GIVE UP
十飛 様
つまんないつまんないつまんない
ある午後の昼下がり、蜜柑の木の無駄な枝をパチンパチンとハサミで切り取っていたナミはそう繰り返し呟いた。
少々不機嫌な顔つきで。
後方甲板ではゴムと鼻とトナカイが何やら最近ハマっている釣りをしているらしい。時々残念そうな声が聞こえてきて残念なのはこっちよ、とまた不機嫌になる。
しかし、この上なく不機嫌になるのは前方甲板一人占めでがーがーいびきをかいてるマリモ腹巻きのせい。
そのいびきがまたムカつくのでついにハサミを放り投げて階段を物騒な足取りで下りていく。
船壁に寄り掛かって両腕を頭の後ろで枕にして、大口開けてがーがー大いびきをかいて睡眠を貪ってる男を間近で見ていると更にムカついてきた。
だから太股に跨がって腕組みをして呑気な顔を睨み付ける。
これでも起きないっていったいどういう事よ、と厚い胸板に手をついて顔を近付ける。
一行に閉じる気配が無い口を人差し指と親指で無理矢理閉じて苛付き交じりに接吻をかましてやった。
目を開けてしばらく様子見で口付けしていると眉間に皺を寄せてゆっくりとゾロは目を開けた。
少し苦しそうだったので薄い唇を惜しんで解放してやった。
「寝込みを襲うたァいい趣味とは言えねェなァおい」
いささか不機嫌な声色でゾロは文句を垂れる。
八つ当たり気味な窒息寸前の口付けで起こされるのは殴り起こしや蹴り起こしより遥かに凶悪で。
「かわいらしい趣味じゃない」
プイと横に顔を向けて、口唇を尖らせて明らかに拗ねた表情をする。
フン、何よ何よ何よ何よ何よ。
バカバカバカバカ。
「…何なんだよ」
何でお前は拗ねてんだ。この俺が何かしたかよ航海士。
しかしタンクトップでホットパンツの姿で人を跨いで座るのは女としてまずどうなんだおい。
「別に」
未だ横を向いて素っ気なく言った。
もぞもぞと腹筋が動くのを感じてこの態勢は今の自分の状態を煽る。
何でこいつは平然としてられんのよ私だけバカみたいじゃないこのこのバカ剣士!
「欲求不満かよ」
真面目な表情で真面目なトーンで訊いてくるもんだからナミは俯き加減でやっぱり口唇を尖らせて言う。
「何よ、わかってんならしてくれたっていいじゃない」
ナミはプゥと頬を膨らませてゾロを睨む。
どんだけ我慢してると思ってんのよ。
あんたのトレーニング中の上半身裸を見て苛付いて、あんたとすれ違う度漂うそのフェロモンにムカついて。
何よ、無意識無自覚に焦らしてくれちゃって!
「しょうがねえだろロビンがいるんだからよ」
涼しい顔でさらりとゾロは言った。
女部屋じゃあ出来んだろロビンがいるし。
「…ロビンが見張りの時はいつも待ってたのに!」
そうよ!何で来ないのよあんた!あの期待感を返して今すぐ返して!さっさと返して!バカバカバカバカ!
「あー…」
ポリポリと頬を人差し指で掻きながら、面倒だった、なんて言ったら余計に喚くなと思ってこれは心の内に秘めておこうと決めた。
「…溜まってんのかよ…」
そう訊いたらば。
「あーそうよ溜まってんのよ悪い!?」
と顔を更に近付けて怒鳴り散らすもんだから、うるせェなとその唇を強引に塞いでやった。
まあ確かに随分こいつをほったらかしにしてたなぁと呑気に思う。最後にしたのは一体いつだ、と記憶を巡ってもなかなか思い出せずまあいいかと記憶を探るのをやめた。
唇を塞いでいる為、んーんー!!としかナミは言えず、ゾロにとっては何を言ってるのかまったくわからず挙げ句にはポカポカ胸や頭を殴ってくるので、ナミの身体をぐいっと抱き寄せた。
それでもまだもがくので舌を突っ込み絡ませてやったらやっと大人しくなった。
ゾロの唇から離れたナミの頬はうっすらと紅く染まって眼も心なしか潤んでいる。
「…ねえ、今夜ロビン見張りなんだけど…」
息が上がっているナミはゆっくりと小さく言った。
久しぶりのディープはクるわね…。ていうかそうよ。このタイミングでついに我慢出来なくなっておねだりしてんだから来るんでしょうね!?来なかったら私の女としてのプライドはズタズタよ!それ以前に男としてアウトよアウト!
