守られるだけじゃ嫌なのよ、とナミは俺に言った。
お望みのままに
ソイ 様
航路は順調。天候は快晴。
海を渡る風も心地よく、取り立ててすることも無いいつもの午後。
そんな時、ふと思い出したかのようにあいつはやってくる。
「手合わせよ! ゾロ!」
マストに持たれての昼寝から、小突かれて文字通りたたき起こされると、目の前に長い棒を携えたナミが構えている。
二本あるそれの一つを俺に放り投げると、俺が受け取る前に一本叩き込んできた。
カシンッ!
つかんだ棒でなんなくその一撃を払うと、それを見越したようにナミは第二撃、第三撃とかわるがわる打ち込む。
こうなるともう臨戦体勢だ。
跳ね上がるように飛び起きた俺はナミの猛撃を交わしながら、隙を見て一撃、二撃と加える。
木の激しく打ち合う音が甲板に響き、何事かと顔を見せ始める仲間たち。
キッチンから出てきたグル眉は「あのやろう」と俺に不穏な視線を送り、船首から首を伸ばしてきた船長は「俺も混ぜろ」と言わんばかりのきらきらした瞳で俺たちを見る。
「右手も使いなさいよ!」
俺の下段からの払いを棒の柄で受けたナミは、息を切らしながらそう叫んだ。
左手一本で相対する俺が気に入らないらしい。
だがそんなセリフは、左手だけの俺から一本でも奪ってから言うんだな。
「おおい・・ナミ、その棒」
右からの払いに俺が身を翻したとき、呆然と俺たちを見ているウソップに気づいた。
「ストックしてた木材だぞー・・、メリーの修理用の・・・」
ナミはこうやって俺に向かってくる時、ウソップが作ったクリマなんとかとかいう棒は使わない。
あれは妙なところから熱い気や冷たい気やパンチンググローブなどが飛び出てくるので、俺としても相対するのが面倒だし、何より今のナミの目的にそぐわない。
ナミとしてはこうすることで基本の型を復習しているのだ。実戦ばかりでは相手によっておかしな癖も付いてしまうし、熱くなって冷静に自分の技量を判断できないからだ。
ナミが棒術の手合わせを俺に申し込んできたのはココヤシ村を出港してすぐのこと。
腕が鈍るから、とか言って、突然襲い掛かってきたのはこんな気持ちのいい午後。
私だって戦えるようになりたいじゃない、と殊勝なことを言ってはいる。まあそれは本心だろうが、それで俺から一本でも取ってみれば、弱みを握ったとばかりに借金の上乗せか雑用の押し付けを考えている顔をしている。
しかし腕は悪くない。
どこで学んだかは知らないが、一応は基礎を押さえてなおかつ実践的な応用も利く。
得意なのは下段から上段への流しだ。掬うように敵の獲物を跳ね上げて、隙ができた所で脳天から叩きつける。
だが俺が片手での構えのままそれを受けると、ナミは心底悔しそうに唇を噛んだ。
互いの棒は俺の頭の上で交差し、渾身の力で振り下ろされていたそれは抜けきれない力を震えに変えてナミの手を痺れさせた。
「勝負あったろ」
俺はそのまま横に払った。
鈍い音がして、ナミの棒は空高く舞い上がり、そして静かに海に落ちた。
「もうっ! 信じられない!」
ナミはまだ衝撃の残る両手を振りながら、にやりと笑う俺を睨みつけた。その後ろで、船の修復材を海に落されたウソップが、「いや、信じられないのは俺のほうだ」と小声で呟いているのも聞こえないらしい。
「これで20戦20敗だな。ナミ」
俺の口の端が意地悪く上がる。
じろり、と睨んだナミの顔が紅潮していた。
「罰ゲーム、忘れんなよ」
「うるさいわねえ!」
「はっはっはっ。またナミの負けか〜?」
「ナミさん怪我は無い!?」
「うるさーい!」
いつのまにか側で観戦していたらしいルフィとサンジを押しやるように、ナミは荒い足音を立てて女部屋へと降りていく。
叩きつけるように扉を閉めた。
夜。
鍛錬を終えて酒を取りキッチンへ入ると、クソコックが翌日の朝食の仕込を終えたところだった。
「酒くれよ」
「・・てめえで探せ」
一日の仕事を終えた後の一服中か。
シンクにもたれて煙草をくわえているコックを尻目に、酒棚からラム酒のビンを一本取り出し、そのまま口をつけた。
「しかし、女性に対しても容赦のねえ野郎だぜ、まったく」
「ああ?」
「昼間のナミさんだよ。怪我でもさせたらどうすんだ」
「させたことねえだろうが。防御は最初に叩き込んである」
「ああ〜、トレーニングなら俺がお相手してさしあげるのに。なんだってナミさんはこんな筋肉ダルマに頼むのかね」
「お前、棒術なんてできねえだろ。手を使わねえくせに」
「それはそれ。これはこれだ。なんでお前はできるんだ?」
「一応、覚えておいて損はねえからな。他にもいろいろやったぜ? 槍とか、弓とか・・」
「この戦闘バカが・・」
「それにお前はナミ相手じゃ手を抜く。どうしたって。それじゃ意味がねえ事もナミは分かってんだろ。ルフィは奇想天外すぎて、型の練習にゃならねえし、ウソップじゃ逃げるだけだからな」
