pussy cat
芽衣 様
風と波が変わった。
船にカモメが寄って来る。
島が近い。
私は針路を確認するべく舳先に向かう。
階段を上りきったところで、異様な光景に出くわした。
「……芸?」
今日も今日とて熟睡中の剣士殿。
気持ち良さそうに寝転がるその周りに、カモメが集まっている。
それも一羽二羽ではなく、沢山。
私が近づくと、カモメ達は一斉に飛び立ってしまった。
「…んあ?」
飛び立つ羽音で目が覚めたのだろう。
何とも間抜けな声を発してゾロが起き上がる。
「鳥寄せの才能があるとは知らなかったわ。」
「あ?何だって?」
「アンタの周りにカモメが群がってたわよ、今。」
「ああ…」
「ああ、って。野性動物はそんな簡単に人に寄り付いたりしないでしょうが。」
「俺ァ何か知らんが動物にたかられやすいんだ。」
「…へええ…」
「んだよそのツラ。」
「…感心してんのよ。さすが野獣ね。どーぶつに近いってワケだ。」
そういえばゾロは、よく動物になつかれているような気がする。
カルーはビビ以外ではゾロの傍にいることが一番多かったし(ドラムであんな目に遭ったにも関わらず、だ)、チョッパーに至ってはどうやらゾロが憧れの対象であるらしいし(チョッパーを動物とするかどうかは別にして)。
実際本人が動物じみているのだろう。以前上陸した際に、ガンをつけたとかなんとかいう下らない理由で、犬と喧嘩しているのを見たことがあった。
けど、多分理由はそれだけじゃない。
ゾロは妙な包容力を持っている。
きっとみんな、それに魅かれているんだろう。
“海賊狩り”として随分殺伐とした人生を歩んできたんだろうに、こいつにはそういうものを感じさせないところがあるのだ。
本当に強い獣はむやみやたらと殺気をふりまいたりしないということなのかしら?
…肩肘張ってる様がもろに表に出てしまっている私とは、えらい違いだ。
まあ別にこいつと同じになりたいとも思わないけれど…
「うん、私には到底真似出来ないわ。私が近づいたら、カモメみんな逃げちゃったし。」
「…そりゃ、しょうがねえんじゃねえか?」
すると、にやりと笑ってゾロが言った。
「お前、猫だからな。」
******************************
「ゾロ!何やってんのそんなとこで!!」
くいなのヤツが下から大声を張り上げている。
俺は、少しびくっとする。
待てよ、今大きな声を出されるのはまずいんだ。
もう少し…もう少しで…
右手を目標に向かって思いきり伸ばしてやる。
「ねえってばー!危ないわよ!」
ばきり。
出し抜けに、左手で掴まっていた細枝が折れた。
「どわあああっ!?」
バランスが一気に崩れて身体が回転する。
両足を枝に巻きつけたまま逆さまになった状態で、思いきり毒づいた。
「うっせえよ!くいな!ちっと黙ってろ!」
「アンタこないだ柿の木から落ちたばっかじゃない!忠告してやってんのにその言い草は何よ!」
「こないだだってお前が急に怒鳴るからバランス崩したんじゃねえか!」
「柿泥棒が何偉そうな口きいてんの!言っとくけど欅には食べられるような実はならないわよ?」
そう、ここは道場の庭にある大欅の上だ。
逆さ釣りのままというのも何なので、俺は勢いをつけると上体を枝の上に持ち上げる。
周囲を見回してみたが、目標の姿は消えていた。
「ああっ、ほらみろ、いなくなっちまったじゃねえか。お前のせいだかんな!」
「…??…一体何のこと!?」
「子猫が木から下りられなくなってんだよ!」
するとすぐ頭の上から、みい、と小さな声がした。
よっしゃ、見付けたぞ。
そこならこの枝の上に立ちあがれば…と。
腕を一杯に伸ばしてちょうど届くくらいのところに、三毛の子猫。
両手を差し出してやると、柔らかくて生暖かくて、ちょっと湿った感触が飛び込んできた。
「…オシ、捕獲完了!」
こうなれば後は簡単なもんだ。
猫を懐に放り込むと、するすると木を下り始める。
ものの10秒で、無事に地面到着。
「ふー。手間かけさせられたぜ。」
猫がもぞもぞと動いて懐から顔を出した。
「わ、かわいいvv」
くいなが満面の笑みを浮かべて近寄ってくる。
俺は少し得意になって猫を抱きかかえようとしたのだが。
「いてッ!?」
「あ!…あーあ…」
鋭爪一閃。
猫のヤツは俺の手を思いきり引っ掻いて、あっという間に逃げ去ってしまった。
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みい、と猫の鳴き声がしたような気がして、目が覚めた。
…何だよ…戻ってきたのか…?
