My Sweet Darling
            

うーたん 様




明日から三連休が控えている金曜の繁華街。

やはり、いつもよりも人出が多いような気がする。

その道の真ん中で派手にケンカしているカップルがいる。

男の方は、雨に濡れた芝のように色鮮やかな翠色の髪、スーツ姿にもかかわらず左耳には三連のピアスが光る。

俗に言うイケメンというやつだが、目が合ったら誰でも逃げるような強面も今は途方に暮れたような顔をしている。

女の方は、夏の太陽を思わせるような眩しいオレンジ色の髪、ヘイゼルの大きな瞳。

モデルのようなスタイルで、淡い色のスーツを身につけている。すらりと伸びた足にはアンクレットが光っている。

目には、今にも零れ落ちそうなくらい涙が溜まっている。

歩いている人は遠巻きに歩きながらも、痴話げんかか、というような目つきで見ている。



突然、女の方が思いっきり腕を振り上げると、男の頬に平手打ちをして、逃げるように走り去った。

残された男の方は、頬に手を当てて、何か呟き、女とは反対方向へと歩いていった。





途中、疲れて立ち止まりそうになったが、ゾロに追いつかれるのは癪だから踏ん張って部屋まで戻ってきた。

ドアを開けて、明かりを点けると部屋の隅には、小さなボストンバッグ。

“ゾロのバカっ”と呟きながら、バッグを蹴る。


ゾロとは同じ部署で働いている。

社内恋愛だから、公に付き合っているとは言えないが、理由は分からないがなぜか部署内全員が知っている。

ここ半年、大きなプロジェクトを任されていた私達は、週末も休みなく働いた。

やっとオーガナイザーからの承認を得て、“一息ついたから今度の連休に旅行にでも行こう”と珍しくゾロの方から誘ってくれた。

だから、旅行会社に勤めてる友達に無理を言って、予約をしてもらった。

それなのに、あんな事言うなんて…。





“ナミの奴、何も叩くことねぇだろ…。”

