遊園地。それは子供にとって、ある時は大人にとっても娯楽の地である。
だがその娯楽の地も、時として人を恐怖に陥れることがある。
そして今、また1人、2人とその恐怖を体感する者が現れる。
パニック☆コースター
ライム 様
ある晴れた日曜日、最近オープンしたばかりの絶叫マシン満載の遊園地に、1匹のトラの着ぐるみが立っていた。
そこへ1人の少年がやって来る。
「トラさん!!風船ちょうだい!!」
そのトラは持っていた風船の束から1つ取り、少年に手渡す。
「ありがとう!!トラさん!!」
そう言って少年は両親の元へ走って行く。それを見送るトラ。
だが少年は知らない。このかわいらしくてやさしいトラが、実は眉間に皺を寄せた仏頂面の緑頭だと言う事に。
「あちィ…」
ロロノア・ゾロ、本日のバイト:遊園地で着ぐるみを着て風船を配る季節は冬だというのに、着ぐるみの中はまさにサウナ状態。彼の眉間の皺は更に深くなる。
何故この男は遊園地という似つかわしくない場所で、しかもこれまた似つかわしくない着ぐるみなんぞを着て、最悪の条件の中で風船を配るバイトを選んだのか。理由は1つ、
時給が高いから。
「そろそろ終わりか?」
今日のバイトは正午で終了。現在、12時5分前だ。
「トラさん」
帰ろうとしていたトラ……いやゾロに後ろから女が声を掛けた。
「風船4つください」
まだ正午のバイト終了時間ではない。くれと言われたらあげる、それが彼の本日のバイト。
そしてゾロが束から4つ風船を取り、渡そうと振り向くと……。
見慣れた顔が4つ、ニヤニヤしながら並んでいた。
「で、お前ら何しに来たんだよ」
場所は変わり、ここは遊園地の隅に建てられた仮設の更衣室。
ゾロはそこの長いすに座り、目の前にいる4人に問う。
「何しにって、これくれたのあんたじゃない」
そう言ってナミがチラつかせたのは、この遊園地の特別優待入
場券。隣に並ぶサンジ、ウソップ、ルフィも同じ物を持っていた。
「バイト先でもらったけどいらないからって」
「確かにやったが…何も今日来なくてもいいだろ」
「バカかてめェ。てめェがバイトしてる時に来なきゃ意味ねェだろ」
サンジが2人の間に入って言う。
「おれ達の目的はゾロをからかう事だからな!!」
「…このグルマユ」
「それよりいつまでトラになってるつもりだよ、お前」
ウソップに言われ、まだ全身トラだった事に気づいたゾロは慌てて頭を取る。
「やべェな。この暑さに慣れてきてたから忘れてた」
「なァゾロ!!それおれにも被らせてくれ!!」
ルフィがキラキラした目で見つめてくるので、ゾロは脱いだトラの頭を渡す。
「おいルフィ。暴れて物壊すなよ」
ウソップの忠告が聞こえているのかいないのか、ルフィは頭だけトラになり、あまり広いとは言えない更衣室を走り回っている。
「ったく。まァこのチケット貰って一番喜んでたのルフィだからな」
「ほんと。大学生にもなって遊園地で浮かれるなんて」
「浮かれたくもなるだろ。ここはルフィが好きそうな絶叫マシンだらけだからな」
ゾロはやっとトラから脱皮して言った。
「そうなのよ!!私達はあんたをからかうのが第一目的だった
んだけど、ルフィは来る前から本気で遊ぶ気満々なの」
「ま、今日はおれ達はルフィのお目付け役だな。お前探すまでの間も、乗りたくてうずうずしてるあいつを引き止めるの大変だったんだぜ?」
「とにかくお前らの目的は達成したんだし、そろそろルフィを自由にしてやった方がいいんじゃねェか?」
そう言ってゾロはルフィの方を見る。だがそこにいたのは、床に転がっているトラの頭のみ。
「……いねェし」
「おい!!まずいんじゃねェか!?この遊園地結構広いだろ!!見つけられるのか!!?」
ドタバタと慌てるウソップ。
「大丈夫よ。いざとなったら“迷子のお知らせ”で呼び出せばいいんだから」
それに対して冷静に言い放つナミ。
「大学生にもなって“迷子のお知らせ”かよ…」
「それに、ルフィの行きそうな場所は大体検討がついてるわ」
「やー、楽しかった!!」
「やっぱりここにいた…」
