大雨だ。連日の大雨だ。
グランドラインの天気は気まぐれすぎて、クルーの手に負えない。
二、三日ならともかくもう十日目だ。
バケツをひっくり返したような豪雨が十日も続いているのだ。

クルーは勿論、船も根を上げ始めた。

ゴーイングメリー号は船長の無駄によく伸びる腕が当たったり、
船長の無駄によく伸びる足が板をブチ破ったり、
船長の無駄な食欲による連日のサンジの報復攻撃のために、
船長の・・・・・・・・。


いや・・・もうよそう・・・。


とにかくある一人のゴム人間によってかなりガタがきている。

そのおかげで十日も雨が降り続いたらどうなるか・・・。

船室はいたるところで雨が漏り始めた。

食堂も、女部屋も、男部屋も、倉庫もいたるところでポツンポツンと雨粒が滴っている。



「うわ〜。こっちもだッ!チョッパー!鍋持って来いッ!!」

ルフィが男部屋の中で悲鳴をあげた。

自分の被っていた帽子を犠牲にしてまで雨粒を受け止めていたチョッパーが

「もう鍋なんてないよっ!ルフィ!自分の麦藁帽子を使えよッ!」

と、口を尖らせて言った。

「これは駄目だッ!あ〜あっちにも雨がッ!!」

ルフィが部屋の隅を指差して叫んだ。



「おいっ!ウソップ!早く板打ち込めッ!!」

甲板でゴム挽きのレインコートを羽織ったサンジが、板を五、六枚手にして船室の屋根に上っているウソップに向かって大声を張り上げていた。

「わかってるっ!ちっくしょう・・焼け石に水だな・・・」

ウソップはずぶぬれの顔を腕で強引に拭いながら器用に板を打ち込んでいっていた。



女部屋ではロビンがいつものように涼やかな顔をしてベッドの上に座り、
手の花を咲かせて屋根から不規則に落ちてくる水滴を受け止めている。
今はのんきに座っているが、手の平で受け止められる水の量などたかがしれており・・・・・。

「・・・さて・・・どうしましょう・・・・」

ロビンはまるで他人事のように呟いた。






愛をひっかけるためのボタン
            

ててこ 様






キッチンではゾロとナミが食器から調理器具まで総動員して、間断なく落ちてくる雨粒を受け止める作業を黙々とこなしていた。


―― トンッ!ピチョンッ!ポツンッ!カンッ!


さっきから雨粒が、なべ底やグラスの底にあたるにぎやかな音が鳴り響いている。


「わっ!ゾロッ!そっち!」

「うわっ!おい!グラスとかねぇのかッ!!」

「もうないわよッ!!」

二人は右に左に移動しながら無数に落ちてくる水滴と戦っていた。



「あんたも災難ねぇ。誕生日にこんな目に遭っちゃって」

ナミは自分のマグカップで水滴を受け止めながらゾロに声をかける。

「あ〜?誰の誕生日だって?」

ゾロは空いたワイン瓶の細い口に水滴が入るよう調整して、床に瓶を置きながら聞き返す。

「あんたのよ!!」

ナミは呆れて答えた。

「あぁ・・。そうなんだ・・」

ゾロは何てないことのようにそう言い、天井を見上げたまま手で空き瓶を探している。

「・・・その頭はバンダナ被るためだけにあって、脳みそは盲腸の横にチョコンとくっついてるんじゃないでしょうね・・・」

ナミはため息をつきながら呟いた。

わっ!また新たな水滴がッ!!

ナミは慌ててシェリー用の小さなグラスを床に置きながらチラッとゾロを見る。

案外、真面目に空き瓶を床に置いていっている。

少し・・・ドキドキする。
彼のことを自覚してからというもの、二人っきりになると心臓の高鳴りを抑えることができない。
心地いいような・・・・苦しいような・・・・・。

今日は他のクルーが確実に別の部屋にいるとわかっているので余計気恥ずかしい。
しばらく二人っきりになりそうな勢いだ。
さっさとコップを並べてロビン一人で雨漏りに対処している女部屋に逃げよう。
いい口実だ。さりげなく、自然とこの状況から逃げることができる。


「あぁもうコップも全部使い果たしたわ!こうなったらもう鍋ねっ!」

ナミはそう言うと立ち上がる。
床に置いたグラスやコップを蹴飛ばさないように気をつけて歩き、シンクの所まで来ると、小さなミルクパンとオムレツ用のフライパンを手にした。

「おいっ!ナミ。あっちだ!」

ゾロが立ち上がって部屋の隅を指差して言う。

「ん!」

ナミはゾロの前を通り過ぎようとした・・・その時

「痛っ!!」

ナミは引き戻されたように立ち止まり悲鳴を上げた。

ゾロもなぜか身体が引っ張られるような力を感じた。

「かっ髪ッ!!引っかかったッ!!」

ナミは後ろ歩きで一、二歩もどってきて涙声で言った。
確かにナミのオレンジ色の髪の何本かがゾロのヘンリーネックTシャツのボタンの一つに絡まっていた。

「早くとってよ!」

ナミが痛そうに顔を歪めてゾロに言う。

「ちょっと待てよッ!」

ゾロはうっとおしそうにそう言うと、ボタンに絡まったナミの髪を外そうとした。

「もっと近づけ。とれねぇ」

「・・・・・・・・うん」

ナミは小さく答えると、ゾロに身を寄せた。
ゾロは絹糸のようなナミの髪を何とかして自分のボタンから外そうとやっきになる。



と・・・・その時、気がついた。



今の二人はまるで抱き合っているみたいに見える。

そう思った瞬間。

自分の胸元に額を押し付けんばかりにその身を寄せているナミの顔が目に飛び込んできた。

大きな瞳を伏し目がちにして、少しはにかんだように睫毛の先を揺らしている。
雨漏りのせいで寒いはずなのに頬が赤く染まっており、口紅も塗っていないのにピンク色の唇を少し噛んでいた。



