出鱈目恋情
            

Nanae 様




食糧不足。
航海士は日誌にそう書き殴った。
ばたむ、と乱暴に日誌を閉じて、眉間に皺を寄せる。


「ナミー」

「うっさい」

「なんだよー・ナミってばよー」

「・・・・」

「な・・・」

「うっさいっつってんのよ!!!こんのゴム藁ぁ!!!」



「いや、ナミそれはちょっと違うような・・・ぁぁぁぁぁぁ」

ウソップの突っ込みは海へと沈んでいった。








「・・・で?何だって?」

昼を過ぎても暖かくはならなかった日の午後、
何故か海に落っこちたウソップを助ける羽目になった剣士が毛布を被って、
甲板で仁王立ちする航海士を恨めしそうに見た。


「何で私に聞くのよ」

「水音の前にお前の金切り声が聞こえた」

「ふん」

「ふんじゃねえよ!俺には知る権利がある!!」


言うが早いか、ゾロはナミを毛布の中に取り込み、後ろから羽交い絞めにした。


「あぁー!!あんたまだ濡れてんじゃない!放しなさいよ!馬鹿!!」

上半身裸のあんたと密着するのはちょっと変な気分になるから嫌だ。
・・というのが本音なのだが、そんなこと言ったらまだ日が高いうちにどうなるかわかったもんじゃない。

「お・ま・え・の・せいだろうが!」

この男、そんな乙女心(?)など知るはずもなく。
キャミソールじゃなくて残念だった などと親父なことを考えながら、ぎうぅ とナミを抱き締めた。
途端、「きゅう」と妙な声を出してくたりとなったので、やべえ力を入れすぎたかと腕を緩めてやったところ、中身の詰った頭から怒涛の頭突きを食らう。

「うぐっ」

「ふん、ばーかばーか」
何か小動物のようにもぞもぞと身体を反転させながら、魔女は顎を赤くした男の顰め面を見て、ふふん、と満足そうに笑った。






「で!!??いつまでイチャこいてんだお前らは!!!」
分厚いタオルを被って、珍しくキッチンの扉を乱暴に開けて出てきたウソップが、甲板でうごめく毛布の塊にずかずかと近寄る。


「大体な!ゾロ、お前はナミに甘すぎる!!もっとこうビスィーっとだな・・!!」


ウソップの言葉が終わる前に
フライパンとフォーク数本が、器用にナミの形を避けて飛んできた。
青くなって悲鳴を上げるウソップを無視して、額に青筋を浮かべたサンジが怒鳴る。


「てめえエロ腹巻!!!!!!海に落ちた奴ぁそれらしく、ちっとはしおらしくしてやがれ!!!」
「危ねえな!!俺は落ちたんじゃねえ、飛び込んだんだ!!」
「結局ずぶ濡れになってやがるんだから、同じことだろうが!!」

「あっはっはっは、煩えなあお前ら!!!」

飄々とした足取りでキッチンから出てきたルフィに向けられたのは、さっきまで微笑んでいた女のものとは思えない程、冷たい笑顔。

「あんたのせいでしょうがボケナス!!そうよ、あんた蜜柑返しなさいよ!!選りにもよって、一番美味しそうだったヤツを!!」
「あー通りでなあ、うん!いつもより旨いと思った!」
「いつもよりって何よ!!??私の蜜柑はいつも美味しいに決まってるじゃないの!!」
「いや、どっちだよお前・・」
「うっさい黙れ!!蜜柑!吐きなさい!今吐け!!すぐ吐け!!」
「吐けってお前・・」
「出来ないなら、2000ベリー、あんたに貸しよ」
「・・・・・!?」

成る程。
ルフィが空腹のあまり蜜柑を食っちまった、と。
食糧不足になる度に必ず起こる、ちょっとしたイベントとでも言おうか。
その度に目を三角にして金切り声を上げるこの蜜柑娘が、何となく小さい子供のようで、ついつい顔が緩んでしまう、なんて事は墓場まで持っていく秘密にしようと心に決めている。

「で、何でウソップが海に落ちるんだ」

尤もな疑問だが、ナミは微笑む。

「一言多かったのよね?ウソップ?」

その有無言わさぬ迫力に、哀れなウソップは黙り込むしかなかった。







「甘いのね」
「?」
「あの子達全員」
「甘い?」
「ええ。あなたには」

ナミがキッチンに入ると、ロビンが一人優雅にコーヒーなぞ飲んでいた。

「いい女の特権てやつよ」

でしょ?と振り返った少女が見せた笑顔はあまりにも素直なものだったので。

ロビンはふふっと笑いながら短く同意した。
―そうね。これじゃあ誰も敵わないわね。



「ああっ!美女お2人が仲睦まじく談笑しておられる光景は、最早失われた楽園だv!!」

甲板で、自分の投げたフライパンとフォークを律儀に拾っていたサンジが、ピンクのハートを背負ってキッチンに戻ってきた。
いい女・ナミは、極上の笑みを浮かべてそれに答える。

