「ねぇ」


「ねぇ」



「答えが欲しいのよ」







〜闇夜、恋しらに〜
            

ペコー 様



あれはいつの日だったか。

部屋にいったん戻った後、忘れ物に気が付いてキッチンに行った時。

アンタとサンジ君が珍しく二人で飲みながら、
真剣に話をしていたから、
なんとなく面白くって、黙って覗いていたの。



「なぁ、おまえさ」
「なんだよ」
サンジ君はその綺麗で長い指先に煙草を挟んで、斜め前に座ってるゾロに視線をやった。

「ナミさんのどこに惚れたわけ?」
部屋の中はランプの明かりだけで、少し暗かったから、
二人の表情はあまりわからなかった。


「なんだ、急に」
さも呆れたと言わんばかりの溜息を交えて、ゾロが声を発した。
「だってよ、おまえって、女とか恋愛とかそういうのには、毛先の程も興味なさげじゃん」
サンジ君の持ってるグラスの中で、少し溶けた氷がくるくる踊った。

「じゃあ、おまえはどうなんだ」
ゾロが空いたグラスに新たな酒を注ぎ足しながら、サンジ君に促した。
「俺はすべてだよ。航海士としてのナミさんももちろん、何気ない時に見える女の子らしいところとか、あのはじける笑顔とか、もうすべて」

三日月が淡い光を灯す。


「んで?おまえは?」
「・・・」
「おまえとナミさんて、俺がここに入る前からだったんだろ?俺はそれを聞いた時は、もの凄くショックだったね」
「・・・」
「なぁ、もし俺がお前より早くナミさんに会ってても、おまえはナミさんが自分を選んだと思う?」
「・・・くだらねぇ」


私は息をするのも忘れて、二人の会話の続きが気になった。

今まで、ゾロとそういう仲になってから、ゾロはもちろん、私だって、
お互いの気持ちをハッキリ言葉にしたことはなかった。


ゾロは私のどこを気に入ってるのか。
そもそも私のことをどんな風に思っているのか。



今更照れくさくて、直接聞くにも聞けないから、
この際盗み聞きでもなんでも、聞いてしまおうと思った。


なのに。



そんな言葉が聞けるとは、思っても無かったわ。









私の心が停止する、3秒前。


「なぁ、どうなんだよ?どこが好きなんだよ?」


2秒前。


「別に」


1秒前。




「どこもねぇよ、好きなとこなんて」







停止。




気がついたら、私はその場にしゃがみ込んで。


気がついたら、泣いてた。







それから数日、海軍に追われたり、嵐にあったり、
何かと忙しくて、ゆっくりする暇も無かった。

私にとっては、ちょうどよかった。

それでも、眠りにつく時は、

ずーっとあの言葉だけが、繰り返し繰り返し。




ロビンが見張りの晩だった今夜。
勇気の無い私は、ゾロに会うのが怖かったから、夕食の後、すぐに部屋に戻った。
身体なんてどこも悪くないのに、ちょっと調子悪い、なんて言って。
チョッパーが無垢な瞳で「大丈夫か」と問うて来るので、
「大丈夫よ」なんて笑顔で答えた。



誰も部屋に来るな、とでも言う様な。

そんな笑顔で。




ベッドに伏せていると、部屋のドアが開く音がした。
ロビンだと最初は思ってた。

でも、風の匂いが違った。

ああ、なんでわかっちゃったのかな。




「大丈夫か」
「・・・」
「ここんとこバタバタしてたからな。疲れが出たか?」
「・・・」

ベッドの縁が歪んで、心地いい振動が身体に伝わった。


「おい、本当に大丈夫か。チョッパー呼んでくるか?」
「いらない」


少し顔を上げて隙間から窺った。
眉を少し下げて、いつもとは少し違う皺を眉間に寄せているゾロの顔がこちらを向いていた。

私は今、どんな顔してるのだろう。




「ねぇ」
「ん?」
「ゾロって、私のどこがいいわけ?」

戸惑った顔さえ愛しい。


「ねぇ、どこ?」
「なんなんだよ、急に」
「思えば、今まで何度も寝たけど、そういうこと、言ってくれた事ないよね」
「・・・」
「どこが良くて私と寝るの?」
「・・・」
「私のこと、好きで寝るの?」
「・・・」
「それとも、女なら誰でもいいの?」



