魔女か少女
            

Nanae 様




―うん!今日は一日快晴快晴!!
―へぇ、機嫌いいな。
―あんたが常々素直に言うこと聞けばもっと機嫌いいわよ。
―なにが言いてぇんだよ。


めちゃくちゃに季節が巡るこの海では珍しく、
波は穏やか、ポカポカと暖かい春の陽気の、そんな日。
少女の様な魔女はすこぶる機嫌が良かった。
ここまでは。

互いに一言多いのか、もしくは一言足りないのか、
朝からこっぴどく―それこそ、熟睡していた船長が、朝食前に何事かと起きだすほどの―大喧嘩をやらかしてしまった。



朝食の時間キッチンに入ってきた魔女と剣士は、
いかにも不機嫌そうに、美味しいはずの食事を、顔も上げず黙々と口に運んでいる。

互いの顔を見ようともしない。
周りは気まずくてたまったもんじゃない。
―最も船長は相変わらずマイペースに肉など頬張っているのだけれど。
何とか間を取り持とうと必死に魔女に話しかける船医も、
決死の覚悟で剣士をからかう狙撃主も、「「うるさい」」の一言で小さくなってしまう。



「・・・昨日言っといた通り、午前中には島につくわ。小さい島だけどね。
交易が盛んらしいから必要な物は調達できるはずよ。
食べ終わった人からさっさと接岸の準備始めて」
魔女改め航海士は簡潔に言うと、キッチンを後にする。



「っはあ〜〜〜。・・ったく今度は何言ったんだよゾロ」
一気に気が抜けたようにウソップが問う。
「うるせえ、ほっとけ」

「頼まれなくてもハナからてめえの相手なんざしてやるつもりは無えよ。俺が心配してるのはナミさんのみだ」
顔を顰めて、サンジがタバコの煙を吐く。

「だったらあいつに直接聞いたらどうだ。俺は知らねえ」

そうは言ったゾロだったが、実は色々心当たりが無いわけでもない。

「わかってねえなあ。それができねえからお前に聞いてんじゃねえか」
なんでか偉そうに、ウソップがため息をつく。

「どういう意味だよ」
「お前よりナミのがずっと怖い」

その言葉の後すぐに、彼の長い鼻はきれいな90度に曲がったとか。
チョッパーが、泣きながら医者を呼んでいたとか。
元々強面の剣士の顔が、ちょっと気温が下がるほど恐ろしいことになって航海士がますます不機嫌になったとか。


何であの魔女相手だと、自分のめったに使わない部分の脳がでしゃばりだすのか、と剣士は眉間に皺を寄せ、額を押さえた。

例えば、今日くらいの気温だったら、そんな薄着は我慢しろ、だとか

クソコックに、やたらと色目使うのはやめろ、だとか。
あの、未だ得体の知れない女とのスキンシップがやたらと多いのは何でなんだ、とか。

今朝、勢いに任せてそれらを言ったら
―そんなに私の肌が見たくないのか、
―人聞きの悪いこと言うな、
―変態だとでも言いたいのか・・・と、それはそれは怒っていた。

「やきもちだ」と、その一言で何もかも解決なんだろうが、ちょっと言えそうにない。
やっぱり、一言足りないんだろうか?







そんなこんなで2時間ほどが慌しく過ぎ、噂の島にたどり着いた。
確かに小さな島だったが、町には店や屋台が立ち並び、結構栄えているようだ。

その間一度も会話するどころか目線も合わせなかった航海士と剣士は、町から少し離れた海岸に着岸するなり頭冷やしてこい、と2人セットで陸へ放り出された。

「3時間後にちゃんと二人一緒に帰って来いよ!」という船長命令付きで。

「・・・おいルフィ、大丈夫なのかよあいつら」
「んん!それより飯だ!!俺達も降りるぞ!!」
「嗚呼、なんてこった!ナミさ〜ん、あんなボケナスと2人きりだなんて!!」
「サンジー?置いてくぞー!」
「てめえは!!少しデリカシーってもんを食って身にしやがれクソ猿が!」
「ぉ・・落ち着いてよサンジ・・・」






お呑気な船上とは逆に、頭に超のつく意地っ張りな2人には、道中会話もなく、
航海士を先にして少し距離を置き、ひたすら歩く、歩く。


町に近づくにつれ辺りが賑わってくると、航海士の機嫌はさらに悪化する。

一見一人に見える航海士嬢に声を掛けてくる男達は、まあ少なくない。
そういう輩は、黙って後ろを歩いていた緑髪の剣士に物凄い目で睨まれて決まり悪そうに去っていく、のでそれは別に構わないのだが、何が気に食わないかって、その剣士に、自分に絡んでくる男達とさほど変わらない数の自分の常識ではちょっと考えられないくらいきゃぴきゃぴした女達が、なんだかんだと声を掛けてきていることなのだ。


