり頭に浮かぶ内容は、このところいつも同じで。

――本当は、恋の悩みなんて性に合わないのだけれど。
それも白馬の王子でもなんでもない、迷子で刀バカの万年寝太郎が相手だなんて、ね。
まったく、笑えるぐらいに笑えないわ。
何度か寝返りを打った挙句、どうせなら星でも眺めようと、ロビンを起こさないよう静かに部屋を出た。

今夜はほとんど風もなく波も穏やかで、暑くも寒くもない。
ちょうどいいわ、ゆっくり座って空を見よう。
船首の辺りへ向かって歩いていると、突然何かに躓いた。
「きゃあ!」
思わず小さく声を上げると、足元でくぐもった声がした。聞きなれた声。
「……ゾロ?」
ようやく闇に慣れてきた目を凝らしてみると、男は大の字になって寝転んでいた。
どうやら気づかずに頭を蹴ってしまったらしい。
「なに、いきなり人の頭蹴っ飛ばしてんだ」
蹴られた部分を手で押さえながら、私を軽く睨む。
声に力がないところを見ると、私が蹴るまで寝てたみたい。
「ごめんごめん。それにしても、何でこんなとこで寝てるの?」
「男部屋はお前らの部屋と違ってせまっくるしいんでな。
 こういう天気も気温もいい日は、外で寝たほうがいいんだ」
小さくあくびをしながら言う。
「雪の日だろうと炎天下だろうとぐーぐー外で寝てるくせに」
「……うるせえな」
「でも、確かになんだか気持ちよさそうね」
「あ?」
ゾロの口が何か言おうと開きかけた気がしたけれど、私は構わず隣に寝転がった。
「ほんと、気持ちいい」
実際にはゾロと夜中に二人きりという状況のせいで、のんびり気持ちいいなんて思えるな心境じゃなかったけど。
持ち前の演技力で、何とか平静を装って笑っていた。
馬鹿みたいに心臓がはねてしまって、逃げ出したい気持ちもある。
でも、こんなのそうしょっちゅうある機会じゃないもの。少しでも長く味わわないと損だわ。
冷静になろうと、深呼吸しながら夜空を見上げてみた。
いつもならすぐにそれぞれの星座を把握して、神話に思いを馳せたり船の向いている方角を悟ったりできるのに、今の私にとって星空は単なる光の粒の集合だ。
私ったら、自分で思っている以上に動揺しているみたい。
軽くかぶりを振って、思い切り手足を大の字に伸ばす。

「お前、ここんとこ、なんか悩んでんだろ」
いくらかの静寂のあとだった。ゾロはぽつりと言った。
抑揚のない静かな口調だったけれど、その言葉は私の心を突き刺すのには十分すぎるほどで。
どうしよう。どうしよう。息苦しくなって、一瞬何も考えられなくなる。
なんで、こいつがこんなこと知ってるの?
いつも通りを心がけて、悩んでるなんておくびにも出さないよう細心の注意を払ってたのに。
特に、ゾロに、この男にだけは何があっても悟られないように。
「……私、食事の量はいつも通りで減ってないわよね」
「ああ」
「航海の仕事だって完璧にこなしてるわ」
「そうだな」
「知らないうちに難しい顔でもしてたかしら」
「いや」
「もしかして、変にイライラしてたり?」
「いや」
「じゃあ、どこがそんなに変だったの」
「特に、どこも」
「なんでそれで悩んでるなんて思うのよ」
「別に……勘だ」
それ以上問いただす気力をなくして、こめかみを押さえた。
どうしてこうも何の根拠もないのに、結論だけはど真ん中なの。
「悩んでねえのか?」
悩んでるわけないじゃない、と鼻で笑ってやりたかったけど、うまく演じる自信がない。
言葉はのどの奥で引っかかって言葉にならなかった。再び沈黙が降りる。

「――まあ、お前が悩んでるぐらいなんだから、俺が解決できるような単純なことじゃないんだろうが」
沈黙を肯定だと受け取ったようで、いくぶん不器用で遠慮がちな話し方ながら、また続ける。
「なんだ、なんつうか、その」
不意に言葉が途切れて、がりがり頭を掻く音がした。
「心配してる奴もいるって、ことだ」
目を丸くしてゾロの方を見た。照れくさいのか、私から顔を背けていて表情はわからない。
「ずいぶん殊勝なこと言うのね」
自然に笑みがこぼれた。なんだか気持ちが軽くなったような気がする。
ほんのすこしだけ迷ったあと、そっとゾロの手を握った。
「な、」
小さな声を上げて、ゾロがはじかれたように私のほうを向く。
驚いたみたいだったけど、私の手を振りほどきはしなかった。
「ありがとう」
「……おう」
空を見上げながら、お前が素直に礼を言うなんて珍しいこともあったもんだ、などとぼそぼそ言っている。
「お前、まさかそんな薄着で外で寝る気か?」
「もちろんちゃんと部屋に戻って寝るわよ。もうちょっと星を観察してたいだけ」
「……そうかよ。俺はもう寝るぞ」
つないだままの手は暖かくて心地良い。
心配してると言ったのは、単に仲間としての配慮だったのかもしれない。
それでも、嬉しくて仕方がなくて。

――見てなさいよ。今に口説かずにはいられないぐらいに夢中にさせてやるんだから。

もう一度空を見る。星座に溢れた空だった。




-end-


(2007.04.25)

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<管理人のつぶやき>
慣れない恋の悩みに眠れないナミさん。それに対し何か悩んでいることに鋭く察知するゾロ。
ホントにゾロは理屈を飛び越えて直球ど真ん中を攻めてくれますな!でも、慮ってくれるその心が嬉しいですね。ああ、この二人、これからどうなるのかな〜〜〜(気になる・笑)。

今井マイナさんの初投稿作品です。素敵なお話をどうもありがとうございました!

 

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