(・・・・・うっ・・・・・)



ゾロは急に心拍数が上がり、慌てて視線を手元に戻す。
あせり始めたので手元に余計髪が絡まりつく。

「ゾロ。痛いっ!」

ナミが腕の中で小さく抗議の声を上げた。

「わ・・・わかってるッ!えぇい!切っちまうぞッ!」

ゾロは誤魔化すようにそう乱暴に怒鳴る。

「駄目よッ!せっかく伸びてきたんだもん!切っちゃ駄目ッ!」

「んなこと言ったって・・・・・。」

ゾロは益々うろたえた。手がこんがらがる。
ナミのいい匂いのする髪が気になる。
柔らかい身体が気になる・・・気になる・・・気になる・・・。



――― 畜生・・・。何でだ・・・?



その時、偶然にも絡み付いていたナミの髪がパラリとほどけた。


―――  ナミは気づいていない。


ゾロは何となくこの状況を手放すのが惜しくなった。

このいつも生意気な女が自分の腕の中に大人しく納まっている。

こんなシチュエーションはなかなかない・・・。



あ〜。えっと〜。何だ、ほれ・・・その・・・・。



――― もう少し・・・このままでいれないだろうか・・・?



その時ナミがオゾオズと聞く。

「・・・・まだ?」

「もっ・・・もう少しだ・・・」

ゾロは嘘をついた。ナミが自分の腕の中に居る。
両手にミルクパンとフライパンを持っているのは気になるが・・・。
まぁ二、三発あとで殴られるのは覚悟して・・・。



――― ポツリと言う。



「・・・・もう少し・・・・近づけねぇか・・・?」

「・・・・・うん」

ナミは言われた通り、ゆっくりとゾロに身体を寄せた。
額をゾロの胸に押し付けてくる。

ゾロは頭で考えるより先に、手が動いていた。
ナミの細い腰に手をまわす。



―― トンッ!ピチョンッ!ポツンッ!カンッ!



雨漏りがグラスやボールの底を打ちつける様々な音がキッチンに響き渡る。
とても騒がしいのだが、なぜかとても静かに感じる・・・。

二人はしばらく軽く抱き合っていた。


「・・・・・まだ?」


ナミは柔らかい声で聞く。
ナミは気づいていた。
髪が引っかかっている感触はもうとっくになくなっている。

髪はもうほどけているはずだ・・・。

「・・・・あぁ・・・まだだ・・・」

ゾロはぎこちなく答える。もう一方の手を背中にそっとまわす。
ナミを自分の腕の中に収めてしまう。

「・・・・まだ?」

ナミは彼の両手が自分を抱きしめているのを十分承知しながらも、いたずらっぽく尋ねる。

「・・・・あぁ・・・もう少し・・・・」



―― トンッ!ピチョンッ!ポツンッ!カンッ!


水のはねあがる音をひとしきり聞いた後、ナミがそっと囁くような声で呟いた。



「・・・おめでとう・・・。」



「あぁ・・・そうだったな・・。」


ゾロはそう言ってそっとナミの身体を引き離した。

ソッポを向いてわざとらしく、

「・・・やっと・・・ほどけた・・・。」

と嘯く。
珍しく目の際が赤く染まっていてナミは思わず微笑んでしまう。

そしてナミは手に持っていたミルクパンとフライパンをゾロの目の前にかざし、
ニコッと笑って聞く。



「・・・・どっちで何発殴られたい・・・・?」



「ミルクパンで一発。」


ゾロはうんざりした顔をして即答した。




―― トンッ!ピチョンッ!ポツンッ!カンッ!

       
         『ゴンッ』!!   



食堂から、なぜか雨音混じって金属音が一発鳴り響いたのを、
他のクルーは聞くことはなかった。




FIN


(2003.11.11)

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<管理人のつぶやき>
ゴーイングメリー号は誰かさんのせいで、だいぶガタがきています。
雨なんか降ればもう大変。でも、それでゾロとナミはキッチンでふたりっきりにv
ゾロを意識し始めてるナミは、その場を離れたいとすら思っている。初々しいですね〜♪
ゾロはというと、そんなナミに気にも留めてないのかとと思えば、こは如何に。
接近したナミに・・・・あのゾロが!(笑) 「やっとほどけた」だってv
良い誕生日だったね、ゾロ。たとえ最後に殴られても・・・。

ててこさんがゾロの誕生日を記念して投稿してくださいました。
ててこさん、あまーいお話をどうもありがとうございました!

ててこさんは現在サイトをお持ちです。
こちら→GOSPEL ACCORDING TO LUKE

 

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