「なぁ、これ何だ?」


その愛くるしい瞳をパチパチとさせながら、
チョッパーは私とロビンに問いかけた。







魔法使いの、恋煩い
            

ペコー 様



昼食後、今まで溜め込んでいた海図の資料を整理しようと図書館へ向かうと、
先に来ていたチョッパーとロビンが本棚の整理をしていたので、
私も手伝っていた。



本棚にはクルー全員の所有する本が並べられているが、
ほとんど私達3人の物で占められていると言っても過言ではない。
だからその表紙に描かれている、いかにも場違いなその本を手にとって不思議そうに眺めているチョッパーの反応はある意味正解だ。







「あら、『シンデレラ』じゃない」
「懐かしいわね」

誰が持ち込んだのか、どんなに考えても見当がつかなかったが、
確かにそれは有名な童話だった。




レッドラインとグランドラインによって分けられている海によって、
多少なりとも文化や風習が異なるという。
伝えられている伝説や昔話も同様だが、
『シンデレラ』だけは世界共通のものらしい。




「『シンデレラ』?歴史書か何かか?」
「アラ、チョッパー。読んだことないの?これは有名な童話よ」
「うん、ドクトリーヌの書庫には医学書しかなかったから」

チョッパーは少し懐かしむような表情を浮かべた。



――当然といえば、当然か。

チョッパーはヒトヒトの実を食べたトナカイ。
この手の絵本は子供の頃に読んで聞かせてもらうものであろう。
この子に接触の機会がなくても不思議ではなかった、のに。






「どんな話なんだ?」

失敗した、と自分に失望している私をよそに、
チョッパーはその未知の物語の内容を、明るい声と共に促した。



私の心なんてお見通しなのだろう。
話そうとしない私の代わりに、ロビンがあらすじを説明し始めた。


「主人公のシンデレラは、継母や義姉に召使として日々酷い仕打ちを受けているのだけれど、健気にそれに耐える生活を送っていたの」
「可哀想だなぁ」
「けれどある時、お城で王子様のお妃様を決める舞踏会が行われることになったの。もちろん、継母も義姉もはりきってお城に向かったのだけれど、案の定シンデレラだけ留守番を命じられてしまう」


ロビンが優しく温かな声で語りかえる様子は、
『母親』を想像させるのに十分であった。
そこに目を輝かせるチョッパーがいるなら、なおさらだ。


そんな二人を見るとなんとなく、くすぐったい様な気持ちになった。








「そんな可哀想なシンデレラの目の前に、魔法使いがいきなり現れるの。
 『あなたに魔法をかけて、舞踏会へいけるようにしてあげましょう』ってね」
「おお〜〜、魔法使いが出てくるのか!」
「頭にはティアラ、全身は銀色の美しいドレスで包まれ、そして足元にはガラスの靴。
 さらにカボチャに魔法をかけて、お城へ向かうための馬車を用意してくれるのよ」
「カボチャが馬車になるのか!すげーな〜!!」
「ふふ。でもね、」




ロビンがここまで話し終えた時、コンコンとノックの音が響いて、
いい香りと共にサンジ君が現れた。



「ハーブティーと本日のおやつ、カボチャのプリンをお持ちしました」
いつものように、サンジ君は丁寧にお辞儀をしたが、
私達はタイミングの良さに笑った。






サンジ君が部屋を出て、カボチャのプリンに舌鼓を打ち始めてから、
ロビンが話を戻した。


「魔法は永遠に続くわけじゃない。いつかは終わりが来てしまうの」
「ええ〜〜〜」

チョッパーは残念そうに声を上げた。
そんな彼を見ながら、ロビンはやんわりと笑顔を見せた。





いつまでも楽しい時間が続くわけじゃない。
いつまでも幸せな時間が続くわけじゃない。


海に出ているすべての航海者が、身に染みていることだ。
否、生きているすべての生き物が、本能的に理解していることだ。





ハッと気付いて、また自分に失望した。
おとぎ話から人生観を考えてしまうなんて。




私が大人になったという証拠?







「夜中の12時を過ぎたら、魔法がすべて解けてしまう。
 そのことを念押されて、シンデレラは魔法使いに見送られてお城に向かうの。
 お城についたシンデレラは王子様に恋をし、また王子様もシンデレラに恋をする」
「一目惚れってやつだよな、よかったな!」
「でも、楽しい時間は早く過ぎてしまうもので、あっという間に12時の鐘が鳴ってしまったわ。履いていたガラスの靴の片方を残して、シンデレラはなんとかお城を出た」
「でも二人は好き合ってるんだろう?」
「そうね。それで王子様はガラスの靴を手がかりに、国中の娘にそれを履かせて、
 シンデレラを捜すのよ」
「それで?」
「無事、シンデレラの足に収まって、二人は結婚しました、めでたし、めでたし」
「おお〜よかったな〜!」
「ええ。女の子だったら、一度は憧れてしまう、ロマンティックラブストーリーね」




ハッピーエンドに喜ぶチョッパーの隣で、
私は窓際のベンチに座って外を眺めていた。
そして考えていた。








魔法使いは?