内心、自分はズルイと思った。
ゾロにだけ言わそうとして、私からは何も言わない。
そう、私はズルイ。




「ねぇ」

「答えが欲しいのよ」



「じゃぁ、おまえは」
やっぱり、そう来るか。
「おまえはどうなんだ」

さっきとは違う皺を眉間に寄せた。
あ、怒らせたのか。



「おまえだって、何も言ってねぇだろ」
「私が質問してるの」

「何でそんな事、急に言うんだよ」
「だって、この間聞いちゃったんだもん」
「何を」
「サンジ君と話してるとこ」
「?」
「私のどこが好きか、っていうサンジ君の質問にあんた、なんて答えた?」
「覚えてねぇ」
「どこも好きじゃない、って言ったのよ」



昼間はすごく天気が良くて、汗ばむぐらいだったのに、
この部屋には温もりの欠片さえない。


「ゾロって好きじゃない女とも何でも出来るのね」

私の乾いた笑いが、違和感だけを身に纏って浮いた。



「本気で」


「本気で、そう思ってんのか?」




泣きそうな声を出したから、その顔を、その目を見た。


私が泣きそうになった。




「んなら、そう思っとけ」

「もう」

「ここには来ねぇ」



立ち上がった拍子にベッドのスプリングが、妙な声で鳴いた。

ドアを閉めた拍子に周りの壁が、悲惨な声で鳴いた。






ああ、だから嫌だったのよ。



恋愛、なんて。











「ねぇ、ナミさん」
次の日、少し遅めに起きた私がキッチンへ行くと、そこにはサンジ君とウソップの姿があった。

「なぁに」
コーヒーとサンドウィッチを出しながら、サンジ君が聞いてきた。
「あいつ、ゾロとなんかあった?」

コーヒーを持つ手が少し震えた。

「・・・なんで」
「夕べ、ナミさんの様子見に行ったあいつが、妙に荒れてたからさ。ケンカでもしたかな、と思って」
「そうそう、スゴイ形相だったよな。怖すぎて誰も近づけなかった」
うんうん、と頷くウソップの手には、何やら奇妙なものが握られていた。
おそらく新兵器とか、その辺だろう。



「んで?原因は?」
「どうせ大したことじゃないんだろう、お前らの場合」


「大したこと、だったよ。私にとっては」
ティースプーンで掻きまわせば、黒い水面が揺らめいた。

「まぁ、おまえら、お互い我が強いもんな〜。衝突の10回や20回は仕方ないだろ」
「でも好きだからこそ、でしょ。ゾロならなおさら」



「え?」
サンジ君の言っている意味がわからなくて、顔を上げた。
「ゾロはああいう性格だから、興味ないやつにはホント無頓着だし。真正面からぶつかる時点で、あいつは相手に気を許してるんじゃないかな」