ルフィを発見したのはこの遊園地で一番恐いと言われているジェットコースターの乗り場。すでに1回乗った後らしく、満面の笑みで降りてきた。
「おっ!!お前らも来たのか!!」
「あほ。てめェを探しに来たんだよ」
サンジが蹴りを1発。
「そうだ!!お前らも乗らねェか?おれももう1回乗りてェし!!」
ルフィは後ろのジェットコースターを指差す。このジェットコースターは室内ジェットコースターのため、どういう風になっているのか外からはさっぱり分からない。だがありえない大きさのこのドームを見れば、相当恐いのだろうという想像がつく。
「うそっ!?あんなのにまた乗るの!?私はパス。こういうの絶対ダメ」
「おれもバイトで疲れたから乗らねェ」
速攻でナミとゾロに断られたルフィは、残る2人を見る。
「おれもパスだ。第一ナミさんとマリモを2人っきりにさせるもんか!!」
サンジもやっぱり拒否。
「おおおおれもパスだ!!!それにおれは“ジェットコースターに乗ると鼻が短くなってしまう病”に侵されてるしな!!」
「何だ、ならお前乗って来いよ。短くなった方がすっきりしていいだろ」
ウソップも当然ながら拒否したが、ゾロのこの一言にルフィがしっかり反応。
「よし、じゃあウソップは決定!!」
「こら待て――!!!この鼻はおれの大事なチャームポイントなんだ!!第一、短くなったら誰だか分かんなくなるだろ!!」
「大丈夫!!分かる!!」
ルフィにきっぱり言い切られ、ウソップは道連れ1号に決定。
逃げられないようにしっかりと腕を掴まれている。
「サンジ!!お前も乗ればそのグルグル、直るかもしれねェぞ!!」
「直るか!!!むしろ直す気ねェし!!」
「まァいいじゃねェか。行くぞ!!」
そしてサンジも道連れ2号に勝手に決定され、話を聞かないルフィに引きずられ乗り場へ直行。
「おいこらルフィ!!離せっ!!おれはナミさんのお傍にいるんだ!!」
「ルフィ!!頼む、離してくれ!!お前この乗り物の謳い文句知ってるのか!?“死んだおじいちゃんに会えるかも”だぞ!!?」
「何っ!?おれさっき会えなかったぞ!?やっぱもう1回乗らねェと!!」
「いや、会えねェから!!むしろ会ってたまるか!!!」
そんな2人の抵抗も虚しく、すでに3人はシェットコースターの中。それに日曜だというのにお客は3人のみだった。
「ぎゃ―――!!降ろしてくれ――!!」
『お客様、ベルトをしっかりとお締め下さいませ』
叫ぶウソップに係員がアナウンスする。
「ベルト?そういやこの乗り物、普通付いてるはずの安全バーがねェ」
サンジは周りを見渡して言う。確かに、あるのは飛行機に付いているような、腰辺りで固定する細いベルト1本だけ。
『当乗り物は、予算不足のため安全バーの替わりにベルトを使用しておりますが、安全性には何の問題もございません』
「「いや、思いっきり問題ありだろ!!!」」
『それではみなさん、逝ってらっしゃ〜い』
「「漢字!!漢字間違ってるから!!」」
そして3人の乗ったジェットコースターは無情にも発車してしまった。
一方、ジェットコースターの下では。
「それにしてもこれ、中どうなってんのかしら」
「さァな」
ナミとゾロがベンチに座りながら、3人が乗ったジェットコー
スターを見上げている。
「しかも日曜日だっていうのに、お客さん全然いないじゃない」
「できたばっかの頃はかなりいたぞ?」
ゾロはこの遊園地がオープンした当初から着ぐるみのバイトをしているので、内部事情には詳しい。
「だけどな、乗り終わった奴らが全員青ざめてたり白目剥いたりで、1週間後にはこのありさまだ」
「よっぽど怖いのね…。よかった、乗らなくて」
ナミは心の底からそう思った。
「……なァナミ」
「ん?」
ジェットコースターのドームを見上げていたナミに、ゾロが声を掛けた。
「あいつら置いて帰ろうぜ」
「は!?何言ってんの!?置いてってどうするのよ!!」
「いいから行くぞ!!」
「ちょっ…!!ちょっとゾロ!?」
ゾロは強引にナミを連れ出した。
「よかった、いきなり猛スピードで走り出したらどうしようかと思った」
発車したジェットコースターに乗っているウソップは、少しほっとしていた。
