緑とオレンジのために在る日
            

テモ 様

「ナミさん、ほんとにお願いしていいんですか?」
「平気よ、ビビ。頑張ってね。」
「じゃあ・・・お願いします。今度お礼しますね。ナミさんも・・・今日は無理でもゾロさんと会えるといいですね。」
「全くね。まぁあいつのチョコ買ってないし、3月に入ってからがいいわ。」
「ナミさんたら・・・。あ、じゃあお先失礼しますね。」

今日はバレンタインデー。
元々はお菓子会社の策略だけど、でも今日は恋人たちの日。
2週間前ぐらいからは街の色は赤やら青やらピンクやらのきれいなラッピングされたお菓子でいっぱいになり、恋人がいない人でも何だか楽しくなってくる。
同僚達はこの日のために毎日毎日悩んでいた。
それもそのはず・・・
だってバレンタインデーだものね!
恋人たちの日だものね!
そしてあたしの恋人は今どこにいるんでしょうね!?
半分やけになりながら仕事に打ち込んだ。


ナミは短大を出たので社会に出て2年目だった。歳が一つ上でも去年卒業したばかりゾロは就職先の出版社で下には誰もいない、言わば下っ端である。
ナミの仕事場とゾロの出版社は同じビルの中にあって、顔を何回か見かけて挨拶していたうちにいつのまにか話すようになり、二人が付き合うまで時間はそうかからなかった。
最初のうちは休みに一緒に出かけたりお互いの家(主にナミの家)でゴロゴロしたりしていたが日が経つにつれてゾロは編集長に気に入られ、仕事も一人でこなせるようになっていき、忙しくなって出かけたりはあまりできなくなった。けれどゾロはナミの留守中にふらりとやってきては勝手にソファーに寝そべってナミの帰りを待つようになった。
ナミも最初は呆れていたがそんな当然のように居座って寝ているゾロにお帰りとただいまを続けて言うのが好きだった。
でもここ3ヶ月そんなこともない。
元々ゾロはカメラマン志望ということもあるのであちこち飛び回ったりもしている。年末年始となれば忙しくなるのも無理はない。
最後に会ったのは確かゾロの誕生日。




「何であんたがここにいるのよ」
仕事が終わって家に帰れば鍵は開いていて、ナミはまさかと思って急いで玄関を開けた。でもそんな余裕がないところを見せるのも癪なのでゆっくりと靴をぬぎ、ゆっくりとリビングに向かっい、そして当然のように居座ってる自分の彼氏を視界におさめ、ため息をついた。荷物をソファーに寝転がってるゾロの腹に落とし、ナミは冷蔵庫を開けて麦茶を出ながら聞いた。
「何でってそりゃあ・・・・・・合鍵あるからじゃねの?」
トクトクとコップにつがれてく音を聞いてゾロが俺にもくれ、と眠そうな声で言った。
「そういうことを聞いてるんじゃないわよ。ほんとバカね。仕事は?クリスマスや一緒に年越しもできないほど大切〜にしてる仕事はどうしたのよ?」
嫌味たっぷりな口調で言い切ってからそこにこぼさないでね、とゾロにお茶の入った緑色のカップを手渡す。
「まだ根に持ってんのかよ。」
少し呆れた、でもやっぱり眠そうにゾロは体を起こした。
ソファーには半分スペースができたがナミはそこに座ろうともせず、ソファーの後ろ側に立っていた。最初は余裕を見せようと思ったナミだが本人を見ると腹の虫が収まらなかったようで早口になっていった。
「当たり前じゃない。あたしがどんな思いでこの部屋で一人淋しく過ごしたと思ってんの?第一あんたほったらかしすぎんのよ。」
「あぁ・・・そういえば久しぶりだな。」
部屋を見渡しながら、ありゃなかったなと壁に貼ったあるポストカードを指差す。
「そういえば!?ほったらかしの3ヶ月と3日。恋人同士には致命傷よ?浮気されても仕方ないし、むしろ慰謝料請求してやりたいわね!」
「浮気してんのか?」
急にしっかりとした口調に変わる。ゾロが頭だけ後ろを向いて目が合う。今まではけだるそうな声でしかも後頭部に話しかけていたナミはオレンジ色のカップを落としそうになった。緑色の瞳は決した逸らそうとせず逆に逸らすことも許さなかった。
「してないわよ・・・。」
まさに蛇に睨まれたじゃ蛙状態。(使い方あってるのかな・・・)
じゃあいい、とゾロはまた前を向いた。何だかいたたまれなくてナミはちょこんとゾロの隣に座り、オレンジ色のカップから一口お茶を飲んだ後、あれは前からあったわよ、と拗ねたように呟いた。
何のことか分からなかったゾロはナミの方を向いたがナミは口を少しとがらせ下を向いたままだった。
少し間が空き、沈黙。そして前は寝室だったろと返し、緑色のカップを置いてまたナミの方に顔を向けた。
ガラスのテーブルには緑のカップが映っていた。そんな光景を見ながらナミはキッチンよ、呆れたように少し笑いながら言った。

