「いらっしゃいませ!」
明らかに営業用である,その笑顔に。鮮やかなオレンジの髪に。
何か大事なものを持っていかれてしまったらしい。
オレンジ・モンタージュ
糸 様
「あ,ちょっと待ったゾロ!あそこの店,入っていいか?」
「あぁ?なんだ,ケーキ屋か?」
「おお,あそこのケーキ,すげぇうまいんだってよ。カヤに買ってってやろうと思ってさ。サンジ情報だから確かだぜ?」
「おれは興味ねぇよ,甘ったるいモンは嫌いなんだ。」
バイトからの帰り道。
長い鼻が特徴的な友人が,彼女に土産を買っていくと言うので付き合ってやった。
ただそれだけ,のはずだった。
「全くマメな奴だよ,お前は。」
「んなことねぇよ。お前だって好きな子ができりゃ自然とそうなるって。」
「いらん。女なんざ,面倒くさいだけだ。」
普段,一人なら絶対に入ることのないようなケーキ屋で。
「そーんなこと言って,お前って意外と彼女にメロメロになるタイプかもしれねぇぞ?」
「なるかっ!あのエロ眉毛と一緒にすんじゃねえよ!!」
出会って,しまった。
「ったく,さっさと選べよ。おれは・・・」
早く帰って寝てぇんだ,という台詞は出てこなかった。
一目見ただけ,本当にそれだけで。
「なあなあ,どれがいいと思う?やっぱショートケーキかなぁ,それともこのショコラか・・・って,おい,ゾロ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「もしもし,ゾロさーん??」
ウソップの声など,全く耳に入らないくらいに。
みっともなく,立ちすくしてしまった。
「ありがとうございます、1500円になります!」
なんだ,これは。
この顔の熱さは。動悸の激しさは。喉の渇きは。
「なあ,ゾロ・・・」
すでにケーキを買い終えたウソップが,肩をぽんと叩いてしみじみと言う。
「赤い実はじけて,メロメロか?」
その余計な口を封じるべく,きっちり締め上げたのは言うまでもない。
「・・・で,マリモはそのレジの女の子に一目ぼれしちまった,ってわけか。」
お約束すぎて涙がとまらねぇよ,と笑い転げるそいつを,俺は睨みつける。
さっきから笑いすぎて目を真っ赤にしているのは,女好きな金髪ぐるぐる眉毛だ。つい昨日の出来事を何でこいつが知っているんだ,と言いたいが,それはあいつのせいに決まっている。
次に会ったら口を縫い付けてやる,と俺はここにいないお喋りな長っ鼻に毒づいた。
「まあな,確かに彼女はとびきりの美人だよ。てめぇみたいなトレーニング馬鹿の朴念仁が惚れちまうのも無理はねえ。」
「・・・おい待て,何でてめぇがあの女を知ってんだ。」
「当たり前だろうが。ウソップにあの店を紹介したのは俺だぞ?あんな可愛い子を俺がチェックしないとでも?」
「・・・・・・。」
「俺はとっくに彼女に目はつけてた。彼女目当ての客,結構いるんだぜ?」
相変わらず手の早い男だ。その行動力には,呆れを通り越していっそ感心してしまう。
だが,次の一言には反応せずにはいられなかった。
「実は名前も知ってるんだよなー。偶然聞いてよー。」
知りたいか?ん?と意地悪く笑うアホ眉毛に。
「教えてやらないこともないけどなぁ,あの棚に隠してあるワインとひきかえに。」
秘蔵の酒を渡してまでも。
聞かずにはいられなかった。
「・・・・・・何て言うんだ?」
俺は苦虫を1000匹くらい噛み潰したような顔をしていたはずだ。
それをさらっと無視し,勝ち誇ったようににやりと笑って,サンジは言った。
「ナミさん,ていうらしいぜ。」
ナミ。ナミか。
いい名前だ,と思ってから憮然としてしまう。
全く,俺らしくない。まだ話したこともない女に,どうしてここまで入れ込むのか。
恋愛なんて,ただ面倒なだけだ。女なんてなよなよしていて鬱陶しいだけ。そう思っていたはずなのに。
そもそも,顔もよく思い出せない。頭に残っているのは髪のオレンジ色と,営業スマイルだけだ。ひとつひとつのパーツは思い出せても,全体はぼんやりとうすいカーテンがかかったようにはっきりしなかった。
眉間に皺を寄せて考えてみたが,分からないものは分からない。
会いたい,もう一度。
そして,もっとよくあの笑顔を見たい。
「なあなあゾロ!そのケーキ,ほんとにうめぇのか?」
「・・・知らん。サンジとウソップの奴はうまいと言ってたぞ。」
「ほんとか!じゃあ間違いねえな!!」
三日後。俺は再び例のケーキ屋に向かっている。今度はルフィと一緒だ。
あの女に会いたいという気持ちと,ケーキ屋なんかに一人で行けるかという思いが交錯して,ひねり出した結果は「誰かと一緒に行く」だった。
・・・行かないという選択肢はなかったのか,俺。
バカ野郎恋は理屈じゃねぇんだ,とえらそうに言うサンジの顔が浮かんで,ぶんぶんと頭を振る。
情けなく思う反面浮き立つ心もあり,ものすごく複雑な思いだ。しかも,よりによってこの大食漢しか誘う奴がいなかったとは。
そのルフィは,店の前でわずかに躊躇った俺を見向きもせず,ずかずかと入って行く。
「うほーっ,うまそ・・・って,あれ?ナミ?!」
「えっ?何,ルフィじゃない!」
は?