3人の乗ったジェットコースターは真っ直ぐなレールをゆっくりと走っている。乗り場はドームの外にあるため、これからドームの中に移動するのだ。
「お、ここからちょうどナミ達がいるところが見えるぞ」
ウソップの後ろに座っているルフィが、身を乗り出して下を覗く。ただ真っ直ぐ進んでいるだけだが、高さはそれなりに高い。
「ナ〜〜〜ミさ〜〜〜んvv…っておい!!!ナミさんがクソマリモに拉致されてるじゃねェか!!」
目をハートにしながら手を振っていたサンジは、去って行く2人を見つけると一変。
「何だあの2人帰るのか。じゃあな〜!!」
「じゃあなじゃねェ!!あのマリモ野朗め!!!おれは降りる!!止めろ!!」
サンジはベルトを外そうと必死。だがそんなサンジを後ろのルフィがにこやかに止める。
「まァいいじゃねェか!!あいつらお互い好き合ってるのに、な〜んにもねェんだぞ?だから今日は2人っきりにさせてやろうぜ」
「てめェルフィ!!最初っからこのつもりだったのか!!?」
「2人とも暴れるな!!おれが落っこちるだろーが!!」
3人が言い争っているうちに、ジェットコースターはドームの中に突入。そしてほぼ直角に近い角度でぐんぐん上っていく。
「暗いと思ってたけど外と変わらねェぐらい明るいじゃねェか。これドームにする意味あんのか?」
「どんなものか乗ってみなきゃわからねェって風にしたかったんだろ。それよりあのマリモだ!!」
サンジは少しイライラしながら答える。
「ってことはやっぱりそれなりに怖いってことだよな!?ぎゃ―――!!やっぱり降ろしてくれ―――!!」
「お前ほんとにここで降ろしてほしいのか?」
上りながらウソップとサンジが話しているその後ろで、ルフィは“おもしろいんだぞー”とか“絶対お前らももう1回乗りたくなるって!!”など言っていた。
やがてとんでもない高さまで上ってようやく頂上に着いたジェットコースターは、その場で一旦停止した。
「ん?何だ故障か?……って何だこりゃ―――!!!」
ウソップはそこから下を見て叫ぶ。
「レールが!!レールが途中でなくなってるじゃねェか!!」
下りのレールは途中からぷっつりと途切れており、続きは少し離れたところから始まっている。まるでスキーのジャンプ台のようだ。
「このまま行ったら地面に激突だろ!?どうするんだよ!!!」
「あァこれは……」
すでに1回乗っているルフィが説明しようとした時、止まっていたジェットコースターが動き出し、ものすごい勢いで下っていく。
「ルフィ!!おいこれどうなるんだよ!!!」
サンジも慌てて叫び、隣のウソップはすでに家族に別れの言葉を言っている。
「これはな、飛ぶんだ」
「はァ!!?」
そしてレールの切れ目に差し掛かった瞬間乗っていたジェットコースターの横から翼が飛び出し、レールを離れて宙を飛び、続きのレールに着地した。
「…………飛んだな」
「な?飛んだだろ?」
ルフィは楽しそうに笑っている。
そう。まさに字の如く“飛んだ”のだ。スキージャンプのように。
「それとおれが内緒で庭に埋めた高校時代の通知表、あれはおれの遺体と一緒に燃やして……っておれ生きてる!?」
ずっと目をつむって家族への遺言を口走っていたウソップは、自分が無事な姿でいることに驚いた。
「おい!!何でおれ生きてんだ!?あのまま地面に激突して…ってそうか!!さてはここが天国とやらか!!そうかどうりでおかしいと思……」
“ゴンッ!!!!”
「いてェだろ」
「あァいてェ…。そうか、おれは生きてるのか…」
大きなタンコブのできた頭を押さえながら、ようやく現状を把握したウソップ。だが、またしても目前に迫るありえない状況を見て叫び出す。
「ちょっと待て――!!何だこのレールは!!」
ウソップが目にした物。それはジグザグのレール。しかもジグザグしながら上り下りを繰り返すようになっている。さらにその後には何回回転するのか分からないループが、大きさバラバラにいくつもある。
「ありえないだろ、こんなレール!!」
そして叫んだ直後にそこへ突入。
“ガコンガコンガコンガコン!!!”
