童話の中の“おひめさま”は、いつだって。
可憐で、お上品で、皆に好かれていて、それが災いしてあっさりと悪者に攫われて。
けれど幽閉された身の不幸を嘆いていれば、白馬に乗った王子様が颯爽と現れ、たちまち悪者を撃退してくれる。
救い出されたお姫様と王子様は当然のように結ばれて、物語はめでたく終了。花びら舞う、きらきら美しいハッピーエンド。
しかし、ここの“おひめさま”は。
いつまで待っても王子様が助けに来てくれず。
とうとう、家臣一人を引き連れて、自分で悪者退治に乗り出しました。
移り香
高木樹里 様
三日三晩寝込んでいたと言うのに、目覚めた途端コロリと、掌を返したように元気になったルフィさん。
熱のあるときの彼は、うなされるように眉に皺を寄せて、船の上では見たことのない苦しげな顔をしていたのに。
起きてみればこの食欲。心配して損した、なんて、彼らに出遭ってから初めて沸いた感情だった。
久々の城の大食堂での食事は、呆れるほど楽しかった。
この2年間、悪い夢であってほしいと、何度思ったか知れない。
目が覚めれば喧騒は消え果てていて、故郷での平和な日々が戻っていれば良いのにと。
そんな儚い幻想を抱いて眠り、現実を突きつけられて目覚める日々がひたすら続いた。
ウイスキーピークに住まうようになってから、朝が嫌いになった。
明けない夜はないと、太陽は必ず昇ると、そんな歌があった気がする。
けれどその強い輝きが国民を飢えさせ枯らしてゆくのなら、いっそ永遠に闇夜であれば良いと願った。
「なービビ」
窓の向こうへヒラリと消えた筈の麦わらの少年が、再びひょいと顔を出す。
「・・・行かなくていいの?ルフィさん、もう出発したのかと・・・」
「お前、来いよ!絶対!」
無邪気な笑顔で、何とも痛い誘いを繰り返してくれる。
彼の言葉が、嬉しい。嬉しいから、苦しい。
「・・・・・・」
「まーお前が決めることだけどよ」
ししし、とお似合いの笑い方をする。どれだけ傷ついても、どんなに厳しい世界をくぐり抜けても、この人は一生、こんな風に大人にならずに少年のままなんだろう。
その誘致には答えられない。
少なくとも、今は、まだ。
「・・・ねぇ、ルフィさん」
「何だ?」
聞きたかった、聞けなかった、聞くのがどこか恐かった、たった一つの問いを。
全てが終わった今宵、ただ一人に向け言葉にする。
「・・・色々、巻き込んじゃってごめんなさい。元はと言えば、私が口を滑らせた、それだけのことで、貴方達はこんな戦いを強いられてしまった」
「? 今更何言い出すんだよ?」
傾げた首のその双眼は、どこまでも透き通っていて、まるで渡ってきた海のよう。
「迷惑じゃ・・・なかった?」
「ちっとも!」
美味ぇアラバスタ料理食えたしな!!と、満足げに笑う。
そんな笑顔に、いたたまれなくなる。
「後悔は、なかった・・・?」
床に視線を落として尋ねる自分の声は、心なしか震えていた。
入るのでさえ命を張るほど困難な、この偉大なる海に。
意気込んで突入してきた、純粋な探検家達を。
のっけから巻き添えにして、航路を狂わせ、あわや人生を狂わすところだった。
もっともっと、海を、島を楽しみたかっただろうに、「早く早く」と急かすばかりで。
私には、彼らの航海を壊す権利なんて、なかった筈なのに。
「何言ってんだ〜?ビビ、お前」
「・・・・・・」
「仲間だろ!助けんの当たり前じゃねぇかよ」
それは心からの言葉なのだろう。
私が彼の船に乗り彼と共に行動してきたからこその、彼の答え。
なら、船にはもう乗らないと、ここで道は分かれるのだと言ったら、その答えは無効になってしまうのだろうか・・・?
