昼と夜とをつなぐ者
糸 様
この船の太陽はと聞かれたら。
おそらくすべてのクルーが,船長と答えると思うの。
その太陽と背中合わせになった,月のような存在。
決して太陽より前に出ることはなく,存在を主張することもなく。
でも,弱い者には惜しみなく光を与えて。
時に酷薄とも思えるほど冷静なのに,時にはものすごく優しい。
私にとって,あんたはそんなイメージね。
「・・・一体何が言いたいんだよ,おめーは?」
しみじみとワインを飲みながら話すナミに,ゾロはしかめ面をして尋ねた。
鍛錬後に1人で晩酌をしていたら,日誌を書き終えた航海士が入ってきて,そのまま2人で酒盛りとなった。それは今日に限ったことではなく,短くはない航海中に幾度となく繰り返されてきたこと。
特に実のあることを話すわけでもないのだが,ゾロはこの時間を悪くないと思っている。
それにしても,今回はまた小難しいことを言い始めたものだ。
この優秀な航海士の頭の中は,ただでさえ普段から自分には分からないことだらけなのだ。ものを深く考えるようには,自分の頭は出来ていない。それはあの船長も同じだが。
「あんたとルフィは太陽と月だって言ってんのよ。」
「・・・だとしたら何なんだ?」
「別に。ただそれだけ。」
唇を尖らせるナミを見て,ゾロは黙ってグラスを傾ける。
そして,深く考えることなくさらりと言葉を紡いだ。
「羨ましいのか,お前。」
ナミの手が止まった。
ゾロは言ってから,自分の言葉の意味を考える。羨ましい,そうだな。こいつは羨ましがっているんだ。
よくは分からないが,自分とルフィを。
「・・・これだから野獣は嫌よね。ちっとも考えてないくせに,勘だけはやたら働くんだもの,あんたもルフィも。」
ため息をついたナミ。どうやら自分の言葉は痛いところを突いたらしい。
「おれとルフィが羨ましいって言うなら,修行でもしたらどうだ。バーベルなら貸すぞ。」
「あんな串団子みたいなバーベルを私が使えるわけないでしょ?!あんたらみたいな化け物と違って,私はか弱い女の子なんだから!」
「普段その化け物に鉄拳食らわせてる奴の言うことか?」
「うるさいわね,それはそれよ!」
「滅茶苦茶だぞ,お前。」
ゴンッ!
鈍い音が響き,ゾロは頭を抱えた。
何がか弱い女の子だ。この腕っ節の強さは一体何だというのか。
だが,再び殴られるのも面倒なのでゾロは賢明にも黙っていた。
ナミは何事もなかったかのように酒を注ぎ足している。
そして,憂い顔で呟いた。
「そういうことじゃ,ないわ。そりゃ,強くもなりたいけど・・・」
あんたたち2人を見てるとね,絆の深さが分かるのよ。
付き合いが長いだけだって,あんたは言うかもしれないけど。でもあんたとルフィは,お互いの立ち位置をものすごくしっかりと把握してて,阿吽の呼吸で動いてる。
細かい説明なんてなくても,意を汲み取って。
似てるようで,全然似てない2人のくせにね。
その関係が,羨ましいなって時々思うの。それほどの信頼関係が築ける相手がいるってことが。
ゾロは黙って聞いていたが,ナミが話し終えるとがしがしと頭をかいた。
そんなことを羨ましがっていたのか,この女は。
しかし,それを言うなら自分にも言い分はある。
「あのなぁナミ・・・お前,自分を何だと思ってるんだ?」
「は?私?航海士のつもりだけど。」
違うの?と目をぱちくりさせたナミ。
ゾロはグラスを置いて,話を続ける。
「そうだ,お前は航海士。で,おれたちは『海賊』だ。山賊じゃねぇ。」
海を渡らなければ,海賊ではない。
そこで,最も必要な技術というのは何か。
考えるまでもない。
「ルフィが航海士に選んだのは,お前だけだ。あいつは単純だから,裏なんてものは全くない。船長としてもっとも重要な役目に,他でもないお前を選んだんだぞ。」
「でも,そんなの・・・航海術を持ってる人なんて世界中に腐るほどいるわよ?この船にだって,これから航海士が増えるかもしれないじゃない。」
「たとえそうだとしても,だ。あいつの中じゃおそらく,お前に代わる存在なんざ現れねぇよ。」
ゾロからしてみれば,ルフィとナミの方が自分なんかよりもよっぽど強い絆で結ばれている。それは,戦闘中に無条件で背中を預けられるような信頼関係とは少し違うものだ。
自分がルフィと背中合わせになっているというなら,ナミはルフィの隣に立っている,とでも言えばいいのか。
鉄砲玉のような船長の隣で,常に進路を示し続ける。夢に至るまでの道を作り続ける。
それは男女という垣根を超えた愛情だ。もっとも,これからそういう関係になっても不自然はないだろうが・・・
そこまで考えたところで,ゾロは変に胸がざわついた。
時折,こういう気分になることがある。ルフィとナミが話しているのを見ると,何となくもやもやとした心持になるのだ。
2人が笑い合っている姿は,兄弟のようでもあり,長年連れ添った夫婦のようでもあり・・・とにかく,ごく自然なのだ。他のクルーたちは皆,見ていると安心すると言っているのに。
だが,ゾロは深く考えるのは苦手なので,漠然とした思いを解決することもなくここまで来ていた。
「そう言えば,ルフィが前に言ってたんだけどね。」
しばらくぼんやりしていたゾロは,ナミの声で我に返った。
「私とゾロがこうして2人で飲んでるのが,羨ましいって言うのよ。あんたも来ればいいじゃないって言ったら・・・」
――おれ,酒あんまり強くねぇもん。
――別にいいじゃない,違うもの飲んで話してれば。私たちがお酒に強いのが羨ましいの?
