たとえ世界級のランナーが、走る意味を失くしたとしても

たとえ一流の旅人が、探す意味を失くしたとしても

僕たちは、生きる意味だけは失ってはならない

生きる意味を失えば、

もう、誰かを護ることも

もう、誰かをこの手で抱きしめることも

誰かを愛することさえ、できなくなってしまうから・・・。






たとえば、君がいるだけで
            

黒航海士チィ 様




夜空にぽっかりと浮かぶ満月は、今宵、灰色の薄い高層雲と重なり合って、見事な『おぼろ月夜』となっていた。

「きれいね・・・。」

隣で彼女が感嘆の声を漏らした。久しぶりに聞いた澄んだ声に、俺は安堵の息を漏らす。
さっきは船員全員がブッ倒れるほどの宴だったのに、彼女は一口も酒を口にしていない。
病み上がりだから、というか、まだ完治してなかったから、と言って、見張りの俺の元へやって来たのは、ついさっきのことだった。





「てめぇー、寝てなくていいのかよ。」

俺は一応注意した。答えはだいたいわかってたけど・・・。

「あ〜ら、私が行っちゃったらどっかの大剣豪が淋しがるでしょ〜。」

いつものお得意の笑みが帰ってきた。
よく言うぜ。その言葉、そっくりそのままお前に返す。
お前があんなちんけな理由でココに来るかよ。



でも、俺もそんなこと言える立場じゃない。



彼女の顔色は決していいとは言えない。
足取りもどこか重いような感じがした。
一船員なら、怒鳴ってでも彼女に寝るように言いつけなければならないはずだ。
なのに・・・。
彼女と、一緒にいたい・・・。心の何処かに、そんなワガママな自分が存在していた。
彼女が今、こうして生きているということを、しっかりと感じていたかった。





「私、生きてるのね・・・。」

おぼろ月を見上げながら、彼女が静かに言い放つ。
その声は震えていた。
その目は優しかった。

「・・・ああ、生きてるな・・・。」

俺もつられるようにして月を見上げる。
ホントはもっと何か言いたかったのに、それだけしか言葉は出ない。

「後2日で、死んでたのね・・・。」

俺は黙って月を見上げたまま。
彼女が何か言いたげな瞳をしてたから・・・。


「『死の前兆』ってやつ、見たの・・・。」

そう言うと彼女はうつむいて、ゆっくりゆっくり語り始めた。
相変わらず声を震わせて、
相変わらず月を見上げる俺に向かって・・・。


「目の前に、道があってね、2つに分かれてるの・・・。
 1つの道は、太陽が絶え間なく輝いてて、近くに川がゆっくり流れてた。まさに楽園みたいで・・・。
 そして、その道の上でね・・・ベルメールさんが手を振ってた・・・。
 もう1つの道は、すごく暗くて、とても強い雨が、絶えることなく降り続いていた・・・。」


まさに死の前兆だな。この俺ですら聞いたことがある。
光を選び、死に至るか。
闇を選び、生き抜くか。


死の前兆とは、己の精神力が一番試されるときかもしれない。
弱き者ほど光を選ぶ。
光という名の奇跡に頼り、何もしようとしないから。
強きものほど闇を選ぶ。
奇跡なんか信じずに、己の力で突き進もうとするから。
・・・やっぱりコイツ、強いのかもな・・・。


「んでね!」

急に彼女が顔を上げ、俺に屈託のない笑みを向けた。
予想外の反応だったので、動揺を隠しきれなかった。

「私、どっち選んだと思う?」

彼女は俺をしっかり見据え、俺の答えを待っていた。
んなもん決まってんだろう?