「私もコーヒー飲みたいわ」
「はいっ!ただ今!!」

いそいそと準備に取り掛かったサンジに続いて、男部屋で湯たんぽを二つ用意していたチョッパーと、外での小突きあいにいい加減寒くなったらしいゾロとウソップが入ってきた。

「船長さんは?」

何ともなしに問いかけてくるロビンに、ナミが可愛く微笑んで答える。

「甲板掃除よ」

甲板からルフィの盛大な不満が聞こえてくる、が、相手にするものはいなかった。
なんたってこの船最強の女を怒らせたのだから。

ただしその後船長に、やっぱりナミの蜜柑はどれも今まで食った中で一番好きだぞ俺は、と幸せそうに笑いながら言われた航海士が、真っ赤になってしどろもどろになって終には甲板掃除を手伝い始めた、なんてことの全てを見ていたのは、考古学者だけだった。







「ゾロ、アレは本当だぞ」
「あ?」

湿っぽい、とキッチンから追い出され、男部屋で2人惨めに湯たんぽを抱えていたゾロとウソップが、互いの顔を不機嫌そうに見やる。


「お前はナミに甘い」
「・・・・」
「人を殴り飛ばすところも可愛いvとか思ってんじゃねえだろうな!?」

思ってない。
口では勝てないから、何のかんのと言い包められて使われることは多々あるし、
あの向こう気の強さに惚れたんだろう、と言われれば否定は出来ないような気がするが、容赦の無い拳骨はちょっと考え物だ。

別に甘やかしていたつもりなど無い。自分のしたいようにしていただけで。

それが甘やかし以外の何にも見えない、と。
第三者からはっきりそう言われると、何とも照れるというか気まずいというか。

「そういうことはクソコックに言え」

とりあえず憮然とした顔でそう言い捨てて、ぷいと顔を背けた。


こちらからは、素直に赤くなっている耳だけが見える。

ウソップはひっそりと溜息をついた。
ガキかお前は。・・とは、流石に命は惜しいので言わなかったが。

そして覚悟を決めたように湯たんぽを抱え直し、体ごとゾロのほうを向く。

これをサンジ本人に聞かれたら、何食分の飯を抜かれるか分からないが、
サンジの甘さは、あからさまで、スッキリサッパリ分かりやすいから大抵その場の苦笑いで終わる。
時々寒さを感じるが、まあそれは許容範囲だ。

でもゾロのは、甘いのか馬鹿にしてるのか、微妙な時が多いので、
下手すればナミが怒り出して、船員巻き込んでの大喧嘩にもなりかねなかったり、・・とまあ要するにどうなるか分からないので怖いのだ。
そして大抵被害を被るのは、俺か、チョッパー。偶にサンジ。悪くすれば船が壊れる。


そこんとこは一つしっかり自覚をしてやって貰いたい・(船の平和の為に)と常々思っていたのだが言えずにいたのだった。
今は又と無い機会だ、言ってやろう。

「なあ」
「・・・・なんだよ」



殺されそうな視線を向けられた。あ、やばい。これはやばい。


「ま・・・まあ聞けよ!この辺の海底には、馬鹿でかい真珠がごろごろしてるんだとよ!トレジャー・ハンターだった俺の部下から昔聞いたんだ!今んとこ俺とお前しか知らねえんだぜ!!これ聞いたら、きっとナミだって何でも許しちまうな!」
「へえ、じゃあお前、もう一回海潜って取ってこいよ」
「・・・」

もう、泣きたい。
大体、何でいつも神経すり減らすのは俺なんだろうか。


ずん、と重苦しい空気が部屋の中に充満したが、
生憎此処にはフォローを入れてくれる船医や考古学者がいない。

「お前、郷のお嬢様は元気なのか?」

後ろから掛けられた唐突な質問に、は?と間の抜けた顔をしてしまったが、
振り返ってみると、ゾロはしみじみでもなく、からかっている様子でもなく、いつものちょっと不機嫌そうな顔をしていたので、一応答えてみる。