「それって、おまえにも当てはまるぞ、サンジ」
「気持ち悪いことを言うなっ!長っ鼻!!!」


「でも」
じゃれ合ってる二人が動きをやめて、こちらを見た。
「この間、サンジ君に言ってたじゃない。私のこと、どこも好きじゃないって」

声は震えていたし、手も震えていたけど、涙は我慢した。

「ああ、聞いてたの」
黙って頷けば、サンジ君は新しい煙草に火をつけた。
「ナミさん、あの会話、最後まで聞いてた?」
「え?」



あの時はもうただ寂しくて、哀しくて、
しゃがみ込んで泣いたのは数分で、すぐにその場から逃げ出した。


「あれには続きがあったんだよ」
緩やかに笑う彼は、続きを話した。





『なんだ、それ。じゃあ、何か。おまえは好きでもないのに、ナミさんとあんなことやこんなこと・・・』
『バカか。んなわけねぇだろ』
『おまえ、言ってる事滅茶苦茶だぞ』
『・・・』
『やっぱり、お前最低』
『・・・なんて言えば自分で納得できるのか、わかんねぇんだよ』
『はぁ?』
『あいつの最初の印象はヤな女だった。何考えてるのか、何企んでるか、全く読めねぇ女だったし』
『それ、本人に言ったらぶっ飛ばされるぞ』
『ただ一つだけ言えるのは』
『?』
『―――――』





私の生きてきた今までの人生の中で、
愛とか恋とか無縁のものだった。

そんなことに気を取られている間も、ココヤシの皆がアーロンの支配に苦しんでいる事実は深刻になる一方だし、私もそんなもの望んでいなかった。

そんな中で出逢ったあんたにこんな気持ちを抱くなんて、
あの瞬間、本当に私は私を殺したくて仕方なかった。









月が恥ずかしそうに雲に隠れた。

やけに空が流れるから、砂に足を取られるような感覚に陥った。

必死にもがきながら、あの背中を捜した。








「ゾロ」
その大きな背中は少し反応を示したものの、こちらに向けようとはしなかった。

「ゾロ」
もう一度確めるように呼べば、甲板全体に響いてまた私の耳に戻ってきた。

「なんだ」
トレーニングをしていたのだろう。
汗ばんだ腕が横においてある酒瓶に伸びた。
それでも決してこちらを向こうとはしない。

私は少し離れた場所に腰を下ろした。
横から見えるゾロの表情は何も映していない。


「ごめんなさい」

「なにがだ」

「・・・ごめんなさい」


会話になっていない会話だけれど、久しぶりに声を聞いた気がする。
それだけで嬉しかった。




ああ、もう手遅れだった。





「サンジ君に聞いたの」
「何を」
「この間の話の続き」
「・・・」
「だから、ごめんなさい」
「別に。おまえが俺のことをそう思ってたことには変わりねぇだろ」



「私ね」

「ゾロのこと、好きよ」

「好き」


ねぇ、こんな気持ち、知りたかったような知りたくなかったような。


何かがあふれ出して、もうどうしようもない。
どうにかその苦しさから逃げようとして、
逆に自分を追い詰めていることはわかってる。


それでも、もうダメ。




あなたでないと、私は助けられない。


あなたでないと、私は救われない。










嵌ってるのは、私のほうだ。







『そんなあいつに嵌りこんだ俺自身を俺がそんなに嫌いじゃねぇってことだ』






初めて私が人間らしく感情を乱されたあなただから、
この苦しみももどかしさも。



許してあげるわ。






「ねぇ」



「ねぇ」



「何とか言ってよ」




顔を見やれば耳を仄かに赤くしている。

私だって負けてないと思うけど。



「おまえ、ちょっとこっち来い」


相変わらず表情をこちらに向けないから、
言われたままに傍に寄れば、
そのまま腕を回して胸に抱きとめるから。




耳元で最後の通告をした。



「私も」






「あんたに嵌ってる自分、大好きよ」











いつも通りの声音で言えば、
いつも通りの悪態。







「知ってる」




FIN


(2009.03.31)

.


<管理人のつぶやき>
“そういう仲”になっていた二人の関係に危機が!? ゾロの物言いにナミが誤解してしまったのです・・・;。でもこのことがきっかけになってお互いの気持ちをあらためて確認することができましたね。超両想いじゃぁないですか!素直に想いを告白するナミさんがとても可愛かったです^^。

ペコーさんの4作目の投稿作品した。素敵なお話をありがとうございました!!

 

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