「闇。」

一言。これだけで十分意味は伝わった。

「ふ〜ん、じゃ、なんで?」

まるで他人事のように彼女は言う。

「・・・だってお前、強いから・・・。性格的に・・・。」

照れ交じりでそう言うと、隣はクスクス笑ってて。

「最初は正解。でも次はハズレ。」

彼女はまた静かに言い放つ。やっと声の震えは収まっていて、
それでもどこか緊張気味で。


「確かに私は『闇』を選んだ。でも、それは私が弱かったからで・・・。
・・・闇の道から、ゾロの声がしたから・・・。」


彼女の瞳に映る俺は、綺麗な涙で歪んでた。


「だから私は走ったの。楽園なんて放っといて・・・。
 暗い道をひたすら走った。
 ・・・アンタに助けてもらいたくって・・・。
 ・・・だから私はここにいる。」


彼女が泣きながらそう叫ぶのだ。
精一杯の力強さと、どうにもできない弱さを秘めて。。。
もうたまらなくなって、俺は彼女を抱き寄せた。
俺まで泣きそうになったから。


彼女が泣き止むまでそっと待った。
泣きたい時は泣けばいい。
そんな弱さも、時には必要だと思う。特に彼女の場合は・・・。


ようやく彼女が落ち着いた。
シャツに温もりだけが残る。


「ナミ・・・。」

俺は静かに名前を呼んだ。
消えそうな声で、彼女を護り抜く強さを秘めて。。。

「これからもそうしろ」

今度は力強く叫んだ。

「道が10でも100でも1000のでも分かれてても、
 俺の呼ぶほうに来い!
 迷わずそこを突っ走れ!」

護ってやるから。お前のために。
みんなのために。
俺のために・・・。


「わかった・・・。約束する!」

彼女がまた笑顔になって。涙の跡がすごくきれいで。
またこうして彼女が笑っていられることが、なにより幸せで。



たとえ世界級のランナーが、走る意味を失くしたとしても

たとえ一流の旅人が、探す意味を失くしたとしても

僕たちは、生きる意味だけは失ってはならない。


生きる意味を失えば、
もう、誰かを護ることも
もう、誰かをこの手で抱きしめることも
誰かを愛することさえ、できなくなってしまうから


僕がそうなってしまわぬように、君が傍にいてくれないか?
君がいつでも傍にいて、僕に生きる意味を与えてくれないか?
もし君を失えば、やがては僕も朽ち果ててしまうのだろう。
だから僕は、暗闇の中で君を待つ。


生きる意味を失わぬように
愛する人を失わぬように


ナミ、もうひとつだけ約束しろ。
1分1秒でも長く生きろ。
やることやり終えるまでは、絶対に天国になんかいかせねぇ。
お前に『生きる意味』がある以上、
何が何でも生きてもらわなきゃ困るぜ。


それでこそ俺等 ―麦わら海賊団― だろ?


今宵のおぼろ月夜は、どこか幸せそうに去っていった。
精一杯の強さを秘めて、
どうにもできない弱さは隠して。
いや、高層雲に隠されて・・・。
まるでどこかの2人のように




FIN

<あとがき?>
タイトルはもちろん、米米clubのあの曲から。だけど内容は曲みたいにできませんでした(笑?)
泣くナミちゃんを優しく抱きしめるゾロが書きたい!の一心で書いたものです。
偶然にもラプトルさんと「ドラム出航後」ということで重なってしまいましたが、またちがった味を楽しんでもらえたら幸いです。
ちなみにこの話に出てくる「高層雲」とは、別名を『おぼろ雲』と言い、この雲を通して月を見ると、「おぼろ月」になるんだそうです。理科の授業で習ったんで、つい使いたくって・・・。
最後まで読んでくださった皆様、ホントありがとうございました!!

(2005.04.02)

Copyright(C)黒航海士チィ,All rights reserved.


<管理人のつぶやき>
妄想の尽きないドラム島出航直後のゾロナミ会話でありますね〜。
生死を分けた光と闇。光の方へ行くのは楽をしようとする者。生きるということは苦しむことなのでしょう。この辺はずっしりと重く胸に響きました。
でもゾロと一緒なら、闇でも突き進むナミの覚悟が立派です。ゾロもその覚悟を受け取って、共に生きようと言ってくれた。おぼろ月夜に照らされて、約束しあう二人の姿が素敵でした!

黒航海士チィさんの初投稿作品。HNにも現れるナミ大スキーさんですv
素敵なお話をどうもありがとうございました♪

 

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