いや、あれだ、お前の誕生日のときだ。
その頃にはまだないわよ。
いーや、寝室にあったね。
あれ買ったの秋だもの。よく見なさいよ、紅葉の写真よ?
別に夏に飾ってもいいじゃねぇか
あんたねぇ、買った本人が言ってんのよ?
お前、折れるって言葉知らねぇのか?
なんであたしが合ってんのに折れなきゃいけないのよ

変わんねぇなぁ、とため息まじりに吐くと今まで笑い混じりに、視線を合わせずに話していた会話が途切れた。
またナミのほうを向くと伏せていたはずの茶色の瞳と合った。
「すっごい久しぶりなのにね」と悲しい響きを帯びて返せばナミはゾロの腕の中にいた。

「悪かった」オレンジのきれいな髪をなでながら首元で囁いた。
「いいのよ、わかってる。当たっちゃったわね。」ごめんね、と明るくそうは言ってもやはり涙声なので、ゾロはもっと腕に力をこめた。
痛いわよ、と笑いながら呟いてもゾロは離そうとせず、ナミも腕をとこうとしない。
ナミの鼻を啜る音が聞こえなくなると、ゾロはナミを自分の足の上に正面を向かせて乗っけた。
涙はもう流れてないがまだ瞳が赤かった。
ほんと悪かった、とナミの瞼にキスをして涙の後をぬぐった。
上機嫌になったのか、ふふっと笑いながらゾロに抱きついた。
「寂しかった?」とイタズラ混じりに聞けばゾロは少し間を置いてから「まぁ・・・な」と照れたように答えた。
「クリスマスを忘れてた彼氏なんて聞いたこともないわよ。」
顔を離してゾロを覗き込むように言った。
「・・・別にお前と会うことを考えてなかったわけじゃねぇぞ。クリスマスを忘れてたと言うか、まぁ大晦日も一緒の理由で・・・」少し照れながら、こちらを伺うように目線を合わながら答えた。
「ゾロさん?意味がわかんないんだけど?」困ったようにさらにナミが覗き込んだ。
「・・・・・・だから毎日ちゃんと考えてるってことだ、その・・・どうすれば時間が空いて会いに行けるかってことをよ。」
どこに『だから』が付くのかよく分からないが、仏頂面な彼がめったに言わないことを言ってくれて、しかも顔を真っ赤にしたゾロが何だかかわいくてナミはもっと追求してやりたくなった。
「じゃあクリスマスはどんな風に考えてくれたの?」
「・・・・・・いや特には。普通に今日も会えねえなぁくらいで・・・」
「はぁ!?」
確かめるようにうなずきながらさらりと言ったさっきまで酔いしれていたはずの彼氏の言葉に耳を疑い思わず体を離した。
「あんたねぇ!特別な日とかそういう感覚ないわけ!?」
呆れるように言ったが、それよりもゾロは体を離したのがお気に召さなかったようでナミの腰を引き寄せた。
「別にクリスマスは特別じゃねぇだろ。どっかの国の神様の誕生日だぜ?キリスト教じゃねぇ奴らにとっちゃあいつもと同じ日だろ。大晦日だって年が変わるだけで...」
年末だし仕事が片付かなかったしな、と首元がお気に入りなのかまたそこに顔埋めながら言い切った。
「何よそれ。じゃあ今日は仕事が早く終わったの?」
「いや、まだ残ってる。昨日から出張行ってんだよ、朝一で明日戻らねぇといけねぇ。」
「は!?何であんたはさっきから意味わかんないことばっか言うの!?そしたら別に無理して帰ってこなくてもいいでしょ!?」
下を向いて困ったように頭を掻くゾロを見てナミはひらめいた。
「・・・バレンタインだから?あんた、そんなにチョコ欲しかったの?」
おもしろいのもあったがゾロがちゃんと知っていたのも嬉しかったようでナミはゾロの鼻にひとつキスをした。一方ゾロは違ぇよ!!と怒鳴りそうだったがキスでおとなしくなったのか拗ねたように喋りだした。
「そうじゃねぇけど・・・・・・よく言うじゃねぇか。あっと・・・・2月14日は・・・あぁもう、わかんだろ?」
顔を真っ赤にして歪ませていても、わかんな〜いとナミは助けてあげる気配はない。
ゾロは溜息をついて、深呼吸をひとつ。ナミを引き寄せてまた顔を埋め、耳元でささやいた。




