籠の鍵はいつだって開いていた。いつだって逃げられた。
それでも、鳥は必ず籠に戻って行くのよ。
Bye Bye Bluebird
糸 様
何となく寝付けない夜、私はぼんやりと月を眺めていた。
自称海賊のおかしな2人組に出会ったのは、昨日のこと。
自称、というのは私が認めてないからだ。だって、方向も分からず、食料も水も持たず、当てもなく海を彷徨っているこいつらのどこが海賊だって言うんだろう。
しかも、今までに遭遇した海賊とはまるで空気が違う。何の略奪もせず、むしろ町の復興のためにと宝を置いてくる始末。あれは私のなのよと騒いでも、面白そうに笑うだけで。
大体、この私を仲間だとか、航海士だとか勝手に決めつけてるし。
全く、調子が狂う。
ため息をついて隣の小舟を見ると、盛大な鼾が聞こえてくる。
呑気なものだ。私が今そっと舟を離して行ってしまったら、こいつらはあっさり漂流してしまうんだろう。そして、きっと私のことなどいつか忘れて新しい仲間を見つけて。
考えたら少しだけ切なくなって、被っていた毛布に顔を埋める。
「・・・なんだお前、起きてんのか?」
突然掛けられた声に、思わず息を吸い込んで顔を上げた。
てっきり寝ていると思っていた隣の舟で、ゾロが大欠伸をしながら体を起こしたところだった。お腹に乗っかっているルフィの足をどかし、頭をがしがしと掻いている。
「・・・あんたこそ、どうしたのよこんな時間に。昼寝しすぎなんじゃない?」
「ガキみてぇに言うんじゃねぇよ。おい、酒ねぇか?」
「・・・・・・。」
何であんたに私のお酒をあげなきゃいけないのよ、と思いながらも私は渋々ラム酒を放ってやった。
ゾロはおう悪ぃな、と全く悪びれない顔で言いながら栓を抜く。
「ねぇ、ゾロ」
「あ?何だ?」
「あんた、何で海賊になったの?賞金稼ぎだったんでしょ?」
かねてから疑問だったことを尋ねてみると、ゾロはあっさりと答えた。
「こいつに仲間になれって脅されたからだ」
「脅された?・・・ルフィに?」
「まぁ、別に海賊狩りに未練なんてねぇしな。俺にとっちゃどっちでもいいんだ、悪名だろうが何だろうが、世界一の大剣豪になれりゃ。」
世界一の大剣豪。
そう言えば、そんなこと言ってたっけ。バギーのとこで戦ってる時に。剣士と名のつく者に負けるわけにはいかない、って。
「あんたもルフィと同じなのね、世界一って。どうしてそんなにこだわるのよ」
「約束したから、だ」
ゾロの目がすっと細くなったのが、夜目にも分かった。懐かしむような、でも決然とした表情に思わず胸を衝かれる。
「・・・俺は昔、死んだ親友と約束した。世界一の大剣豪になるってな。」
思いもよらない言葉だった。
死んだ、親友との約束。
ルフィもそう言えばあの麦わら帽子には何かありそうだったし、海賊の覚悟がどうとか言っていた。この2人は、酔狂や軽い気持ちで頂点を目指してるわけじゃなかったんだ。
ゾロの視線は遠くを見ていて、今は亡きその親友を見据えているようだった。
月が照らす夜空は、深い藍色をしている。この空の向こうに、ゾロの目指すものがあるのだろう。
そう、あんたは。
あんたたちは。
「・・・真っ直ぐ、飛んで行くのね」
「あ?何がだ?」
「あんたたちよ。方向音痴のくせに、ゴール地点だけははっきり見えてるんだわ」
きっと、ひたすら真っ直ぐに。
振り返ることも、引き返すこともなく。
ゾロは眉間に皺を寄せていたけれど、やがて肩を竦めて言った。
「そりゃルフィだろ、最終地点まで一直線に飛んでくのは」
「あんただって同じじゃない」
「それを言うならお前だってそうだろうが。お前の場合、お宝だとか黄金が山のようにある場所がゴールじゃねーのか」
「それこそルフィでしょ、海賊王になったらワンピースが手に入るんだから」
あぁそうか、と妙に納得しているゾロを見て、小さく笑う。
そう、ルフィのゴールはきっと燦然と輝いている。日の出の海みたいに。
けれどゾロの最終目標地点は、きっと深い深い青だ。空の果て、亡くなった親友に近いところ。普通の人なら、近づくのも恐れるような。
