Just walk beside me and be my family
            

りうりん 様




ナミはタダが大好きだ。プレゼントというものもそれに負けないくらい好きだ。一番好きなものはお金や貴金属であるが、そうそう手に入るものではない。定期的に懐が温かくて間抜けな海賊が襲ってきてくれないだろうかと考えるくらいだった。もちろんその時は、それ専用のクルーたちが応対するのだが、かなり名前が売れてしまった今では、そうそうそんな間抜けにお目にかかれなくなってしまっている。そんなとき憎からず思っている剣士を海軍に突き出してやろうかと思う。確実に1億2千万ベリーになる男だが、これからもどんどん金額は上がっていくだろう。そうなると、あっさり手放すわけにはいかない。もったいない。突き出した後でも難なく逃げ出してきそうな剣士が、ちゃんとナミ のところへ戻ってくるように躾なければいけないうえに、彼は救いがたいほど重度の方向音痴だった。しかも回を追うごとにひどくなっているような気がする。だからここぞというときの虎の子なわけだが、いつがここぞなのか分からない。へそくり的ポジションに自分が据えられていると言うことはあの男には内緒なのだが、身の危険を察知することには野生の動物以上だし、ナミの性格を熟知しているから案外バレているかもしれない。だからと言って易々と売られるような男でもないし、簡単に突き出す女でもないのだが、それはともかく笑顔はタダである。それに二言三言つけることによって、愛らしい笑顔の価値が上がるのであれば、愛想などもはや垂れ流し状態である。で、あるから


「さわや かな潮風に、柔らかな太陽。このむさくるしい船上に降り立った麗しい女神たちに、最上の幸を祈ろう!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おやつの時間です」


普通に「どうぞ」の一言で十分なのに、毎度毎度のパフォーマンス。正直飽きているのだが、その事実を告げると、うっとうしいことになることは目に見えている。これは美味しいおやつにありつく為の儀式なのだ。そう思えば


「ありがとう、サンジくん。忙しいのに、いつもありがとうね」
「いいええ~♥んナミすぁんが喜んでくださるなら、野郎どもの飯なんざ省略して、いつでもどこででも何度でもーーー!」
「ううん。太っちゃうから、そんなにいらない」
「袈裟懸けのあなたも素敵すぎです!」


そ んないつものやりとりを同じテーブルにロビンがクスクスと笑いながら見ている。


「お、うまそーだなー!俺にもひとつくれよ!」


前触れもなく湧き出るように現れたルフィが美しく盛られたプチケーキやタルトたちを一掴みすると、そのまま口に放り込んだ。


「うん~め~!」


両手で頬を押さえ、サンジの真似をするかのごとく、おかしなダンスを踊り出したかと思えば「ガ!」という打音とともにテーブルの下に沈んだ。


「てめえは『ひとつ』と『一掴み』の違いも判らねえのか!」


しかもその一掴みはパワーショベル並の大きさがあったようで美しく盛られたケーキはいくつも残っていない。脳天に叩きつける勢いの蹴りに沈んだままのルフィを踏みつけな がら、片手を胸に当てて恭しく


「レディたち、申し訳ねえ。このサルを簀巻きにして海王類のえさにしてから、もう一度用意いたします」


ベタ過ぎるいつもの光景だった。


「気にしないで、コックさん。ルフィも美味しそうな匂いに我慢できなかったのよ」
「やーさしいなあ、ロビンちゅわん♥その優しさをおれにもプリーズ!」
「考えておくわ。だから今晩もディナーを楽しみにしておくわね」


ロビンの答えが気に入ったのか、ルフィを引きずりながら、やはりおかしなステップを踏みながらキッチンの方角に消えるサンジの背を見送った。


「「…ふう」」


これでやっと落ちついて本が読める。そんなため息を二人同時に付くと、視線を合わせて「ふふ」 と肩をゆらした。


「ホント、しょうがないんだから」
「でも楽しいわ」
「ロビンがそうやって甘やかすから、あいつらがつけあがるのよ」
「可愛いものよ。大目に見てあげなさいよ」


丁寧に入れられた紅茶が少なくなったことに気が付き、ナミとあわせてポットから新しい紅茶を注ぐ。ふんわりとした茶葉の香りがロビンたちの頬を優しくなでる。たわいもない会話がどこかくすぐったく、本を傍らに美女たちのアフタヌーンティとなる。