――んー,それもあるけど・・・ちょっと違うな。
「私とあんたには,立ち入れない雰囲気があるんだって。お酒を飲んでると特にそんな感じがするから,入っていけないって。それが,羨ましいらしいわ。」
変よね,私たちって性格は正反対なのに。
あんたが持ってるものは私は持ってないし,私の持ってるものはあんたは持ってないし。
だからかしらね,こんなに遠慮のない関係を築いているのは。
こんな話,他の男共とはできないもの。
ナミの言葉を聞きながら,ゾロはその時のルフィの気持ちが分かる気がした。
ルフィとナミが2人でいると胸がざわめく自分と同じで,ルフィもまた,自分とナミが2人で飲んでいるともやもやした気分になるのだろう。それを,羨ましいと表現した。
分からない。
なぜそんなことを思うのだろう?
ルフィも,自分も。
この魔女のような女が,他の男と笑っているといらつく。
まさか。
嫉妬,か・・・?
自分で思って,ゾロは即座に全力で否定する。
いやいやいやいや!ありえねえ。それは無い。絶対に無いはずだ!!
ルフィはともかくこの自分が,女にうつつを抜かすなど・・・
しかも,よりによってこの金にがめつい暴力女に。
そんな馬鹿なことがあってたまるか。
「・・・ロ?ゾロ!ねえ,ちょっと,聞いてんの?!」
「うおっ?!」
内心悶絶していたゾロが我に返ると,目の前にあったのはナミの顔だった。
近づきすぎだ!と心の中で悪態をつきながら,何とか返事をする。
「わ,わりぃな・・・何だ?」
「だから,私は何かなって聞いてるのよ。」
「は?」
「ルフィは太陽でしょ,あんたは月。それなら,私は何かなぁ。」
「んなこと知るか・・・」
おれに聞くのが間違ってる,と言おうとして,ゾロはふと思いついた。
「・・・1番星じゃねーか?」
「へ?」
「だから,夕方に見えるだろ,1番星。あれだ。」
ナミの髪の色は夕焼けの色に似ているとゾロは思っている。
船長はミカン色だと言って,うまそうだとか何とか言うが。ゾロの中でナミは夕暮れのイメージがあるのだ。
それは髪の色からの連想だけではない。
太陽ほど強烈な光ではなく,月ほど静かな光でもない。夜の闇を知っていながらも明るさを決して忘れない,少し哀しげだが優しい光。晴れ渡った明日を思わせてくれる光。
昼にも夜にも属さない,気まぐれなところもよく似ている。
けれど,太陽と月がうまくやっていけるのは,間に夕暮れがあるからだ。
どちらにも寄り添える光があるから。
背中合わせの太陽と月の間に立ち,それぞれの腕を取ってくれている存在。
本人は全く気づいていないけれど。
「1番星って・・・金星のこと?愛と美の女神ヴィーナスの象徴。まあ,確かに私にはぴったりかもしれないけど。」
「あぁ?そうなのか?知らねぇよそんなこと。」
「はぁ?じゃあ何で1番星が私に合うなんて言ったのよ。」
「んなもん,何となくだ。」
何よゾロにしては気が利くと思ったのに,とナミは頬を膨らませたが,やがて思いついたように笑顔で言った。
「でも,いいわね,1番星。毎日1番最初に,月に会えるもんね。」
それを聞いて,太陽に1歩リードか,などと思って。
ガラにもなく心が浮き立ってしまったのも。
いつになく顔が紅潮してしまったのも。
ナミの笑顔から目が離せなかったのも。
すべては酒のせいに違いない。
FIN
(2008.02.17)
<投稿者・糸様のあとがき>
ゾロとナミの関係と言うよりも、ルフィも入れた起爆剤トリオの関係になってしまいました。
大好きなのです、この3人・・・恋愛とかそういうのを抜きにしても。
でも本当に、ナミはルフィからもゾロからも唯一の存在として大切にされていてほしいなと思います。
ゾロナミのつもりなのに全然甘くなくて、すみません(涙)Copyright(C)糸,All rights reserved.
<管理人のつぶやき>
ルフィとゾロが太陽と月ならば、ナミは・・・?
ルフィ、ゾロ、ナミは互いが互いの関係を羨ましがる構図。ナミを1番星とたとえたゾロには座布団10枚を送りたいです!理由もステキですよね^^。
そしてゾロはナミに対してそれ以上の想いを抱えている?(おそらくルフィも) いつか強く自覚する日はくるのでしょうかw
糸さんの3作目の投稿作品でございました。ステキなお話をありがとうございました〜v