そんな女達を、
剣士も(まあ当然といえばそうなのだが)無理矢理押しのけたり殴ったりするでもない。
振り払うのすら面倒なのかどうなのか、なんとなく腕を組ませたりして、
「あぁ」とか「いや、いい」とか気の無い返事をしている。

航海士は前を歩いているため、剣士のするように自然に睨みつけることもできず、可愛らしい唇を少し突き出して、ただ黙々と歩く。

後ろの男が自分を見失わないように、少し速度を落として。


こんな調子で3時間も時間をつぶさなくちゃならないのかと思うと何だか空しくなってくる。

せっかく久々の上陸なのに。
いい天気なのに。


むう、という小さな少女の様なそのいじけ方が、なんとも可愛らしかったりすることを、航海士自身は気づいていない。
ましてや、今後ろを歩く剣士が、これを他人に見せるのが、なんでか面白くなくて、常々苦労していたりすることなど。

だから、

・・・・・あぁ不愉快!もう知るか!こんな甲斐性無し男!

そう思い立た瞬間、パッと顔を上げると
すぐそこにあった小奇麗なカフェに飛び込んでしまった。

此処なら羽目をはずした男たちに絡まれることも無いだろう、と。

「な・・・おい!!」

後ろからの慌てたような男の声は無視された。




女同士でちょっとティータイム・といった感じの小洒落たカフェだった。
メニューを見ると整然とした文字が並んでいる。
*フルーツタルト、チョコレートババロア、苺パフェ、・・・*

うん、どれにしたってサンジ君が作ったやつのほうが美味しい、きっと。
そういえば朝のオムレツ、すごく美味しかったのにあんな仏頂面しちゃってた。
きっと気を遣ってる。

チョッパーもウソップも。
一生懸命話しかけてくれてたんだろうに、「うるさい」だなんて。

ロビンも、なんとなく困ったように笑ってこっちを見ていた・・ような。

ルフィは・・・
陸に降りるとき、いつもの太陽のような笑顔でぽんぽんと背中を叩いてくれた。


・・・本当に、なんとまあ気のいい奴らなんだろう。




船員たちのことをつらつらと考えながらコーヒーを注文し、
窓際の席に座った。

風にそよぐ緑の木々を見ていると、思考は自然とたった今まで一緒だった男に向かう。



なんだってあの男はいつもなにかっていうと 眉間に皺、なんだろう。
私が何かちょっとばっかり冗談じみたことを言うと、そのたびに顔を顰めて、唸る。

ウソップやチョッパーにするみたいに「へいへい」って軽く流してくれればいいのに。

前にサンジ君にそれとなく言ってみたら
「そりゃあ・・・困ってるんだよ。朴念仁だからね」
と笑った。

どういうことかと聞きたかったけど、やめた。
朴念仁っていうのは本当なんだし。



・・・さて、今何してるだろう。


船に帰った??  
―いや、それは無い。あの変なところでクソ真面目な男が船長命令を聞かないはずがない。
 何より奴は考えられない方向音痴なのだ。一人で船に帰れるはずが無い。 

外で待ってる??
―それも無い。他人の行動に振り回されたり、使われたりするのが何より嫌いな男だ。


だったら?

―あの女達と何処かへ行ってしまったかもしれない。

軽い男じゃない、のは確かなのだが
何も考えずに行動している節がある。


無邪気な少年のように、思ったほうへ、ひたすら走って。


そうなのだ。本当はいつでも、
何も語らないあの男から、そういう精一杯の魂が感じられているようで、
言葉すらもどうでもいいような、
そんな気がして
こんな喧嘩、意味が無いとも思う。

気のせいだと言われてしまえば、そこまでなのだけれど
それでもあの馬鹿馬鹿しいほど一途で、朴念仁で、そして深い魂が、好きなのだ。
だから、導いていけたらいい、と。導いていこう、と思う。

まあ、機会があれば、こんなことを言ってみようか、とはいつも思うのだけど。
いざとなると・・・ねえ?
一言足りないのはお互い様、ということで。





―よし。迎えに行ってやろうか。
元々うじうじ悩んで引きずるのは性分じゃないのだ。私も、きっとあいつも。



とりあえずコーヒーはしっかり味わって、足早に外へ出る。




―さて、どこから探そう。



外の空気を吸い込んで、一息ついたそのとき。



「おい」

おや、びっくりした。

「あら」
「あらじゃねえよ・・・」

そこにはホッとしたような呆れたような、微妙な顔の剣士。
待っていたのか。この男が?