「あ」
「あら」


綺麗に整えられた二人の指先が最後のプチタルトに到達するまえに触れた。決して空腹と言うわけではない。ここのコックの腕が悪いのだ。いけないと思っていても、甘露の瞬間に強烈に吸い込もうとするようなこん なお菓子つくるあのコックが諸悪の根源なのだ。


「ロビン、どうぞ」


魅惑のプロポーションを誇ると言っても、気の向くままと言うわけにはいかない。


「私も十分いただいたわ。ナミちゃんが食べて」


ナミが瑞々しいとすれば、考古学者のロビンはしっとりとしていると表現すればいいか。「んんん」と形のいい顎に人差し指をあてるとおもむろに


「じゃあ、半分こね♥」


太陽のよう、と言えば言い過ぎだろうか。ひまわりの花が咲くような笑顔は、名前も思い出せない遠い誰かによく似ているような気がした。


***


甲板下にある船倉にサニー号の生みの親の一人である船大工フランキーの工房がある。隣にはウソップの工房があり研究熱心な ウソップの奇抜なアイディアに爆笑したと思えば、大きくうなずくこともあり、夜な夜な怪しい実験と作業が繰り広げられていた。クルーたちの健康の見張り番がチョッパーなら、サニーのそれはフランキーたちだろう。サニーやクルーたちのためとはいえ、日夜怪しい工作をするその一角に好んで訪れる影はない。せいぜい得意の獲物の修理や勢い余って破壊した備品の修繕を頼むときくらいだ。そして、


「お邪魔かしら」


軽いノック音にあわせて、スラリとした影がフランキーの工房に滑り込む。作業用のゴーグルをぐいっと指先で押し上げ


「あう。構わねぇが、面白ものなんてないぞ」


ロビンがこの部屋を訪れることは珍しいことではない。邪魔にならなく、気を使わせなく てもいい微妙な距離に身を置いて、何かを話すわけでもなく、じっと作業する様子を眺めるだけだ。そして、気が済んだようにドアを閉めていく。その繰り返しにフランキーもいつしか慣れてしまっていた。


「そんなことないわ。とても興味深く思っているのよ」
「そうか。スーパー変な女だな、おまえも」
「あら。褒め言葉だと受け取っていいのかしら」


鍛えられた大きな肩を揺らすと、フランキーは作業にもどった。太いが器用に、しかも細心の注意を払って丁寧に動く指先。出来上がる物は違っていても、小さなものを拾い上げて一つのものを作り出す男の姿に、オハラの学者たちの姿を思い出させる。幾日も石のかけらにしか見えないものを中心に額を寄せ、ルーペをかざし、書物を めくり仲間と意見を交わす。―――――泉下の住人となってしまって久しい彼らを記憶の海から呼ぶたびに、切り裂かれるような痛みがロビンの心を傷つけたが、今は抱きしめるような温もりを伴っていた。


「…ナミがね、お菓子を半分こしてくれたの」


いつもは沈黙のベールにくるまって作業を見学するロビンが珍しく言の葉を揺らした。


「ほう。そりゃよかったな」


フランキーは、さして大げさに答えることもなく、それだけ言った。

よかったのだろうか。自分は遠慮したのだ。気の向くままに指を伸ばしただけだから、サンジが作ったお菓子はとても美味しいが、どうしても食べたくてたまらなかったわけではない。普段から食が細いためコーヒーや紅茶だけで食事を 終わらせてしまうことも珍しくない。だが、ナミが差し出した半分に割られたタルトはとても美味しかった。


「だっておめぇ、笑っているからよ。スーパー嬉しかったんだろ」


作業の手を止めないフランキーの言葉に陶器のように滑らかな頬に手を当てた。


――――― 笑っている?嬉しそう?


