仕事だから、とか
仕方がない、とか
でも最後はなんでこの仕事をしたかったのか
分かる

だから嫌でもこう言う
「了解」





Roger
            

雷猫 様



「・・・また放火?一体今年になって何件目よ。警察は何してんのかしら?」

1人の声が部屋にこだまする。
聞いている者は誰もいなかった。
ただの独り言に溜息をつきながら、ナミは新聞をたたんで、机の上に置いた。

ナミが1人暮らしをはじめてから、もう二週間が立った。
口うるさい姉とずっと一緒にいたせいか、何を言っても誰も反応しないこの環境にまだ慣れないでいた。
大学を無事卒業し、就職も決まり、休日はすることがなかった。
いつもより時間が長く感じた。もう起きて大分経ったはずなのに、時計を見ればまだ8時だ。


ピンポーン

突然しんとした部屋にチャイムの音が鳴り響いた。
こんな朝早くに迷惑な奴、と思いつつも、ヒマなナミは躊躇なくソファから立ち上がった。


「・・・・はい?」


ドアを開けると1人の男が立っていた。

人相の悪い顔にはいくつか小さな傷があり、1箇所ばんそうこうが貼ってあった。
左耳には嫌でも目にはいるピアス。
Yシャツにゆるく巻いたネクタイと、足元をだぼつかせているズボン。


(何だコイツ!)


「・・・・どちら様?」

「・・・俺?」

(すっとぼけた野郎ね。あんた以外に誰がいんのよ!)

「あぁ、俺は今日隣に越してきた、ロロノアってんだ。一応挨拶にと思ってよ。」

「あんたねぇ、お言葉ですけどこんな朝早くに挨拶なんて、非常識にも程があるわよ!」


するとその男は、片眉をくいっとあげて、眉間にしわをよせた。


「挨拶しねぇよりはいいだろ?」

「朝早くにしにくるのがダメだって言ってんのよ!」

「お前初対面に向って失礼だぞ。」

「そっちこそ失礼よ!あんた何様よ!!」


「俺様だ!!!」



一気に沈黙が走った。


(あぁ、神様・・・。
  私朝っぱらからこんなバカと何やってんの・・・?)


「・・・とりあえず、これ。」


そのロロノアとかいう男が差し出した方を見てみると、大きな袋になにか箱が入っている。菓子折りか何かだろうか。

「・・・・ま、ありがたく受け取っとくわ。・・ところで、あんた名前がロロノアなの?」

「あ?違ぇよ。そんな奴いるわけねぇだろ。」


(コイツ・・・、どこまで失礼な奴なの・・・!)


怒りをなんとか押さえ、あくまで冷静に質問した。


「私はナミよ。あんたの名前は?」


一瞬、なんでそんなこと聞くんだ、という顔をしたようだったが、男は素直に答えた。


「ゾロ。」

「ゾロ?じゃぁ・・ロロノア・ゾロ?」


「そうだ。よろしくな。」

そう言ってゾロは手を差し出した。握手するつもりだろうか?

「・・・・えぇ、よろしく。」

ナミは静かにその手を握った。


分厚く、傷だらけの手だった。


「アンタ、なんでこんなに傷があるの?」

「俺、消防士なんだ。」


また一瞬、沈黙が走った。



「消防士!!?アンタが??」


「俺以外誰がいんだよ。」


そう言い返すゾロをナミはまじまじと見つめた。

(こんなバカな奴が人助け?世の中不思議なことばかりだわ・・・。)



「・・な、何年やってんのよ。」

そう聞くと、ゾロは上を向き少し考えてから、答えた。


「そーだな・・。もう2年かな。」


「・・・ちょっと待って。アンタ今何歳?」

「22。」


「へー・・、若いのねぇ!・・・・って、私と一緒じゃない!!」

「悪ぃか?この世にどれだけ俺とタメの奴がいたって別に驚きゃぁしねぇよ。」

「じゃぁ20から消防士を?そんな若くから・・・・。大学はっ??」

「行ってるわけねぇだろ。」


(変な奴・・・。)

