夢の中で−−−
            

美都 様




その夜、ナミはとても不思議な夢を見ていた―――。



うっすらと瞼を開けると、不思議な空間の中をナミは漂っていた。
多分、そこは海の中―――深海のように静かな所だった。
だが、魚はおろか生き物の気配すら感じない。ただただ淡い蒼が無限に広がり、所々に泡がずっと上の海面まで静かに昇っていた。

ただしんとした蒼の中、ナミは生まれたままの姿で、ただただぼんやりと漂っていた。

(ここは―――どこ・・・?)

頭の中で疑問が浮かんできたが、すぐにこれは夢なのだと理解した。
不思議と深く考える事も焦りや苛立ちも感じなかった。
ただ―――そこはとても懐かしい所だと、本能とも呼べるべき深い所で思っていた。

ふと気が付くと、ナミの隣に同じように生まれたままの姿で漂っている少年の姿があった。

年の頃はおよそナミと同じくらいだろう。
まるでゾロのような緑色の髪をしたその姿は、どこかナミの愛しい人に似ているような気がした。
少年は身を丸めてすやすやと眠っていた。

『ねぇ、ちょっと―――』

ナミは少年の肩を軽く揺すった。
少年は僅かに身じろいで、ゆっくりと目を開けた。
その瞳は自分と同じ赤茶色で、それが開ききると、全て包み込むかのように優しく微笑んだ。

『―――ナミ』

少年が微笑んだままナミの名前を呼んだ。
その声は少し高めだが、とても澄んだ優しさに溢れた声だった。

『だれ・・・?』

ナミが問うと、少年はふわりとナミを抱き締めた。
初めて会う少年のはずなのに、ナミの中には愛しさと懐かしさが渦巻いていた。
何よりも裸同士で向き合ってるのに嫌悪感すら湧かなかった。

『ここまで・・・会いに来てくれたの?』

『え・・・?』

『―――"ありがとう"』

『"ありがとう"? よく分かんないんだけど・・・』

『うん。でもナミに会ったら一番最初に言いたかったから』


少年の腕がナミから離れると同時に、突然ナミは深海へと引き込まれ始めた。

『―――また会える?』

ナミは深く考える事もなく、その言葉は自然に声となって発していた。

『うん。大丈夫だよ、今度会ったら絶対ナミの傍から離れない。ずっと傍にいるから。だから・・・待ってて』

『うん、分かった』

ナミは少年と約束すると、少年はナミの体をそっと包み込んだ。

『本当にありがとう―――"     "』

最後、聞こえるか聞こえないかの呟きと共に、少年の姿が消えた。
ナミの目からは悲しくも無いのにほろほろと涙が零れていた―――。








「―――士さん―――航海士さん?」

少し低めの女の人の声に、ナミはうっすらと瞼を開ける。
そこには見知った顔であるロビンが、少し驚いたような表情をしてナミを覗き込んでいた。

「ロビン・・・?」

「航海士さん、どうしたの。何か良くない夢でも見てたのかしら?」

そう言われてナミは、ようやく自分が涙を流している事に気付いた。

「―――夢を見たの・・・。とっても不思議で温かい夢・・・」

ナミはベットから起き上がると、自分が見た夢の事をロビンに話した。
自分より10歳も歳が離れているロビンは、誰から見ても大人の女性で、ナミも困った事や悩み事なんかを相談したり、お酒を一緒に飲みながら日頃の鬱憤を晴らしていたりもした。普通ならウンザリするのだが、ロビンは愚痴一つでも微笑みながら真剣に受け取ってくれる。ナミにとって仲間であると同時にとても頼れるお姉さんでもあった。

「そう、確かに不思議な夢ね。その男の子は本当に航海士さんの知らない人だったの?」

「うん、確かに初めて会う子だったよ。でも何故だか凄く懐かしい・・・というか愛しい感じがしたの・・・」

嘘ではない。
事実ナミはロビンに夢の話をしている最中も本当にあの少年と面識が無かったのだろうかと記憶を手繰り寄せているのだが、やはりあの少年とは夢の中で初対面だと確信した。

「その男の子は剣士さんと同じ髪の色で、目の色は航海士さんと同じ色だったのね?」

「うん、そうだけど・・・」

そこまで聞いて、ロビンは初めてくすりと笑った。

「とにかく、夜明けまで大分時間があるわ。とりあえず寝ましょう。そして、明日船医さんを呼んで一度体を診てもらったほうがいいわ」

「え、どうして?私どこも悪いとこなんか―――」

「いいえ、その逆よ。その男の子もしかしたら―――」

「え、分かったの!?教えてよロビン!!」

「まぁ落ち着いて。私もまだ確信が持てた訳ではないから今は言えないわ。
でも明日船医さんに診てもらって、私が予想した通りの結果が出たら、航海士さんにもその男の子が誰なのか分かるはずよ」