「お前この店でバイトしてたのか?」
「うん,そうよ。ケーキ屋さんって言ったでしょ?」
ちょっと待て。
何だ,この展開は。
「で,ケーキ買いに来たんでしょ?どれにする?」
「あ,そうだった!おい,ゾロ!!何突っ立ってんだよ,ケーキ選ぼうぜ!!」
「誰?ルフィの友達?」
「ナミ」の視線がこちらを向く。大きな目がぱちぱちと瞬きをした。
俺はようやく喉から声を絞り出す。
「・・・ルフィ,知り合いか?」
「おう,こいつ俺の幼馴染みでな,ナミって言うんだ。」
幼馴染み。
その響きに,羨望と安堵が入り混じる。
とりあえず,彼女,じゃねぇんだな。
「なぁナミ,どれが一番上手いんだ?」
「どれも美味しいわよ,ここのケーキは評判なんだから。」
「えー,俺決められねぇよ。」
「そうでしょうね,あんたは。そっちの友達に選んでもらえばいいじゃない。」
ねぇ,と俺に笑いかける顔は。
営業用より,少しだけ親しみがこもっていて。
それだけで無性に嬉しくなってしまう自分が妙に悲しい。
「ゾロは甘いもの苦手だもんよー。」
「何それ?ケーキ屋に来て甘いもの苦手って・・・あ,じゃあこれがいいかも!」
呆れたような表情を浮かべた女は,何かを思いついたようにごそごそと何かを探り始めた。
そして,取り出したのは淡いオレンジ色のケーキ。
「これね,甘さ控えめのオレンジケーキなの。人気商品てわけじゃないんだけど,私はすっごく好きなのよ。どう?」
俺ははっきり言ってケーキはどうでも良かった。
でも,この女が「すっごく好き」だと言うオレンジケーキは,純粋に食べてみたくなった。
「・・・ああ,じゃ,それを貰う。」
「じゃ俺もそれくれ,ナミ!」
「はいはい,毎度ありー。」
ちょっとふざけてそう言った時の顔は。
前回聞いた型どおりの「ありがとうございました」よりも,俺の心に響いた。
「いやー,びっくりした!まさかナミに会うとはなぁ。」
ケーキを買った帰り道。
ルフィがにこにこしながら言うので,俺はつい突っ込んで聞いてしまった。
「幼馴染みって,いつからのだ?」
「生まれた時からだぞ。何しろ家が隣だからな!年はいっこ上だけど。」
「そりゃ・・・筋金入りだな。仲が良いわけだ。」
と言うことは,おれの一つ下か。などと思いながら俺はほとんど呆れてしまう。
偶然というのは怖いものだ。まさかこんな近くに,あの女との接点があったとは。
「そんなに仲良く見えたか?」
「ああ,付き合ってんのかと思ったくらいだ。」
俺にしてはめずらしい探りの入れ方をしてみると。
ルフィは俺の顔をじっと見つめて,面白そうに笑ってこう言った。
「あー分かった。ゾロ,ナミに惚れたろ?」
「な・・・!?」
「だってゾロ,今まで女に興味示したことなんかなかったじゃんか。こんなに聞き出してくること自体・・・」
「ば,馬鹿言うな!何で俺が・・・!」
「ナミはもてるからなー。同じことよく聞かれるんだ,俺。」
うんうんと頷きながら,にやついているルフィ。
・・・そうだった。こいつの野生の勘の鋭さを見くびると,痛い目に合うのだ。
「だから違うって・・・」
「でもなぁ,ゾロ。」
そこで,ルフィはふっと真剣な顔になった。
「俺はナミの彼氏じゃねぇけど,あいつのことはすげぇ大事に思ってる。半端な気持ちなら,近付くなよ。」
その目は,いつものふざけたものではなくて。
気づくと俺はこう答えていた。
「言われるまでもねぇよ,本気だ。自分でも驚くくらいな。」
ならいい,とルフィはもう一度にやりと笑い,さっさと歩き出す。
どうやら,サンジよりも手強い相手がいたようだ。
彼氏ではない,と言ったが,実質こいつに認められない限りは「ナミ」には近付けないだろう。
何なんだ,一体。近付いたと思えば障害が立ちふさがる。
・・・けれど,そんな面倒な事態を,面白いと感じている自分がいるのも確かで。
俺はとうとう腹を括った。
やったろうじゃねぇか。
何だか分からねぇが,負けてたまるかってんだ。
空を見上げて,深呼吸を一つ。
さっきの笑顔をしっかり思い出そうとしてみたが,うまくいかない。
俺の中で,「ナミ」の顔はいまだにうまく像を結んでいないから。
オレンジ色のピンぼけ写真が,心の中ではっきりと現像される日が来たならば。
ばらばらのパーツが,ちゃんとあの笑顔に収まった時には。
今度こそこのオレンジケーキを,1人で買いに行こう。
前を歩くライバルにこっそり宣戦布告をして,俺はそう決意した。
FIN
(2008.05.03)
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<管理人のつぶやき>
ゾロ、立ち寄ったケーキ屋さんの店員ナミさんに一目ぼれ! 少しでも接点を持つため名前を知ろうとし、もう一度会おうとしてルフィを誘う・・・・硬派な男の努力が涙ぐましいですね。
果たして、心の中のモンタージュ写真はうまく出来上がるでしょうかw
糸さんの4作目の投稿作品でした。しかも初パラレルでしたね?どうもありがとうございました!