そうも思ったが別のところで変な好奇心も出てきた。
「コイツをもっと知りたい」
そう思ってしまった。



「なんで消防士になろうと思ったの?」


「そりゃぁ、人を助けたいって、そうゆー思いからだよ。でも、まぁいざなってみりゃぁ、夜寝てても起きなきゃなんねぇし、心は落ちつかねぇし。今日だってせっかくの休みなのに、最近は放火が多いから、油断なんてできやしねぇよ。」


「ふーん・・、ていうか、消防士って消防署に寝泊まりしてんじゃないの?」

「毎日じゃねぇよ。今日みたいな休日は、自宅に戻ってる。簡単に言えば、当番制だな。ま、大規模な火事なら休日でも呼び出されるけど。」


「そう、大変ね。」

「あぁ、めんどくせぇ仕事だ。でも・・・・・」


「でも?」


「人を助けた時の気持ちは、言葉じゃ言い表せねぇな。あん時の気持ちをまた味わいてぇから、止められねぇんだよな、消防士とか。警察とかも。」


そう堂々と語るゾロの傷だらけの横顔を見て、ナミはどこか恥ずかしい気持ちになった。
なんだかバカにしすぎたような。なんともいえない気持ちになった。


(なんだろ・・・・・。なんでこんなバカで、しかも初対面の男に、トキめいてんの私!!)


「ま、お前も火事には気をつけろよ。最近はアパートとか狙う放火が多いから。」


「わ、わかったわよ!じゃぁねっ!」



バタンとドアをしめた。

横にある鏡で自分の顔をのぞくと、自分だとは思えないほど真っ赤になっていた。












ゾロが隣に越してきて数週間が過ぎた。なんとなく近くで過ごしてる内に、ゾロがいつ消防署で寝ているのか、分かるようになっていた。
月曜から木曜までは、ゾロは消防署に泊まっているらしかった。
金曜から日曜までの3日は、ゾロは部屋でずっと寝ているようで、ナミと顔を合わす事はあまりなかった。



ある日。

土曜日の夜だった。

ナミが夕食を済ませ部屋でテレビを見ていると、隣の部屋、つまりゾロの部屋のドアが開く音が聞こえた。

(珍しいわね・・。夜もずっと寝てんのに。)

すると、ピンポーンとナミの部屋のベルが鳴った。


(・・・ゾロ?)