シンデレラにティアラやドレス、ガラスの靴を与えてあげた魔法使いは、
果たしてどんな気持ちなのだろうか。











「ふと思ったのだけれど、この船のクルーに結構当てはまるわね」

ロビンが突然言った。
私とチョッパーはどういうことなのか、よくわからなかった。

「シンデレラと魔法使いに立場をわけてみるの。
 そうすると、ルフィはもちろんシンデレラね」
「え〜、ルフィがシンデレラ?」
おそらくチョッパーはドレス姿のルフィを想像したのだろう。
ケタケタと笑った。
さすがに私もそれには笑ってしまう。


「王子様やお城の舞踏会をそれぞれの目標に当てはめてみるの。
 そうすると、ルフィはシンデレラ」
「じゃあ他のクルーは?」
「そうね、剣士さんもシンデレラかしら。あとコックさんも」
「おれは?!おれは?!」
「チョッパーはどちらかというと、魔法使いかしら。
 シンデレラをそこまで導くお手伝いが出来るでしょ?」


おれは魔法使いか〜、と嬉しそうにはしゃぐチョッパーを横目に、
私は先を促した。

「フランキーとウソップも魔法使いかしら。ブルックはシンデレラね」
「ふうん。じゃあ、ロビンは?」
「私?私はどちらかしら」
「ロビンはシンデレラだな!ドレスも似合いそうだし!」
未だドレス姿を基準に考えてしまうチョッパーに、ロビンはありがとう、と笑った。


「じゃあ、ナミは?」
「ナミは」
ロビンの答えを待たずとも、私は解っていた。
だから余計にさっき自分の中で湧いた考えが渦巻いた。


「ナミはもちろん、魔法使いね。
 皆を導いてくれる、唯一無二の優秀なわが船の航海士ですもの」











あのあと、みかんを見てくると言って図書館を出た。
みかん畑には行ってみたものの、全く心は別の所にあった。





ロビンの言葉に多少照れくさくて、多少喜んだが、
それでも複雑な気持ちになった。



シンデレラはいきなり現れた魔法使いのおかげで、
王子様と出会い、そして結ばれた。






たぶん、魔法使いは普段のシンデレラの様子を見ていたからこそ、
力を貸してくれたのだ。
でも。
そんな彼女をもし、
魔法使い自身が好きになってしまっていたら・・・?