「へぇ、だから?」
ゾロはニヤリと微笑った。
あーなるほど。だからこのタイミングってわけか。つまり今夜は部屋に来いとそう言ってるわけか。いやしかしここは俺。
じゃあ今夜は邪魔するぜと素直に言ってやるのも癪だ。
肝心な事はねだったお前が言うべきだ。
そうだろ?
何なのよその悪そうな顔は。
何よ、私に言わせようとしてるわけ?もしかして。
…ちょっと…足揺らしてんじゃないわよ…しかも上下に小刻みに…。
ゾロはナミの腰に手を回し、ナミの顔を見つめてそりゃあもう意地悪そうな顔で笑う。
徐々に頬が朱くなって妙に煽られてる気がしてゾロをこれでもかと睨みつける。
「何だよその態度は、あん?」
ゾロは更に足を上下に揺さぶりナミを煽る。
……マズイわ…反応しちゃってるじゃない私…。
おまけに気付かぬ内に両手で、服越しだが久しく触れていなかった厚い胸板にさえ妙な気分にさせられる。
あーもう!何て憎ったらしい顔!
そんなに私を焦らすのが楽しいのあんた!!
しかしここで反発すれば今夜はお預けって事で、こいつの事だから自分からは来ずにこっちから来るのをきっと面白そうに待っている。
ただこのニヤリとしたムカつく顔を見ると絶対に言ってやるものかと意地を張る。
ここは一つ必死に堪えてこいつから迫って来るまで誘い続けてみようか、とゾロを睨み続けていたら。
腰に回していた手が腰を掴んで足と同じ動きをさせてきた。
ちょっとちょっとちょっとちょっと!!!
丸っきりアノ動きじゃないのよ!!
未だ肝心な言葉を言わないナミの顔がその動きによって一気に赤くなった事でゾロはその笑みを深くした。
「言えよ」
ゾロは足の動きを止めてナミの耳元で低く掠れる声で小さく言った。
反則っっ!!
ゾクリと知った感覚が身体中に襲ってきたナミはもう限界だった。
それにその久しく聞いていない低くて荒くて欲情を誘う声にナミはついに言葉を吐き出した。
「…して…」
少し俯いて頬を赤く染め口唇を尖らせたナミを見て満足そうにゾロはほくそ笑んだ。
「上出来だ」
耳元でそう囁いた後ナミの耳たぶを軽く噛んでやるとビクンとナミの身体が揺れて掠れた声が口から漏れた。その反応を楽しんでクックッと笑った。
最後にその唇を軽く吸ってやってキッチンから響くコックの声を聞いて未だ頬を染め、むくれて睨んでくるナミを腰を掴んで太股からおろした。
どうして腰を触られてるだけなのにこいつの手は何かこうエロいのよ。
ていうかそんな気分になってる私もどうなのよ。
だいぶ溜まってるわね私・・・。
「おら夕飯だとよ、行くぞ」
立ち上がったゾロにぺたんと座っていたナミは立たされて頭にポンと手を添えられた。
まったく、確かに最近してないからといってまさかこいつがこんなにも沙汰無しが我慢出来なかったのかと苦笑するしかない。
寝込みを襲われ、してくれとねだられ、しかしまあなかなか悪くない。
悔しいわ悔しいわ悔しいわ。
そりゃ確かにねだったのは私だけどなんか悔しいじゃない!
キッチンへ向かうゾロの広い背中を睨んで、小さな子供が悪戯を思い付いたような顔で笑った。
そして気付かれないようにそっと近付いて通りすがりに耳の穴にフゥーと息を吹き掛けた。
「っなっ…!てめェ!!」
今度はゾロが頬を赤く染めて怒鳴ってもナミは弾けるように笑って、キッチンへ続く扉を開け、今夜期待してるわね、と言ってキッチンの中へ入っていった。
ほう、それじゃあご期待に添えてやろうじゃねえかと意気込んで、今夜はあの女を腰砕けにしてやるぞと脅しにも近い妙な覚悟を決めた。
ギブアップなんて言わせねえ
FIN
(2006.11.21)