「・・そんなまでして、ナミさんが戦う必要もねえじゃねえか・・」
コックはそれには納得できないように、なおも続ける。
「戦闘だったら、てめえとルフィが専門だろうが。ナミさんはお前らを信用してねえって事か?」
「お前らだけじゃねえぞ。俺はナミさんを守るためなら命も張るし、ウソップだって男を見せるぜ」
私だって戦わなきゃ、とナミは俺に言った。
『まっすぐ飛んでいって戻ってこないルフィと、進めば必ず方向を間違えるあんたを、正しい道に連れて行かないといけないでしょ』
『サンジくんとウソップは、壊すことより創ることが向いている人よ。あの二人の手に傷つけることをさせたくないの』
「それともてめえは、ナミさんを守ってやる意思はねえってか?」
「そういうわけじゃねえが・・」
ぐいっと、酒瓶をあおる。
「それがナミの望みだからな」
ただ、守られるだけでは嫌だと。
アーロンパークが崩壊して、本当の仲間としてメリーに乗ることになって。
女だから、航海士だからと、そのか細い身体と腕に胡座をかいて、自分を甘やかして人を頼ればいいものを。
傷ついて傷ついて傷ついた八年間の代償として、守られて庇われてただ愛されていればいいものを。
それでも自分に命をくれた仲間のために、あいつはその手に力を求める。
『あれから先の未来をくれたあんたたちの、これから先の未来を守ってあげたいじゃない』
もう一本、と酒棚に伸ばした手はコックのかかとに叩き落された。
俺は舌打ちし、代わりに空き瓶を押し付ける。
ふと、コックが呟くように俺に聞いた。
「罰ゲーム・・ってなんだ?」
「ああ?」
「そりゃ、言えねえな」
俺はそのままキッチンを出て、女部屋の扉の前に立つ。
足でノックした後の応えを聞いて、俺は鍵のかかっていない扉を開けた。
「もらいに来たぞ」
カウンターの背高い椅子に座り、足をぶらぶらさせているナミは、むう、と唇を尖らせて俺を見る。
悔しさにふてくされているその顔に苦笑して、抱き上げて口付けた。
最初に決めた罰ゲーム。
敗者は勝者のお望みどおりに。
俺の望みは最初っから決まってるよ、なあ、ナミ。
数刻後。
身じろぎしたはずみに、ベットのスプリングがぎしりと軋む。
「・・次こそ勝ってやるんだから・・」
しどけない姿で身を預け、俺の胸の傷をなぞりながら、腕の中でナミは呟いた。
「・・いいかげん、あきらめたらどうだ?」
からかうような口調でそう言うと、ナミは傷口に爪を立てた。痛えって。
「じょーだん! 明日また再戦よ。覚えてらっしゃい」
「明日もか? そりゃごちそーさん・・」
「なに自分が勝つことを前提にしてんのよー! その油断が命取りなんだからね!」
「わかった、わかった」
笑いながら、胸の上を這うナミの手を取った。白くて細い、簡単に握りつぶせそうなその手。
「・・なによ?」
「・・怪我はしてねえな?」
その小さな爪を、唇に寄せた。甘く噛みながらナミの顔を覗き込むと、膨れっ面のガキの顔が急に女にすりかわる。
「してない・・」
呟いたか細い声が、吐息とともに俺の胸の傷を撫でた。そのまま、俺はもう一度ナミを組み敷いた。
「・・ちょっと、まだやるの?」
「いいじゃねえか。今夜は俺の『お望みどおり』だろ?」
にやりと笑うと、ナミの頬がひきつりながらも桃色に染まる。
「もう一回・・」
唇を重ねて、吸い上げる。差し入れた舌に、ちいさなナミのそれが応えるように絡んできた。
ま、中でもあんたは特別よ、とナミは俺に言った。
『私が守ってもらうだけの女だったら、一番困るのはあんたでしょう?』
『あんたがいざと言うときに、まっすぐ目標に進んでいけるように・・』
『後を振り返って、心配げな目で私を見ないように・・』
『あんたが守りたいものを、代わって守ってあげられるように・・』
『あんたがわたしに残していくものを、あんたが帰ってくるまで守り通せるように・・』
『力が欲しいの』
それがお前の望みなら。
すべてはお前の、お望みどおりに。
−終わり−
(2005.02.23)Copyright(C)ソイ,All rights reserved.
<管理人のつぶやき>
ゾロとナミが手合わせする・・・本来の戦闘ではありえない組み合わせ。だからその描写はとても新鮮に映りました。
ナミがそうまでして強くなろうとする真意はそんなところにあったんですね(じーん)。
それを真摯に受け止めて、ゾロが決してナミを侮らず相手しているのがまた嬉しいですよ。
そして、サンジに秘密にした罰ゲームとは・・・こりゃ絶対勝ちたくなりますな(笑)。
艶やかなシーンの挿入に色めきたってしまいましたv
ソイさんの初投稿作品であります。素敵なお話をどうもありがとうございました♪