グランドジパング平安草子
智弥 様
時は平安−光と闇とが混在し、人と妖とが共に生きていた時代。
壱
今、都にはある一つの噂がまことしやかに囁かれていた。
曰く−
『夜な夜な都の大路に化け物が現れ、人を喰らう』
というものだった。
どこからかその噂を聞きつけてきたルフィは出仕後、自分の邸に仲間を集めて、宣言した。
「化け物退治に行くぞ!!」
それを聞いた瞬間、全員が『やっぱりか・・・』と諦めのため息をついた。言い出したら人の話しなど聞かないルフィのことに、いつもなら誰も反対しなかった。
だが、今回ばかりは反対意見が飛び出した。反対したのは、幼馴染みである、ウソップ・サンジ・ナミの三人だ。
都を騒がせている化け物を退治に行くだなどと、相変わらず突拍子もないことを言い出してくれる。もし本当に化け物と遭遇したら、どうするつもりだ。第一、化け物退治は陰陽師の仕事だろうがっ!と猛反対した。
だが、言い出したルフィは、あっけらかんと言った。
「陰陽師ならゾロがいるじゃねぇか、ゾロが」
「って!あいつはまだ下っ端じゃねぇか!」
「・・・下っ端で悪かったな」
槍玉に挙げられたゾロは、憮然と呟いた。
ゾロは逞しい体躯から武官と思われがちだが、実は、陰陽寮に勤める直丁だった。直丁の仕事ははっきり言って、雑用の一言に尽きる。しかも直丁は、陰陽師としての勉強もしていなければ、講義も受けていない。下っ端と言われればその通りなので、ゾロも強くは反論できなかった。
「下っ端でも、陰陽師なんだし。なんとかなるって」
ルフィが言うこの場合の陰陽師というのは、役職としての陰陽師ではなく、陰陽道を操る者という意味でだろう。
(だからっ!直丁じゃあ、それが出来ないんだって、なんでわからねぇ!)
理解した瞬間、もはや誰にもルフィを止められないことを悟り、全員が深いため息と共に肩を落とした。
言い出したらじっとしていられないのは毎度のこと。話しが決まったその日のうちに、さっそく化け物が出没するという大路へと、全員で向かうことになった。
一旦、ルフィとルフィの邸に訳あって世話になっているナミ以外が自分の邸に帰り、出仕用の直衣から動きやすい狩衣へと着替え、再びルフィの邸へと集まった。ルフィとゾロなど動き回るならこれが一番だ、と指貫より身幅の小さい狩袴をまとったうえに、邪魔だからという理由で、成人男性の身嗜みであるはずの烏帽子まで取り、髷まで解いて長い髪を首の後ろでひとつに括っていた。
邸を出る時間を化け物が出没する時間に合わせたため、だいぶ遅い時間になってしまった。それにもかかわらず、妙齢のナミまで連れ立って歩いていた。
ルフィ以外はナミの外出を止めたのだが、ナミは気にする風もなく、笑っていた。
「ルフィのとこでお世話にはなってるけど、べつに貴族のお姫様ってわけじゃないし、私だって市に買い物に出かけるし、いまさら気にしないわよ」
その言葉を裏付けるようにナミの恰好は、袿の裾を帯でたくし上げ、紐で髪を元結にし、被衣を羽織りと、かなり堂に入っている。言い出したら聞かない頑固さは仲間全員に言えることで、ナミにしてみれば、邸で心配して待っているよりは、皆と一緒に行動したほうがまだ精神的負担が減る、ということらしい。たとえそれが、化け物と遭遇するという、怖い思いをすることになったとしても。
ゾロは呆れたように肩を竦めると、懐に手を入れ一枚の符を取り出した。
「持ってろ。護符くらいにはなるだろ」
差し出された符とゾロを交互に見やり、
「あんたが作ったの、これ?効き目、あるの?」
思わず可愛げのないことを言ってしまう。
「あるんじゃねぇか?それ作ったのは師匠だからな。おまえらと化け物退治に行くって言ったら、持たせてくれた。ついでに、あいつらには別のもん持たせてあるからな」
ナミの言葉を気にする風もなく、ゾロは淡々と事実を述べる。見ればいつの間にか、ルフィは赤、ウソップは黒、サンジは白の太刀をそれぞれ一振りづつ腰に佩ていた。
