例えば夢とか例えば生死を彷徨っている時とか
例えば死者に逢えるのだろうか…
追憶
ラプトル 様
”アーロンパーク”崩壊。村人は歓喜した。
ナミは四人の英雄の前に立っていた。
声を掛けると共に一人ずつ握手を交わしていった。
「ルフィ、ありがとう」
あんたはずっと信じていてくれた。裏切った私を。一切疑わずに。どうしてそんなに信じられたの。
あんた達を裏切ったのに。
”手を組んでいた”つもりだった。だがこの男達は居心地がよかった。
気付けば仲間としてあの船にいた。
私は手を組んでいただけなのに。もう潮時だと思った。これ以上この男達と共にいたら私が私でなくなってしまうような気がしたから。
これでこいつらが私を諦めればそれで良かった。
でもこいつらは私を追ってきた。
ルフィは信じて追ってきた。私という仲間を迎えに。
裏切られ利用されたと知った。悔しかった。憎かった。何にすがれば良いのかわからなかった。
だけどいた。この男達が。本当の仲間が私のそばにいた。
「ししししし、おう」
ルフィはそう笑った。無邪気な笑顔。誰よりも仲間を大切にする男。
あの時ルフィは言った。
俺は助けてもらわねえと生きていけねえ自信がある!!
自分の弱さを否定しなかった。人は一人で生きられないと知った。こいつの言葉で。
強いと思った。
握手を交わした強く強く。
本当にありがとう。
「あんたもね、ありがとう」
ナミは右手を差し出した。
あんたは一番に追ってきたけれど。あの時は正直邪魔だったわ。
あんたはルフィと違うから。私を最初から信用してなかったと言った。
安心したわ。その言葉を聞いて。
私を試すように海に飛び込んで。死んだらどうするの。私に発破かけて。さすがにカチンときたわよ。あれは。
突然ゾロがナミに倒れてきた。丁度ナミに被さる体勢。
「な、ちょっと!ゾロ!!」
何してんのよ!!何で抱きついてくんのよ!!
お、なんだなんだ
お、お前らそういう関係だったのか
こら、てめえ!!ナミさんから離れやがれ!!
ちょっとゾロ離れなさいよ!!
ナミはゾロの身体を戻そうと胸に手をおいた。
嫌な感触がした。知っている感触。この感触は。
血。
!!!
冷静になれば耳元ではゾロのハァハァと荒い呼吸がする。男の身体が熱い。
まさか。
「ちょっと!ゾロ!!ねえ!!」
意識あるんでしょ!ねえ!!ちょっと聞いてんの!!
ああ…まずいな…意識がぶっ飛びそうだ…
ナミがルフィに何か言ってるがそんなものは聞こえなかった。
そんなものを聞いている余裕はなかった。
まさかこれ程きついとは思わなかった。
何だろう。これが死の境地ってやつだろうか。違う気もまあするが。
意識を保つのがそろそろ限界になってきた。
胸の熱が全身を駆け巡る。とてつもなく熱い。
まるで火の中にいるようだ。
ナミが話しかけてきた。だが何も聞こえない。もう何も聞こえない。
くそっ…駄目だ……
目の前が真っ暗になった。
ここは…何処だ…
闇の中。何処を見渡しても闇。漆黒の闇。光を探す。それすら見えない。
これは夢か、はたまた生死の境目か。
いずれにしろ死はもうすぐそこまで来ている。
俺は…死ぬのか……
その時。光が差した。眩しく幻想的な光が辺りを照らす。
こいつぁ…月…か
黄金に輝く満月。それはいつか見たような月だった。その下で勝負をしたような気がする。
誰だったか。思い出せない。
「弱いわね、相変わらず」
聞き覚えのある声。月光の下佇むのは。
目を見開いた。お前は……
くいな。
白い道場着を着て短い黒い髪は月光で仄かに金色に輝く。腕を後ろに組んで静かに立っていた。
違和感を感じたがすぐに気付いた。幼い時いつも持っていた竹刀を持っていない。
少女はあの頃のまま。闇の中の月光を背負って、静かな夜を背負って。
ただ今にも消えてしまいそうで。あの時のように。