「さっきの人達は?」
「うるせえって言ったらどっか行った」

また凶悪極まりない目で睨んだに違いない。
気の毒に。

「・・・で?私を待っててくれたんだ?」

そう言ってやったとたん、苦々しく顔を赤らめたりするから思わず吹き出した。

「・・・なんだよ!」

と、今度は真っ赤になって叫ぶので、
通りの真ん中で、大口開けて盛大に笑ってしまった。




「あの人たちと行けばお酒飲み放題だったかもよ?」
何とか笑いを抑えて言った
「・・てめえ本気で言ってんのかよ」
「まさか。冗談よ」
「冗談か」
「そうよ?良かったわよ、待っててくれて」

素直すぎて気味悪ぃとか失礼なことをぬかすので
てちてちと額を叩いて言ってやった。

「迷子になられたら困るものねぇ」


「迷子って言うな!!大体マジな時はいつも間に合ってんだろうが!」
「何よ、褒めてんじゃない!お茶目なところもあるわよねって!見かけによらず」
「どこが褒めてんだよ」
「貶されたいの?」
「どこを・どう聞いたら・そうなるんだ!」

延々。

口が悪いのも頑固なのもお互い様で。



通り沿いの店の店主達が猛烈に迷惑そうな顔をしていたので、
とりあえず場所を変えようと小さな酒場へ。

結局、夜まで居座ってしまった。








暗い道を船に向かって、今度は二人並んで歩く。
なんだか変な感じがしないでもない。

「あーあ、すっかり遅くなっちゃったわねえ」
「誰のせいだよ」
「あんたのせいよ」
「何でだよ!」
「口じゃ勝てないの分かってるくせに、なかなか折れない」
「・・・」
「あはは、ほらね。ハイ、さっさと帰るわよ!やっぱり夜は少し冷えるわね」
「だから上に何か羽織れって言ったんだよ」
「こんなに夜遅くに外歩いてることになるなんて思わないじゃない」
「だからそういうことを言ってるんじゃねえだろ!」

はい。エンドレス。






「ウ・・ウソップ〜・・仲直りしてないみたいだぞ・・・?」
「だからよ、もうあいつらはおてて繋いでのんびりほのぼのってのは無理なんだよ。もう、顔からして分かるだろ?2人とも厄介事好きなんだよ」
「そうかなあ・・・俺にはよく分かんないな」
「いいかチョッパー、もう今日みたいなのは、今度からは無視だ、無視!大人の余裕で黙ってあいつらを見守ってやるんだ。いいな?」
「大人のよゆうか!かっこいいな、それ!」

「あんの緑のクソ野郎は、ナミさんに何失礼なことをぬかしてやがるんだ!?」
「サンジ、飯!」
「今食ったのは何だクソゴム!!!!」

「明日には出航できるかしら」



遠く見える船から聞こえてくるこんな声。


「・・・何、あの船。騒がしいわね」
「何で他人事なんだよ・・・」
「サンジ君怒ってるわよ」
「あいつは大抵怒ってんだ。勝手にさせとけ・・」
「あんたの分の晩御飯はもう無いわね、あの調子だと」
「だろうな。ルフィの野郎が・・」
「“ゾロの分、食っていいのか?食うぞ!!”・・って感じかしら?」
「違いねえ」
「で、サンジ君が“ナミさんの分には指一本触れさせねえ!!”って調子で乱闘になって・・」
「そうすっと長っ鼻あたりが止めに入るな。船が壊れる!!っつって」
「ロビンは我関せずよね」

それが日常。目に見えるようだ。・と。


「ぎゃあああぁぁあ!!!!!」
「ウソップ〜〜!!!!い・・・医者ぁ〜〜!!!」
「待てコラクソゴム!!!!!」
「腹減ったんだよ!!いいじゃねえか一個くらい!!」
「このクソが!!それはナミさんの・・・・!!!」

タイミング良くそんな声が聞こえてきたものだから、
二人顔を見合わせて、大笑いした。


しかし。

「おー!お前ら遅いぞー!!」
そういってニカっと笑う船長の手に握られていたのが
“サンジ特製ナミさん限定スペシャルディナー”ではなく、
航海士の大切な、丸くてツヤツヤの蜜柑だったものだから、