ジグザグに進む度に鳴る音。
「く、首ッ……!!折れッ……!!いだッ……!!」
そして曲がる度に左右に激しく振られる首。
「だははははっ!!!楽しいなァ!!」
さらに全く動じてないルフィの笑い声がドーム内に響き渡る。
ジグザグレールの次はループ。休む暇なくどんどん回る。
「ぐあァああ!!!目が……!!目が回る!!!」
「どっちが上でどっちが下でおれはどっちだ!?」
マユゲ同様目までグルグルのサンジと、回りすぎてもはやわけが分からなくなっているウソップ。
そしてひとしきり回った後、ようやく普通のレールに戻った。
「……なァ。おれの首ありえない方向とかに曲がってねェか……?」
「……あァ。今のところ大丈夫だ……」
「お前の首も大丈夫みたいだぞ…」
お互いの首の無事を確認しあうウソップとサンジ。そこへルフィが後ろから顔を出す。
「なァ、いつじいちゃんに会えるんだよ」
「「まだ言ってんのかてめェは!!」
「だってよ、もうすぐ終わっちまうんだもん」
口を尖らせ、いかにも“つまらない”という顔をするルフィ。
「何、もうすぐ終わるのか!?」
それに対し、うれしそうに言うウソップ。
「案外短いんだな」
「あァ。あそこにぶつかって戻って終わり」
「「ぶつかって戻って?」」
ルフィの指差す先には、3人の行く手を遮るかのように白い大きな物体が現れた。
「壁!?何で壁があるんだよ!!今度こそぶつかってあの世逝きか!?」
「いや、壁じゃねェ!!布だ!!」
サンジの言う通り、行く手を遮っていたのは壁ではなく大きな布。レールはその布めがけて延びているため、ぶつかるのは目に見えている。そして上の方にはご丁寧に注意書きが記されてあった。
“この布はトランポリンのような素材で出来ております。ですので、とんでもなくぶっ飛びます。しっかりとベルトにお掴まりください”
「トランポリンって…………戻るってまさか…………」
「これにぶつかって反動で今来た道を戻るってことか……?」
2人はおそるおそる後ろを振り返る。満面の笑みを浮かべたルフィは、迷いもなく言い切った。
「あァ」
布はもう目の前。
「「ふざけんな――――!!!」」
そして2人の叫びが終わらぬうちに、ジェットコースターは布に激突。一度大きくへこんでから、行きの倍以上あるスピードで今来た道を戻る。しかも後ろ向きで。
「「ぎぃやぁあああああああああ!!!!!」」
プルルルル……プルルル……
遊園地の駐車場でバイクを動かそうとしていたゾロの携帯が鳴った。
「おう、ルフィ。終わったのか?」
『あァ、今下りたところだ。お前らは?』
「駐車場。これから出るところだ」
バイクの後ろにはすでにヘルメットを被らされているナミが。
『そうか!!ならよかっ…あ、おい!!』
『クソマリモめ!!ナミさんをどこに連れて行く気だ!!!』
ルフィの携帯を奪って怒鳴り散らすサンジ。
「何だ、てめェ生きてたのか」
『あァ!?てめェどこにいやがる!!今すぐそこに行っておれが……うっ!!…ゴトッ!!』
「?おい、何だって?」
何かが落ちる音がして、サンジの声が聞こえなくなった。そして代わりにルフィの声が。
『もしもし?何かサンジの奴、おれの携帯投げ捨てて便所に駆け込みやがった。口押さえながら』
「…そうか。ウソップはどうしてる?」
『ウソップ?あいつは“おじいちゃんどころか武士にも会っちゃった”って連呼しながらベンチで寝てる』
「わかった…。とりあえずおれ達は先に帰るから、そいつらの面倒はお前が見ろよ」
『おう、わかった!!じゃあな〜!!』
ゾロは携帯をしまうとヘルメットを被る。そして後ろのナミに言った。
「マユゲと鼻の奴、当分学校こねェな」
その後、5人の通う学校ではある噂が流れた。
サンジのマユゲが真っ直ぐに、ウソップの鼻が短くなった……とかなんとか。
-おわり-
(2004.03.26)Copyright(C)ライム,All rights reserved.
<管理人のつぶやき>
タイトルから、変わった趣向のジェットコースターなんだろうと予想はつきますが、こうまで奇想天外とは思いもしなかった。恐れ入ったよ、ライムさん!
そんなコースターを「楽しかった」と豪語するルフィはやはり只者じゃない・・・。
道連れになったサンジくんとウソップは本当にご愁傷さまでした(合掌)。
しかもその間、ゾロはナミを連れ出す(ここで色めきたつ管理人)。んで?この後、どこへ行ったの?(笑)
それを上から目撃したサンジくんは、まさに踏んだり蹴ったりだったね(^_^;)。
ライムさん、猛烈に楽しいお話をどうもありがとうございました♪