何故かあの頃のくいなではない気がした。知っているくいなではない気がした。
あの気がやたら強くて人を小馬鹿にしていたくいなではない気がした。
哀しげにそして儚げに佇んでいたから。
━男のくせに━
変わっていないものと云えば。この皮肉めいた口調だけか。
「何をしているのと言っているの」
倒れたままで。立ち止まる事はできないんでしょう。
「うるせえ」
思ったより声は掠れていた。このやりとりをもう何度やったことだろう。
勝負しては負け、勝負しては負け。その度にこうしてあいつは憎まれ口を叩く。
「私との約束はどうしたの」
わかっている。必ず果たす。お前との約束はいつしか俺の野望となっていた。
そして俺の野望はお前との約束だ。
「俺は誓った。お前に。この刀に」
そうだ。確かに誓った。俺の中でも。気付けばくいなの形見”和道一文字”を握り締めていた。
お前はいつまでもこの刀の様に俺の中で綺麗なまま。白くて強くてそしてどこか儚げで。
くいなはあの夜泣いた。
女である事を嘆いた。
成長すれば男には敵わなくなる事をこいつは知っていた。
それが悔しくて。こいつの弱さを見たくなかった自分がいて。
いつも勝負を挑んで俺に勝つこいつばかりを見てきて。自分を見下している方がこいつには似合っているから。
だからこいつが泣く姿なんて見たくなかった。
それにたかが男だとか女だとかそんな事で勝負をして仮に俺が勝ってこいつが負けたら。
それは女だから負けたということになるのか。ただそれだけの事で。
勝負に性別は関係ない。
「一人の剣士として」
お前に勝ちたかった。男女云々抜きで。
「一人の剣士として」
くいなが繰り返した。恐らくその言葉は剣士である者の誇りある言葉。
くいなはもう一度繰り返し呟いた。
その表情は穏やかだったが悔しさを感じ取ることが出来た。
もう俺と勝負すら出来ない。それどころか剣士として生きる事も出来なくなったのだ。
これ程悔しい事はないだろう。
共に競い合う事も出来ず、高め合う事も出来ず。
「お前を超えたかった」
いつも俺の前にいたお前を。すべてにおいて俺に勝っていたお前を。
この手でお前に勝ってそしてお前を超えたかった。
例え”鷹の目”に勝ったとしても。
もうお前を超える事は出来ない。
違うわ。くいなは強く言った。
「あんたが世界一になった時。その時あんたは初めて私を超えるの」
くいなはそして静かに言った。
私はその刀になった。
私はいつまでもあんたの心に居るから。
私はいつまでもあんたの”想い出”としてあんたの中に存在してるから。
あんたは私を忘れる事なんて出来ないから。
その刀がある限り私はあんたと共に生きてるって思う事が出来るから。
どうか願わくば。私を超えて…
くいなを改めて見た。くいなは月光に照らされていた。
「ゾロ」
夜風が吹いた。くいなの黒い髪を優しく撫でるように攫った。
「強くなって」
くいなはその髪を耳に掬い上げた。その仕草は少女のそれではないような。
こんなにもこの少女は美しかったのだろうか。姿も声もあの頃と全く何一つ変わっていないと云うのに。
なのに今は何故こんなにも美しいのだろうか。あの頃はそんな事を一度も思った事などなかったのに。
満月の下だからか。月光で照らされているからなのか。
どうしてこの少女はこれ程までに”月”が似合うのだろうか。
そうだ。こいつは”月”に似ているのかもしれない。神秘的とは違うのだろうが。
何だろう。一人淡く儚く輝いているのが”月”なのだと思う。
それとくいながあまりにも似すぎているような気がしてならない。
「なるさ」
強くなってやる。お前との約束だから。
必ず。
少女を見ていたら何故だろう。嬉しさと哀しみが胸に募ってきたのだ。
そうか。そうだ。
くいな…
俺はお前に
逢いたかった…
そう言ってしまったら涙が一筋流れた。
ずっとお前に逢いたかった。
こんな形でもいい。
一目お前に逢いたかった。
