I'll kiss you
いむ 様
あの日のキスだけを、彼女はこの世を生きる唯一のよすがに
男の心に消えない余韻を残し、姿を消した。
けして死に姿を見せない猫のように、
見えないことがどれだけ気持ちをかきたてるかを知っていてわざと。
あるいは、海に出てからの八年でしみついた自然のやり方か。
翡翠色の髪の男の歯噛みする音が耳に蘇るようだ。
あの船を思い出すと少しだけ心が緩くふわりと温かくなる。
しかしその頬には浮かんだ笑みの色と同量の涙が溢れた。
遠い水平線に消える夕日の残り火。
夜と夕方の境目で、サウダージがオイデオイデと誘いをかける。
その誘いは優しく、魅力的で、ふと気を抜けば落ちることを許されるような、
堕ちれば緩く腐るような、考える力を放棄しても生きていけるような、
酔生夢死の中、心地良い夢と愛された実感だけをもたらすような、
ひどく現実離れした、海の上だけで見る夢。
〈眠れないなら来るか?〉
ひどく噂離れした、誘いではない、男の気遣いの言葉。
手にはアルコールの瓶があって、それを相伴させてくれるつもりだったのだろうが。
それを異性の誘惑に変えさせて、その腕に沈み、被害者ヅラした自分。
最後まで心地よい夢と愛された実感をもたらすような、サウダージの誘い。
〈・・・・寝かしつけてくれるだけの人肌なら欲しくないわ〉
あの日のキスだけを、彼女はこの世を生きる唯一のよすがに。
男の心に消えない余韻を残し、姿を消した。
FIN
(2005.09.15)Copyright(C)いむ,All rights reserved.
<管理人のつぶやき>
アーロン編の頃。ナミはGM号を奪った後、夕陽を見ながら思いを馳せる。
それは甘くも優しい思い出。それをよすがに生きていこうとするナミが切ない(>_<)。
だいじょうぶ、もうすぐ解き放たれるからと思わず声を掛けたくなるほど刹那的な生き方です。
いむさんの初投稿作品でした。いむさん、どうもありがとうございました〜!