「―――?」

ナミはロビンの言った事がいまいち理解出来なかったが、これ以上問い質してもロビンは何も言わないだろうから、ナミもとりあえず眠ろうとベットに潜った。







 次の朝、ロビンは早速男部屋へ行き、この船の船医であるチョッパーを呼んで来た。
チョッパーは医療道具が入ったリュックサックを持って女部屋に入ってきた。

「あらチョッパー、早いのね」

「ナミ!とりあえずベットに横になってくれ」

ナミはチョッパーの言う通りにベットに横になった。
そしてチョッパーは服を少しだけ上げて、聴診器で胸やお腹の辺りをこまめに当てながら、ナミに異常が無いかを診ていた。

やがて聴診器を外すと、神妙な顔つきで徐に口を開いた。

「ナミ―――、お前妊娠しているぞ」

「―――へ!?」

「だから妊娠だってば!!ざっと診たから詳しい事はよく分からないけど、多分3ヶ月だぞ」

「に、にんしん!?」

「うん、だからこれから悪阻とかあるだろうから気をつけないとな。
あと、派手に動き回ったり、ストレスも溜めちゃダメだぞ!
お腹の中の赤ちゃんにとっては悪影響だからな」

「―――えぇ・・・あぁ・・・うん・・・」

チョッパーの診断結果に思わず呆然とするナミ。
その時、くすくすと笑いながらロビンが階段を下りてきた。

「やっぱり私の考えた通りね」

「ロビン・・・」

「つまり昨日航海士さんが会った男の子は、きっと剣士さんとナミさんの子どもなのよ」

「え・・・えぇえ!?」

「その男の子の容姿を聞いた時に漠然と思っていたの。そしてその子が言ってた"ありがとう"っていうのは、この世界に命を生み出してくれた事に対する感謝の言葉だったんじゃないかしら」

「で、でも・・・いくらなんでもそんな・・・」

「確かに、夢に未来の自分の子どもが出てくるなんて信じられないでしょうけど、全く無いとも言えないわ。事実、自分の子どもが出てくる夢を見たっていう人は結構いるのよ。死んだ人間が夢の中に出てきたって言うのと同じくらいに。夢って言うのは医学的に見れば、"睡眠中にみられる思考やそれに伴う言語的反応、感情の表出などの心的活動、またはそれを覚醒後想起したもの"とされているけれど、それだけでは説明できないような夢もたくさんあるわけ。だから航海士さんの見た夢が科学でも医学でも説明できないようなものだとしても、見たのは事実でしょ」

「うん・・・。そうね、私もそう思う・・・」

確かにとても不思議な夢だったけれど、嘘じゃないって断言できる。
事実ナミはその男の子に溢れるほどの愛情を感じたのだから―――。

「ナミ、良かったな!!」

「うん♪でも他の連中ビックリするわね、きっと」

「そうね。特に剣士さんとコックさんは一番驚くでしょうね」

そう言って3人は笑いあい、女部屋にはほのぼのとした穏やかな雰囲気が満たされていた。




3人がキッチンへ入ると、テーブルには相変わらず大食らいのルフィの為に所狭しと朝食が並べられていた。だがみんなそれには手をつけずに3人を―――特にナミを待っていた。

「ナミさん!!具合はどう?どこか悪かったの!?」

一番に駆け寄ったのはやっぱりサンジだ。
ルフィは顔に痣があるところをみると摘み食いをしようとしてサンジに蹴り飛ばされたらしい。
ウソップも神妙な顔つきでナミを見ていた。
ゾロはちらりと視線を送っただけだがやはり気になって仕方が無い様子だった。

「ありがと、サンジ君。でも大丈夫、どこも悪いとこなんて無いわ。
みんなも心配かけてごめんね!!」

その言葉に一同はほっとしたようだ。

「良かったぁ、ナミすわん!!ナミさんが重い病に掛かっていたらと思うと心配で心配で―――」

「全く。あまり心配かけんなよ」

「まぁいいじゃねぇか。何とも無かったんだし。さ、メシ食おう、メシ!俺腹減ったぞ〜!!」

「黙れクソゴム!!てめぇさっき肉一皿摘み食いしやがっただろうが!!!」

いつもの朝食の喧騒に戻りつつある中、ナミの待ったが入る。

「あぁー、その前にみんなに伝えたい事があるの!!」

「はぁい、なんでしょうかナミさん」

「何だ何だ、何かあったのか?」

「ナミ!!今はメシの方が先だ!!!」

「うるせえ、クソゴム!!黙ってナミさんの話を聞きやがれ!!!」

「えぇっと・・・実は・・・私、子どもが出来ちゃいましたvvv」


チィ〜〜〜〜〜〜〜ン (しばらくお待ちください―――)










