鈍感な姫君
            

糸 様




麦わらのルフィ、17才。懸賞金3億ベリー。



傍から見ていると夢と食べ物のことしか考えていなさそうな彼だが、そんなルフィにも実は年相応な悩みというものがあった。それは、仲間の一人である、ナミのこと。



泥棒猫、ナミ。18才。懸賞金1600万ベリー。



年齢的には一つ年上の、みかん色の髪をした、優秀な航海士。彼女のことが、ルフィは好きだった。まだイーストブルーを航海していた頃から、ずっと。そして、ナミも自分のことを好きでいてくれるということも、勘の鋭い彼にはかなり前から分かっていた。つまりは、両思いというわけで。ならば、何も悩みなど無さそうなのだが。





問題は、当のナミがその気持ちに全く無自覚だということなのだ。





普段はとても頭が良くて、船の男共をいいように操っている女王様のようなナミ。サンジにどんなに甘く口説かれてもさらりと流して、逆に利用する手腕を見る限りでは、いかにも男に慣れているように見える。いや、実際、そういう状況には慣れているのだろう。10才の頃から、一人で海賊を相手に泥棒をしてきたナミのことだ。無法者の男たちを相手に、恵まれた器量をフルに利用して、様々な修羅場を切り抜けてきたことは容易に想像できる。そんな彼女にとって、今の仲間たちを手玉に取ることなど造作もないのだ。何しろ,船長のルフィを筆頭に,超のつくほど単純な男たちばかりなのだから。



しかし、だからと言って恋愛経験が豊富かと言うと、それが意外にも全く正反対だった。今までは魚人海賊団に拘束され、恋だの愛だの言っている余裕など、ナミにはなかったわけで。要するに、いくら大人びていても、こと恋愛に関しては10才の少女のまま。いつもあれだけよく回る頭が、そういうことに関してはほとんど働かないのだった。



対して、ルフィはと言うと。お子様だのガキだのと思われがちだが、実際のところは17才の健全な青少年である。男部屋ではそういう話だってするし、もちろん興味だってあるのだ。だから、女風呂だって覗くし、好きな女には当然触れたいと思う。





なのに、そのお相手であるナミときたら。





仲間が自分に恋愛感情を抱くなど、有り得ないと信じ込んでいる。ましてやルフィがそんな風に思っていることなど、露ほども気づいていないだろう。そうでなきゃ,いくらお金好きと言ったって,「幸せパンチ」なんてやるはずがないと思う。まあ,役得というか,目の保養になったのは確かだったので,誰も何も言わなかったが。



抜群のスタイルを全く隠そうともせず、動きやすいからとキャミソールやミニスカートで平然と船上を闊歩するし、男共の前で着替えまでしてしまうナミ。自分がどれだけ人目を引く容姿をしているのかは分かっているはずなのに、仲間をよほど信頼しているのか、たとえ襲われても自分一人で何とかなると思っているのか。どちらにしても,無防備にもほどがある、とルフィは内心思っている。



自分がナミを唯一の存在として想っているように、ナミもルフィのことを想ってくれている。お互い気持ちは同じなのに、ナミがそのことを自覚していない上にあまりにもあどけないから、ルフィは手が出せないのだった。



気持ちだけでも伝えてみようか、と思ったこともあった。けれど、ナミがどんな反応をするか全く予想がつかなくて、結局いまだに出来ないでいるのだ。暖かさや優しさに飢えていたナミが、ようやく手に入れた心から安らげる居場所、それがこの船。そんなナミには,ルフィの想いは熱すぎるだろう。それを告げることで、ナミの心の平穏を崩してしまったらと思うと、ルフィはどうしても一歩踏み出すことが出来ない。ああ見えてナミは、とても繊細な性格をしているのだ。そんな彼女の柔らかい心を、壊したくなかった。





ルフィは考える。人を好きになるということが、こんなにも慎重になるものだとは知らなかった。自分は海賊、欲しいものは戦って奪えばいい。そう思っていたのに。





ココヤシ村で掴んだ細い腕。熱を出した時に触れた火照った頬、背負った時に感じた胸の膨らみ、アラバスタで見た柔らかそうな身体。空島で捕まった細い腰。思い出すたび、もう一度触りたい、手に入れたいという強い欲求が出てくる。それでも、手が出せない。ナミが何の下心もない、あの弾けるような笑顔を見せるから。



そんな無邪気なところも含めて、彼女を大切に思うから。



だからルフィは、我慢するのだ。思いを抑えて、あくまで船長として、仲間として。ナミの泣き顔は、見たくないから。第一、泣かせたらあの風車のおっさんに殺されてしまう。もう少し、彼女の心が成長するまで。自分の思いに気づくまで。



とにかく,先は長いのだから。海賊王になっても、ナミを手放すつもりなんて毛頭ない。ナミはずっと自分の航海士でいてほしいし、ずっと一緒に冒険していくのだ。ルフィはそう固く決めていた。



いつか、ナミが自分の気持ちに気づいた時。どんな顔で自分を見るだろうか、と考えるとルフィは何とも楽しくなるのだった。だから、今は辛抱する。ちょっとだけほろ苦い思いを抱えて、今日もいつものようにナミに叱られるのだ。ほんとにあんたときたら、とお姉さんぶってため息をつくナミに、だってよー、と唇を尖らせて。彼女が信じるままに、子供のように。





全く、どっちが子供なんだかな。





海賊王になる男をここまで我慢させているなんて、あの鈍感なお姫様は思ってもいないだろう。だから,心の奥底に押し込んでいるこの気持ちが彼女に通じた時は,もう容赦しない。もっともしたくてもできないだろうけど,とルフィは麦わら帽子で顔を隠して苦笑する。17才のなけなしの理性と,毎日戦っているのだから。





長期戦の,この恋。今更焦るつもりはない。こうなったらどれだけでも待って,確実に落としてみせる。ナミは,それだけの価値がある女だ。





覚悟しておけよ,ナミ。





海賊王に狙われて,逃げられる奴なんていないんだからな。



FIN



(2007.11.01)

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<管理人のつぶやき>
密かにナミを想うルフィの心模様。猪突猛進なルフィも恋をすると、しかも相手がナミとなると、慎重になってしまう。でもルフィは大人ですね!ナミの心が育つまで、待つと覚悟を決めた。なんて包容力があるんでしょう!さすが海賊王になる男です^^。

糸さんの初投稿作品でございました。ステキなお話をありがとうございましたvvv

 

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