そして、そんな場所だと分かっていても、ゾロはきっと迷いもなく行くのだ。
その純粋さに、憧れる。羨ましい、と思う。
だって、私は。
「じゃあお前は、何で海に出たんだ」
ゾロが何気なく言った言葉が、胸を打った。
黙っている私をじっと見つめて、ゾロは表情を変えないまま続けた。
「泥棒だか何だか知らねぇが、お前にも、何か目的はあるんだろ」
「俺たちが目標に向かって飛んでくって言うなら、お前は何のために飛んでるんだ」
何も、言えない。なのに顔は逸らせなかった。
・・・あるわよ、あるに決まってるでしょ。
私は何としても1億ベリーを貯めて、あの魚人たちからココヤシ村を買うの。
それまでは何があっても死ねないし、どこへも行けない。
たとえ飛べても、私はあんたたちとは違う。
籠から出るのは自由でも、鍵などついていなくても、私は必ず籠に戻るの。そこがどんなに辛くても。
戻らずにはいられない。どうしたって、振り返らずにはいられないのよ。
「・・・飛べない鳥だって、いるでしょ」
苦し紛れに私が言った言葉に、ゾロはまた頭を掻きながら、どこか決まり悪そうにこう言った。
「言いたくなきゃ別にいいが・・・」
籠にでも入れられてるんなら、その鳥籠ごと抱えてくだけのことだ。
バギーんとこでもやっただろ、あん時は中にいたのはルフィだったけどな。
あとはまぁ、いつか鉄でも斬れるような剣士になったら、その籠をぶった切ってやればいいし。
そうすりゃまた飛べるようになんだろ。
・・・呆気に取られてしまった。
籠ごと抱える?無理よ、私を縛っている籠は重すぎる。
・・・でも、こいつやってたわよね、怪我してんのにあんな重量級の檻を担いでたっけ。
鉄を斬る?馬鹿言わないでほしいわ、そんなの無理に決まってるじゃない。
「・・・あんた、ホントに魔獣になるつもり?鉄を斬るなんて」
「まぁ、世界一になるんだったらそれくらい斬れねぇとな」
「無理よ、絶対無理。ありえないわね」
「へぇ、言ったな。なら絶対斬れるようになってやるか」
どこか得意げに言う男を見ながら、こいつは本気で馬鹿なんじゃないかと思いつつ。
それでも、この男なりに励ましてくれていることが分かって、ひどく嬉しかった。
束の間の安らぎだと、分かっていても。
普段は夢に向かって飛び続けている鳥が、私を気にかけてほんの少し肩に止まってくれただけだとしても。
「さて、もう一回寝るか。酒ありがとな、ナミ」
その時、初めて呼んでくれた名前に、心が泡立って。
泣きたくなるほど、幸せだと思った。
私はもうすぐ、籠に戻らなきゃならない。
私のことなど振り切って、あんたたちはまっすぐに飛んで行って。
迷わずに進んで、どうか。
でも、いつか。いつかまた会えたなら。
もう一度、肩に止まってくれる?
程なく解放の日が訪れるとは、その時の私は想像だにしていなかった。
だから当然、ゾロがこの約束をしっかり覚えていて。
鉄が斬れるようになったことを、アラバスタで背負われながら聞いた時、彼の背中でひどく赤面してしまったことは一生の秘密だ。
FIN
(2008.09.27)
<投稿者・糸様のあとがき>
いきものがかりの「ブルーバード」を聞いて、またも突発的に思いついた話です。この曲はルナミでも聴けるけど、ゾロナミの方がしっくりきまして。
すごくすごく初期の話になってしまいましたが、この3人で航海してた頃が大好きなので、一度書いてみたいなと。
無意識に両思いなゾロナミのつもりで書いたのですが・・・とてもそうは見えませんね(汗)
<管理人のつぶやき>
ルフィ、ゾロ、ナミが出会ったばかりの頃のこと。お互いのことをまだ全然知らなくて・・・・。
ゾロへの問いをそのまま返されて、言葉を詰まらせてしまうナミ。そう、この頃のナミはまだアーロンの呪縛から逃れていなかった;;。そんなナミをなにげに励ましてくれたゾロ。こう見えて優しくて頼もしい、そして約束を守ってくれる鳥でしたね^^。
糸さんの6作目の投稿作品でした。爽やかなゾロナミをありがとうございました〜。