ここまで考えてみると、
結局私のこの考えは自分とゾロのことに当てはめているのだと、気がついた。

シンデレラが向かう先には王子様。
魔法使いはその手前でもう役目を終えている。


シンデレラの視線の先には王子様。
魔法使いの姿、影、声、匂いさえ、入り込めない。








「どうした?」



木の陰から覗かせた顔には、少し心配がのっていた。


「なにが?」

「いや、ここに来た割にはなんもしてねぇみてぇだったし」


ゾロはそう言うと私の横に座り込んで、
その大きな掌を私の額にそっとあてた。

「熱なんてないわよ」

「ならいいが」

クスクスと笑う私を見て、ようやくゾロはいつもの表情に戻った。


「ちょっとね、魔法使いの気持ちになってたの」

「はぁ〜?魔女じゃなくてか?」



軽く脳天に一発入れてやると、ゾロは低く呻いた。






「シンデレラってあるでしょ?おとぎ話の」

「ああ」

「それをうちのクルーに当てはめてたの、シンデレラと魔法使いに」

「なんだそれ」

「みんなそれぞれ目的を持ってこの船に乗ってるけど、タイプが違うのよ。
 だからその辺をひっくるめて分類してみたの」

「それで?」

「ルフィ、ゾロ、サンジ君、ロビン、ブルックはシンデレラ。それ以外は魔法使い」

「わかるような、わからないような」

「んで、私は魔法使い。だからその気持ちになってみたの」

「それでどうしてそんな落ち込んでんだ?」

「あら、落ち込んでるように見えた?」

「長い付き合いだからな」

「・・・そうね」



長い付き合い、か。

でも、いくらともに月日を重ねても、結局シンデレラは王子様の元へ行ってしまう。

魔法使いはその綺麗になった後姿を見送るだけ。










「魔法使いは、最後まで一緒にいることは、ないのよ」


「?」






そこまで話したとき、サンジ君の声が響いた。
気がつけばもう太陽が帰っていくところだった。


「ほら、行きましょ」

「おい、まだ話終わってな・・・」

「いいから」







一度嵌った暗い思考のせいで、
正直夕飯の料理の味は覚えてない。

楽しそうに、賑やかに、いつものような食事をしていたフリはできたけど、
やっぱり心ここにあらず、だった。







食堂を出て一人になって、甲板で海を見つめた。
もうそこには太陽の光は影形も無く、
ただ闇がどこまでも続くだけ。

何故だかそんな海を見ていると、少し気分が落ち着いた。


「ナミ?」

振り向くと優しい顔をしたロビンが立っていた。


「大丈夫?」

「何で?大丈夫よ?」

横に来たロビンに笑って答えた。
でもこの人にはお見通し、かな。


「昼間のときから、少し考えているみたいだったから」

ロビンの持つ独特の雰囲気が、悩むことを許してくれている気がした。


「シンデレラは、最後は王子様のところへ行ってしまうでしょ?
 わき目も振らず、一直線に」

「ええ、そうね」

「もし魔法使いがシンデレラを想っていたら、結構酷だな、って。
 それに、シンデレラとともに最後まで一緒にはいられない」


ロビンはただ、聞いていてくれた、
私のどうしようもない、とりとめもない不安を。


「ロビンが言ってくれた様に、私自身でも私は魔法使いだと思うし、それに不満があるわけじゃない。むしろ嬉しいとも思えるんだけど、」

「剣士さんとのことを思うと、あまり喜べない?」

「・・・うん」



どうして、こんな風に考えてしまうのか。
自分でも嫌気がさす。


こんな感情になるために海に出たわけじゃない。
自分の夢を果たしたい、そう純粋に思ってこの船に乗っているのに。





「それは、貴女が女性だからよ」

顔を上げてロビンの顔を見てみると、
やっぱり優しくて、いつもより少し“オンナ”だった。




「私も果たしたいことがあってこの船に乗ってる。
一度は諦めたことだったけれど、貴女たちのおかげでまた海に出れた。
でも、そのこととナミが彼を想うことは分けて考えていいんではない?」

「・・・いいのかな」



「だって、感情があるからこそ、夢ももてるし、目的ももてるのよ」

「そうだけど・・・」

「恋を知っているから、人を愛することの強さを知っているからこそ、
 見つけられることもあるし、誰かの力にもなれると、私は思うわ」


「それに」

「?」

「貴女の場合、黙って見送るような魔法使いではないと思うけど?」


クスクスと笑い声をたてながら言うロビンに、
私はいつもの調子で少し脹れて見せた。



「大丈夫よ。むしろシンデレラの方が、魔法使いを離しまいと必死になるだろうし」



ほら、と視線を寄こした方向には、
風呂上りであろうゾロのこちらに向かっている姿があった。




「シンデレラ、交代ね」

「あ?」

首に掛けてあるタオルで頭を拭いているゾロに声を掛けると、
ロビンは部屋へと入っていった。




「何なんだ?」

「なんでも〜」



訝しげなゾロを横目に、私は笑った。
さっきのドロドロした気持ちが嘘みたいに、柔らかくなっているのが自分で分かる。



「機嫌、戻ったみたいだな」

「ん?」

「そういや昼間のことだけどな」

「あー、もう忘れて?なんでもないから」

「おまえが何のことを言ってるのか、正直ハッキリ分からなかったが」

「だから〜、忘れていいって」

「でも、大丈夫だから」

「は?」

「一緒だから、最後まで」




たぶんゾロには私の悩んでいたことは、半分も伝わっていないだろう。

それでも、





「だから変なこと、考えんなよ。
おまえがいなけりゃ、俺も、あいつらもどこへもたどり着けないんだし」

「迷子になっちゃうから?」


うるさい、と私の頭をくしゃくしゃっと撫で回す手は、
いつもと変わらない、温かさで。



ちょっと泣きそうになった。






「私なりの魔法使い、頑張ってみようかな」


「だから、おまえは魔女、の間違いだろ?」











私の横にいるこのシンデレラは、

王子様の独り占めにはさせてやらない。












そう決意して、









拳の代わりに、キスをした。




FIN


(2010.05.15)

.


<管理人のつぶやき>
おとぎ話のシンデレラから、こんな切ない恋のお話になるなんて・・・。魔法使いの気持ちになぞらえたナミの気持ちもわかります。ホントこういう立場だったら切ない><。ロビン姐さんはさすがに年の功といいましょうか^^。そしてゾロが満点解答してくれて本当によかったですね!

ペコーさんの5作目の投稿作品した。素敵なお話をありがとうございました!!

 

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