stormbeaten
みかづきも 様
GM号は、穏やかな風に包まれていた。
運ばれてくる空気は爽やかで、初夏の気配を感じさせる。
ぽかぽかの日差しが気持ちいい、お昼寝日和だ。
そよそよと揺れる蜜柑畑の下
ぐーぐーと気持ち良さそうな寝息
「ほんと、いっつも寝てばっかりなんだから!」
ナミは、ゾロの顔を覗き込んでつぶやいた。
ゾロは、木に背を預け、器用にも座りながら熟睡している様だ。
が、はっきりいって、いまこの場所で寝られては邪魔なのだ。
「3食昼寝付き、ってあんたは専業主婦かっ!!起きろ!!この主婦マリモ!!マドモア・ゾロ!!」
ナミの声は、むなしく海に流れていった。
このゾロという生き物は、己の睡眠がひと段落するまで、いっこうに目を覚まさないのだ。
ナミは、眠り続けるゾロをうらめしそうに見て、溜め息をついた。
―しかし、ナミは、彼の寝顔が好きだった。
その整った顔には、いつもの眼光鋭く、好戦的な表情はみえない。
むしろ今は子供みたいな顔・・・
かわいいって言葉がぴったりよねぇ
と思って、ナミは小さく笑った。
海賊狩りと呼ばれ、恐れられている男。
かつて自分も、その噂を聞いては思いを馳せていた。
しかし、いざ一緒に行動するようになって印象は逆転した。
こっちが頭痛くなるほどの方向音痴、服のセンスは最悪の一言ね。
傷が耐えないうえに、自分の腹や脚を切っちゃう本物のマゾ。そしてマリモ。
でも、いつも目に追ってしまうは・・・
はっ、とナミは我に返った。
「おっと、こうしてる場合じゃないわ。今日中には終わらせたいのよ。」
いま、ナミは蜜柑畑の手入れに追われていた。
どんなにおいしい蜜柑をつける木であっても、この時期に充分な太陽を浴びないと、果実の甘味が薄くなってしまうのだ。
できるだけ多くの葉が日光に当たるよう、ナミは角度を確認する。
そして、重なる枝、はみ出た枝を丁寧に切り落としていった。
パチン・・・パチン・・・パチン・・・
枝を切る音は、一定のリズムを紡ぎだす。
パチン・・・パチン・・・パチン・・・
熟睡しきって、夢の世界から戻り始めたゾロは、ぼんやりとその音を聞いていた。
その涼やかな目をほんの少し開けると、音のする方向へ目線を向けた。
―大切そうに、慈しむように、作業を続けるナミの姿。
いつもの計算高く、魔女のようにふるまう彼女は、そこにはいなかった。
ナミの仕草からは、木に対する愛情が伝わって、温かい雰囲気で満ちている。
ナミらしい向日葵みたいな笑顔・・・
無防備な顔してんじゃねぇよ
静かに笑って、ゾロは目を閉じた。
ゾロは、ナミの笑った顔が好きだった。
腹黒い考えを持った時の意図的な笑いに比べ、あどけなくて年相応の顔になる。
しかし、今回ばかりは、なにやら許可なく覗き見てしまったような気がして、少々ばつが悪い。
目は覚めてきたものの、起きる気分にもなれなかった。
それに、いま起きればナミに捕まり、とことん手伝わされるだろう。
そうだ、いつもあいつは借金の話ふっかけては人を顎で使いやがって、ろくでもない女。
本気でぶん殴ってきて痛いわ、エロコックに色目使うのも気にくわねぇ。
文句は多いし、素直じゃないし、バカみたいに気が強い。
でも、いつも目を追ってしまうのは・・・
ゾロは、眉間の皺を深め、このまま寝たふりを決め込むことにした。
パチン・・・パチン・・・パチン・・・
その音は心地よく、ゾロの中に響いていった。
パチン・・・パチン。
軽快に続いていた音が止んだ。
―そして、聞こえてきたのは、ごく小さなナミの声。
「何かが来る・・・」
ゾロはナミの方を見た。ゾロが見ていることにナミは気付いていない。
ナミの視線は、海の彼方へ巡らされたまま。
意識を研ぎ澄まさなければ感じ得ない何かに対して、気を集中させているようだ。
ナミの気配がどんどん薄れていく。
まるでナミが溶け、海とひとつになっていくような錯覚。
ゾロは驚いた。ナミはすぐそこにいるのに、はるか彼方にいるようだった。
その身のまとう気配は澄み切っていて、壊してはならないもののように感じた。
まるで自分が踏み込めない―聖域―
ナミは、うなずくような様子で、ぽつりと
「嵐が来る・・・」
とつぶやいた。
いま、ナミの世界には、海しか存在が許させず、お互いを肌で感じあっているのだろうか。
しかし、嵐が来ると知っても、航海士の指示が無ければこの船は為すすべなしだ。
ナミはいっこうに海に囚われたまま―
まずいな。
さっきからゾロは、ナミの様子を見て面白くないといった顔をしていたが、さらに顔をしかめた。
ナミの横に来て、ぶっきらぼうに呼びかけた。
「おい、ナミ」
しかし、依然、ナミの目線は、彼方を見つめていた。
「ナミ、なんでもいいから返事しろ」
ナミの返事は―ない。
ゾロは、困ったようにガシガシと頭を掻くと、ふと、ナミの首筋になにかを見つけ・・・
ニヤリと口の端を持ち上げた。
「ひゃっ!?」
いきなり、何かがうなじを伝う感触に、ナミは思わず声を上げた。
それによって、外へ向けられた感覚が一気に自分へ戻ってきたようだ。
いったい何が―
振り返ろうとして、至近距離にゾロの顔があることに気付いた。
(えぇー!?)