相手に警戒心を出させない第一歩は笑顔である。それを心得ているロビンは大きな親友に言われたあの時から、どんなに心の中で泣き叫んでも笑みを浮かべるように心がけていた。もう意識しなくても表情筋が完璧に記憶しているくらいだ。だが、目は心の窓とはよく言ったもので、けっして「嬉しそう」には見えなかった。


「一緒に飯を食うと言うことはお互いの距離を縮める ことだ。それに加えて食い物を半分するなんざ、気持ちを分け合うようなもんだろ」


ウォーターセブンで大所帯の一家をまとめてきたフランキーならではの経験もあるのだろう。妹分のスクエアシスターズが、小鳥がさえずるような笑い声をあげながらお菓子を分け合っていたことがあったのかもしれない。


「嬉しかった…のかしら」


戦慄を作り出してしまった男と禁忌にされてしまった女。

似たような言葉を別の人間が言うよりも、フランキーの言葉のほうが、ロビンの一番深いところへ、すうっと吸い込まれていくような気がする。そうか。それならば自分は嬉しかったのかもしれない。思い至った自らの結論に、クスクスと笑う姿は照明をおとしているこの部屋では岩窟の聖母 を思わせるほど美しかった。


「あの子ね、抱きついて寝る癖があるのよ」


へぇと男は相槌を打ちながら、芝生に同化してしまうのではないかと思うほど甲板で爆眠する翡翠色の剣士を脳裏に思い浮かべた。


「一人で航海しているとき、波でひっくり返らないためについた癖らしいんだけど」


ロビンも一人で生きてきた。しかし、いつも片隅で息をひそめるように休むだけであり、充足感を伴うものではなかった。夜明けは歓喜への道標ではなく、いっそ夜の闇に溶けてしまえばいいと願いながら横たわるロビンの傍らにいることは行為をするだけの為であり、「寒いのー!」と子猫のように身を摺り寄せてくるような人間はいなかった。


「そうね、私、嬉しかったのかもし れないわね」


きっといるからと小さなロビンを海へ送り出した大きな友人が言った仲間とは、これから先に出会うのかもしれない。だけど「ここで泣け」と言ってくれたこの麦わらたちが、サウロの言った仲間であればいいと半ば祈るように思うようになっていた。


「誰がどのくらい、どう生きてきたとか別に聞かねえし、言わねえけれどよ」


奇妙なスパナらしきものを横に置くと、工作物から目を離さず、そのまま手近に置かれた細いドライバーに手を伸ばした。直接見なくても何がどこに置いてあるのか、この男にはすべてわかっているのだろう。


「おまえはちょっと、くだらないことを知らなさすぎるな」


それは例えば互いの皿に盛られたおかずの量のことであった り、風呂の順番であったり、児戯めいた悪戯だったり、好みのものの競い合いや…半分に割られた小さなお菓子だったり。


「ま、ここの連中は嫌ってほど、おまえにくだらねえことを仕掛けてくるだろうけれどな」


つないだ手の暖かさのような温度のある『くだらない』こと。


「ひとつずつ文句を言っていけばいいさ」
「…フランキー、あなたも?」
「ん?」


顔をあげると照明が編み出す陰影に優しく縁どられたロビン。


「あなたもくだらないことを教えてくれる?」


いつも綺麗な顔立ちをした女だと思っているが、いまの彼女に艶めいたものはなかった。静かに告知を待つ殉教者のようだった。いつもは泰然とした彼女から窺い知ることが出来ない迷い子 のようなその様子に「生゛ぎだい゛!」と泣き崩れた横顔が重なる。

作り出してしまった罪から顔を背けるつもりはない。それは自分の責任なのだから。責任を放棄してしまったら、自分を信じてくれた恩師と兄貴に、今度こそ合わせる顔がない。振りかぶってしまった禁忌に身を浸してしまった彼女の手を引いてやることは、傲慢ではなく贖罪の一助になるだろうか。生き方を迷っているつもりは毛頭ないはずなのに、ロビンにたいしてはどうしようもなく臆病になってしまう瞬間があった。

だが


「おう。スーパーなおれさまにまかせとけ」


ニッと笑って差し出された分厚い手に、しなやかな細い手が添えられるように乗せられた。




=== おわり ===


(2015.01.31)


<管理人のつぶやき>
にぎやかなおやつの時間。船上ではいつもこんな光景が繰り広げられているのでしょう。
その日起こったことをフランキーにこっそりと報告しているロビン。寄り添うような二人の姿に、同時期に仲間になった二人には特別な絆があるのだと感じました^^。

りうりん様の投稿部屋における初投稿作品となります。素敵なお話をどうもありがとうございました!これからもお話が書きあがったら、どしどし投稿してくださいね(^O^)/。

 

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