「あれは?」
「三振りとも退魔の太刀だ。あれも師匠が貸してくれた」
「・・・あんたのは、ないの?」
「俺にはこれがあるからな。それに、いざとなりゃ、誰かのを使うさ」
そう言ってゾロは何枚かの符と首にかけていた数珠を見せて笑った。いまいちナミは納得してはいなかったが、ゾロは自分の能力を過大評価しないことを知っているため、ゾロがそう言うのなら大丈夫なのだろう、と躊躇いながらも頷いた。
「そういえば、噂の化け物って、私たちに見えるの?」
「あ〜、そうだなぁ・・・見えるかどうかは、そいつ次第だろうなぁ」
「ずいぶんと、他人事みたいに言うのね」
「実際、他人事だからな」
「どういうこと?」
珍しく歯切れの悪いゾロに、ナミは訝しげに高い位置にある顔を見つめた。その視線を受けて、ゾロはばつが悪そうに口を開く。
「生れつき、そういうのが見えてるからな、俺は。見鬼の才、とか言うんだと」
鬼が見える才能、と書いて、『見鬼の才』。つまり、妖や人に在らざる異形を見る能力のことだ。陰陽師にはなくてはならない能力なのだが、この能力を持っている陰陽師は意外にも少ない。
明かされたゾロの能力に、ナミは純粋に驚いていた。
そうこう話しながら歩いているうちに、先頭を行くルフィたちとはだいぶ距離が離れてしまった。見ると、三人は大路の角を曲がるところだった。
意気揚々としたルフィを先頭にサンジとウソップが角を曲がると、いきなりルフィが立ち止まる。その背にぶつかりそうになった二人は慌てて回避すると、文句を言おうと口を開き、そのまましばらく絶句した。かと思うと、素晴らしい反射神経で顔を輝かせて駆け出そうとするルフィの襟足と腕に手をかけると脱兎の如く、元来た道を逆走した。
ゾロとナミは先に大路の角を曲がったルフィたちに追いつくため足を速めようとしたが、その前に、
「で、出た〜!」
という悲鳴とともに、サンジとウソップが二人掛かりでルフィを引きずり、物凄い速さで戻ってきた。その二人の必死の形相に、ゾロは事態を悟った。
「噂の化け物が出たか。あいつらにも見えたっつーことは、よっぽど妖力が強い化け物なんだろうな」
冷静に状況を分析し、それを告げるゾロ。
妖や異形は、身体が大きかろうと徒人には見えない。徒人にも見えるか見えないかは、その妖や異形の妖力の強さにかかっている。サンジやウソップにも見えたということは、それだけ妖力が強い、ということだ。
「そんな冷静な!まさか、本当に出たの!?」
一応形ばかりのつっこみをいれ、ナミは慌ててゾロの後ろに隠れる。それに倣うように、ゾロの手前でルフィを放り出したサンジとウソップもゾロの背後に回り込んだかと思うと、背中を前へと押してくる。
「よ〜し、行け!ゾロ」
「おい・・・」
肩越しに後ろをみやり、ゾロは呆れたような声を出す。
「下っ端がどうとか言ってなかったか、おまえら」
「でも、陰陽師なんだし、なんとかしろっ」
顔色を変え、わたわたと狼狽するサンジは、ナミの前とはいえ、もはや体裁を取り繕う余裕もないらしい。ウソップにいたっては、さらに後ろでナミと抱き合い、二人揃ってがたがたと震えている。前方に目をやれば、目を輝かせ、前を見据えているルフィがいた。
ゾロが呆れて天を仰ぐと、ルフィの嬉しそうな弾んだ声が響いた。
弐
夜風に乗って、不快な気配が漂ってくる。
「きたっ!」
ゾロが目線を戻す前に、頭上が陰る。ゾロが頭上へと目を向けるのと、仲間たちが悲鳴と歓声を上げたのは同時だった。
そこにいたのは、一丈もあろうかという人型をした化け物だった。胴体など、牛を丸呑みにでもしたのかと思うくらい幅がある。その化け物の、大人一人分はある太い腕が動いた。だがそれよりも早くゾロは動く。
右手で剣印を結ぶと、素早く空に魔よけにもなる五芒星を描くと、鋭く言い放つ。