「な、ちょっ、ゾ・・・」
一瞬にして耳まで真っ赤になり、これまでに無いほど狼狽をみせるナミ。
ゾロはそんなナミを見て、人の悪い笑いを浮かべながら、そっとささやいた。
「おい、動くな」
ふっとゾロの言葉が耳にかかる。
ゾロの低い声が頭に響いていく。
首筋から背中にぞくぞくした感覚が走りぬける。
金縛りにあったように、ナミは動けなかった。
「!!」
ゾロの指がうなじに触れ、ナミの体はビクッと反応してしまう。
「だから動くなって」
そんなナミの様子を確認しつつも、ゾロはナミのうなじに顔を近づけ指を這わす。
「ぅ、・・・ぁ!!」
ナミは茹でダコのように真っ赤になり、必死に声を押し殺していた。
いったい・・・
いったいどうしてこんなことに、でもなんでゾロがこんな、って、いまなにしてんの、わたしなにされてんの、もうなんにがなんだかあああああ〜もうダメッ!!!!
ナミは、もう我慢も限界寸前
といったちょうどそのとき、耳もとで、
カサリ・・・
と小さな音を聞いた。
「ん?」
かさり??
ぶっ
―わっはっはっは!!!
ゾロのバカ笑いが聞こえる。
頭から血の気が引かないナミは、混乱した頭の中で、
―ゾロが思いっきり笑う顔、久しぶりに見たかもしれないなぁなどと考えていた。
そんなナミの目の前に、ゾロは「蜜柑の葉っぱ」を突き出した。
ナミのくるくると回り始めた頭が、答えをはじき出す。
「まさか・・・あんた、コレを・・・」
「ああ、落ち葉が髪に絡まってたからな。なかなか取れなくて大変だったぜ」
と、ゾロはわざとらしく答えると、まだ笑いが止まらないのか、肩を揺らしながらナミの肩にポンと手をおいた。
そして、すれ違いざま、
「あまり敏感なのもほどほどにしろよ」
とナミにささやきかけた。
と同時に、うなじにつぅーっと指を滑らせ、ナミの反応を再度楽しんでから、さっさと階段を降りていった。
あんの、エロオヤジ・・・!!
ナミは恥ずかしいやら、ムカつくやら、緊張したやら、ホッとしたやら、残念だったやら―
と、えらく複雑な感情で胸がいっぱいにうめつくされて、言いたいことがうまくまとまらなかった。
ようやく出た一言も「後で覚えてなさいよー!!」と、のされたチンピラの捨て台詞のようなものだった。
ゾロは、後ろを向いたまま、右手をひらひらさせた。
「へいへい。楽しみに待ってるぜ」
―完璧にバカにされてる。
ナミは、ぐっと拳を握り締め、リベンジを誓った。
見てなさいよ!あんたのその余裕、すぐにひっくり返してあげるんだから!!
それは、あどけなくて年相応の、向日葵みたいな笑顔だった。
さあ、起きろ。
嵐がやってくる。
FIN
(2004.04.07)Copyright(C)みかづきも,All rights reserved.
<管理人のつぶやき>
ナミが天候を読む姿はどこか尊い雰囲気がある。こんな風に自然と同化して天候を読んでるんだろうか。
そんな姿を見て不安と苛立ちを覚えるゾロ。現実に引き戻すために策を弄します(笑)。
この辺、ゾロがナミに一体ナニしてんのか分からなくてドキドキしたなぁもう。
ほんの短い時間のエピソードだけど、お互いが意識しあってるのがよく伝わってきました!
みかづきもさんの初投稿作品でした。素敵なお話をどうもありがとうございました!!