そう思って、浮かれている自分にも気付かずに玄関に向う。

ドアを開けると、顔から湯気が出ているくらい熱っぽくなっているゾロが立っていた。


「ちょ・・ゾロ、どうしたの?」


「や・・・、ちょっと昨日から熱っぽくてよ。」

「そんなこと見れば分かるわよ!とりあえず、中入って!!!」



ゾロを部屋に入れてから、布団を敷いてそこに寝かせた。
男1人では熱をどうしようもできなかったのだろう。
とても辛そうである。熱をはかると39℃あった。


冷やしたタオルを頭にのせ、顔をのぞきこんだ。


「ゾロ、大丈夫?」

「あぁ・・・・、悪ぃな。迷惑かけちまって。」

「昨日もうちによってくれれば、こんなにひどくならなかったかもしれないのに。」

「大丈夫だ。熱いのには慣れてる。」

「全然おもしろくないわよ。黙って寝てて。」





その日は、ゾロをずっと看ていたため、気付けば朝になっていた。




「ん・・・・・・。」

机につっぷして寝てしまっていたのか、少し腕がしびれていた。


急いでゾロの寝顔を見ると、昨日よりはだいぶ楽そうで、ナミは一息ついた。



朝ご飯を作って机に持っていくと、ゾロは目を覚ましていた。



「あ、起きてたの?おはよ、ゾロ。」

「あぁ・・・、悪ィな・・・、本当に。お前ちゃんと寝たか?」

「病人が何人の心配してんのよ。アンタは黙って寝てなさい。」


そう言って、机を拭こうとふきんを出そうとした。が、手が滑って机の下に落ちてしまった。

「あ、ごめんゾロ・・・。」

と、
ナミがふきんをとろうとすると、ゾロも同じ考えだったのかふきんのちょうど真上で手が触れ合った。
ちょうどゾロの手がナミの手を覆うように。


「あ・・・・・・っ、な、なんかお約束みたいね。」

そう愛想笑いをしてゾロの顔を見た。
なかなかゾロが手を離してくれないのだ。

ゾロは真っ直ぐナミを見ていた。


「・・・・・ゾロ?」


ナミの手を覆っているゾロの手が、すこし強みを増したような気がした。

ゾロの顔が迫ってくる。

逃げた方がいいのか、どうすればいいか分からなかった。
どちらにしろ、
逃げたいとは思わなかった。


一瞬の静寂だった。


溶けていきそうな静けさの後、ふっ、とゾロの顔が離れた。


「・・・・・・悪ィ。忘れて。」

予想もできなかった言葉に、ナミはゾロの顔を平手で叩いた。

ゾロは何も言わなかった。
ただ静かに
部屋を出ていった。


取り残されたナミの目からは、とどまることを知らないようにたくさんの涙が流れた。











それから、ナミとゾロは外で会っても決して口を聞かなかった。
まるで赤の他人ように、両方が振る舞っていた。




ゾロと話さないのが日常になっていく頃、とある夜にナミはある物音を聞いた。
何かがパチパチ・・・・・という音を立てている。
そうまるで、燃えるような・・・・。
燃えるような!!!







火事!!







ナミの部屋はもう煙で充満していた。


まだ冷静さの残る頭で考えた。

今日は・・・・水曜日だ。
ゾロは隣にいない。



ここは2階で、逃げ場は無いに等しかった。


「助けて・・・・!!誰か助けて!!!」

煙を吸った喉からは、もはやまともな声が出なかった。




私・・・死ぬの?

せっかく22年生きてきたのに?

まだまだしたいことたくさんあるのに?

せっかく就職決まったのに?


まだ・・・・

ゾロに自分の気持ちを伝えてないのに??



なのに死ぬの?

こんなにあっけなく

惨めに


私は死ぬの?






「ゾロっっ!!!!!助けてぇ!!!!」







どかっ、と何かが倒される音がした。


せまり来る炎の中で、何かの影が見えた。






「ナミ!!!!!!!」





うっすら見える視界の端に、差し伸べられる手が見えた。

迷いはなかった

生きたかった








目を開けると、はじめに見たのは消防車。
そして自分を抱きかかえる・・・ゾロ。

「・・・・ナミ?」


「ゾロ・・・・・・・。・・助かった・・・・。」



すると、ゾロにぎゅっと強く抱きしめられた。
ゾロの目が、微かに潤んでいるのが見えた。



好きな人に抱きしめられるって、

こんなに、簡単な事が

こんなに、単純な事が


こんなに、嬉しいなんて

思わなかったよ




「ゾロ・・・・・、ありがと・・。」




ゾロは何も言わずにナミを抱きしめていた。

「また、助けてね・・。」


「了解。」




ナミは少し痛むその細い腕を

そっとゾロの背中に回した。




end


(2005.03.22)

Copyright(C)雷猫,All rights reserved.


<管理人のつぶやき>
就職間近のナミの隣に引っ越してきた消防士ゾロ。消防士か〜いいかもしんない。
出会って、惹かれて、急接近して、ケンカして・・・でも土壇場では助けてくれて。
ナミの生への叫びはとても真摯でありました。助かってよかった!
ぎゅっと抱きしめていたのは職務以上の気持ちが入っていたよね?(笑)

雷猫さんの15作目でございます。どうもありがとうございましたv

 

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