赤くくっきりと手形の付いた頬を擦りながら、バーのドアを押す。

繁華街から1本横道に入った静かな通りに子供の頃からの友人が経営しているバーがある。

実家がレストランを営んでいるだけあって、料理もウマいがなんせ経営者の口が悪い。



「いらっしゃいませ。」

グラスを拭きながら、目を上げたサンジはゾロの顔を見て、ぎょっとした。

「なんだ、その顔」

サンジはスツールに座るゾロにいつもの酒を出す。

“ナミにやられた”と一気に酒を飲み干すと、サンジは体をくねらさせながら、
“強いナミさんも素敵だ〜。クソマリモ、そのまま湖まで飛んでいけ!”なんて言いやがる。

それから何人か客が入れ替わり、気づくと時計の針は日付を越えていた。

いつの間にか、店終いをしたサンジはゾロの隣に座り、“なんでそんな事になったんだよ”とタバコに火を点けた。





5時間前

いつもなら残業必須の連休前だが、就業時間を1時間過ぎたところで会社を出られた。



ナミは上機嫌で、明日の予定を話していた。

「ゾロが急に旅行に行くなんていうから、予約するの大変だったんだからね!」

頬を膨らましたナミは少女のように可愛らしく、今すぐにでもツヤツヤと輝く小さな唇にキスしたくなった。

しかし、これから言わなければならないことがある。

まあ、ナミなら話せば分かってくれるだろう、なんて軽い気持ちでいたからいけなかったのか。

「ナミ、悪いが旅行キャンセルできないか?」

ナミの瞳から、どんどん輝きがなくなっていくが、ゾロは俯いていて気づかない。

今まで、自分の腕に絡まっていたナミの腕が離れるのに気づき、ナミの顔を覗き込むと、涙が溜まっている。

慌てて、ハンカチを差し出すが、ナミは首を振り、受け取らない。

「理由は何なの?」

今にも零れ落ちそうなほど、大きな瞳に涙を溜めたナミは、ゾロを見上げた。

ゾロは、頭をガシガシ掻きながら言いにくそうな感じだ。

もう一度、“何なのよ!”と強く聞き返すナミに、観念したゾロは、“姉貴が帰って来るんだよ”と小さく呟いた。





「ギャハハハハハハ。何だよ、お前、まだシスコン治ってないのかよ。」

大きく笑ったサンジは、タバコの煙に咽てゴホゴホと咳き込む。

ゾロの家は自営業で、両親はいつも家にいなかった。

だからといって、ほったらかしにされていたわけではないが、基本的に家の中のことは年の離れた姉がしていた。

小さな頃から、姉が何かと面倒を見てくれて、ゾロにとっては母親でもあった。

だから、そんな姉がアメリカの大学に留学をすると言った時は、“もう、お姉ちゃんは僕の事なんかどうでもいいんだ”と泣いて部屋に閉じこもったくらいだ。

それから、姉は拠点をアメリカに移し、日本へ戻ってくるのは年に何回かになったが、ゾロもその時は必ず実家に戻り、姉が帰ってくるのを今か今かと待っていたりする。

ナミもそんなゾロのことを理解してくれていると思っていたので、旅行をキャンセルする話をしたら、思いっきり平手打ちされたのだ。

「自分より姉さんのほうを優先されたら、そりゃナミさんだって怒るだろうよ。」

サンジは新しいタバコに火を点けて、ゆっくりと煙を吐き出す。

「別に優先したわけじゃねぇよ」

ゾロはサンジのタバコに手を伸ばそうとすると、携帯が鳴り出す。画面を見てみると、姉からだ。

“噂をすれば”とニタニタ笑っているサンジの顔を睨みながら、通話ボタンを押すと怒鳴り声が聞こえてくる。

「バカゾロッ!!あんた、ナミちゃん泣かせて何してるの?ずっと電話しても繋がらないし。まったく、小さいころから女の子を泣かしたらダメだって言ってるじゃない。私の言うことなんか聞きやしないんだから。そんな思いやりのない子に育てた覚えないんだからね!んもう!あっ、そうそう、私、結婚することになったから、日本に戻ってきたのぉ。だから、急いで家に帰ってこなくたっていいから、ちゃんと旅行に行くのよぉ。じゃあねぇ♪」

一方的に話して、こちらに何も言わせず、切ってしまった。

ちっ、と舌打ちを打つと、隣ではサンジがまたバカ笑いをしている。





ゾロがお姉さんのことを大切に思う気持ちはよく分かる。

自分にも姉がいるし、もし、ずっと会えないでいて、会う機会ができれば、やっぱりゾロと同じく何が何でも会いに行くだろう。

本当はサンジくんのお店に行って夕飯を食べるはずだったのに、そのまま帰ってきてしまったから、お腹が空いた。

“キャンセル代は全部ゾロに払ってもらうんだから”と文句を言いながら冷蔵庫の中身を調べてると、携帯が鳴る。

「ナミちゃん、元気??ゾロと一緒だったりして、お邪魔だったかしらぁ?」

今のナミとは正反対の明るい声のゾロの姉・くいなだ。

くいなは初めて会った日から、妹が欲しかったのよ〜。とナミの事を気に入ってくれた。



ゾロには内緒だけど、2人のことで相談したこともあった。

「くいなさぁ〜ん」

ナミは半べそをかきながら、ことの顛末を話した。

「いっつもゾロが迷惑かけてごめんねぇ。子供の頃から私の後ろついて回ってさぁ。姿見えなくなると泣きだすから、ゆっくりトイレにも行けなかったわよ。大人になったから変わったかと思ったけど…。」

それからお互い近況を話し、近いうちに会う約束をして、電話を切った。

確かにゾロはシスコンだ。

くいなの事となったら異常なまでに反応する。

でも、私はくいなを大切に思うゾロが好きなのだ。

すぐに謝るのは何だか癪だから、お風呂に入ったら電話して、明日一緒にお姉さんに会いにいこうと伝えよう。

浴槽に湯を張り、お気に入りのアロマを入れていると、インターフォンが二回鳴り、ノックが五回。

女の一人暮らしは何が起こるか分からないから、自分だから安心していいぞというゾロが決めたサイン。

分かってたけれど、レンズを覗くと、ぶすっとしたゾロが白い紙袋を持って立っていた。



紙袋はきっとサンジくんが持たせたに違いない。

わざと時間をかけて鍵を開けると、ソロが急にノブをひっぱる。

反動でソロの腕の中に倒れこみ、何するのよ。と言う前にゾロの唇でふさがれる。

口付けが深くなる前に、なんとか体を離すと、ゾロはまだふてくされてる。

触ると意外に柔らかい髪を梳いていると、くいな結婚するってよ、と口を尖らせながら呟く。


「寂しいの?」

ナミがからかうと、ゾロはそんなんじゃねぇよ、と耳まで赤くした。


「慰めてあげてもいいよ」

ナミはゾロの耳に唇を寄せ、囁く。

ゾロは口角を少しだけ上げて笑い、ナミを抱えて部屋へ入っていった。




旅行??もちろん、行きましたとも。
だって、無理して高級旅館予約してもらったんだもん。
もちろん、今回は費用全部ゾロ持ち。

それは、また別のお話で…。




おわり


(2006.08.03)

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<管理人のつぶやき>
いやー、こりゃナミが怒るのも当然ですよね〜^^;。ホントにとんだシスコンだ(笑)。
ナミとくいなが影で結託(?)しているのが頼もしい。二人の素敵な女性に支えられて、ゾロは存在してるんだな〜と思いました。うらやましい限りです^^。

うーたんさんの2作目の投稿作品であります。ゾロナミ旅行話も見たいよーv

 

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