「禁!」
強い霊力を持つ者の言葉は、言霊となる。伸ばされた化け物の腕が、不可視の壁に阻まれ弾かれる。ゾロが放った言霊は、化け物が近づくのを禁じたのだ。
ゾロは背後で固まっている仲間の元へと駆け寄ると、さらに後方へと押しやり化け物と距離を取らせる。それと入れ違いに、ルフィが太刀に手をかけ、喜々として化け物へと向かっていった。ゾロはそれを舌打ちして見送る。
「ナミ、隠れてろ。ウソップ、ぐる眉、自分の身は自分で守れよ。そのために太刀を貸したんだ」
そう言い置くと、ゾロは身を翻し、一人で化け物と対峙しているルフィの元へと走っていく。
一方、ルフィは化け物の大きさに苦戦していた。斬り付けても斬り付けても、化け物の表皮に浅く傷をつけるだけで、決定打にならないのだ。その化け物も、体の大きさに似つかわしくない素早い動きで襲ってくる。
さて、どうしようかとルフィが考える。が、そのせいか足元への注意が疎かになっていたらしく、小石を踏んで体勢が大きく崩れてしまった。そこに化け物の攻撃が襲い掛かる。
「オン、アビラウンキャン、シャラクタン!」
よく通る低い声が響いた途端、化け物はぴたりと動きを止めた。
ルフィが勢いよく後ろを振り返ると、ゾロが両手で印を結んでいた。その手を解くと、
「ナウマクサンマンダ、センダマカロシャダ、タラタカン!」
ゾロは懐から符を引き抜き、気合いもろとも放つ。
符は風の刃に姿を変えて、化け物に襲い掛かる。
「なにしてんだ!早く立て!」 ゾロの鋭い叱咤に、ルフィが慌てて立ち上がり、化け物から離れる。
化け物はいきり立ち、凄まじい雄叫びを上げる。
「助かった〜。ゾロ、ありがとうな」
ゾロの隣に来ると、ルフィは笑顔で礼を言った。
「あれくらい、おまえなら避けられるだろ。どうした?」
「そうなんだけどなぁ。こう暗いと、化け物はともかく、足元まではよく見えねえんだよ。ゾロは平気で動いてんのになぁ」 ルフィに言われ、ゾロは目をしばたたかせた。
「あ〜・・・ああ、それはだなぁ・・・」
ゾロ自身忘れていたが、ゾロは夜闇でも昼日中のように周りが見えるという、暗視の術というものを自分に掛けていた。だから今現在、松明の明かりが無くとも困らないのだ。
だがルフィは違った。ルフィは徒人なのだから、月が明るい晩とはいえ明かりは必要だ。だが松明は、ずいぶん後方へと避難させたサンジとウソップが持っている。そちらに目をやれば、松明の火が小さく揺らめいて見えている。
ゾロは軽く息を吐くと、暗闇に不満そうなルフィの両目に片手をあて、口の中で呪文を呟く。それから手を外す。
ルフィは急に明るくなった視界に、目を見開いた。しかしすぐに破顔する。
「ありがとな。すっげえ良く見える」
「そうかよ」
「でもよ、これならゾロ一人でやったほうがいいんじゃねえか?」
ルフィは至極もっともなことを言ってくる。それにゾロは片眉をあげるて、ルフィに答える。
「化け物退治、してぇんだろ?」
「してぇ!」
「なら、問題ねえだろ」
ルフィが化け物退治することを前提としたゾロの言葉に、ルフィはさらに笑みを深くした。
「俺が化け物の動きを止める。おまえはとどめをさせ」
「わかった!」
互いに頷きあうと、ルフィとゾロは駆け出す。
それに気づいた化け物から、痛いほどの妖気がほとばしる。 ゾロは首にかけていた数珠を外すと、両手に巻き付けた。
「ナウマクサンマンダバザラダン、センダマカロシャダソワタヤウン、タラタカンマン!」
ゾロの手にある数珠が大きく揺れ、刺すように鋭い妖気を跳ね返す。即座に懐から一枚の符を抜き取る。
「謹請し奉る、降臨諸神諸真人、縛鬼伏邪、百鬼消除、急々如律令!」
言上もろとも放たれた符は、化け物の額に当たると、まばゆい閃光を放った。
凄まじい咆哮が響き渡り、化け物の輪郭がぼやけた。
二人は目を見開く。
「うげっ!」