思いきり引っ掻いておいて調子の良いヤツだな…
ゆらり、と身体が揺れて、潮の香りが鼻腔を満たす。
あれ、俺いつの間に海に来たんだ…?
一瞬状況が把握できなかったが、すぐにああそうか、と思い当たる。
…俺は夢を見ていたんだ。
ここは、GM号の上だ…
と、周りで一斉に重たげな羽音が響く。
「…んあ?」
我ながら間抜けな声が出た。
ああ畜生。すっかり覚醒しちまったぜ。
ひとつ伸びをして起き上がる。
せっかくの陽気、良い気分で寝てたってのに。
ひどく不機嫌になって頭をかきむしると、皮肉っぽい笑みを浮かべて歩み寄ってくるモノがある。
みい、と猫の鳴き声が聞こえたような気がした。
…笑う猫?
いや違う。ナミだった。
ああ、こいつは何かに似ているとずっと思っていたが。
そうか、猫だ。
猫そっくりなんだ。
「鳥寄せの才能があるとは知らなかったわ。」
「あ?何だって?」
「アンタの周りにカモメが群がってたわよ、今。」
「ああ…」
「ああ、って。野性動物はそんな簡単に人に寄り付いたりしないでしょうが。」
「俺ァ何か知らんが動物にたかられやすいんだ。」
「…へええ…」
「んだよそのツラ。」
「…感心してんのよ。さすがは“野獣”ね。どーぶつに近いってワケだ。」
相変わらず人の感情を逆なでするような物言いをしやがる。
まあ実際、大概の動物は頼んでもいないのに寄って来るんだが。
鳥もさることながら、犬だとか、猿だとか、鮫だとか。
けど例外もいる。
“あいつら”はいつも、ツンと取り澄ましたツラで。
足元に寄ってきて、尾っぽなんぞをゆるやかに擦り付けてきたりはするけれど。
決してすべてをこちらに預けてきたりはしない。
まあ、特に俺との相性が悪りィってわけでもないんだろうがな。
猫っつーのはスベカラクそういうモンだ。
そう考えると、猫そのものみてえなコイツも、多分そういうモンなんだろう。
「うん、私には到底真似出来ないわ。私が近づいたら、カモメみんな逃げちゃったし。」
「…そりゃ、しょうがねえんじゃねえか?」
だから、にやりと笑って言ってやった。
「お前、猫だからな。」
FIN
(2003.12.14)Copyright(C)芽衣,All rights reserved.
<管理人のつぶやき>
動物になつかれるゾロが、唯一馴らせない動物がいる。それが猫だった。
ゾロが猫を評する言葉はそのままそっくりナミに当てはまるんですよね!
夢から覚める時、猫とナミがだぶる描写がすごくいいです。
本当にナミが猫のように感じました。スルリと長い尾を揺 らして近づいてくる猫のように…。
芽衣さんの初投稿作品でした〜。構成が見事で唸ってしまいましたよ。
芽衣さん、素敵なお話をどうもありがとうございました!!