もう逢えないと思っていた。良かった。逢えた。
「そう」
私もよ。くいなは優しく笑った。人を馬鹿にしたような笑いではなくいつもの余裕の笑みではなく。
こいつのこんな優しく静かな笑みは見たことがなかった。
こんなに綺麗に笑っただろうか。この少女は。
「生きなさい」
あんたは。急がなくていいの。ゆっくりでいいの。あんたには死はまだ早いわ。
私のいる場所はあんたが来るべき場所じゃない。
「見ていてあげる」
あんたが辿りつく場所を。あんたが何処まで行けるか。
私を超えるのか。見ていてあげる。ここから。
見守っているから。
「ああ」
見ていろ。そこで。そして聞け。俺の名を。必ず届く。
「約束よ」
ゾロ。
くいなの姿が段々と消えて行く。それをずっと見ていた。不思議と名残は感じない。
それどころかその姿が消えていく事さえも綺麗だと思った。
俺は剣士
私は剣士
お前は剣士
あんたは剣士
いつか戦える時が来たのなら
いつか戦える時が来たのなら
お前と
戦いたい
あんたと
”一人の剣士として”
”一人の剣士として”
くいなは消える瞬間に言った。
「彼女が待ってるわ」
行きなさい。
彼女の元へ。
ゆっくりと眼を開けた。その先には見知らぬ天井が。
すると横から声がした。
「どう。身体は」
知った声だ。その声はひどく落ち着いている。
眼だけで声の主を見た。
眼に飛び込んできたのは。
橙の髪。
そうか。お前か。あいつが言っていたのは。
「悪くない」
少し頭がぼやけるだけだ。
「そう」
本当は否定したかったがゾロの顔が穏やかだったから。
否定する気も失せた。この男が生きているならそれでいい。
「ずっといたのか」
ここに。俺の為に。
「そうよ」
あんたが倒れたから。あんたが死にかけたから。
ずっと看病してあげたのよ。
「お礼は」
「ああ。ありがとう」
確か同じ事をこいつに言った記憶がある。
「向こう、行く?」
ナミがやけにやかましい方を指した。
ああそうか。歓喜の宴か。
「いや。いい」
行ったら行ったであいつらに巻きこまれる可能性もなくもない。
それになかなか面倒だ。
「お前はいいのか」
宴の主役だろ。行かなくていいのか。
「いいの」
ナミはそう言った。その顔は心なしか嬉しそうに見える。
あんたが目覚めてくれたからいいの。宴なんて。
それにどういうわけかあんたと二人でいたいと思ったの。
「そうか」
こいつが行かないのならそれでいい。むしろその方がいい。
こいつと二人は滅多にないだろうから。何故か心地良いと感じるのはどうしてか。
まあいいさ。
「あんたのそばにいてあげる」
しょうがないから。あんた一人じゃ寂しいと思うから。
あんたのそばにいてあげる。
「そうかい」
そいつぁどうも。
ふと考えたらこいつとあいつは似ているのかもしれないと思った。
この気がやたら強い所とか。すぐ人をぶん殴る所とか。意志の強い眼とか。
似てやがる。だがそれも悪くない。
俺はお前を忘れない
お前は俺と共に生きている
この刀はお前
聞けくいな
この女は俺を俺達を導く女だ
俺が俺の仲間が誇れる女だ
この女がいる限り俺の野望は途切れることはない
そして辿りついた先で
お前と共に世界一になれればいい、そう思う
なあ。
友よ……
FIN
(2005.04.9)Copyright(C)ラプトル,All rights reserved.
<管理人のつぶやき>
アーロンパークでの死闘の後、ゾロの意識は飛び、くいなの元へ・・・。
死との狭間で大剣豪への夢を再確認する二人でありました。
くいなに会いたかったのだとゾロが一筋の涙を流す場面はジーンと胸にきました。
ナミはゾロ達二人の夢へと導く人。こんな風にナミとくいなが繋がるなんて、なんだかとてもうれしくなりました(^.^)。
ラプトルさんの7作目の投稿作品でした。ラプトルさん、ありがとうございました〜。