約束
            

ラプトル 様




それは決して“愛”などと綺麗な言葉で片付けられる関係ではなかった。
どちらが求めたのかすらもう思い出せなくなっていた。
それはただの気紛れか、はたまた酔余の戯れか。
そんな事はもうどうでもよかった。
抱き合っても甘い囁きなどあってはならない。
ましてや愛の言葉など以っての外。
この関係をキープする為にそう決めた。
ただお互いに都合が良かっただけの事。そう割り切る事にした理由さえ探そうともしなかった。
「ねえ、私が斬れる?」
情事が終わって数分後に女がそう聞いてきた。
男は少し惚けていたのか女の言葉を理解するのに数秒かかった。
「何を言っている」
目だけで女を見た。
その豊かな胸を隠す事さえせず右肘で身体を支えて何も読み取れない眼をしていた。
時々女は遠くを見るような眼で男を見る。何を見ているのかわからない。その眼に何を言って言いのかわからない。ただ一つ言えるのは。
男を見ていない。
だから男は手を伸ばす。たとえ割り切った後腐れも無い関係だとしても、いつの間にかこの腕を擦り抜けて行きそうで。
いつか手の届かない所へ行ってしまいそうで。
「あんたに私が斬れる?」
その白い刀で。
そう言って女はベッド脇に立て掛けてある白い刀にゆっくり手を伸ばす。
「お前を斬る理由が無い」
女の手がそれに触れる前に即座に言った。
そう、この女を斬る理由が何処をどう探しても見つからない。
仮に見つけたとしてこの女を斬れるのか。わからない。
「私を斬るのに理由なんて要らないわ」
私を斬る理由なんか探さないで。あんたにしか出来ない事なのよ、そう言いながら胸の傷を右腹から傷沿いにゆっくりなぞった。
決して死にたい訳じゃない。大切な夢をまだ叶えていない。だから死ぬ事は許されない。
それでも、この男に斬られて死ねるのなら本望、そう思う自分がいる事に気付いている。
「お前がいつか、本気でそう望むのなら斬ってやる」
今夜の女の言葉は気紛れ。そんな事は気付いていた。
女は、ズルイわよその言葉は、そう言った。
「じゃあ約束して」
突然女が男の上に四つん這いになった。全裸でその格好はひどく扇情的に見える。だが互いに瞳は逸らさない。逸らしてはいけない。「私より先に死なないで」
冷静に淡々とした口調で言葉を放った。別にこの男が好きだとかそんなつもりはないけれど。
だけどこの男に対して妙な情が存在してるのにはもう随分前から気付いていた。
「あんたが死んだら誰が私を斬るの」
尤もだと思った。同時にこの女らしい、とも思った。
その挑戦的な瞳がいつも俺を揺さぶる。その挑発的な笑みがいつも俺を興奮させる。別にこの女が好きな訳じゃない。そんな甘ったるい感情じゃない。
ただいつの間にか求めていた。求めた理由など忘れてしまった。
でもこの女でなければいけなかった。そう思う自分に戸惑った。
「約束は出来ない」
きっとお前が望む生き方は俺には出来ない。だからその約束は果たせない。
「それでも約束して」
わかってるわよ、あんたがそんな約束出来ないって。戦闘の時はいつでも血を流して、いつでも血の臭いがして。そんなあんたが大嫌いよ。それでもこの男から離れられない自分を知っている。
「わかった」
男は目を閉じてフッと笑った。
まったくこの女には敵わないと改めて思い知らされた。
知っているのだろうかこの女は。自分もまた同じ様にそう思っていることを。
「わかればいいのよ」
女は笑ってそう言った。
女は男の上から退いて仰向けに勢いよく寝転がった。
結局私達は似た者同士なのよ。一人で生きてきた事も失くす傷みを知っている事も。だからこうやって奇妙な関係をもっている。
決して愛なんかじゃない。
むしろ同情。それで繋がっている私達は何処かおかしいのかしら。そんな事を思いながら笑みを浮かべる。
「もう朝だな」
でかいあくびをしてむっくり起き上がる。服を身につけて部屋を出る準備をする男に上半身だけ起こして問い掛ける。
「シャワーだ、お前も来るか?」ズボンはしっかり穿いてシャツは肩に乗せている。頭をボリボリかいてこちらを見ずに言ってきた。「後でね」
つれねェ女だ、そう言って扉を開けた。
「だがまあ」
扉を開けたまま男はあの皮肉った笑みでこう言い放った。
「お前を守って死んでみるのも悪くない」
部屋には扉が閉まった音だけが響いた。
少しの間惚けていた女は意識が戻った途端に男が出て行った扉にこうぶつけた。
「どんな殺し文句よっ!!」
あの皮肉った笑みが頭から離れない。やられたと思った。

参ったわ…ちょっと心が揺れたじゃないあのバカっ!
朝食の時に一発殴らなきゃ気が済まないわ!
などと物騒な事を考えながら服を着た。





あいつが死んでも私は泣かないだろう


そんな甘ったるい関係じゃないけれど


そんな愛なんて柄じゃないけれど


お互いの死をも背負って生きていけるような



お互いの死すら心に刻み付けられるような



きっと私達はそれでいい…



FIN


(2006.06.14)

Copyright(C)ラプトル,All rights reserved.


<管理人のつぶやき>
ラプトルさんの作品には硬質なイメージがある・・・・肉体よりも精神に重きが置かれている。
しかし、今作はゾロとナミが肉体関係にあります。これにまず非常に驚きました。
そしてラスト。ゾロがナミにシャワーを一緒にだって!(きゃv) 更にゾロの殺し文句!(悶絶)

ラプトルさんの10作目、新境地の作品でありましたーー!いやぁ、参りました^^。

 

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