「「「「ぬわぁぁぁぁぁにぃぃぃぃぃぃ!!!!?????」」」」


こうして、鼓膜を突き破るかのような絶叫が、朝の穏やかな海に響き渡りました・・・。



「な、ナミさん!?どういうこと!!だ、誰ですか、貴女を汚した上に子どもを孕ました極悪人は!!!」

「父親はねぇ―――ゾ・ロvv」

「ンナ゛!!!!!!」

「へぇ〜、お前等そういう関係だったのか〜?」

「すげぇな、ナミ!!なぁなぁ赤ん坊って"コウノトリ"ってのが運んでくるんだろ!?どんなヤツだったんだ、会ったんだろ!!??」

「えぇ会ったわよルフィ、緑色の毛で、目は赤茶色で、とても優しい声♪」

「ずりぃよナミ!!俺にも会わせろ!!!!」

「そうねぇ・・・、ひょっとしたら直に会えるんじゃないかしら・・・」

「ホントか!!?よっし!俺絶対会うかんな!!!!」

「いやお前、この歳でまだコウノトリってのを信じてんのかよ・・・;」

「何言ってんだウソップ!マキノがそう言ってたんだから間違いない!!!」

「ああそうかよ・・・;」

ルフィとウソップが"コウノトリ"について論争している間、サンジとゾロは文字通り永久凍土の中で氷付けになっていた―――。





それからしばらくして、いち早く現実に戻ったサンジが

「クソマリモ!!今日という今日は絶対許さん!!!お前の存在自体が罪だこの極悪人が!!!死んで詫びろ!!生まれ変わって己の犯した罪を恥じりやがれ!!!!!ナミさんとその子どもは俺が纏めて面倒みてやっから安心して地獄へ落ちろ!!!」

と、怒髪に天を突くどころか太陽にまで貫通しそうなくらい怒り狂い、朝食はこれまで経験した事のない位の阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
だが、ナミのいつもの鉄拳制裁により無事に終結。
GMに平和が戻ったのである。



所変わって蜜柑畑。
大きな木の影になる場所でゾロとナミは涼んでいた。

「おいナミ」

「ん?何よ改まっちゃって」

「いや・・・その・・・こ・・・後悔してんのかなって思って・・・・・・」

頭をぽりぽりと掻きながら俯くその姿は普段のゾロからは到底想像できないほど縮こまっていた。それに対してナミはくすりと笑い、

「ばかね!イヤだったら初めからこういう関係になんてならないわよ!!私こそ急だったから・・・ごめん・・・」

「いや、お前は悪くないだろ!」

「そう?」

「あぁ」

潮風に吹かれて、さわさわと蜜柑の葉が揺れる。

「ナミ・・・」

「ん?」

「・・・幸せにする」

「・・・ほんと?」

「あぁ。約束する」

「・・・うん・・・」

ゾロはゆっくりとナミを抱き締めた。



その後、悪阻やら何やらで何かと慌ただしかったが、生まれてくる赤ちゃんをみんな心待ちにしていた。サンジは

「ナミさんの食事管理は俺以外に誰が出来る!!」

と、今まで以上に気を遣ってくれたし、ウソップやロビンも蜜柑の手入れや針路の確認を出来る限りやってくれた。チョッパーも医者として色々と口うるさくなったが、ナミの事を思って言ってくれているので、ナミも素直に聞いている。

だが一番変わったのはゾロだった。
ナミの妊娠が発覚して以来、片時も傍を離れようとはしないし、ちょっと走ったり飛び跳ねただけで、もの凄い剣幕で怒鳴りつけてくる。
しかも海賊船という事もあって、時々海賊や海軍に襲われたりしたが、その時のゾロの剣幕は魔獣というより鬼のように、とにかく殺気が凄まじく、特にナミを襲おうとするヤツらを徹底的かつ冷酷に排除していったらしい。
更に、ルフィが段々と大きくなっていくお腹を不思議がって(というか面白がって)ベタベタと触ったりちょっかいしてくるので、ゾロは日々害虫駆除に追われていた。





そして、約半年後―――

「んぎゃぁ、んぎゃぁ、んぎゃぁ!」

「ナミ、男の子だぞ!!」

元気な産声と共に、男の子が新たにGMのクルーとなった。



『本当に―――産んでくれてありがとう―――"おかあさん"』




終わり


(2005.10.16)

Copyright(C)美都,All rights reserved.


<管理人のつぶやき>
不思議な夢とナミの妊娠。夢の中で現れたのは未来の息子だったのです。
ロビンは鋭い、見抜いている。クルー達の反応がそれぞれに楽しかったですね。
幸せに満ちていて、心がほわほわと暖かくなるお話でした^^。

美都さんの初投稿作品です。ご投稿、ありがとうございましたーー!

 

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