「おぉ、元気そうだぜ?今は医者の修行をしてるんだってよ。よく手紙で知らせてくれるんだ!」

自分の心の中の一番綺麗なところに住んでいる少女。自分にとっては船の女神。
あの優しい笑顔を、今も絶やさずに歩んでいるのだろうか。


ゾロは、そうか と言って、口をつぐむ。


それだけかよ、おい。

勢いで「素直な女」について説いてやろうと思っていたのに。拍子抜けだ。
何が聞きたかったんだかさっぱりわからない。
場を盛り上げる為に話をするとかいうような気配りが、こいつにあるとは思えないし、
必要な事すら言わないような奴が、何となく他人に話し掛けるなどということがあるとも思えない。


悶々としているウソップに、ゾロが再び呟くように問う。


「ナミとは全然似てなかったよな?」

「あっっっっったり前だ!!!あんな腹黒と一緒にすんな!!」

思わず叫んでしまった後、はっと青ざめて、恐る恐るゾロの顔色を窺う。

しかしゾロはむっとした様子も見せず、むしろ納得顔で頷いていた。

「確かにな。あの女腹黒だし魔女だし守銭奴だし。気まぐれだし、変に強気だし」


おいおいそこまで言ってねえぞ、と心の中で突っ込んだが、
ゾロがこんなに喋る気満々なのは非常に珍しいので、黙っていることにする。
ナミがこの場に居ないことを、心から天に感謝だ。


「・・・素直じゃねえし。言ってることは滅茶苦茶だしな」

ふんふん、と頷く。
本当のことなんだから別に否定する必要もない。


「使えるもんは人でも何でも使い倒すし。・・・・あァ最悪だあいつは」

最悪だとさ、よく言う。
こんなに優しいこいつの声は滅多に聞かない。


ウソップはわざとらしく溜息をつき、心の底から苦笑いした。
「やっぱりお前はナミに甘い」

「・・・・かもな」
ゾロは、半ば開き直ったように軽く笑った。



困った。全くどうしようもない。
あんな物凄い女を甘やかすのは何故、と聞かれれば、
うるせえほっとけ、とはぐらかすことしか出来ないような、
理屈の無い愛情なのだから。
この強情剣士は全く素直じゃないから、阿呆、と言ってそっぽ向くのだろうが、
これまた全く素直じゃないあの高飛車女には、何か伝わるものがあるのかもしれない。

言葉にはならない思いの中で、離れることなどしやしない。
強いな。最強だ。
この男は 簡単に言うな、と苦笑いするのかも知れないが、
あの女は 当たり前じゃない、と笑い飛ばすのかも知れないが、
顔を見合わせれば同じように、照れた笑顔を交わすに違いない。



未来の大剣豪もなかなか可愛いとこあるじゃねえか、とからかってやろうか。
魔獣は魔女には敵わねえんだな、と皮肉ってやろうか。
いやいやいや、今こいつは優しい気持ちになってるからな。わざわざ怒らせることはない。
黙って肩でも叩いてやるか。
あァ、俺って大人だ。

そんな風に考えながら、隣のごつい肩に手を伸ばしたのだが。

「でもお前だって、“お嬢様”には盲目的に甘ぇじゃねえか?」

さっきの柔らかい気配は何処へやら。
ゾロはいつの間にかいつもの調子に戻っていて、意地の悪い笑みを浮かべている。
この俺様が、せっかく綺麗に終わらせようとしていたのに!

結局この男は、何も考えていないだけなのかも知れない。

ウソップは今度こそ本当に諦めて、溜息をついた・が、幸せが逃げると困るので、すぐに息を吸い込んだ。

これからもこの心の広いキャプテン・ウソップは、厄介な2人から思いもよらないとばっちりを受けることになるんだろう。
ああいいさいいさ。
それで、あの優しい少女がくれたこの船が壊れずに済むのならば。

今度彼女に会ったときは、血沸き肉躍る世界中の大冒険よりも、
まずはこの船が、いかに内部の危険を乗り越えてきたのかを語らねばなるまい。





「クラ、晩飯だぞ!!なんだよ、むさ苦しいな此処ぁ・・」

ゾロとウソップの小さな友情の場をその一言で括ったサンジが、
面倒臭そうに男部屋に入ってきた。


ゾロとウソップの2人からうんざりした様な視線をその身に受けて、スッキリサッパリなフェミニストは何やら嫌味にニヤリと笑う。

「?何だ?甘い雰囲気だったのか??・・だったら悪かったな。何も邪魔はしねえよ。俺は美女2人の待つ日の当たる世界へ行かせてもらうぜ」


いやあ、めでてぇなあ。などと言いながらひらひらと手を振って背を向けるサンジにめでてぇのはてめえの頭だエセラブコック、などと怒鳴りながらのゾロの渾身の蹴りと、ぇぃと可愛らしい掛け声の伴った、ウソップの腰が引け気味なチョップが飛ぶ。