「ルフィイイいいいいいいい!!!」
ぶぁっと風を起こして航海士が飛んでいく。

すぐに、ゴンっ!!っと盛大に船長の頭が鳴った。



ザマアミロ、とタバコに火をつけながらコックが笑い、

先ほどの乱闘のとばっちりで甲板に頭をしたたか打ちつけた狙撃主と
わたわたとその治療をしていた船医が、ははは・と引きつった笑いを浮かべ、

考古学者は心底可笑しそうにクスクスと笑った。

何故か殴られた船長も、ししし!!と笑っている。


「偉大なるマンネリだな」
梯子を上ってきた剣士もにやりと笑いながら言った。


二人が帰ってきちまったから、祝いだ!!飯を食うぞ!!!
・・・とか、良く考えれば、かなり失礼な言い回しのわけの分からない宴が船長命令で始まった。






「なあなあ、ナミぃ」
ほろ酔いの船医に名前を呼ばれ、「どうしたのチョッパー?」と振り返ると、

「ナミはゾロが好きか?」・・・ときた。

いきなりで、少々戸惑ったけれど、

肉料理の攻防戦を繰り広げているルフィとサンジ、
何とか止めようとしている・・フリをして、実は漁夫の利を狙っていたりする、何気に本日一番災難だったウソップ、
あとの2人も、そっちに気が行っている。・・・行っている?

にやりと魔女の顔で笑うと、ナミはこっそり、でもはっきり、
チョッパーの小さな耳に言葉を吹き込んだ。

「好きよ」

チョッパーが「そうか〜!!じゃあ安心だな!」と言いながら、にぱっと笑ったのと
ゾロの飲んでいた酒がスプリンクラーになったのは、ほぼ同時だった。


「くるぁ!!クソ緑、なんて勿体ないことを!!!!!」
「うっせーな!手前らが暴れっから咽たんだろうがよ!」

怒り心頭のサンジと、何故か真っ赤になったゾロの
おそらく本気の掴み合いを見ながら、やっぱりルフィは大笑いをしている。


「ちゃんと、聞いたわね」

満足そうな魔女・ナミの呟きを聞くともなしに聞いたのは、
その膝の上でへにゃへにゃと笑う、チョッパーだけだった。






しばらく続いた馬鹿騒ぎがようやく終わり、
ほとんど意識の無い仲間たちを部屋に放り込んで、
甲板を片付けている影が二つ。



「おい」

剣士が、いつもよりちょっとトーンを落とした声で、
少し離れたところで空き瓶を拾っている航海士に声を掛ける。

「なによ」



どことなく魔女の笑み、な航海士を見て
剣士は顔を顰める。

「・・なんでもねえ」

「そう?」




再び黙々と片付け始める。




「・・・・おい」

「だから、なによ!!」

「なんだよ、さっきのは」
「さっきのって?」
「後ろでチョッパーに、コソコソ言ってたじゃねえか」


「・・・あら、直接聞きたいの?」

出た。再び魔女の笑み。
ここで素直に、真っ赤になるなり、照れてどもるなりしたならば、
ちょっと甘やかしてやろうかと思ったのに。

「ふん、言えるもんなら言ってみろよ」
聞きたくないわけじゃないが・・・柄じゃないんだろ、お互いに。
剣士も皮肉げな笑みを浮かべた。


それを聞いた航海士は、またあの可愛い顔をしてむくれる。

「なによ!!聞きたかったんじゃないの!?珍しく素直だわぁと思ったら・・!!」

また騒ぎ出しそうな少女の口を、ぱふん、と手で塞いだ。

ちょっとの間びっくりしていたが
上目遣いで、こちらを睨みながら口をつぐんだので、
柔らかい肌をちょっと惜しみながら、ゆっくり手を放してやった。

「ふん!いいわよ、もう!寝る!!」
「おぅ、寝ろ寝ろ」

カリカリしながら部屋に戻ろうとする航海士を、剣士は満足気に笑って見送る。


・・・と。


航海士は、突然立ち止まると、回れ右して再び近づいてきた。
声を出す間もなく胸倉を掴まれる。

今度は屈託のない少女の笑顔で、そのまま ぐい、と腕を引き、
三連ピアスのついた耳に唇を寄せる。



「好きよ!」
「・・・・・!!!???」




END


(2004.03.28)

Copyright(C)Nanae,All rights reserved.


<管理人のつぶやき>
喧嘩三昧のゾロナミ〜。既に喧嘩は彼らの貴重なコミュニケーションです。
ゾロがナミにつっかかるのは明らかにやきもちですがな(笑)。一言足りないぞ、ゾロ!
その点、ナミは頭を冷やして素直になりました。ラスト、狙っての一言。キターーッ!
ゾロの「・・・・・!!!???」という動揺ぶりが可笑しかったです(*^-^*)。

Nanaeさんの初投稿作品です!これが処女作だそうですよ〜(にまにまv)
Nanaeさん、素敵なお話をどうもありがとうございました♪

 

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