「おいおい、ちょっと待て!」 大きな一丈ほどもある化け物。しかしその正体は、一つの生きたいという念に引きずられた、幾百という念が寄り集まって変化した、正真正銘の物の怪だった。
「ゾロ!どうすんだ!」
焦ったようにルフィががなる。が、ゾロは目を眇て物の怪を見極めるように見つめる。
「あ?あー、問題ねえだろ。もう悪さする力は残ってねぇだろうし。後は、おまえの出番だ」
「おう!で?どうすんだ」
ゾロの落ち着いた様子に、ルフィも調子を取り戻す。
「一つだけ、大元がいる。それを斬れば終わりだ」
「そっか、わかった!」
それ以上先を聞かずに、ルフィは物の怪に向かった。大量の念が、一斉にいきり立つ。
それには構わず、ルフィは迷うことなく、一つの念を斬り裂いた。それまでいきり立っていた念たちは、突然黒い煙に変化し、ごうごうと音を立て、突風をともなって四散していった。ぼろぼろになった符がはらりと地面に落ちる。
ゾロは全身の緊張を解いた。
「終わったのか・・・?」
「ああ、終わった。ご苦労さん」
「そうか、終わったか」
ルフィが満足そうに笑った。つられてゾロも笑みを浮かべる。
二人を心配したサンジ、ウソップ、ナミが慌てたように駆け寄ってくる。ルフィは大きく腕を振り、ゾロは不遜に腕組みして三人を迎えた。
参
物の怪に対峙したルフィと、出会い頭に化け物と遭遇したサンジとウソップは数日物忌みをし、ゾロは幼い頃から悪戯好きな雑鬼たちと遊んでいたため、物忌みなどいまさらと気にもしなかった。
三人の物忌みが明けた後日、仲間たちはルフィの邸に再び集まった。相変わらずルフィとゾロは、くつろいだ狩衣に烏帽子を外した姿だった。
ルフィが興奮気味に、あの時の状況を仲間たちに話しているのを、少し離れたところからゾロは手酌しながら眺めていた。
あのあと、距離があったために、松明の明かりだけではなにがあったのかわからなかった三人に、ずいぶんと状況説明を迫られたのだが、ルフィの
「終わったぞ。すっげえ楽しかった!」
という笑顔付きの、説明とも言えない言葉で収まってしまったのだった。
ナミたちも、その場ではそれ以上、追求してはこなかった。そのかわりに、気持ちも落ち着いた今日、ルフィが語る武勇伝で盛り上がっている。
それにしても、とゾロは思う。
あの時、ルフィにとどめを促しはしたが、どれが大元なのかは全く口にはしなかった。それにも関わらず、ルフィは迷うことなく、脇目もふらずに大元を斬りつけた。
(見鬼の才もなく、術者として修行もしたわけじゃねぇのにな。本当に、おかしな奴だよ、あいつは)
思えば、出会った頃からそうだったのだ。
ゾロのような見鬼の才もなく、陰陽師や術者としての修行をしたわけでもないのに、野生の勘とでもいうのか、はたまた本能なのか、ルフィは不思議と物事の本質を見抜くことに長けていた。それこそ、下手な陰陽師の占術より的中率は高い。百発百中と言ってもいい。
(普段は、戯けなのになぁ)
だが、それも悪くないと思っている。普段は周りが気をつけていればいいのだから。
一人で杯をかさねていたゾロの隣に、酒の入った瓶子を持ったナミが座る。
「あんた、ルフィの話しの通りなら、すごい実力者じゃない。なんで隠してたの」
ゾロの杯に酒を注ぎながら、ナミは訊ねる。それに器用に片眉を上げると、ゾロは注がれた酒を飲み干し、さらに一拍おいてから答えた。
「べつに隠してたわけじゃねぇよ。直丁なんて能力を披露する場もねぇし、なにより出世する気もねぇ。それに、俺はまだ半人前だ」
謙遜ではなく、本気でゾロはそう言っているのだ。ゾロの中での一人前というのは、陰陽師の師匠を超えた時なのだから。
ナミは当たり前のようにそう答えるゾロに、悪戯っぽく笑った。
「あら、そうなの。お気の毒さま」
「ああ?」
「だってあんた、ルフィに口止めしなかったでしょ。だから喜々として、ゾロの活躍を話してたわよ。だからおじ様、喜んじゃって」