青筋を立てたサンジが思いっきり足を振り回し、大乱闘になり始めそうになったところで、ウソップは素早く逃げ出した。

怖いからじゃないぜ。俺が参加したら船が一瞬で粉々になっちまうからだ、ははは。







「あら、ウソップだけ?」

キッチンに入ると、女2人と獣1匹は既にささやかな夕食を食べ始めていた。
ルフィは入り口のところで自らの腕に雁字搦めにされ、必死で首を伸ばそうとしている。

「ああ、あとの2人は乱闘中だ」
何かを悟りきったような顔でウソップは答えた。

興味無さげに、よくやるわねぇとか何とか言いながら黙々と食事を続けるナミに、半分お前の所為だぞ、と言ってやりたかったが、後で何がどう転んで痛い目に遭うか分からないのでやめた。
そして、2人のことより部屋のことが心配なウソップは、ナミに困ったような目を向ける。

「なあナミ、食い終わったらで良いからよ。あいつら止めて来てくれよ。・・・やっぱお前にしか出来ねえな、あれは」

こそこそと部屋を出たとき、背後からドカン、バキン、パリン、と、不吉な音が聞こえてきたのを生々しく思い出し、また鳥肌が立った。
パリンてまさか俺の試験管が儚くなった音じゃねえだろうなあ、おい。

「いくらで?」

ウソップの憂鬱など気にも留めず、にっこり可愛い顔で笑いながらそんな言葉を吐く様は、どう見ても魔女だ。

「そこで金を取ろうとか考えんのかよ!?」

「当たり前じゃない。使えるもんはつかうわよ」

・・・ああ、そうですか。どっかで聞いたな、その台詞。
どうしようもないんだよな、この女がこんなにこうなのは。

こういう場面で女の屁理屈を黙殺することをも甘さと呼ぶのならば、
俺もゾロとかサンジのこと言えないくらい甘いんだろう。
まあ、俺は大人だからな。そういうことにしといてやるよ。
ついでに言えば、別に頼まなくても、ナミは自分からあの乱闘を鎮めにいくだろう。

いつものように。


果たして、間もなくどったんばったんの物凄い音に耐えかねたナミは、自ら男部屋に出向き、2人に強烈な拳骨を食らわせて、船の命を守った。

「今度から船の修理費、自腹にするわよ」

「はーい!気をつけますvあぁ勇ましいナミさんも素敵だ!!」
「イカレコック」
「アンだとコラ、毬藻!!!淡水へ帰れ!!!」
「・・・やるか手前、ワラビ眉毛・・おら、陸へ帰れ!」

「・ ・ ・ やめろと言っとろうが大馬鹿コンビー!!!!!!!!!」

2度目の鉄拳はやはり効いた。





「乱暴女が・・」

その後の女部屋。さてようやく寛ぎの時間、と静かな時間に思いを馳せていたナミの元へ、何とも不機嫌そうな低い声が聞こえてきた。
とんとんと階段を下りてきたゾロが、殴られた頭をさすりながら、今日2度目の恨めしそうな顔でナミを見る。

「あんた達が滅茶苦茶するからでしょうが」

ナミは、新聞をばさりと広げながらソファに腰掛け、のんびりと言った。
ゾロはそれを背凭れにして、床に座り込むことにする。



何でだ。
殴られても蹴り飛ばされても、瞬く間に何事も無かったかのような日常に戻ってしまう。
腹が立たないわけでもないし、憎たらしく思うこともあるが、
怒りを引きずらないスッキリしたこの女を見ると、まあいいか、と思ってしまうのだ。
それに、一通り怒った後のケロっとした笑顔が、見逃すにはちょっと惜しい代物であることは、たぶん自分が一番よく分かっている。

―全く大概どうかしてる。


「だからってな、やたらと殴るもんじゃねえだろうが」

悔し紛れに言い返してみる。

「口で言うだけで話が分かるようになってくれたらね」
「今でも普通に口で言われれば分かるけどな」
「どうして平気で嘘がつけるのかしらねえ、この口は??」

頬を思い切り抓られ、横目で睨めばにやりと笑う魔女がいた。

「だから、やめろって!」

ぶんっと腕を振り、細い腕を掴む。

「お前は!いつもいつも先に手が出るじゃねえか!癖だろ、それ!!」

こっちは本気で怒鳴っているのだが。

「うんうん。そうかもね」

煩い黙れ と言わんばかりの口調で言いながら再び新聞に視線を戻す。

「・・どうしてそう偉そうなんだよお前は」

バーベル一つ持ち上げられないくせに。何故か誰も敵わない。

「いい女だからよ」
―だからあんた達は私を殴らない。それを知ってるからよ?

