通り雨
ラプトル 様
その日は午後から雨が降ってきた。
ゾロとナミは昼前から“暇”とお互いの意見の一致でとりあえず“暇潰し”と云う“散歩”をしてた時だった。
「ちょっと!冗談じゃないわよもう!」
「つべこべ言わずにとっとと走れ!」
雨を手で防いで雨宿りの場所を走りながら探す。
ちょうど河川敷沿いを散歩していた為、橋の下が雨宿りの場所となった。
「天気予報じゃ今日一日晴れって言ってたじゃない!詐欺よ詐欺!」
ただ今の天候は雨、ナミの気分は嵐…たまに雷…。
大雨じゃないのが幸いだがそれでも濡れた方だ。
「じゃあ騙された俺らがアホだな」
短い髪をガシガシと掻いて乾かすゾロに未だに怒りが収まらないナミが突っ込む。
「何であんたはそんな冷静なのよっ!」
ナミの金切り声が橋の下に響く。ゾロはうんざりした表情で耳に小指を突っ込みながら、あーうるせェ、と呟いた。
「まったく!誰よ散歩するっつった大バカはっ!」
「おめェだろ」
ゾロが即突っ込む。
「あんたもでしょっ!!」
ナミも即座に突っ込む。
あ〜もう最悪っ!
ぶつぶつ文句を垂れてはいたが腹を立ててる事に疲れたのか、その場に座り込んだ。
ゾロもその場に座り込み腕を枕にして仰向けに寝転んだ。
「芝生の布団てのも悪くねェな」そのチクチクした感触がゾロにはたまらんらしい。
ナミは手の平で芝生をそっと触ってみた。
さわさわさわさわ……
ちょっと気持ちいいかも…。
さわさわさわさわ…
さわさわさわさわ…
指の間に芝生を挟んだり時には強く押してみたりする。
さわさわさわさわ…
「…お前…楽しいか…?」
隣が静かなのに気になったゾロが隣を見れば、芝生で遊んでいるというか、ただその感触の虜になっているのかナミは無言で芝生を触り続けていた。
「べっつにぃ」
適当に返事を返すナミに、ダメだこりゃ、と諦めて目をつぶる。
と、目をつぶって一分も経たない内に
「…飽きたわね」
と云う呟きが聞こえたもんだからどっちだてめェは、と口には出さずに心の中で言った。
目を開けて遠くを見れば雨はまだ降っている。橋の下にいる為、車の音や雨の音がはっきり聞こえる。
車の音はただの騒音で気分は悪いが、車が通過していない時の橋にぶつかる雨粒の音や雨が降る音とでもいうのか、それらが何故か心地良い。
たまにはこういうアクシデントも悪くねェなぁ、とまた目を閉じた。
「まだ…止まないわね…」
橋の外を見ながらナミが言う。
膝を抱え込んで膝の上に顎を乗せる。
お互いに無言。
この沈黙をお互いに壊したくない。
この沈黙が二人にとってはひどく心地良い。
降りしきる雨音さえ二人にとっては安らぐ音だった。
それからどのくらい時間が経ったのだろう。
いつの間にか雨は止んでいた。
その事に気付いたナミが隣で寝ているゾロを呼ぶ。
「ねえ、雨止んだわよ」
ナミの声で目を覚ましたゾロは一度ナミを見てそれから外を見て雨が止んだのを確認した。
外は少しだけ雲の切れ間から陽の光が射していた。
どうやら通り雨だったらしい。
「天気も気紛れ、こいつも気紛れってわけだ」
独り言のつもりだったがどうやらナミに聞こえてしまったらしい。「…何か言った?」
いやはや、地獄耳とはこの事だ。
その綺麗な目元を細めて睨んでくる。
「何も」
そう流せば
「ふんっ、何よ」
そう言って立ち上がる。
その拗ねっぷりもまたゾロにはたまらんらしい。
尻を手で叩いて芝生を落とすナミに、少し微笑みながらゆっくりと立ち上がる。
「さてと、行くか」
