Smack! Smack! Smack!

りうりん 様

 

「おい、ゾロ」


夕食も終わり、ダイニングで各々自分の時間を楽しんでいた。ウソップ工場で目を輝かせて狙撃手の作業を見守る船長と船医。その様子を微笑ましく見守りながら古文書と思わしき書物のページをめくる考古学者。そして愛刀の手入れをしようとしていた剣士にコックがボトルを掲げて言った。


「あと少しだから、飲んでおいてくれ」


芳醇な香りと心地よい刺激を持つアルコールを前に否やはない。ただ非常に重要で、大きな問題があった。


「それナミがさっきまで飲んでいたやつだろ」


オレンジ色の髪が印象的な航海士の姿はダイニングルームにない。コックのサンジが掲げるボトルは、剣豪である前に酒豪でならすゾロに引けをとることのない酒好きであるナミが飲んでいたボトルだということである。


「だけどナミさん、いないからよ。さっき飲み過ぎたかもしれないって言っていたから、もう女部屋で休んでいるのかもしれないな。ああ~ん、ナミさぁん❤!介抱して差し上げたい~❤❤!」
「それはねえだろ」


ゾロが酔ったことがないように、ナミが酔いつぶれているところなど、見たことがなかった。どこまで飲めるのか試してみたい気もするのだが、ナミたちの制裁のことを考えると気安く試せることではない。


「は!ひょっとして、ひょっとしなくても、おれを誘っていたのか?ナミさん!」
「それもねえだろ」


アルコールはたしなむ程度しか飲めないサンジであるが、ボトルに残ったものであっても処分することはこの男のプライドが許さないのだろう。そこは翌日に取っておくという案は、ボトルを受け取ったソロにもないようで「これだけじゃ足りねえ」と、眉をしかめた。


「てめえもさっきまで飲んでいただろ。この船の食料品はおれがきっちり管理しているんだ。次の港までまだ日にちがある。融通するわけにはいかねえ。我慢しろ」


ふうと紫煙を吐くコックとは犬猿の仲だが、その腕前は十分認めているし、大いに性格に問題はあるが一定の信頼もしている。


「ナミが取り戻しに来たらどうするんだ」


いくら女に激甘なコックでも航海中に餓死するわけにはいかない。いざという時は嗜好品のアルコールも命をつなぐことができるのだ。


「そのときはお望みのままにストックを並べて差し上げるだけだ!んナ~ミさあああああん❤」
「はあ?!てめえ、さっきと言っていることと違うじゃねえか!」
「やかましい!メリー号に積んである食料は全て海の女神とも言うべきナミさんへの捧げものだ!」
「あらコックさん、それならわたしの分もないのかしら?」


寂しそうに、だがどこか笑いをこらえているように小首を傾げて黒髪を揺らすロビンに


「ご心配なく!ロビンちゃんのためであれば、このサンジ!昼でも夜でも、テーブルの上でもベッドの中でも!あなたを十分満足していていただける用意はしてありま―――――す❤❤!!」
「美味しいコーヒーだけ頂ければ十分よ」
「喜んで❤!」


コーヒーサーバーに飛びつくサンジを横目に呆れながらボトルをあけた。深紅の液体は心地よい刺激を伴って体内に沁み込んでいく。女とアルコールに弱くても飲食への造詣が深いサンジのチョイスは完璧だ。海の女神と言うよりも金儲けの神に信望していそうなナミの世知辛い予算のなかで、大食い大酒飲みの大所帯でよく切り盛りしていると思っていることは本人に言うつもりはない。


「やっぱ、もう1本は飲まねえと足りねえな」


名残惜しそうにぼやいたとき、非常にタイミングよくドアが開いた。視線を向けたその先には空のボトルにヘイゼルの瞳を大きく見開いたナミがいた。


「ゾロ、それ…全部飲んじゃったの?」
「ああ、悪ぃ」


やはり飲んではいけなかったんじゃないかと、心の中でサンジにありったけの罵詈雑言を浴びせた。とはいえ、ナミの了解もなく飲んでしまったことは事実であるため、この業突く張りの魔女の鉄拳を甘んじて受けることになるのだろう。海賊狩りと異名を取り、その名を耳にした者たちの関心を十分に引くほどの腕を持ちながら、なぜかこの船の男たちはそろってこの魔女に勝てたためしがない。

カツン…。

床板を踏むヒールの音に、その場にいた全員が息を飲む。誰しもがナミの罵倒と間髪いれない鉄拳を覚悟した。視線を反らすことなく静かな気迫をまとい沈黙したまま、一歩ずつ確かめるような足取りで近づくナミに少しずつ後退するゾロ。鍛えられた背にダイニングの壁が行きあたるまで時間はかからなかった。日に焼けた精悍な頬に白い指が伸び、その一挙手一ゴクリと誰かが息を飲む音が聞こえた。頬に触れる指先のひんやりした温度が心地いいと場違いに思った。

殴られる。

誰しもそう予感しただろう。だが


「「「「「「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」


情熱的なナミの髪が太陽を思わせるオレンジだとするなら、ふっくら艶やかな唇はサクランボのようだと言ったのはサンジだろうか。というか、他にそんなことを恥ずかしくもなく言えるような人間はこの船にはいない。

サンジは「ガボ―――――ン!」とおかしな擬音と一緒に顎を床まで落としており、「グルーミングか?」という無邪気に問うチョッパーの目をウソップは隠し、ルフィは手にした肉の塊にかぶりついていた。ロビンは「あらあら」と言った感じか。暴挙とも思えるナミの突然の行動に、天下の麦わらの一味の時が止まった事は確かである。