「そうね。でもチョコだってお菓子会社の戦略なのよ?」
「まぁでもクリスマスよか俺らに関係あんだろ?」
今度はゾロからキスをひとつ。
「春からは新しい奴が入ってくるし、今よかもっとゆっくり過ごせると思う。だからそれまでは、な?」髪に手をいれ、親指で頬をなぞりながら優しい声。
「はいはい。いくらでも待ってあげますよー」そんな久々に会った彼氏の声にご満悦な彼女の声。
明日はもう違うけど、今日はそんな二人の日。


朝起きるとゾロはやっぱりもういなかった。寝たのは朝方だったから正確に言えば気づくといなかった。
ゾロの誕生日だって確かこんな感じで、今度はいつ会えるの?と一人呟いた。
「あ、そういえば・・・」いそいそと起き上がってかばんを取りに行く。
鞄は確かにソファーにあったが、お目当てのものは外にでていた。
「食べたんだ。」包みが開いていて箱を開けると六個入っていたはずの一個がなくなっていた。ゾロに渡そうが渡すまいがどちらにしろ自分が食べることになるので五個は自分が食べたいものを選んだ。
包んでもらったかわいらしいラッピングはゾロにしては珍しくきれいに取られ、たたまれて箱の横にある。
「ウィスキーボンボン入れてもらったのに」
なくなっていたのはオレンジペーストのチョコ。
チョコの上にオレンジ色のきれいな模様が入っていたはず。
「お返しはサボテンのチョコじゃないでしょうね。」
ふふ、と冗談混じりに、ナミは幸せそうに呟いた。

2月14日は恋人の日だから、3月14日も恋人の日?
じゃあ待つのは一ヶ月でいいのよね。
そして
それが終われば春がくる。




FIN


(2006.02.14)

Copyright(C)テモ,All rights reserved.


<管理人のつぶやき>
バレンタインデーに久しぶりに再会した二人。最初は不穏な雰囲気でしたが、いつの間にやらラブラブにvvv 恋人達ってホントに不思議。尖っていた空気もふとした会話でいつしか優しく甘い時間になる。
このゾロ、ナミの浮気だけは心底心配みたい・・・(笑)。

テモさんの3作目の投稿作品でした。バレンタインの佳き日にありがとうございました♪

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