外を見遣ればもう夕方の時刻だろう。
涼しい風が吹いてくる。
ナミは橋の下から出て川辺の方に向かっていく。
「ん〜涼しい〜!」
両手を思い切り上げて大きく雨上がりの空気を一杯に吸い込む。
プハァ、と息を吐き出すと同時に両手も下ろす。
「雨上がりの匂いって好きよ、私」
しゃがみ込んで川の水に手をつけながら言う。
それって何かいいじゃない、そう言って、ちょっと冷たくて気持ちいい、と微笑みながら呟いた。
「そうしてりゃ少しは女らしく見えるんだがな…」
軽く腕組みをしながらナミを見つめて片方の口端を少し上げて苦笑した。
頭ではわかっている。
その鮮やかなオレンジの髪も、整った顔立ちも。
いい女だと、そう思う。
そのやたら口がよく回る所や、そのおかげで何だかんだ言いくるめられて結局は言いなりになってしまう所とか。
あの気紛れの部分や意地っ張りな所とか。
それらも含めていい女だと、そう言うのならそうかもしれない。
たまにはこういう汐らしい姿も見たいと思うのは身勝手なのだろうか。
「よし、いつまでも突っ立ってないで帰るわよゾロ!」
立ち上がって風に舞う髪を耳に掬う。
その口の悪さも何とかならねェのか、そう思いながらも返事を返す。
「へいへい」
ポケットに両手を突っ込んで歩き出す。
両手を後ろに組んで鼻唄を口遊むナミに連いていく。
「まったく…何処までも気紛れな女だ」
改めて思う。まるで猫だぜ…。でもそれもまあ悪くない。
俺もつくづく甘いな…。
「何処までもバカなあんたよりは随分マシよ」
顔だけ振り返って、ふふん、と満足そうに笑った。
「…かわいくねェ…」
しかめっ面で吐き捨てる。
口では勝てない事を知っているから結果的にはせめてもの悪あがきをする羽目になってしまう。
「別に構わないわよ」
そう思ってくれて、そんな事を言うからこいつには敵わないといつも知る。
そんなやり取りをしている内に“散歩”の道へ戻った。
「案外暇つぶしになったな」
ただの通り雨だったがただ散歩していただけではつまらなかったろう。
「まあそれなりにね」
ちょっと横目でナミを見ればまたさっきの鼻唄を微笑みながら口遊んでいる。
「そうか」
こんな日もたまには悪くねェな。少し茜がかった空を見上げてぼんやり思う。
「ねえ」
しばらくナミの鼻唄を聞きながら歩いていたら突然ナミが口を開いた。
「また、来る?」
橙色に染まる川辺を眺めながらナミはゾロに聞いた。
ゾロは川の水の色とこいつの髪の色が似てるな…と、どうでもいい事を思っていた。
そうだな、と素直に返そうかと思ったがささやかな復讐をしてやろうと決めた。
「ま、お前がそう言うなら来てやってもいいぜ」
ニヤリと笑ったゾロに、しっとりとした表情を一変させて風船の様にナミはむくれた。
「ふん!何よっ!」
一気に歩くペースを上げたナミがスタスタと前を行く。
それを笑いながら連いていくゾロ。
偶然出会った
通り雨に感謝しながら
FIN
(2006.07.03)Copyright(C)ラプトル,All rights reserved.
<管理人のつぶやき>
通り雨に見舞われて、しばし雨宿り。
雨の音は優しくて、心の鎧を解くのかもしれません。いつもは見えなかったことが見えてきたり・・・。
ゾロがナミのことを見直してくれて、とても嬉しく感じました。まさしく通り雨に感謝です^^。
ラプトルさんの12作目で、初の現代パラレル作品です。おおー、新境地だわー!
ご投稿どうもありがとうございました!