ナミに頬を挟むように両の手を添えられ、驚愕で硬直するゾロに縋るように唇が押しあてられた。壁に押し付けられ、ボトルを片手に標本のように張りつけられた自分の姿を間抜けだと思考の片隅で思っていたが、どうしてなのか指一本動かすことが出来ない。

口腔内に残るアルコールをわずかでも求めるように彷徨う舌の動きに脳みそがしびれるような感覚。思考がはっきりしているのに動くことが出来ないと言うのは、世に言う金縛りというものに似ているかもしれない。だがされるままというのは自分の性に合っていない。せめて上げっぱなしの両手を、忌々しくも女らしいラインを描く細腰に回すくらいの反撃はしなければならないだろう。

ただ問題は、どのタイミングでということだ。今の状態であれば自分は一方にやられていると言う現状証拠があるが、手を回した瞬間に御用となる可能性があった。いや、この魔女のことだ。確実に御用とし、払うつもりは毛頭ないが莫大な慰謝料を請求してくるだろう。情熱的とも言えるキスをされながらそんなことを考えているとは色気もへったくれもないのだが、世界一の剣豪になる前に命を落とすわけにはいかないのだ。

やがて散々逡巡するゾロからゆっくり離れたナミの顔はどこか満足そうで、艶やかな喜びで溢れていた。


「…てめえ、何考えてやがるんだ」
「やだ、ゾロったら。悪そうな顔」
「やかましいっ!」


吠える剣豪を無視したナミは石化したギャラリ―に向き直ると


「あんたたち、見物料として一人50,000ベリーね」
「「「「えええええええ!」」」」


絶叫に近い悲鳴を上げるクルーを無視して、不審感いっぱいにナミを見下ろしているゾロには


「あんたは3,780ベリーよ」


なんなんだ、その中途半端な金額は!合意のないキスは傷害罪にあたることもある。そういう意味では自分のほうが被害者ではないか。


「誰が払うか、そんなもの!だいたいてめえのほうが仕掛けてきたことじゃないか!」
「だってあんた、それ全部飲んじゃったじゃない」


日焼けなど知らない白い指が握られたボトルを指している。


「じゃあ皆、お支払はお早めにね❤」


顎が外れっぱなしの男たちを置き去りにダイニングのドアが「バタン」と閉められた。


「このクソマリモ!ナミさんになんてことをするんだ!」
「うるせえ!何見てんだ、グル眉!どう見たって俺の方が被害者だろうが!」
「麗しのナミさんの唇に触れたこと自体が許せねえ!」
「てめえが飲めっつったからだろうが!」
「おい、おまえら!暴れるなよ、暴れたらこのキャプテ~ン・ウソップがなあ…」
「なあなあ、ゾロはナミと交尾しに行くのか?」
「「そんなこと、するかあああああああ!!」
「おまえら楽しそうだな!」
「てめえのゴムの脳みそは何見てんだっ!」
「くそゴムは引っ込んでいろ!」


ドアの反対側でそんな怒号と硬質な何かが壊れる音に、質量のある物が割れる音。そんな騒動を背にぺろりと赤い舌を出した魔女にロビンはクスクスと笑った。


「ボトルはコックさんが飲んでくれって剣士さんに頼んだのよ」
「でもゾロが飲んだ事実は変わらないじゃない?」


可愛らしく頬を膨らませるナミに「そうね」とほほ笑んだ。

敵対していた組織の幹部だった彼女には警戒心しかなったはずだったのに、いつの間にかベルメールやノジコとは違う安心感を持ち始めていた。彼女にどんな過去があるのか知らないが、裏の世界を歩いてきたロビンは相手に警戒心を抱かせない術を心得ているのだろう。ナミだって、狡兎三窟と言う名前の相棒だけを連れて海賊たちの思惑を潜りぬけて生きてきたのだ。易々と警戒心を解くことはない。しかし、それが分かっていてもロビンには甘えたくなるこの気持ちは何なんだろう。


「後学のために教えてもらえないかしら?見料はともかく、剣士さんへの請求額はどういう内訳なの?」
「あのお酒の値段よ」


そんなに高くなかったが、なかなかナミ好みの味のお気にいりだったのだ。長いまつげを伏せて、切なげにため息をつく。


「あれが最後の1本だったのよね」
「それを剣士さんが飲んじゃったのね。でもそれだけじゃないでしょ?」


出会って日が浅いこのオレンジの航海士が本体価格しか請求しない理由を探るようにアメジスト色の瞳を眇めた。


「ゾロだからいいの」
「剣士さんだから?」


好意を持っている相手だからか、その程度の感情しか持てない相手だからか。明確な答えをはぐらかした、どんな意味でも受け取れるナミの答えにロビンは「本当にナミちゃんは可愛いわね」と笑ったのだった。




d(・ω・●)★++++++++++End++++++++++★(●・ω・)b


(2015.11.07)


<管理人のつぶやき>
タイトルの「Smack! Smack! Smack!」はスラング英語でキスのする時の音なのだそうです。
キスされる前のナミに対する恐れっぷり、キスされてる間のゾロの内心の葛藤の描写がなんか面白かったです^^。でもまぁお酒は飲めたし、ナミにもキスしてもらえたし、ゾロにとっては役得だらけだったのではないでしょうか


りうりん様の投稿部屋における4作目の投稿作品でした。素敵なお話をどうもありがとうございました!

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