何処までも誇り高い。その自信は何処から来る?


ふと、女であることを悔やんでいた女達を思い出す。
どんなに努力をしても、所詮男には敵わないのだ、と親友は泣いていた。
女だから斬らないのか、と海軍の女は怒っていた。
何故かこの女は笑うのだ。
しかも、こんなに誇らしげに。

性質の悪い女だ。
恥ずかしげも無く自分の欠点すら誇るこいつに、一体どんな悪態が通用すると?



「・・お前」

「?」

「お前は、男に生まれれば良かったとか思うことなんざ無えんだろうな」

「・・・そっちのほうに目覚めたんなら、ウソップにでも相手してもらいなさいよ」


「何の話をしてんだてめえは!!??」

「私は男にはなれないわよ」

「知ってるわ、んな事は!」

「じゃあ何よ?」

「・・・もういい」

「ねえ、男同士ってどんな感じなのかしらね?」

「・・・・・手前コックに何か吹きこまれたろ」

何か好ましくない方向に話が進みそうだったので、早々に打ち切りたかったのだが、この魔女はニヤニヤと嫌な感じに笑っている。
・・まったく、この女とするような話じゃなかった。


「まあまあ、何はともあれ女ならサンジ君には贔屓してもらえるし」

笑顔を悪戯っぽく変えて、何故か自慢気。

眉間に皺が寄るのが自分でも分かったが、
腹を立てるのも何だかみっともないので黙っていることにした。

「・・負けて屈して大恥曝しながらでも、女は高飛車に笑ってられるのよ?」
どうよ、男にはそれが出来ないんでしょう?

そう言い放った女は、ふふん、と正に「高飛車に」笑った。


どうも男、女というより、この女だけの理屈のような気がしないでもないが、言い返す言葉はちょっと見つかりそうにない。
きっと、これは正しい屁理屈なのだ。
だってほら、自分はか弱いオンナノコだ などと堂々と宣言して回るこの女は、こんなにも、強いじゃないか。

魔女だと言えば「そうよ」と屈託のない笑顔を浮かべ、
ガキかと笑えば「あらそう?」と艶やかに笑う。
船の連中を殴り飛ばしたかと思えば、木陰に隠れて失うことに怯えていたり。
わけが分からん、お前は何なんだ。とこちらが首を傾げると、
胸を張って、それはそれは美しく笑う。そして言うのだ。

「ありがとう。私は女優」

どれも私。
強かに生きていくの。


決して、世界にその名が轟くような類の強さではないが、
そのしなやかな姿を見れば誰もが言う。

―いい女だな。


だから惚れたのか。だから笑って欲しいのか?・・・いや、多分違う。
では何故?

分からない。考えたいとも思わない。
屁理屈を考えるのは得意じゃないので。
大体、俺の頭はものを考え込むように出来ていない。
特に今日は、着衣泳と乱闘に必要以上にカロリーを消費してしまった上、
晩飯食いっぱぐれたので頭を働かせるのも億劫だ。なのでとりあえず。

床からむくっと立ち上がり、女の隣に腰を下ろす。
ぼすん、と沈み込んだ体が浮き上がる一瞬のうちに口を開いた。


「わかるか?」

いい女だ、強いな、できればずっと笑っていて欲しい、
言うべき言葉は有り余っているのが分かっているのだが。

「?」




―・・・・・


やっぱり何も言う気にならなかったので、代わりに一つ、口付けを落とした。




花の様に笑う女を見て、漠然としたこの思いは、
確かに伝わっているのだと思い込むことにする。




END


(2004.07.03)

Copyright(C)Nanae,All rights reserved.


<管理人のつぶやき>
仲間達がナミにどう接しているのか、ゾロはナミをどんな風に想っているのか。
けっこう根本の部分を追求しているお話なのですが、淡々としたエピソードでもって綴られてて、ちっとも重くない。むしろ軽快で小気味がいいですね!
ウソプーとゾロが女のことで語り合ってるのがなんかいい感じ(笑)。
くいな&たしぎとナミを比較してるところは興味深かったです。ナミは女であることを肯定してるものね。その点が大きく違うなぁ。自分自身を肯定して生きてるところがナミの強さであり魅力という気がしますよ。ゾロはそんなナミを受け止めて愛してるわけですね。

このお話は本当は『
投稿部屋』への投稿作品だったのですが、無理言ってお願いしてナミ誕会場へ置かせてもらいました(汗)。
Nanaeさん、素敵なお話をどうもありがとうございましたー♪

 

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