意味ありげに、さらに含みを持たせたナミの言葉に、ゾロは嫌な予感がした。
不意に、化け物退治の日に師匠に言われた言葉が脳裡に甦った。
『出世はしなくても構わないけれどね、ゾロ。いつまでも君ほどの実力を持った者を、周りが放っておくと思うかい?今は誰も気づいてはいないけど、間違いなく君は、陰陽寮で屈指の実力者に挙げられる腕前だよ』という、誇らしげな笑みとともに言われた、師匠の言葉。あれは、今回のことを見越したうえでのことだったのか。
(あの師匠なら、十分ありえる・・・)
ゾロは眉間にしわを寄せ、苦々しく呟く。
「まさか・・・」
ナミはさらに楽しそうに笑みを浮かべると、頷いてみせる。
「そう、そのまさか」
「しまった・・・」
ゾロは額に手をあて、低く唸る。ゾロが思い描いた最悪の事柄を、ナミは弾む声で告げた。
「そんなに優秀な陰陽師に成長したのなら、今度から厄介事ができたらゾロに頼むとするか、ですって。良かったわね、ゾロ。強力な後ろ盾ができて」
「・・・よかねぇよ。つうか、おまえもルフィと一緒になって、あることないこと吹き込んだんじゃないだろうな?」
「あ、わかっちゃった?」
ナミは悪びれた様子もなく、可愛らしく舌を出し、肩を竦めてみせる。
「わからいでか。ルフィの支離滅裂な説明だけで、いくら父親とはいえ、納得するわけねぇだろうが・・・」
してやったりといった感じのナミに、これから先の苦労を思い、ゾロは深々とため息をついた。
(これから先、どうすっかなぁ・・・)
ゾロは自分の迂闊さを悔やんだが、あの場はそうするしかない事態だった。実力を隠すことと、仲間を失うことは、別の話なのだから。
そう思えば、開き直るのも早かった。
(まあ、ばれたところで直丁なのはかわらねぇんだし。これからばれなきゃ、問題ねぇだろ)
そう考えたゾロを見越したように、ナミは言葉を続けた。
「あ、そうそう。おじ様がね、ゾロを陰陽生にするように、陰陽頭に話をしておくって」
「・・・はあっ?!」
「おじ様ほどの貴族が、直丁を頼りにするわけにはいかないでしょ。て、ことらしいわよ。なにより、早く次の優秀なお抱え陰陽師、見つけたいみたいだし」
なにしろ、今いる陰陽師は実力は中の上、といったところだし。どっかの貴族に押し付けられたみたいなものなんだけど、付き合い上、断れなかったようなのよねぇ。
でも、ゾロが陰陽生なら、将来陰陽師になるのは決定だし。その陰陽生の師匠が陰陽寮を引退してもなお、数々の貴族からお呼びがかかるほどの実力者なら、ルフィの父親が呼び出しても違和感はないでしょう、ということらしい。
ナミの親切ごかしな説明に、さらにゾロが頭を抱えて唸っていると、ルフィがいきなり肩を組んでくる。
「な〜に唸ってんだ、ゾロ?」
不思議そうにゾロを覗き込むルフィに、ナミは笑って答えてやる。
「よかったわね、ルフィ。今度、ゾロが陰陽生に昇格するわよ」
「本当か、ナミ!やったなぁ、ゾロ。ゾロの実力なら、すぐに陰陽師になれるぞ!」
我が事のように喜ぶルフィに、ゾロは反論する気もおきなかった。
ふとサンジやウソップを見やると、にやにやと人の悪い笑みを浮かべてゾロを見ている。
ここにきて、ゾロはようやく悟った。あの化け物退治は、最初から仕組まれていたということに。
おそらく首謀者は、ルフィの父親と自分の師匠、そしてナミに違いない。ルフィはなにも知らずに、その片棒を担がされたのだろう。
ゾロがルフィになにげに甘いことを、ナミ、サンジ、ウソップは知っているのだから。
ぎっ、とナミ、サンジ、ウソップを睨みつけるが、三人はしれっとそっぽを向く。が、顔はいまだににやけている。
「てめえら、嵌めやがったなぁっ!!」
無駄と知りつつも、叫ばずにはいられないゾロだった。
その叫びに、ルフィの笑い声が重なって、邸中に響き渡っていった。
FIN
(2010.01.06)