馬鹿馬鹿しいと言われるかもしれないけれど、ミス・ウェンズデーを名乗るようになってからも、時々、子供のような夢を見ることがあった。
ここに、泣いているお姫様がいるよ。
王子様、どうか来て下さい、私と、国を助けて下さい――
そうして、サラブレッドの蹄の音を、ひたすら待っている時間があった。
けれど、いつまで経っても貴公子は現れないから。
大人しくしていられない姫は、女だてらに自らの手で悪者を追い続けた。
でも、今なら気付く。
私の周りを囲っていた、幾人ものささやかな“王子様”達の存在に。
幼い頃から勇敢だった、砂の国の我等がリーダー。
潜入した先の敵組織でバディを組んだ、王冠を被ったちょっとお茶目な9番目の男。
絶体絶命の窮地にひらりと登場し長い足を一閃、活路を切り開いてくれたプリンス。
そして、
私の手を引き、私の背を押し、この国の雨を取り返してくれた、世界の海の王の玉子である、この人――
「ありがとう、ルフィさん」
「・・・・・・」
「ありがとう。・・・ありがとう。ありがとう、ありがとう・・・」
どんなに言葉を捜しても、それしか見つからないの。
ルフィさんは暫くじっと私を見ていたかと思うと。
不意に、ひらりと窓から舞い降りて、
と思ったら、私は彼の着ている白い布地に、すっぽりと覆われていた。
「え・・・る、ルフィさ・・・・?!」
私を抱きしめる彼のこの匂いは、ゴムとも肉料理とも違う、何とも言えないほのかな香り。
パニックになりかける心とは裏腹に、イガラムがこの光景を見たら「王女に何をフシダラな!!!」と巻いた怒髪が天を衝くだろう、サンジさんでもカンカンになってすぐに蹴りが飛んで来そう、なんて、頭は妙に冷静で。
顔の見えないルフィさんが、耳元で言う。
「ビビ、お前、死ななくて良かった」
「・・・・・・!!」
「本当、死ななくて良かったよ」
この人は、不意打ちでイジワルだ。
こんなことを言ってくれるときでさえ――
どんな表情をしてるのかも、見せてはくれないのだから。
戦いを止める為に、戦わせてしまった。
誰にも死んでほしくないと言って、何度も死の淵に立たせてしまった。
それを思うと、申し開きもできない。
共に闘ってくれた、彼を始めとする戦士達へ、せめて。
どうかこの先の航海は、貴方達の望むままになりますよう。
「じゃあな」とそれだけ言い置いて、また明かり取りの向こうへ消えた少年の、麦わら帽子が。
いつの日か、王冠に変わるのだろうか。
私の身体に染み付いた彼の移り香を、控えめに嗅いでみると。
その正体に、すぐに気付いた。
オリーブだ。
なあんだ、結局料理の匂いか、なんて気が抜けてしまった。
アラバスタのオーブン料理は、オリーブオイルで香りをつけるものがたくさんある。
置き土産の余韻に身を委ねながら、私はゆっくり椅子に腰掛けた。
かの花の持つ『平和』の言葉の意味を、降り注ぐ恵みの雨に重ねながら。
FIN
(2008.12.01)
<投稿者・高木樹里様の後書き兼言い訳>
ルビビどころかビビが初書きであります。(^^;)
ゾロナミで、ナミの苦しかった過去を書いた素晴らしい作品はこのサイト様にも多々あるのですが、ビビのBW潜入の2年間を振り返る作品には出遭ったことがなかったので、書いてみました。
・・・あんまり表現できた気がしないんですが。(−−;)
オリーブの花言葉は『平和』だそうです。
<管理人のつぶやき>
普通お姫さまといえば白馬の王子様が助けにきてくれるもの。でもアラバスタのお姫さまは違う。果敢に難敵に立ち向かい、見事に国を救った。なんとも勇敢で心優しいお姫さま。でもそんな彼女だからこそ、周りの人々は彼女に手を差し伸べずにはいられなかったのでしょう^^。
ルフィの「死ななくてよかった」という言葉には実感が篭っていて胸を打たれました。本当にどんな顔して言ったんでしょうね?
高木樹里さんの6作目の投稿作品でした。素晴らしいお話をありがとうございました!!